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第十四章 鋼の誓いと禁断の火
第254話 王の苦悩
一触即発。
ドワーフ王国の玉座の間は抜き放たれた刃が放つ冷たい銀光と、逃げ場のない殺気に満ちていた。
衛兵たちの屈強な構え、レオナルドとセリスの揺るぎない剣先。そして、俺たちと王との間に横たわる、修復不可能に思える決定的な断絶。
誰もが悲劇的な開戦を覚悟した――その瞬間だった。
「……やめろ」
玉座から、低く、そしてひどく疲れたような声が響いた。バルグラス王だった。
怒りに燃えていたはずの瞳を、今は深く沈痛な色に染めている。
その手は玉座の肘掛けを白い骨が浮き出るほどに強く握りしめていた。
「……皆、下がれ。斧を収めよ」
その声に衛兵たちは戸惑いながらも、王の絶対的な命に従い、武器をゆっくりと下ろしていく。
俺もまたレオナルドとセリスに目配せをし、剣を鞘へと収めさせた。
張り詰めていた空気がわずかに緩むが、代わりに、えも言われぬ重苦しさが場を支配する。
「……カイン。お前たちだけに話したいことがある」
バルグラスは衛兵たちを下がらせ、広い玉座の間に俺たち六人だけを残した。
重厚な石の扉が閉ざされ、そこには鍛冶王という仮面を脱ぎ捨てた、一人のドワーフの剥き出しの苦悩だけが立ち尽くしていた。
「なぜ我が国が、あれほどの禁忌に手を染めてまで、絶対的な力を求めなければならなかったか。……その本当の理由を聞いてくれ」
彼はゆっくりと語り始めた。
それは他国との外交問題などよりも遥かに古く、この国の王だけが代々密かに継いできた、呪いにも似た宿命の物語だった。
「このグラムベルクのさらに北。天を突く霊峰の奥深くに、一体の古竜が眠っている」
「古竜……!?」
エルンが息を呑んだ。古竜――それは神話の時代から生き続ける原初の竜。精霊や魔族とは理そのものが違う、世界の摂理を超えた災害の化身だ。
「そうだ。その名はマグナ・イグニス。炎と大地を司る、厄災の王。数千年前に一度だけ目覚め、この山脈一帯を火の海に変えたと古文書には記されておる。歴代の王たちは、その竜が再び目覚めることを何よりも恐れてきた」
バルグラスの顔に深い疲労の皺が刻まれる。
「そして数年前から、その兆候が現れ始めた。地熱の異常な上昇、止まぬ微震。竜は永い眠りから目覚めようとしておる。……奴がひとたび羽ばたけば、我らの通常戦力では国を守り切ることはできん。都は溶岩に呑まれ、民は一瞬で灰へと帰るだろう」
その、あまりにも絶望的な事実に、俺たちは言葉を失った。
セイオンの罠でも、人間やエルフとのいさかいでもない。それらよりも遥かに根源的で、話し合いも妥協も通じぬ絶対的な終焉が、彼らのすぐ背後に迫っていたのだ。
「我らはドワーフだ」
バルグラスの声に熱い力がこもる。
「我らは決して諦めぬ。目の前に砕けぬ岩壁があるのなら、それを砕くための、より強き槌を自らの手で鍛え上げる。それこそが我が民の誇りであり、生存の本質。……あの対消滅の技術は竜の鱗を貫き、民を救うための……最後にして唯一の切り札だったのだ」
王の苦悩。王の矜持。
民を守るためなら、世界中から悪魔と罵られようとも、禁断の力に手を伸ばす。その孤独な覚悟が悲鳴のように伝わってきた。
「セイオンの罠であることも、世界の均衡を壊す危険性も、言われるまでもなく分かっておる。だが、カインよ。お前ならどうする?」
彼は逃げ場を塞ぐような鋭い眼差しで、俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「目の前にある確実な民の死と。起こるやもしれぬ世界の破滅と。……王として、どちらを救えと、お前は言うのだ」
その問いに俺は即座に答えることができなかった。
俺が背負っているのは、隣にいる仲間の命だ。だが、彼が背負っているのは地底で汗を流す数万の民の未来。その重みは天秤にかけることすら憚られる。
玉座の間は再び静寂に包まれた。だが、それは先ほどの決裂の静寂ではない。
友の、そして王の、あまりにも重すぎる責任を前にして、俺たちが自らの掲げる正義の在り方を根底から問われているかのような――深く、悲しい沈黙だった。
ドワーフ王国の玉座の間は抜き放たれた刃が放つ冷たい銀光と、逃げ場のない殺気に満ちていた。
衛兵たちの屈強な構え、レオナルドとセリスの揺るぎない剣先。そして、俺たちと王との間に横たわる、修復不可能に思える決定的な断絶。
誰もが悲劇的な開戦を覚悟した――その瞬間だった。
「……やめろ」
玉座から、低く、そしてひどく疲れたような声が響いた。バルグラス王だった。
怒りに燃えていたはずの瞳を、今は深く沈痛な色に染めている。
その手は玉座の肘掛けを白い骨が浮き出るほどに強く握りしめていた。
「……皆、下がれ。斧を収めよ」
その声に衛兵たちは戸惑いながらも、王の絶対的な命に従い、武器をゆっくりと下ろしていく。
俺もまたレオナルドとセリスに目配せをし、剣を鞘へと収めさせた。
張り詰めていた空気がわずかに緩むが、代わりに、えも言われぬ重苦しさが場を支配する。
「……カイン。お前たちだけに話したいことがある」
バルグラスは衛兵たちを下がらせ、広い玉座の間に俺たち六人だけを残した。
重厚な石の扉が閉ざされ、そこには鍛冶王という仮面を脱ぎ捨てた、一人のドワーフの剥き出しの苦悩だけが立ち尽くしていた。
「なぜ我が国が、あれほどの禁忌に手を染めてまで、絶対的な力を求めなければならなかったか。……その本当の理由を聞いてくれ」
彼はゆっくりと語り始めた。
それは他国との外交問題などよりも遥かに古く、この国の王だけが代々密かに継いできた、呪いにも似た宿命の物語だった。
「このグラムベルクのさらに北。天を突く霊峰の奥深くに、一体の古竜が眠っている」
「古竜……!?」
エルンが息を呑んだ。古竜――それは神話の時代から生き続ける原初の竜。精霊や魔族とは理そのものが違う、世界の摂理を超えた災害の化身だ。
「そうだ。その名はマグナ・イグニス。炎と大地を司る、厄災の王。数千年前に一度だけ目覚め、この山脈一帯を火の海に変えたと古文書には記されておる。歴代の王たちは、その竜が再び目覚めることを何よりも恐れてきた」
バルグラスの顔に深い疲労の皺が刻まれる。
「そして数年前から、その兆候が現れ始めた。地熱の異常な上昇、止まぬ微震。竜は永い眠りから目覚めようとしておる。……奴がひとたび羽ばたけば、我らの通常戦力では国を守り切ることはできん。都は溶岩に呑まれ、民は一瞬で灰へと帰るだろう」
その、あまりにも絶望的な事実に、俺たちは言葉を失った。
セイオンの罠でも、人間やエルフとのいさかいでもない。それらよりも遥かに根源的で、話し合いも妥協も通じぬ絶対的な終焉が、彼らのすぐ背後に迫っていたのだ。
「我らはドワーフだ」
バルグラスの声に熱い力がこもる。
「我らは決して諦めぬ。目の前に砕けぬ岩壁があるのなら、それを砕くための、より強き槌を自らの手で鍛え上げる。それこそが我が民の誇りであり、生存の本質。……あの対消滅の技術は竜の鱗を貫き、民を救うための……最後にして唯一の切り札だったのだ」
王の苦悩。王の矜持。
民を守るためなら、世界中から悪魔と罵られようとも、禁断の力に手を伸ばす。その孤独な覚悟が悲鳴のように伝わってきた。
「セイオンの罠であることも、世界の均衡を壊す危険性も、言われるまでもなく分かっておる。だが、カインよ。お前ならどうする?」
彼は逃げ場を塞ぐような鋭い眼差しで、俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「目の前にある確実な民の死と。起こるやもしれぬ世界の破滅と。……王として、どちらを救えと、お前は言うのだ」
その問いに俺は即座に答えることができなかった。
俺が背負っているのは、隣にいる仲間の命だ。だが、彼が背負っているのは地底で汗を流す数万の民の未来。その重みは天秤にかけることすら憚られる。
玉座の間は再び静寂に包まれた。だが、それは先ほどの決裂の静寂ではない。
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