295 / 330
第十七章 灼熱の三頭竜
第295話 混沌の顕現
全てのワイバーンロードが地に墜ち沈黙した。戦いが終わったのだ。
その事実が染み渡ると同時に、森の民から今度こそ本当の勝利を祝う、爆発的な大歓声が巻き起こった。
「やった……!」
「勝ったんだ……! 俺たちの森が守られたんだ!」
疲弊しきったエルフたちが互いに肩を抱き合い、涙ながらに勝利を分かち合う。
その喧騒の中心で、俺は砕けた肋骨の激痛に耐えながら、どうにか身を起こした。
「カイン!」
エルンとルナが血相を変えて俺に駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!? ひどい怪我を……!」
「カイン、死んじゃダメだよ!」
「……ああ、これくらい平気だ。骨が数本イカれただけだよ」
俺は無理に笑みを作って見せた。
エルンがすぐに俺の背中に手を当て、治癒魔法の詠唱を開始する。
温かく清浄な光が俺の身体を包み込み、骨が軋む痛みがわずかに和らいでいった。
レオナルドも、ヴィンドールも、そして森の民も、皆が安堵の表情を浮かべている。
この森にようやく本当の平穏が戻ってきた。誰もがそう信じていた。だが、その歓喜と安堵に満ちた空気が、一瞬にして凍りついた。
音などなかった。ただ、肌を刺すような冷たく重い魔力の奔流が、唐突に戦場を支配したのだ。
熱狂は波が引くように静まり返り、誰もが本能的な恐怖に足を止めた。
その発生源である一体の竜の亡骸の上に、いつの間にか一人の男が立っていた。
深いローブに身を包み、その顔には聖職者らしい穏やかな笑みすら浮かんでいる。
筆頭神官セイオン。
「……やれやれ。私の計算をこうも容易く狂わせるとは。君たちは本当に飽きさせないな」
彼は心底つまらなそうにつぶやいた。
その視線は、傷つき魔力を使い果たした俺たちを、ゴミを見るような冷徹さで見下ろしていた。
「……セイオン……!」
俺は怒りを込めて、その名を呼んだ。
だが、セイオンはそんな俺の敵意など意にも介さず、ただその歪んだ思想を淡々とした声で語り始めた。
「賢者カイン。君は実に素晴らしい働きをしてくれた。ヴァルディスを討ち、グロムを退け、分裂しかけた三国をかつてないほど強固な絆で結びつけた。……それはこの世界にあまりにも大きな調和と秩序をもたらした」
賞賛の言葉でありながら、そこには明らかな蔑みが含まれていた。
「だがね、行き過ぎた秩序は停滞を生む。停滞は緩やかな腐敗だ。世界の真の進化とは破壊と創造、闘争と調和、その両極のダイナミズムの中にしか存在しないのだよ」
セイオンは演説するかのように、ゆっくりと両手を広げた。
「君が世界をまとめ、バランスを調和に大きく傾けてしまった。だから、私がそれを是正する。この世界の天秤を再び釣り合わせるために。……最も歴史が古く、最も神聖で、そして、最も価値のあるこの森を破壊することで、世界のバランスを取らせてもらうとしよう」
その傲慢さ。あまりにも冒涜的な狂気の論理。
自分を世界の調整者だとでも思っているのか。その言葉は命を賭して戦った者たちの誇りを完全に踏みにじるものだった。
「……ふざけるなッ!!」
怒号と共に動いたのはレオナルドだった。彼の全身から、これまでにないほどの怒りの闘気が噴き上がる。
「貴様のような男に、この森の、エルフの誇りを語らせはしない!」
彼は双剣を抜き放つと、疾風のごとき速さでセイオンへと肉薄した。竜さえも葬った達人の剣技。その刃がセイオンの首を捉えるまで、瞬きすら許さない刹那の攻防――のはずだった。
セイオンはその場から一歩も動かなかった。
「……野蛮だな」
彼が静かにそうつぶやき、指を軽く弾いた。ただそれだけの動作。
ドォンッ!
セイオンの前に目に見えない絶対的な拒絶の壁が生まれた。レオナルドの渾身の斬撃はその壁に触れることすらできず、まるで巨大な鉄槌で殴りつけられたかのように、凄まじい勢いで後方へと弾き返された。
「がはっ……!?」
受け身を取る余裕すらない。レオナルドの身体は砲弾のように森の大樹に激突し、幹をへし折りながら地面へと崩れ落ちた。その口から大量の血が吐き出され、ピクリとも動かない。
「レオナルド!」
エルンの悲鳴が響く。
一撃。あの歴戦の勇士レオナルドが、魔法ですらない、単なる魔力の衝撃だけで沈められたのだ。
セイオンはその光景に何の感情も示さない。ただ、冷たい瞳で俺を見つめている。
「さあ、賢者カイン。君はどうする? 調和の象徴としてここで死ぬか、それとも新たな混沌の一部となるか」
俺たちの本当の敵が、ついにその正体を現した。
その圧倒的で理不尽な力の前に、森の民の歓声は再び絶望の悲鳴へと変わろうとしていた。
その事実が染み渡ると同時に、森の民から今度こそ本当の勝利を祝う、爆発的な大歓声が巻き起こった。
「やった……!」
「勝ったんだ……! 俺たちの森が守られたんだ!」
疲弊しきったエルフたちが互いに肩を抱き合い、涙ながらに勝利を分かち合う。
その喧騒の中心で、俺は砕けた肋骨の激痛に耐えながら、どうにか身を起こした。
「カイン!」
エルンとルナが血相を変えて俺に駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!? ひどい怪我を……!」
「カイン、死んじゃダメだよ!」
「……ああ、これくらい平気だ。骨が数本イカれただけだよ」
俺は無理に笑みを作って見せた。
エルンがすぐに俺の背中に手を当て、治癒魔法の詠唱を開始する。
温かく清浄な光が俺の身体を包み込み、骨が軋む痛みがわずかに和らいでいった。
レオナルドも、ヴィンドールも、そして森の民も、皆が安堵の表情を浮かべている。
この森にようやく本当の平穏が戻ってきた。誰もがそう信じていた。だが、その歓喜と安堵に満ちた空気が、一瞬にして凍りついた。
音などなかった。ただ、肌を刺すような冷たく重い魔力の奔流が、唐突に戦場を支配したのだ。
熱狂は波が引くように静まり返り、誰もが本能的な恐怖に足を止めた。
その発生源である一体の竜の亡骸の上に、いつの間にか一人の男が立っていた。
深いローブに身を包み、その顔には聖職者らしい穏やかな笑みすら浮かんでいる。
筆頭神官セイオン。
「……やれやれ。私の計算をこうも容易く狂わせるとは。君たちは本当に飽きさせないな」
彼は心底つまらなそうにつぶやいた。
その視線は、傷つき魔力を使い果たした俺たちを、ゴミを見るような冷徹さで見下ろしていた。
「……セイオン……!」
俺は怒りを込めて、その名を呼んだ。
だが、セイオンはそんな俺の敵意など意にも介さず、ただその歪んだ思想を淡々とした声で語り始めた。
「賢者カイン。君は実に素晴らしい働きをしてくれた。ヴァルディスを討ち、グロムを退け、分裂しかけた三国をかつてないほど強固な絆で結びつけた。……それはこの世界にあまりにも大きな調和と秩序をもたらした」
賞賛の言葉でありながら、そこには明らかな蔑みが含まれていた。
「だがね、行き過ぎた秩序は停滞を生む。停滞は緩やかな腐敗だ。世界の真の進化とは破壊と創造、闘争と調和、その両極のダイナミズムの中にしか存在しないのだよ」
セイオンは演説するかのように、ゆっくりと両手を広げた。
「君が世界をまとめ、バランスを調和に大きく傾けてしまった。だから、私がそれを是正する。この世界の天秤を再び釣り合わせるために。……最も歴史が古く、最も神聖で、そして、最も価値のあるこの森を破壊することで、世界のバランスを取らせてもらうとしよう」
その傲慢さ。あまりにも冒涜的な狂気の論理。
自分を世界の調整者だとでも思っているのか。その言葉は命を賭して戦った者たちの誇りを完全に踏みにじるものだった。
「……ふざけるなッ!!」
怒号と共に動いたのはレオナルドだった。彼の全身から、これまでにないほどの怒りの闘気が噴き上がる。
「貴様のような男に、この森の、エルフの誇りを語らせはしない!」
彼は双剣を抜き放つと、疾風のごとき速さでセイオンへと肉薄した。竜さえも葬った達人の剣技。その刃がセイオンの首を捉えるまで、瞬きすら許さない刹那の攻防――のはずだった。
セイオンはその場から一歩も動かなかった。
「……野蛮だな」
彼が静かにそうつぶやき、指を軽く弾いた。ただそれだけの動作。
ドォンッ!
セイオンの前に目に見えない絶対的な拒絶の壁が生まれた。レオナルドの渾身の斬撃はその壁に触れることすらできず、まるで巨大な鉄槌で殴りつけられたかのように、凄まじい勢いで後方へと弾き返された。
「がはっ……!?」
受け身を取る余裕すらない。レオナルドの身体は砲弾のように森の大樹に激突し、幹をへし折りながら地面へと崩れ落ちた。その口から大量の血が吐き出され、ピクリとも動かない。
「レオナルド!」
エルンの悲鳴が響く。
一撃。あの歴戦の勇士レオナルドが、魔法ですらない、単なる魔力の衝撃だけで沈められたのだ。
セイオンはその光景に何の感情も示さない。ただ、冷たい瞳で俺を見つめている。
「さあ、賢者カイン。君はどうする? 調和の象徴としてここで死ぬか、それとも新たな混沌の一部となるか」
俺たちの本当の敵が、ついにその正体を現した。
その圧倒的で理不尽な力の前に、森の民の歓声は再び絶望の悲鳴へと変わろうとしていた。
あなたにおすすめの小説
最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)
排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日
冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて
スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる
強いスキルを望むケインであったが、
スキル適性値はG
オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物
友人からも家族からも馬鹿にされ、
尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン
そんなある日、
『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。
その効果とは、
同じスキルを2つ以上持つ事ができ、
同系統の効果のスキルは効果が重複するという
恐ろしい物であった。
このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。
HOTランキング 1位!(2023年2月21日)
ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!