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第十六章 生命の理と世界の天秤
第284話 知の都の制圧
三国連合軍はアーカイメリアの国境付近にその陣を構えた。
ロルディアの騎士、グラムベルクの重装兵、エルフェンリートのレンジャー、総勢三百。
その威容は沈黙を守る学術都市に対する静かな、しかし強烈な圧力となっていた。
そして、俺たち六人を含む、各種族の精鋭で構成された三十名の連合調査団が代表として都市へと向かうことになった。
アーカイメリアの正門では以前と同じ二人の門番が、感情の読めない目で俺たちを迎えた。
「――連合調査団、御一行様。通行を許可します」
俺たちが門をくぐると、その先で一体の案内役のゴーレムが待っていた。その合成音声が平坦な響きで告げる。
「――賢人会議の決定に基づき、皆様を筆頭神官セイオン様の主要施設へと、ご案内いたします」
俺たちはそのゴーレムに導かれ、完璧な秩序に支配された白亜の都市へと足を踏み入れた。
道中、すれ違う神官たちは俺たちに一瞥をくれるだけで、自らの思索を中断しようとはしない。
だが、その無関心な視線の奥に、俺たちを観察する冷たい光が宿っているのを俺は見逃さなかった。
まるで、これから檻に入れられる実験動物を見るかのような目だ。
都市の中央広場に差し掛かった、その時だった。案内役のゴーレムが、ぴたりと足を止めた。
「――これより、歓迎の儀を開始いたします」
その言葉が全ての合図だった。
ウゥゥゥゥゥゥッ!!
都市全体に耳をつんざくような甲高い警報が鳴り響く。
次の瞬間、俺たちの周囲にいた全てのゴーレム――街路の警備をしていたもの、施設の門番をしていたもの、その全てが、一斉にその水晶の瞳を禍々しい赤い光に変貌させた。
「敵性存在を確認。これより排除モードに移行します」
無機質な音声と共にゴーレムたちが俺たち調査団、そして、周囲にいた一般の神官たちにまで、無差別に襲いかかってきた。
悲鳴と怒号。静寂の都は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと塗り替えられた。
「くそっ! 奴は何を考えているんだ!」
レオナルドが押し寄せるゴーレムの群れを前に双剣を抜き放つ。
さらに、都市で最も高い三本の塔。その頂上が、まるで蕾が開くかのように裂け、中から三体の巨大な影が、その翼を広げた。
「ワイバーンロード……! それも、三体……!」
エルンが絶望的な声でつぶやいた。
一体でさえ国を滅ぼしかねない竜が三体。だが、その三体の竜は眼下の混乱には目もくれない。甲高い咆哮を一つ上げると、それぞれが、まるで示し合わせたかのように空の異なる方角へと瞬く間に飛び去っていった。
ゴーレムの攻撃をいなしながら、カズエルが叫ぶ。
「本当に無差別だ! 都市の住人も、俺たちも、区別なく攻撃している! この混乱、まるで都市そのものを廃棄しようとしているかのようだ!」
その時だった。ルナが空を見て、動きを止めた。
彼女は飛び去った竜の気配が消えた空をじっと見据えている。
彼女の脳裏に、まるで水晶に映したかのような、鮮明で残酷な光景が流れ込んできた。
ワイバーンが空を飛び交い、家屋が炎に包まれ、逃げ惑うエルフたち。黒い煙を上げる、愛すべき森の姿だ。
彼女は目を見開き、悲痛な叫びを上げた。
「カイン! エルン! 大変! 今、はっきりと見えた! あの竜たち……森を、エルフェンリートを焼き尽くすつもり!」
その必死の形相と、揺るがぬ確信に満ちた瞳。この瞳は以前にも見た事がある。
星読の力だ。その予知は今、俺に残酷な現実を突きつけている。
(どうする……!?)
俺の思考が高速で回転する。
目の前では仲間たちが暴走するゴーレムと死闘を繰り広げている。総指揮官として、俺はこの場を放棄するわけにはいかない。調査団の仲間たちを見捨てることなど断じてできない。
だが、ルナが言葉が、燃え盛る森の光景が、頭から離れない。
森の民がようやく一つになったあの故郷が。俺たちが帰るべき、あの穏やかな場所が今、無慈悲な炎に包まれようとしている。
(この場を放棄すれば、俺はリーダー失格だ。だが、森を見捨てれば、俺は……俺自身でいられなくなる……!)
どちらを選んでも、待っているのは地獄。
セイオンは俺に、この究極の選択を突きつけているのだ。どちらを救い、どちらを見捨てるのか、と。
俺は唇を強く噛みしめ、血の味と共に迷いを断ち切った。そして、この混沌の中で、最も苦しく、そして最も無謀な決断を下す。
「――部隊を二つに分ける!」
俺の声が混沌とした戦場に響き渡った。剣を振るいながら俺は叫ぶ。
「カズエル! この場の全てをお前に任せる! セリスと共に残りの兵を率いて、この都市のゴーレムを鎮圧し、都市の調査を続けてくれ!」
「カイン!? お前は……!」
「俺はエルンとルナ、レオナルドを連れて森へ向かう! ワイバーンロードは森を狙っているんだ。俺たちが必ず止める!」
それはあまりにも無謀な決断だった。
敵地アーカイメリアの制圧という難題を親友に押し付け、俺たちはたった四人で、伝説級の魔獣三体と対峙しに行くというのだ。
「……無茶だ。でも、もう決めたんだな」
カズエルは一瞬だけ、苦渋に顔を歪ませたが、すぐに参謀としての冷静さを取り戻し、力強くうなずいた。
「……分かった。ここは任せろ。セリスと俺がいれば戦線は維持できる。必ず持ちこたえてみせる。だから、お前も……」
彼は親友として、そして同じ世界から来た戦友として俺を見つめた。
「……絶対に死ぬなよ、竹内」
その懐かしい響きに俺はニヤリと笑った。
「ああ、無双するって約束だ。お前も守れよな、松尾」
俺はエルンとルナ、レオナルドを伴い、暴走するゴーレムの群れを駆け抜ける。
カズエルとセリスが、俺たちのためにその道を切り開いてくれた。
背後で仲間たちが奮闘する音と爆発音が遠ざかっていく。
俺は一度も振り返らなかった。ただ、故郷を救うため、そして友との誓いを果たすため、森へとひた走る。
二つに分かれた英雄たち。
それぞれの場所で、それぞれの絶望的な戦いが今、始まろうとしていた。
ロルディアの騎士、グラムベルクの重装兵、エルフェンリートのレンジャー、総勢三百。
その威容は沈黙を守る学術都市に対する静かな、しかし強烈な圧力となっていた。
そして、俺たち六人を含む、各種族の精鋭で構成された三十名の連合調査団が代表として都市へと向かうことになった。
アーカイメリアの正門では以前と同じ二人の門番が、感情の読めない目で俺たちを迎えた。
「――連合調査団、御一行様。通行を許可します」
俺たちが門をくぐると、その先で一体の案内役のゴーレムが待っていた。その合成音声が平坦な響きで告げる。
「――賢人会議の決定に基づき、皆様を筆頭神官セイオン様の主要施設へと、ご案内いたします」
俺たちはそのゴーレムに導かれ、完璧な秩序に支配された白亜の都市へと足を踏み入れた。
道中、すれ違う神官たちは俺たちに一瞥をくれるだけで、自らの思索を中断しようとはしない。
だが、その無関心な視線の奥に、俺たちを観察する冷たい光が宿っているのを俺は見逃さなかった。
まるで、これから檻に入れられる実験動物を見るかのような目だ。
都市の中央広場に差し掛かった、その時だった。案内役のゴーレムが、ぴたりと足を止めた。
「――これより、歓迎の儀を開始いたします」
その言葉が全ての合図だった。
ウゥゥゥゥゥゥッ!!
都市全体に耳をつんざくような甲高い警報が鳴り響く。
次の瞬間、俺たちの周囲にいた全てのゴーレム――街路の警備をしていたもの、施設の門番をしていたもの、その全てが、一斉にその水晶の瞳を禍々しい赤い光に変貌させた。
「敵性存在を確認。これより排除モードに移行します」
無機質な音声と共にゴーレムたちが俺たち調査団、そして、周囲にいた一般の神官たちにまで、無差別に襲いかかってきた。
悲鳴と怒号。静寂の都は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと塗り替えられた。
「くそっ! 奴は何を考えているんだ!」
レオナルドが押し寄せるゴーレムの群れを前に双剣を抜き放つ。
さらに、都市で最も高い三本の塔。その頂上が、まるで蕾が開くかのように裂け、中から三体の巨大な影が、その翼を広げた。
「ワイバーンロード……! それも、三体……!」
エルンが絶望的な声でつぶやいた。
一体でさえ国を滅ぼしかねない竜が三体。だが、その三体の竜は眼下の混乱には目もくれない。甲高い咆哮を一つ上げると、それぞれが、まるで示し合わせたかのように空の異なる方角へと瞬く間に飛び去っていった。
ゴーレムの攻撃をいなしながら、カズエルが叫ぶ。
「本当に無差別だ! 都市の住人も、俺たちも、区別なく攻撃している! この混乱、まるで都市そのものを廃棄しようとしているかのようだ!」
その時だった。ルナが空を見て、動きを止めた。
彼女は飛び去った竜の気配が消えた空をじっと見据えている。
彼女の脳裏に、まるで水晶に映したかのような、鮮明で残酷な光景が流れ込んできた。
ワイバーンが空を飛び交い、家屋が炎に包まれ、逃げ惑うエルフたち。黒い煙を上げる、愛すべき森の姿だ。
彼女は目を見開き、悲痛な叫びを上げた。
「カイン! エルン! 大変! 今、はっきりと見えた! あの竜たち……森を、エルフェンリートを焼き尽くすつもり!」
その必死の形相と、揺るがぬ確信に満ちた瞳。この瞳は以前にも見た事がある。
星読の力だ。その予知は今、俺に残酷な現実を突きつけている。
(どうする……!?)
俺の思考が高速で回転する。
目の前では仲間たちが暴走するゴーレムと死闘を繰り広げている。総指揮官として、俺はこの場を放棄するわけにはいかない。調査団の仲間たちを見捨てることなど断じてできない。
だが、ルナが言葉が、燃え盛る森の光景が、頭から離れない。
森の民がようやく一つになったあの故郷が。俺たちが帰るべき、あの穏やかな場所が今、無慈悲な炎に包まれようとしている。
(この場を放棄すれば、俺はリーダー失格だ。だが、森を見捨てれば、俺は……俺自身でいられなくなる……!)
どちらを選んでも、待っているのは地獄。
セイオンは俺に、この究極の選択を突きつけているのだ。どちらを救い、どちらを見捨てるのか、と。
俺は唇を強く噛みしめ、血の味と共に迷いを断ち切った。そして、この混沌の中で、最も苦しく、そして最も無謀な決断を下す。
「――部隊を二つに分ける!」
俺の声が混沌とした戦場に響き渡った。剣を振るいながら俺は叫ぶ。
「カズエル! この場の全てをお前に任せる! セリスと共に残りの兵を率いて、この都市のゴーレムを鎮圧し、都市の調査を続けてくれ!」
「カイン!? お前は……!」
「俺はエルンとルナ、レオナルドを連れて森へ向かう! ワイバーンロードは森を狙っているんだ。俺たちが必ず止める!」
それはあまりにも無謀な決断だった。
敵地アーカイメリアの制圧という難題を親友に押し付け、俺たちはたった四人で、伝説級の魔獣三体と対峙しに行くというのだ。
「……無茶だ。でも、もう決めたんだな」
カズエルは一瞬だけ、苦渋に顔を歪ませたが、すぐに参謀としての冷静さを取り戻し、力強くうなずいた。
「……分かった。ここは任せろ。セリスと俺がいれば戦線は維持できる。必ず持ちこたえてみせる。だから、お前も……」
彼は親友として、そして同じ世界から来た戦友として俺を見つめた。
「……絶対に死ぬなよ、竹内」
その懐かしい響きに俺はニヤリと笑った。
「ああ、無双するって約束だ。お前も守れよな、松尾」
俺はエルンとルナ、レオナルドを伴い、暴走するゴーレムの群れを駆け抜ける。
カズエルとセリスが、俺たちのためにその道を切り開いてくれた。
背後で仲間たちが奮闘する音と爆発音が遠ざかっていく。
俺は一度も振り返らなかった。ただ、故郷を救うため、そして友との誓いを果たすため、森へとひた走る。
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