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最終章 零(ゼロ)の賢者
第302話 残された者たち
カズエルの葬儀は王都ロルディアの歴史に深く刻まれる、荘厳な国葬として執り行われた。
神授の媒介者として国を救い、三国同盟の礎を築いた大英雄の死。その功績を称え、レオンハルト王の血を引く若き国王アウグスト自らが葬儀を執り行った。
王都騎士団が整然と列をなし、貴族たちは黒い礼服に身を包んでその死を悼む。
大聖堂の鐘が重く鳴り響く中、民衆もまた沿道に静かに並び、英雄の最後の旅路を祈りと共に見送っていた。
俺はエルンとルナと共に、その光景を少し離れた場所から、ただ黙って見つめていた。
国葬という、あまりにも盛大な儀式。だが、俺の心にあったのはそんな栄誉とはかけ離れた、ただ一つの個人的な感情だった。
親友がもういない。その、あまりにも単純で絶対的な事実だけが、鉛のように重く胸にのしかかっていた。
***
葬儀が終わり、人々がそれぞれの日常へと戻っていく中、俺は一人、カズエルの墓の前から動けずにいた。
王都を見渡せる陽当たりの良い丘の上。白い大理石でできた真新しい墓石には、彼の名と、彼がこの世界で成し遂げた偉業が金文字で刻まれている。
だが、俺の目にはそんな輝かしい碑文など映ってはいなかった。
ただ、土の下で眠る、あの悪戯っぽい笑顔だけが、まぶたの裏に焼き付いて離れない。
「……なあ、松尾」
俺は誰に聞かせるともなく、元の世界での呼び名で彼に語りかけた。
「お前がいなくなって、これから俺は誰と馬鹿話をすればいいんだよ」
返事はない。ただ、穏やかな風が丘の上の草を揺らすだけだった。
50年の歳月。
エルフである俺にとっては人生のほんの一節、瞬きのような時間だ。だが、人間である彼にとっては、愛する者と出会い、子を育て、そしてその生涯を全うするのに十分すぎるほどの時間だった。
俺は若さを保ったまま、彼は穏やかな老人になった。その残酷なまでの時の流れの違いを、俺はこれまで意識の外に置いていた。いや、無意識に目を背けていたのかもしれない。
エルフとして、これから何百年、何千年と続くであろう永い旅路。
その中で、俺はあと何度、この痛みと向き合わなければならないのだろう。
エルンは同じエルフだ。彼女とは永い時を共に歩めるだろう。だが、この世界で出会い、心を通わせるであろう多くの人間たちは? 彼らは皆、俺を置いて先に逝ってしまう。
その事実に、俺は初めてエルフとして生きることの底知れない孤独と恐怖を感じ始めていた。
それは中身である竹内悟志としての感性が、この長寿の身体の中で悲鳴を上げている証拠だった。
「カイン」
静かな声に俺ははっと我に返った。
いつの間にか、セリスが息子を連れて俺の隣に立っていた。喪服に身を包んだ彼女の瞳は悲しみに濡れていたが、その奥には母としての揺るぎない強さが宿っている。
「……すまない。少し、考え事をしていた」
「いいえ」
セリスは静かに首を横に振った。
「あなたには、お礼を言わなければなりません。……あの人が最後まで笑っていられたのは、あなたという最高の友がいたからです」
彼女は傍らに立つ息子アルヴィンの背中にそっと手を添えた。
母譲りの栗色の髪に、父の面影を宿した少年。ハーフエルフである彼は実年齢よりも幼い少年の外見をしていたが、その瞳には理知的な光が宿っていた。
「……父上のこと、ありがとうございました」
彼は気丈にも涙をこらえ、はっきりとした口調で言った。そのあまりにも健気な姿に、俺は胸が締め付けられるような思いだった。
俺は膝をつき、アルヴィンの目線に合わせると、その小さな肩に手を置いた。
「……ああ。お前の父さんは最高の男だった。……俺の自慢の親友だ」
俺がそう言うと、アルヴィンは唇を噛み締め、こくりと小さくうなずいた。
セリスはそんな俺たちの様子を優しい、しかしどこか寂しげな目で見つめていた。
「カイン。私とこの子はしばらく森へ帰ろうと思います」
彼女は静かにその決意を口にした。
「王都での暮らしは、あの人との輝かしい思い出そのものです。ですが……少し静かな場所が必要です。この子に私の故郷を見せてやりたいという思いもありますし、あの人が遺した膨大な資料を整理するには、あの森の静寂が相応しいでしょうから」
「……そうか。それが、お前の出した答えなんだな」
「はい」
彼女の決断を俺に止める権利などなかった。
セリスはアルヴィンの手を引き、墓石に最後の一礼を捧げると、静かに丘を下りていった。
残されたのは俺と、そして、親友の墓だけだった。
俺は再び一人になった。そう思った、その時。そっと俺の肩に温かい手が置かれた。
「……カイン」
振り返ると、そこにはエルンが立っていた。
彼女は何も言わなかった。ただ、俺の隣に立ち、同じように墓石を見つめている。
慰めの言葉も、励ましの言葉もない。だがその、ただ静かに寄り添ってくれるという存在が、今の俺には何よりも救いだった。
俺たちはどちらからともなく、夕陽に染まる王都の街並みを見下ろした。
美しい光景のはずなのに、その全てがどこか色褪せて見える。
親友を失った世界で、俺はこれから、この永い時をどう生きていけばいいのか。
その答えを俺はまだ見つけられずにいた。
神授の媒介者として国を救い、三国同盟の礎を築いた大英雄の死。その功績を称え、レオンハルト王の血を引く若き国王アウグスト自らが葬儀を執り行った。
王都騎士団が整然と列をなし、貴族たちは黒い礼服に身を包んでその死を悼む。
大聖堂の鐘が重く鳴り響く中、民衆もまた沿道に静かに並び、英雄の最後の旅路を祈りと共に見送っていた。
俺はエルンとルナと共に、その光景を少し離れた場所から、ただ黙って見つめていた。
国葬という、あまりにも盛大な儀式。だが、俺の心にあったのはそんな栄誉とはかけ離れた、ただ一つの個人的な感情だった。
親友がもういない。その、あまりにも単純で絶対的な事実だけが、鉛のように重く胸にのしかかっていた。
***
葬儀が終わり、人々がそれぞれの日常へと戻っていく中、俺は一人、カズエルの墓の前から動けずにいた。
王都を見渡せる陽当たりの良い丘の上。白い大理石でできた真新しい墓石には、彼の名と、彼がこの世界で成し遂げた偉業が金文字で刻まれている。
だが、俺の目にはそんな輝かしい碑文など映ってはいなかった。
ただ、土の下で眠る、あの悪戯っぽい笑顔だけが、まぶたの裏に焼き付いて離れない。
「……なあ、松尾」
俺は誰に聞かせるともなく、元の世界での呼び名で彼に語りかけた。
「お前がいなくなって、これから俺は誰と馬鹿話をすればいいんだよ」
返事はない。ただ、穏やかな風が丘の上の草を揺らすだけだった。
50年の歳月。
エルフである俺にとっては人生のほんの一節、瞬きのような時間だ。だが、人間である彼にとっては、愛する者と出会い、子を育て、そしてその生涯を全うするのに十分すぎるほどの時間だった。
俺は若さを保ったまま、彼は穏やかな老人になった。その残酷なまでの時の流れの違いを、俺はこれまで意識の外に置いていた。いや、無意識に目を背けていたのかもしれない。
エルフとして、これから何百年、何千年と続くであろう永い旅路。
その中で、俺はあと何度、この痛みと向き合わなければならないのだろう。
エルンは同じエルフだ。彼女とは永い時を共に歩めるだろう。だが、この世界で出会い、心を通わせるであろう多くの人間たちは? 彼らは皆、俺を置いて先に逝ってしまう。
その事実に、俺は初めてエルフとして生きることの底知れない孤独と恐怖を感じ始めていた。
それは中身である竹内悟志としての感性が、この長寿の身体の中で悲鳴を上げている証拠だった。
「カイン」
静かな声に俺ははっと我に返った。
いつの間にか、セリスが息子を連れて俺の隣に立っていた。喪服に身を包んだ彼女の瞳は悲しみに濡れていたが、その奥には母としての揺るぎない強さが宿っている。
「……すまない。少し、考え事をしていた」
「いいえ」
セリスは静かに首を横に振った。
「あなたには、お礼を言わなければなりません。……あの人が最後まで笑っていられたのは、あなたという最高の友がいたからです」
彼女は傍らに立つ息子アルヴィンの背中にそっと手を添えた。
母譲りの栗色の髪に、父の面影を宿した少年。ハーフエルフである彼は実年齢よりも幼い少年の外見をしていたが、その瞳には理知的な光が宿っていた。
「……父上のこと、ありがとうございました」
彼は気丈にも涙をこらえ、はっきりとした口調で言った。そのあまりにも健気な姿に、俺は胸が締め付けられるような思いだった。
俺は膝をつき、アルヴィンの目線に合わせると、その小さな肩に手を置いた。
「……ああ。お前の父さんは最高の男だった。……俺の自慢の親友だ」
俺がそう言うと、アルヴィンは唇を噛み締め、こくりと小さくうなずいた。
セリスはそんな俺たちの様子を優しい、しかしどこか寂しげな目で見つめていた。
「カイン。私とこの子はしばらく森へ帰ろうと思います」
彼女は静かにその決意を口にした。
「王都での暮らしは、あの人との輝かしい思い出そのものです。ですが……少し静かな場所が必要です。この子に私の故郷を見せてやりたいという思いもありますし、あの人が遺した膨大な資料を整理するには、あの森の静寂が相応しいでしょうから」
「……そうか。それが、お前の出した答えなんだな」
「はい」
彼女の決断を俺に止める権利などなかった。
セリスはアルヴィンの手を引き、墓石に最後の一礼を捧げると、静かに丘を下りていった。
残されたのは俺と、そして、親友の墓だけだった。
俺は再び一人になった。そう思った、その時。そっと俺の肩に温かい手が置かれた。
「……カイン」
振り返ると、そこにはエルンが立っていた。
彼女は何も言わなかった。ただ、俺の隣に立ち、同じように墓石を見つめている。
慰めの言葉も、励ましの言葉もない。だがその、ただ静かに寄り添ってくれるという存在が、今の俺には何よりも救いだった。
俺たちはどちらからともなく、夕陽に染まる王都の街並みを見下ろした。
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