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第十六章 生命の理と世界の天秤
第287話 任された者、友への祈り
ズズズ……ンッ。
マスターゴーレムは力を失い、その場に崩れ落ちた。
最強の番人が沈黙し、その背後に隠されていた都市の心臓部が、ついにその姿を現す。
巨大な魔力炉。それは部屋の中央に浮かぶ巨大な紫水晶の塊であり、そこから無数のパイプが血管のように部屋の壁や床へと伸びている。空間全体が地を揺るがすほどの重低音と、肌を刺すような魔力の圧で満たされていた。
カズエルは息つく暇もなく、次の行動に移る。
「セリス、手を貸してくれ。あれを止める」
「ええ!」
セリスはカズエルの意図を瞬時に理解し、『風哭』を構え直す。
魔力炉の周囲には目に見えない高密度の防御理式が幾重にも展開されていた。
物理攻撃を一切寄せ付けない絶対の拒絶。だが、今のカズエルにはその構造が見えていた。
「まずは外殻を剥がす」
カズエルは銀縁眼鏡を押し上げ、大気中の魔力素を指先で弾くように操る。
彼は魔力を持たない。だが、そこにある魔力を定義し直すことはできる。
「――理式・障壁解除!」
彼が空間に記述した数式が、魔力炉を覆う防御結界のプログラムを強制的に書き換える。
パリンッ、と硬質な音が響き、不可視の壁がガラス細工のように砕け散った。
「やってくれ、セリス!」
「やああっ!」
セリスの渾身の一撃が閃く。
風を纏った刃が無防備になった魔力炉のエネルギー供給パイプを寸分の狂いもなく切断した。
次の瞬間、魔力炉が異常を感知し、甲高い警報を響かせる。
内部で魔力が暴走し、紫の光が激しく明滅を繰り返す。
セリスは間髪入れず、残るパイプも次々と破壊していった。
ブツンッ。
唐突に音が消え、魔力炉は供給先を失い、完全に沈黙した。その影響は都市全体へと即座に波及した。
広場で、街路で、暴れ回っていた全てのゴーレムたちが、まるで糸が切れた人形のように、ぴたりとその動きを止める。殺意の赤を宿していた水晶の瞳は光を失い、ただの石塊へと戻り、鋼鉄の巨体は力なくその場に崩れ落ちた。
阿鼻叫喚の地獄は嘘のような静けさを取り戻した。
学術都市はこの瞬間、連合軍によって完全に制圧されたのだ。
「……終わった、か」
張り詰めていた緊張の糸が切れたように、カズエルの身体がふらりとよろめいた。
その身体をセリスが瞬時に支える。
「カズエル、大丈夫ですか!?」
彼女の声には焦りと心配の色が浮かんでいる。カズエルの天恵変換によって彼女自身はほとんど疲労を感じていないが、術者である彼は、この戦いでその頭脳と精神を極限まですり減らしていたのだ。
「……ああ、問題ない。石につまずいただけだ……」
カズエルはそう言って、無理に笑みを作ろうとした。
そのあまりにも不器用な強がりに、セリスは何も言わず、ただ彼の身体をより強く支えた。
生き残った連合軍の兵士たちが、そんな二人の英雄の姿を畏敬の念に満ちた眼差しで遠巻きに見つめていた。
だが、休んでいる暇はなかった。
カズエルは深呼吸を一つして体勢を立て直すと、眼鏡の位置を直し、兵士たちに新たな指示を飛ばし始めた。
「これより、セイオンの関連施設の徹底的な調査を開始する! 奴がこの都市で何を企んでいたのか、その全てを暴き出すんだ! 証拠一つ見逃すな!」
彼の号令に続き、セリスもまた凜とした声で指示を出す。
「私は軍の再編成と都市の治安維持にあたります。これ以上の混乱は避けなければなりません。負傷者の救護を最優先に!」
二人の英雄はそれぞれの役割を即座に、そして完璧に果たし始めた。
その背中には、この場を任された者としての揺るぎない覚悟が宿っていた。
***
その日の夕暮れ。
アーカイメリアで最も高い塔の上。カズエルとセリスは静寂を取り戻した白亜の都を並んで見下ろしていた。
空は茜色に染まり、遠く北の空――エルフェンリートの森がある方角には不穏な雲がかかっているようにも見えた。
「……皆は無事でしょうか」
セリスがぽつりとつぶやいた。その手は胸元で祈るように組まれている。
「……ああ」
カズエルもまた同じ方角を見つめていた。夕日に照らされたその横顔には強い確信があった。
「あいつは無双すると約束したからな。絶対に無事でいるさ」
その声には親友への揺るぎない信頼が込められていた。
俺たちがここを守り抜いたように、彼もまた、必ず守り抜くはずだ。
二人は言葉を交わすことなく、ただひたすらに遠い空の向こうで戦う仲間たちの無事を、強く、強く祈り続けるのだった。
第十六章・完
マスターゴーレムは力を失い、その場に崩れ落ちた。
最強の番人が沈黙し、その背後に隠されていた都市の心臓部が、ついにその姿を現す。
巨大な魔力炉。それは部屋の中央に浮かぶ巨大な紫水晶の塊であり、そこから無数のパイプが血管のように部屋の壁や床へと伸びている。空間全体が地を揺るがすほどの重低音と、肌を刺すような魔力の圧で満たされていた。
カズエルは息つく暇もなく、次の行動に移る。
「セリス、手を貸してくれ。あれを止める」
「ええ!」
セリスはカズエルの意図を瞬時に理解し、『風哭』を構え直す。
魔力炉の周囲には目に見えない高密度の防御理式が幾重にも展開されていた。
物理攻撃を一切寄せ付けない絶対の拒絶。だが、今のカズエルにはその構造が見えていた。
「まずは外殻を剥がす」
カズエルは銀縁眼鏡を押し上げ、大気中の魔力素を指先で弾くように操る。
彼は魔力を持たない。だが、そこにある魔力を定義し直すことはできる。
「――理式・障壁解除!」
彼が空間に記述した数式が、魔力炉を覆う防御結界のプログラムを強制的に書き換える。
パリンッ、と硬質な音が響き、不可視の壁がガラス細工のように砕け散った。
「やってくれ、セリス!」
「やああっ!」
セリスの渾身の一撃が閃く。
風を纏った刃が無防備になった魔力炉のエネルギー供給パイプを寸分の狂いもなく切断した。
次の瞬間、魔力炉が異常を感知し、甲高い警報を響かせる。
内部で魔力が暴走し、紫の光が激しく明滅を繰り返す。
セリスは間髪入れず、残るパイプも次々と破壊していった。
ブツンッ。
唐突に音が消え、魔力炉は供給先を失い、完全に沈黙した。その影響は都市全体へと即座に波及した。
広場で、街路で、暴れ回っていた全てのゴーレムたちが、まるで糸が切れた人形のように、ぴたりとその動きを止める。殺意の赤を宿していた水晶の瞳は光を失い、ただの石塊へと戻り、鋼鉄の巨体は力なくその場に崩れ落ちた。
阿鼻叫喚の地獄は嘘のような静けさを取り戻した。
学術都市はこの瞬間、連合軍によって完全に制圧されたのだ。
「……終わった、か」
張り詰めていた緊張の糸が切れたように、カズエルの身体がふらりとよろめいた。
その身体をセリスが瞬時に支える。
「カズエル、大丈夫ですか!?」
彼女の声には焦りと心配の色が浮かんでいる。カズエルの天恵変換によって彼女自身はほとんど疲労を感じていないが、術者である彼は、この戦いでその頭脳と精神を極限まですり減らしていたのだ。
「……ああ、問題ない。石につまずいただけだ……」
カズエルはそう言って、無理に笑みを作ろうとした。
そのあまりにも不器用な強がりに、セリスは何も言わず、ただ彼の身体をより強く支えた。
生き残った連合軍の兵士たちが、そんな二人の英雄の姿を畏敬の念に満ちた眼差しで遠巻きに見つめていた。
だが、休んでいる暇はなかった。
カズエルは深呼吸を一つして体勢を立て直すと、眼鏡の位置を直し、兵士たちに新たな指示を飛ばし始めた。
「これより、セイオンの関連施設の徹底的な調査を開始する! 奴がこの都市で何を企んでいたのか、その全てを暴き出すんだ! 証拠一つ見逃すな!」
彼の号令に続き、セリスもまた凜とした声で指示を出す。
「私は軍の再編成と都市の治安維持にあたります。これ以上の混乱は避けなければなりません。負傷者の救護を最優先に!」
二人の英雄はそれぞれの役割を即座に、そして完璧に果たし始めた。
その背中には、この場を任された者としての揺るぎない覚悟が宿っていた。
***
その日の夕暮れ。
アーカイメリアで最も高い塔の上。カズエルとセリスは静寂を取り戻した白亜の都を並んで見下ろしていた。
空は茜色に染まり、遠く北の空――エルフェンリートの森がある方角には不穏な雲がかかっているようにも見えた。
「……皆は無事でしょうか」
セリスがぽつりとつぶやいた。その手は胸元で祈るように組まれている。
「……ああ」
カズエルもまた同じ方角を見つめていた。夕日に照らされたその横顔には強い確信があった。
「あいつは無双すると約束したからな。絶対に無事でいるさ」
その声には親友への揺るぎない信頼が込められていた。
俺たちがここを守り抜いたように、彼もまた、必ず守り抜くはずだ。
二人は言葉を交わすことなく、ただひたすらに遠い空の向こうで戦う仲間たちの無事を、強く、強く祈り続けるのだった。
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