50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

文字の大きさ
259 / 330
第十五章 マグナ・イグニスの目覚め

第259話 初撃と絶望

 神と見紛うほどの質量。古竜マグナ・イグニス。
 その巨大な瞳が俺たちを――広大な砂漠に落ちた一粒の塵芥ちりあくたを見るかのように、静かに捉えていた。

 周囲の空気が鉛のように重く、肺が酸素を拒絶する。
 パーティーの誰もが、その圧倒的な存在感を前に、生存本能が命じるまま指一本動かせずにいた。

「……レオナルド、セリス!」

 俺は凍りついた喉の奥から血を吐くような思いで叫んだ。

「威力偵察だ! 奴の初動と鱗の硬度を探る……動けッ!」

 その悲鳴に近い号令が、仲間たちの覚悟に火を灯した。
 二人の剣士は弾かれたように同時に地を蹴る。
 レオナルドは右から、セリスは左から。異なる軌道を描き、死角から竜の巨体へと肉薄していく。


 だが、マグナ・イグニスはその二人を敵とすら認識していなかった。
 その視線は後方に控える俺たち――魔法という火力を有する者たちへと緩慢に向けられる。
 その瞬間、周囲の空気が一点へと吸い込まれ、真空状態が生まれた。奴の巨大なあごが開かれ、その喉の奥に世界の終焉を凝縮したような眩い光が収束していく。

「まずい、ブレスが来るぞ! 総員、最大防御ッ!」

 カズエルが絶叫し、俺が魔法を展開したのはほぼ同時だった。

「理式障壁、最大展開!」
「ウンディーヴァよ、我が魔力を代償に大いなる水の壁をここに築け――大水壁アクアウォール!」

 透明なことわりの壁と、逆巻く水の壁。俺たちが今なし得る二重の絶対防御が形成された。
 直後、世界が白と赤に塗り潰された。
 マグナ・イグニスが放った広範囲のマグマブレスが、全てを薙ぎ払ったのだ。

 轟音。

 俺の水壁は接触した瞬間に水蒸気爆発を起こして霧散した。
 カズエルの理式障壁にも、一瞬で蜘蛛の巣のような亀裂が走る。障壁がみしみしと軋み、悲鳴を上げる。
 俺たちは直接ブレスを浴びてすらいない。その余波と熱風だけで、身体は数メートルも後方へと吹き飛ばされた。

「ぐっ……ぁ……ッ!」

 溶岩流の熱を孕んだ地面に叩きつけられ、肺から無理やり空気が絞り出される。視界が火花の散る暗転に襲われた。

「まだよ……ここで引いたら……!」

 熱水の霧の中から、エルンが立ち上がった。彼女の杖の先には万物を崩壊させる紫色の終焉が宿っている。

「これなら……届いて! ――終光ラスト・レイ!」

 彼女が放った不可視の破壊光線が竜の側腹部に着弾した。だが――。
 その硬い黒曜鱗は、最高位の攻撃魔法すらも、まるで春の雨でも浴びるかのように受け流した。術は鱗の表面を焦がすことすらできず、虚しく光の粒となって霧散した。

「嘘……私の最大火力が……かすりもしないなんて……」

 エルンが絶望に目を見開く。
 その横をセリスの剣が風を切って走った。彼女はブレスの隙を突き、竜の左後脚へと滑り込むように回り込む。そして、その巨大な足首目掛けて、愛剣『風哭ふうこく』を渾身の力で叩き込んだ。

キィィィィィィィンッ!!

 耳を劈く金属音。
 刃は黒曜鱗に弾かれ、凄まじい火花を散らした。手応えはない。まるで、そびえ立つ山そのものを細剣で突いたかのような無力感。
 鱗の表面をわずかに削っただけで、セリスの手首は衝撃に悲鳴を上げ、剣を握り続けることすら困難なほどに痺れていた。

「……なんて、硬さ……」

 最強の剣も、極大の魔法も。この絶対的な摂理の前では、ただの児戯に過ぎなかった。

「……撤退だ! 全員下がれッ!」

 俺は叫んだ。これ以上やれば、無駄死にするだけだ。

「ここから離れるぞ! 総員退却だ!」

 俺たちは負傷した仲間を互いに担ぎ、命からがらその場から離脱した。
 マグナ・イグニスは、そんな俺たちの逃亡を追おうともしなかった。ただ、その巨大な赤き瞳で、羽虫の逃走を見送るかのように、静かに見下ろしているだけだった。

 圧倒的な力の差。抗うことすら許されない絶対的な絶望。

 賢者として、英雄として、数々の死線を乗り越えてきたはずの俺の心に、この世界に来て初めて、完全な敗北の二文字が、重く、刻み込まれていた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)

排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日 冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる 強いスキルを望むケインであったが、 スキル適性値はG オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物 友人からも家族からも馬鹿にされ、 尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン そんなある日、 『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。 その効果とは、 同じスキルを2つ以上持つ事ができ、 同系統の効果のスキルは効果が重複するという 恐ろしい物であった。 このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。      HOTランキング 1位!(2023年2月21日) ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!