50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第十七章 灼熱の三頭竜

第290話 賢者の号令

「――よくも、俺たちの故郷を!」

 カインの怒声が燃え盛る故郷の空に響き渡った。
 その声は絶望に沈みかけていた森の民にとって、何よりも力強い希望の光となった。

 ビシビシ……バリンッ!

 だが、その希望を打ち砕かんと、森の上空を守っていた翠色の結界に、ついに決定的な亀裂が走る。
 魔力を使い果たした一人の若い魔術師がその場に膝から崩れ落ちた。
 亀裂から漏れ出した竜の威圧感と熱波が民の肌を焼く。誰もが森の最期を覚悟した、その瞬間だった。

「エルン!」

 カインの短い呼びかけに馬から飛び降りたエルンが即座に応える。彼女は着地と同時に杖を天に掲げた。

「まだ終わらせはしません! ――疾風の精霊シルフィードよ、我が魔力を代償に大気の盾を繋ぎ止めよ! 風の編纂ウィンド・ウィーヴ!」

 彼女の詠唱に応え、荒れ狂う風が意志を持った糸のように亀裂へと殺到し、破れかけた結界の隙間を縫合していく。完全な修復ではない。だが、それは森が蹂躙されるまでの時間を確かに稼ぎ出した。

 その、ほんのわずかな猶予。
 それを見逃すミラネではなかった。大樹の麓の臨時指揮所で、彼女は全ての民に聞こえるよう、声を張り上げた。

「皆、聞きなさい! 賢者カイン様が、我らが英雄がお戻りになられました!」

 その声は森の民にとって何よりも力強い希望の光となった。絶望に沈みかけていた戦士たちの顔が一斉に上がる。

「これより、この森の全軍の指揮権を賢者カイン様に委ねます! 皆、賢者の導きに従いなさい!」

 ミラネの、リーダーとしての迅速かつ潔い決断。
 その信頼を俺は真正面から受け止めた。戦場の中心に立ち、大きく息を吸う。もう、焦りはない。やるべきことは、ただ一つ。

「――全軍に告ぐ! これより反撃を開始する!」

 俺の声が混沌とした戦場に新たな秩序を打ち立てる。

「地上部隊はレオナルドの指揮下に入れ! 森の戦士たちと連携し、対空用の巨大弩いしゆみで敵の翼を狙うんだ!  ワイバーンが地に降りれば、そこが狩り場になる!」

「承知した!」

 レオナルドは即座に戦士たちをまとめ上げ、いしゆみの部隊へと駆けていく。その背中には揺るぎない自信がみなぎっていた。

「魔法部隊はエルンとヴィンドールが指揮を執れ! 空中の敵への迎撃と防御、そして地上部隊への補助を! 敵の注意を引きつけ、いしゆみの射線を作ってくれ!」

「はいっ!」

「……ふん、若造に指図される日が来るとはな。だが、悪くない!」

 エルンとヴィンドールは一瞬だけ視線を交わした。かつての対立など、この故郷の危機の前では些細なこと。二人は今、一つの目的のために並び立つ戦友となった。

「回復部隊はミラネが指揮を! 負傷者を一人も見捨てるな! 安全な地下聖域まで確実に送り届けろ!」

「お任せください!」

 ミラネは即座に数人の治癒術師を率い、負傷者の救出へと走る。

「ルナ! お前はこの戦場の目だ! 敵の動きを予測し、自慢の炎で奴らを好きなだけ引っ掻き回せ!」

「うん、任せて! いっちばん熱いの、お見舞いしてやるんだから!」

 ルナは嬉しそうに手を振ると、軽やかな動作で森の梢へと駆け上がっていった。

「そして、俺は――」

 空を舞う三体の竜を睨みつけ、腰の剣に手をかける。

「この戦いを終わらせる、切り札となる!」

 俺の指揮のもと、森の民は統制を取り戻し、完璧な迎撃態勢を構築した。
 レオナルドの号令一下、巨大ないしゆみから、エルフの魔術が込められた杭が唸りを上げて放たれる。だが、ワイバーンロードの飛翔能力は凄まじく、決定打には至らない。

「くそっ、速い! かすりもしないか!」

 レオナルドが歯噛みする。

「焦るな! 魔法部隊! 敵の進路に幻影を展開! 視界を惑わせろ!」

 ヴィンドールの指示でエルンたちが光の幻影を作り出す。七色の霧が空中に発生し、一体のワイバーンの注意が逸れた。 

 その一瞬の隙をルナは見逃さない。

「カイン、レオナルド! 左のやつ、三つ数える頃に動きが止まるよ!」

 木の上からルナの鋭い警告が飛ぶ。
 彼女の予測通り、幻影に気を取られ、旋回しようとしたワイバーンが空中で静止した。

「今だ! 全門、放てぇぇっ!」

 レオナルドが咆哮する。
 彼の号令に応え、全てのいしゆみから強力な杭が同時に放たれた。それは風の精霊の加護を受け、螺旋を描きながら、ただ一点――ワイバーンの巨大な右翼の付け根へと吸い込まれていった。

 ズドォォォォォン!!  ギシャアアアアアアアアアアッ!!

 肉を穿つ鈍い音と、脳を直接揺さぶるような絶叫が迸った。
 杭は翼膜を貫通し、その骨を砕く。片翼を失ったワイバーンロードは制御不能に陥り、黒い煙を噴き出しながら、きりもみ状態で森の奥深くへと墜落していった。

「やったぞ!」
「一体、落とした!」

 森の民から歓声が上がる。だが、俺は空に残る二体の竜を睨みつけ、気を引き締めたまま叫んだ。

「まだだ! 奴は地に落ちただけだ! 地上部隊はすぐに迎撃準備! 残り二体は……俺たちが引き受ける!」

 ズズズンッ……!

 墜落の轟音が森を揺るがす。
 戦いは空から地へ。より激しく、そしてより危険な局面へと移ろうとしていた。
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