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第十四章 鋼の誓いと禁断の火
第239話 英雄たちの気まずい食卓
王都の屋敷に用意された夕食は、本来ならば勝利を祝う饗宴となるはずだった。
だが、現実はあまりにも静かすぎた。
暖炉の薪がパチパチと爆ぜる音が、不自然なほど大きく響く。テーブルには専属の料理人が腕を振るった豪華な料理が湯気を立てているが、その温かさとは裏腹に、俺たち六人の間にはこれまで経験したことのない、凍りつくような気まずい空気が流れていた。
原因は明白だ。国王の名において高らかに布告された、俺たちの「婚約」である。
混沌の使徒が仕掛けた悪意に満ちた求婚の嵐。それを乗り切るための苦肉の策。
作戦としては、それは完璧に成功した。屋敷の前を埋め尽くしていた各国の使者たちは蜘蛛の子を散らすように去っていったのだから。
だが、その代償として、俺たちの間には新たな、そして非常に厄介な「ざわめき」が生まれていた。
「……こ、このロースト、なかなかの味だな。香草の使い方が的確だ」
カチャカチャと食器を鳴らす音に耐えかねたように、カズエルが理屈っぽく料理の分析を始めた。だが、その声はどこか上ずっている。
彼の視線は隣に座るセリスへと一瞬だけ向けられては、磁石が反発するかのようにパッと逸らされた。
「……ええ。そう、ですね。……とても」
セリスもまた、フォークを持つ手に力が入り、硬い表情でそう応じる。
普段の彼女であれば、カズエルの言葉にもっと真剣に、あるいは興味深げに耳を傾けていたはずだ。だが、今はどう反応していいのか分からないという戸惑いだけが、その美しい横顔に張り付いていた。
俺も似たようなものだった。
隣にいるエルンの存在をまともに直視できない。彼女がスープを口に運ぶ、その些細な仕草一つ、吐息一つで心臓が妙な音を立てる。
(……作戦、なんだ。これは、あくまで作戦のはずだ)
自分にそう言い聞かせる。だが、駄目だった。
脳裏をよぎるのは昨夜のバルコニーでの誓いだけではない。かつて、闇の大精霊ノクスの契約から俺を救うため、彼女が自らの魂を代償にしようとした、あの夜の覚悟。彼女を失うかもしれなかったという底知れぬ恐怖。
あの経験を経て、エルンは俺の中で、単なる「仲間」以上の、かけがえのない存在になっていた。その彼女と「偽りの関係」を演じることに、俺はどうしようもない罪悪感と、名状しがたい高揚感を同時に覚えていたのだ。
「ねぇ」
その重苦しい空気をルナの子供らしい無邪気な声が、ナイフのように切り裂いた。
「みんな、どうしてそんなに静かなの? お料理、おいしくない?」
全員の動きが、ピタリ、と止まる。
レオナルドが静かにスープを口に運ぶ手を止め、やれやれ、といったように小さく息を吐いた。
「……いや、美味いぞ。ただ、少々、食道が詰まっているだけだ」
「なんで? カインとエルン、カズエルとセリスが、結婚するんでしょ? おめでたいことなのに! ルナ、お祝いしたい!」
「こ、こら、ルナ!」
俺は慌ててルナの口を塞ごうとするが、もう遅い。「結婚」という、あまりにも直接的な単語が、テーブルの上に無防備に放り出されてしまった。
エルンの頬が、さっと林檎のように赤く染まる。セリスはうつむいて、自分の膝の上をただじっと見つめている。
「……け、結婚、ではない! い、いいかルナ、これはあくまで高度な政治的判断に基づくパートナーシップの締結だ!」
カズエルが眼鏡の位置を直しながら、早口でまくし立てた。
「目的は外部からの不要な干渉を排除し、我々の作戦行動の自由を確保することにある。いわば、防衛のための合理的な戦術の一つだ。そこに個人的な感情が介在する余地は論理的にない!」
その理屈っぽい言葉が、かえって彼の動揺を如実に物語っていた。
だが、その言葉は同時に、鋭い刃となって空気を凍らせた。
「……そう、だな。ルナ、これは、そういう作戦なんだ」
俺も場の空気を収めるために、カズエルの言葉に乗るしかなかった。
だが、言った直後に気づいてしまった。その言葉がエルンの心をわずかに傷つけたことに。
彼女の翡翠色の瞳に一瞬だけ、悲しげな色が浮かんで、すぐに消えた。
セリスもまた、唇を噛み締め、さらに深くうつむいてしまった。
(……しまった)
昨夜、俺たちは作戦という名目を借りて、それでも真摯に想いを伝えたはずだった。
それなのに、衆目の前でそれを「ただの戦術」「感情はない」と否定することは、彼女たちの覚悟を、そして昨夜の誓いを踏みにじる行為に他ならない。
(……まずいな。これは、本当にまずい)
混沌の使徒の罠は回避したはずだった。だが、その代償として、俺たちはもっと厄介で、もっと繊細な迷宮に迷い込んでしまったのかもしれない。
このままでは、仲間たちの間に生まれた亀裂は決して元には戻らない。
俺はカインとして、男として、そしてこのパーティのリーダーとして、何かをしなければならないと、強く、そう感じていた。
この気まずい食卓を終わらせ、彼女たちの名誉を守るための次の一手を。
だが、現実はあまりにも静かすぎた。
暖炉の薪がパチパチと爆ぜる音が、不自然なほど大きく響く。テーブルには専属の料理人が腕を振るった豪華な料理が湯気を立てているが、その温かさとは裏腹に、俺たち六人の間にはこれまで経験したことのない、凍りつくような気まずい空気が流れていた。
原因は明白だ。国王の名において高らかに布告された、俺たちの「婚約」である。
混沌の使徒が仕掛けた悪意に満ちた求婚の嵐。それを乗り切るための苦肉の策。
作戦としては、それは完璧に成功した。屋敷の前を埋め尽くしていた各国の使者たちは蜘蛛の子を散らすように去っていったのだから。
だが、その代償として、俺たちの間には新たな、そして非常に厄介な「ざわめき」が生まれていた。
「……こ、このロースト、なかなかの味だな。香草の使い方が的確だ」
カチャカチャと食器を鳴らす音に耐えかねたように、カズエルが理屈っぽく料理の分析を始めた。だが、その声はどこか上ずっている。
彼の視線は隣に座るセリスへと一瞬だけ向けられては、磁石が反発するかのようにパッと逸らされた。
「……ええ。そう、ですね。……とても」
セリスもまた、フォークを持つ手に力が入り、硬い表情でそう応じる。
普段の彼女であれば、カズエルの言葉にもっと真剣に、あるいは興味深げに耳を傾けていたはずだ。だが、今はどう反応していいのか分からないという戸惑いだけが、その美しい横顔に張り付いていた。
俺も似たようなものだった。
隣にいるエルンの存在をまともに直視できない。彼女がスープを口に運ぶ、その些細な仕草一つ、吐息一つで心臓が妙な音を立てる。
(……作戦、なんだ。これは、あくまで作戦のはずだ)
自分にそう言い聞かせる。だが、駄目だった。
脳裏をよぎるのは昨夜のバルコニーでの誓いだけではない。かつて、闇の大精霊ノクスの契約から俺を救うため、彼女が自らの魂を代償にしようとした、あの夜の覚悟。彼女を失うかもしれなかったという底知れぬ恐怖。
あの経験を経て、エルンは俺の中で、単なる「仲間」以上の、かけがえのない存在になっていた。その彼女と「偽りの関係」を演じることに、俺はどうしようもない罪悪感と、名状しがたい高揚感を同時に覚えていたのだ。
「ねぇ」
その重苦しい空気をルナの子供らしい無邪気な声が、ナイフのように切り裂いた。
「みんな、どうしてそんなに静かなの? お料理、おいしくない?」
全員の動きが、ピタリ、と止まる。
レオナルドが静かにスープを口に運ぶ手を止め、やれやれ、といったように小さく息を吐いた。
「……いや、美味いぞ。ただ、少々、食道が詰まっているだけだ」
「なんで? カインとエルン、カズエルとセリスが、結婚するんでしょ? おめでたいことなのに! ルナ、お祝いしたい!」
「こ、こら、ルナ!」
俺は慌ててルナの口を塞ごうとするが、もう遅い。「結婚」という、あまりにも直接的な単語が、テーブルの上に無防備に放り出されてしまった。
エルンの頬が、さっと林檎のように赤く染まる。セリスはうつむいて、自分の膝の上をただじっと見つめている。
「……け、結婚、ではない! い、いいかルナ、これはあくまで高度な政治的判断に基づくパートナーシップの締結だ!」
カズエルが眼鏡の位置を直しながら、早口でまくし立てた。
「目的は外部からの不要な干渉を排除し、我々の作戦行動の自由を確保することにある。いわば、防衛のための合理的な戦術の一つだ。そこに個人的な感情が介在する余地は論理的にない!」
その理屈っぽい言葉が、かえって彼の動揺を如実に物語っていた。
だが、その言葉は同時に、鋭い刃となって空気を凍らせた。
「……そう、だな。ルナ、これは、そういう作戦なんだ」
俺も場の空気を収めるために、カズエルの言葉に乗るしかなかった。
だが、言った直後に気づいてしまった。その言葉がエルンの心をわずかに傷つけたことに。
彼女の翡翠色の瞳に一瞬だけ、悲しげな色が浮かんで、すぐに消えた。
セリスもまた、唇を噛み締め、さらに深くうつむいてしまった。
(……しまった)
昨夜、俺たちは作戦という名目を借りて、それでも真摯に想いを伝えたはずだった。
それなのに、衆目の前でそれを「ただの戦術」「感情はない」と否定することは、彼女たちの覚悟を、そして昨夜の誓いを踏みにじる行為に他ならない。
(……まずいな。これは、本当にまずい)
混沌の使徒の罠は回避したはずだった。だが、その代償として、俺たちはもっと厄介で、もっと繊細な迷宮に迷い込んでしまったのかもしれない。
このままでは、仲間たちの間に生まれた亀裂は決して元には戻らない。
俺はカインとして、男として、そしてこのパーティのリーダーとして、何かをしなければならないと、強く、そう感じていた。
この気まずい食卓を終わらせ、彼女たちの名誉を守るための次の一手を。
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