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最終章 零(ゼロ)の賢者
第316話 混沌への決意
俺の高らかな宣言に書斎の空気は一瞬で華やいだ。
アルヴィンは感極まったように剣の柄を握りしめ、エルンは胸の前で手を組み、安堵のため息を漏らしている。
だが、彼らの反応は俺の言葉の意味を深く理解してのことというよりは、長年心を病み、塞ぎ込んでいた俺が、ようやく以前のような覇気を取り戻したことへの純粋な喜びによるものだった。
「ふふっ。ようやく、いつものカインに戻ったね」
ルナがニカっと笑い、それから小首をかしげた。その真紅の瞳には面白がるような好奇心と、鋭い洞察の光が同居している。
「でもさ、混沌ってことは……要するにカインが倒したセイオンと同じことをするってこと?」
その問いかけに、沸き立っていた場の空気がピリリと引き締まる。
エルンとアルヴィンの視線も俺へと集まった。
俺は首を横に振った。
「いいや、違う。セイオンが望んだのは今の世界を全て否定し、焼き尽くした上での強制的な進化だ。奴は生きとし生けるもの全ての意思を無視して、神の視点から盤面をひっくり返そうとした」
俺はテーブルに歩み寄り、そこに広げられていたロルディア王国の地図を指でなぞった。
「だが、俺たちが起こす混沌はそんな無差別な破壊じゃない。……剪定だ」
「剪定……ですか?」
アルヴィンが問う。
俺はうなずき、地図上の数箇所に赤いインクで印をつけていった。王都の貴族街、地方の領主の館、そして、国境付近の山岳地帯。
それは俺がこの二百年、水晶球を通して見続けてきた、この世界の澱みが溜まっている場所だ。
「ここ数十年、俺はずっと見てきた。既得権益にしがみつき、民から搾取することしか考えない腐敗した貴族たち。そして、人を物として扱い、希望を奪う奴隷商の拠点……」
俺の声に微かな怒りがにじむ。
「彼らの存在は単なる悪党というだけじゃない。富とマナ、そして人々の活力という世界の血流をせき止める、巨大な澱みそのものだ。川の流れが岩に阻まれれば水が腐るように、彼らがのさばり続ける限り、この世界は循環を失い、緩やかに死に向かう」
俺は地図上の赤い印を指先で強く叩いた。
「だから取り除く。大樹を枯らす腐った枝を切り落とすように、この澱みの原因だけを的確に、徹底的に。……その行為によって、権力の空白や混乱――つまり、混沌が生まれるだろう。だが、流れを阻害するものさえ取り除けば世界はまだ、自らの力で清流を取り戻し、再生することができるはずだ」
破壊のための混沌ではない。再生を促すための刺激としての混沌。それが、カイランと共に導き出した答えだった。
俺の説明を聞き終えたアルヴィンが深く感じ入ったようにうなずいた。
「……なるほど。父上が追い求めていた、世界の理を、より良いものへと書き換えるという思想に、それは近いのかもしれません。歪んだ理を正し、本来の在り方に戻す……。まさに世界の更新ですね」
アルヴィンは納得したようだった。
だが、エルンだけはその翡翠色の瞳に深い憂いの色を浮かべていた。彼女は俺の身を案じるあまり、その行為が孕む危険性を誰よりも敏感に感じ取っていたのだ。
「……ですが、カイン。それはあまりにも危険すぎます」
彼女は祈るように手を組んだ。
「特定の勢力を国の法によらず、個人の判断で断罪する……。それは秩序への反逆です。かつてセイオンを討ち、世界を救った英雄であるあなたが、今度は世界から、秩序を乱す悪として指名手配されかねません」
エルンの言葉は正しい。今の世界において、俺たちがやろうとしていることはテロリストの所業だ。
かつて称えられた英雄の像は地に堕ち、人々から石を投げられるかもしれない。だが、俺は静かに笑った。その笑みにはもはや迷いはない。
「構わないさ、エルン。名声や称賛なんてものは二百年前に置いてきた」
俺は仲間たち一人一人の顔を見回した。
「俺はこの手で、この世界の理不尽を一つずつ終わらせていく。たとえそれが世界から悪と呼ばれる道だとしても。……俺は俺の信じる正義を貫きたいんだ」
もし世界が俺を悪と呼ぶなら、甘んじてその汚名を受け入れよう。それが、停滞した世界を動かすために必要な役回りだというのなら。
俺は一度深く息を吸い、改めてここにいる三人に問いかけた。
「だが、これは俺のエゴだ。お前たちまでその汚名を背負う必要はない。……それでも俺と一緒に来てくれるか?」
書斎に静寂が落ちる。だがそれは重苦しい沈黙ではない。それぞれの胸に宿る、覚悟の炎が燃え上がる音だった。
アルヴィンは感極まったように剣の柄を握りしめ、エルンは胸の前で手を組み、安堵のため息を漏らしている。
だが、彼らの反応は俺の言葉の意味を深く理解してのことというよりは、長年心を病み、塞ぎ込んでいた俺が、ようやく以前のような覇気を取り戻したことへの純粋な喜びによるものだった。
「ふふっ。ようやく、いつものカインに戻ったね」
ルナがニカっと笑い、それから小首をかしげた。その真紅の瞳には面白がるような好奇心と、鋭い洞察の光が同居している。
「でもさ、混沌ってことは……要するにカインが倒したセイオンと同じことをするってこと?」
その問いかけに、沸き立っていた場の空気がピリリと引き締まる。
エルンとアルヴィンの視線も俺へと集まった。
俺は首を横に振った。
「いいや、違う。セイオンが望んだのは今の世界を全て否定し、焼き尽くした上での強制的な進化だ。奴は生きとし生けるもの全ての意思を無視して、神の視点から盤面をひっくり返そうとした」
俺はテーブルに歩み寄り、そこに広げられていたロルディア王国の地図を指でなぞった。
「だが、俺たちが起こす混沌はそんな無差別な破壊じゃない。……剪定だ」
「剪定……ですか?」
アルヴィンが問う。
俺はうなずき、地図上の数箇所に赤いインクで印をつけていった。王都の貴族街、地方の領主の館、そして、国境付近の山岳地帯。
それは俺がこの二百年、水晶球を通して見続けてきた、この世界の澱みが溜まっている場所だ。
「ここ数十年、俺はずっと見てきた。既得権益にしがみつき、民から搾取することしか考えない腐敗した貴族たち。そして、人を物として扱い、希望を奪う奴隷商の拠点……」
俺の声に微かな怒りがにじむ。
「彼らの存在は単なる悪党というだけじゃない。富とマナ、そして人々の活力という世界の血流をせき止める、巨大な澱みそのものだ。川の流れが岩に阻まれれば水が腐るように、彼らがのさばり続ける限り、この世界は循環を失い、緩やかに死に向かう」
俺は地図上の赤い印を指先で強く叩いた。
「だから取り除く。大樹を枯らす腐った枝を切り落とすように、この澱みの原因だけを的確に、徹底的に。……その行為によって、権力の空白や混乱――つまり、混沌が生まれるだろう。だが、流れを阻害するものさえ取り除けば世界はまだ、自らの力で清流を取り戻し、再生することができるはずだ」
破壊のための混沌ではない。再生を促すための刺激としての混沌。それが、カイランと共に導き出した答えだった。
俺の説明を聞き終えたアルヴィンが深く感じ入ったようにうなずいた。
「……なるほど。父上が追い求めていた、世界の理を、より良いものへと書き換えるという思想に、それは近いのかもしれません。歪んだ理を正し、本来の在り方に戻す……。まさに世界の更新ですね」
アルヴィンは納得したようだった。
だが、エルンだけはその翡翠色の瞳に深い憂いの色を浮かべていた。彼女は俺の身を案じるあまり、その行為が孕む危険性を誰よりも敏感に感じ取っていたのだ。
「……ですが、カイン。それはあまりにも危険すぎます」
彼女は祈るように手を組んだ。
「特定の勢力を国の法によらず、個人の判断で断罪する……。それは秩序への反逆です。かつてセイオンを討ち、世界を救った英雄であるあなたが、今度は世界から、秩序を乱す悪として指名手配されかねません」
エルンの言葉は正しい。今の世界において、俺たちがやろうとしていることはテロリストの所業だ。
かつて称えられた英雄の像は地に堕ち、人々から石を投げられるかもしれない。だが、俺は静かに笑った。その笑みにはもはや迷いはない。
「構わないさ、エルン。名声や称賛なんてものは二百年前に置いてきた」
俺は仲間たち一人一人の顔を見回した。
「俺はこの手で、この世界の理不尽を一つずつ終わらせていく。たとえそれが世界から悪と呼ばれる道だとしても。……俺は俺の信じる正義を貫きたいんだ」
もし世界が俺を悪と呼ぶなら、甘んじてその汚名を受け入れよう。それが、停滞した世界を動かすために必要な役回りだというのなら。
俺は一度深く息を吸い、改めてここにいる三人に問いかけた。
「だが、これは俺のエゴだ。お前たちまでその汚名を背負う必要はない。……それでも俺と一緒に来てくれるか?」
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