50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第十四章 鋼の誓いと禁断の火

第251話 鋼の都、再び

 俺たちは王都ロルディアを後にし、馬を飛ばした。
 混沌の使徒、セイオンが仕掛けた悪意に満ちた外交の罠。その盤上から降り、自らの手で事態を収拾するため、俺たちが目指すのはただ一つ。
 再び、あの鋼と炎の都、ドワーフ王国グラムベルクへ。

 旅の道中、俺たちの間に指輪を作りに行った時のような軽口はなかった。ただ、ひたすらに目的地へと向かう、揺るぎない決意だけがあった。

「セイオンの狙いが俺たちをこの問題の渦中に引きずり込み、孤立させることなら……」

 俺は馬上で並走するカズエルに語りかけた。

「俺たちはその盤上から一度降りて、直接、この問題の当事者と話をつけなければならない」

「ああ。王都で各国の使者と議論しても、それはセイオンの思う壺だ。恐怖と猜疑心さいぎしんで煽られた者たちに机上の論理は通用しない。ならば、ことの根源……つまり、兵器開発の最高責任者である鍛冶王バルグラス本人と対話する。それが、唯一にして最善手だ」

 カズエルの分析は俺の考えと一致していた。
 外交ルートという正規の手順を踏んでいては間に合わないのだ。

 ***

 数日後。
 俺たちの目の前に再びあの巨大な山脈と、そこに穿うがたれた壮大な石造りの城塞都市が姿を現した。だが、城門の前にたどり着いた俺たちは、かつての歓迎ムードとはあまりにかけ離れた鋼の壁を前に足止めを食らうことになった。

「……王は、いかなる国の使者とも会ってはくださらぬ。……お引き取り願いたい」

 衛兵隊長が放った言葉に、城の奥へと伝令が走る。

 長い、長い、沈黙。
 城門の前で俺たちはただ、その時を待つしかなかった。

「……カイン、見ろ。あれをどう思う」

 不意にレオナルドが城壁の上を指差して低い声を漏らした。
 彼の視線の先、堅牢な石造りの銃眼からは、以前はなかった巨大な魔導砲の砲身がいくつも突き出していた。

「以前来た時はカバーがかけられていたはずだ。整備中だと言っていたが……今は違う。いつでも放てるよう配備されている」

 レオナルドはさらに目を細め、鋭い観察眼で城壁をなぞった。

「門の両脇にある大型バリスタの矢も変えられている。対空用の、それも飛竜に有効な形状だ。……エルフの精霊騎士団や、王国の竜騎兵が攻めてくることを本気で想定してるのか?」

「それだけじゃないわ……」

 セリスもまた、痛ましげに唇を噛んだ。

「街の中央、大きな鉱炉から上がる煙を見てください。あんな黒い煙、見たことがありません。民のための道具を作っている煙じゃない……。昼夜を問わず、武器を作り続けている匂いです」

 彼女の言う通り、風に乗って流れてくる空気には焦げたような、重い金属の匂いが混じっていた。
 かつての活気ある鍛冶場の熱気ではない。それは、世界を拒絶するための殺伐とした兵器工場の匂いだった。

「……最悪の展開だな」

 カズエルが吐き捨てるように言った。その声には怒りよりも深い落胆が混じっている。

「レオナルドの言う通りだ。彼らは今、世界中の国を潜在的な敵だと見なしている。そして、セイオンが与えたあの禁断の技術……対消滅兵器の開発を生存のための唯一の手段だと信じ込んでしまっているんだ」

「……力による抑止、か」

 俺はカズエルの言葉を継いだ。自分たちのいた世界の歴史で、何度も繰り返されてきた悲劇の構造だ。

「自分たちが滅ぼされる前に世界を滅ぼせる力を持つことで、平和を守ろうとしている。……だが、それは平和じゃない。互いの喉元に刃を突きつけ合ったまま、恐怖で動けなくなっているだけだ。その刃が一度でも滑れば、世界は終わる」

「ドワーフたちは純粋すぎるんだ」

 カズエルは苦々しく続けた。

「技術の探求を美徳とする彼らにとって、セイオンが与えた答えはあまりにも魅力的で、かつ、合理的に見えてしまった。……理屈は合っている。だが、その計算式の中には人の心や信頼という変数が欠落しているんだ」

 俺たちの会話を黙って聞いていたエルンが、胸元にある指輪にそっと手を触れた。

「……あんなに温かかったドワーフの皆さんが、どうして。グレンダさんも、王様も……あんなに優しかったのに」

「恐怖が彼らの目を曇らせているんだ」

 俺はエルンの肩に手を置き、自分自身に言い聞かせるように言葉を絞り出した。

「誰よりも誇り高く、仲間を大切にする彼らだからこそ、自分たちの国が世界から孤立し、糾弾されていることに耐えられない。だから、誰も手出しできないほどの絶対的な力にすがってしまう。……でも、そんな力で作られた平和の先に、笑い合える未来なんてないんだ」

「カイン……空気が痛いよ」

 ルナが俺のローブを握りしめ、震える声でつぶやいた。
 感覚が鋭敏な彼女にはこの街に渦巻く拒絶の意志が、物理的な痛みとして伝わっているのだろう。

「……ああ。だから、終わらせに来たんだ。俺たちが」

 俺がそう決意を新たにした時、城門の奥から重厚な金属音が響き、再び伝令が姿を現した。

「……陛下より、謁見の間へお通しせよ、と」

 衛兵隊長が静かに、しかし複雑な表情で道を空ける。

 俺たちは重々しい石の回廊を歩き出した。かつては歓迎の鐘が鳴ったこの場所も、今は完全武装の兵士たちの冷たい視線にさらされている。

 そして、巨大な玉座の間へと通された。
 その中央、厳めしい黒曜石の玉座に、鍛冶王バルグラスが深く腰を下ろしていた。
 以前よりもさらに深くなった苦悩のしわ。だが、その瞳には世界中を敵に回してでもこの地を守り抜こうとする、孤独で、苛烈な炎が宿っていた。

「……よくぞ、来たな。友よ」

 その声は広大な玉座の間に、かつての温かさを一切排除したまま重く響き渡った。

 俺たちはこれから、友であるこの王と対峙しなければならない。
 世界の運命と、そして絆という名の脆く、しかし尊い信念を天秤にかけて。
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