50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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最終章 零(ゼロ)の賢者

第322話 揺れる王国

 若き国王ライオネルが下した討伐の勅命は王都の空気を一夜にして変えた。
 これまで民衆の間で密やかな希望として囁かれていた影の義賊、ゼロは一夜にして国家の秩序を乱す反逆者として認定されたのだ。

 王国騎士団の詰め所は早朝から武具の擦れる音と騎士たちの殺気にも似た緊張感に満ちていた。
 その中央に立つのは若くして隊長を務める男、ギルバート・アシュフォード。
 代々王家に仕える騎士の名門に生まれ、その剣技と忠誠心、そして何より冷徹なまでの指揮能力は騎士団の歴史でも随一と謳われていた。

「諸君、聞け!」

 ギルバートの凛とした声が整列した騎士たちに響き渡る。

「我らが討つべき相手はただの賊ではない。法の支配を無視し、人心を惑わす、国家の根幹を揺るがす脅威だ。零がいかに民衆の支持を得ようとも、我らが為すべきことはただ一つ。王の剣として、その毒を速やかに排除すること。……王国の誇りに懸けて、この任務を完遂せよ!」

「「「はっ!!」」」

 騎士たちの短く鋭い呼応が王都の空を震わせた。


 彼らの討伐作戦は迅速かつ緻密だった。
 ギルバートはこれまでの零の犯行記録を徹底的に分析した。標的となる貴族の選定基準、犯行現場に残された魔力痕跡、そして目撃情報が僅かに残る神出鬼没な移動経路。
 その全てを論理的に繋ぎ合わせ、彼は次なる零の標的をほぼ完璧に予測してみせたのだ。

 標的は王都から北へ数日の距離にある鉱山都市、ダストウォール。
 その街を支配する悪徳男爵が鉱山の労働者たちを奴隷同然に酷使している事実は騎士団も把握していた。零が、次に見過ごせない不正義。それが、ここだと。

 ギルバートは男爵の屋敷へと続く唯一の谷道に鉄壁の包囲網を敷いた。
 崖の上には遮蔽魔法を施した弓兵を配置し、道には蟻一匹逃さない探知結界を張り巡らせる。そして彼自身が精鋭部隊を率いて谷の出口で待ち構えた。
 論理と戦略の限りを尽くした完璧な包囲網。ここを通れば、いかなる達人であろうと逃れることはできないはずだった。

 ――だが、彼らが相手にしていたのは論理の外を歩く者たちだった。

 ***

 ダストウォールへと続く別の森の獣道。俺たち三人は静かにその場所で足を止めていた。

「……カイン」

 ルナが俺のローブの裾をくい、と引いた。
 彼女の黄金の瞳は現実の風景ではなく、その先に広がる未来の因果を映し出している。

「あの谷、ダメだよ。行っちゃダメ。あそこだけ、みんなの運命の糸がすっごくきつく結ばれてる。真っ赤で、悪い結び方。行ったら、みんな血を流すことになる」

 ルナの星読の力。
 それは敵の配置や罠を探るという次元のものではない。その選択がどのような未来へと繋がるのか、結果そのものを先読みする力だ。
 ギルバートの完璧な戦術も、未来を知る者には無意味だった。

「……そうか」

 俺は静かにうなずいた。

「アルヴィン。別の道を探せるか?」

「はい、賢者殿」

 アルヴィンは即座に地図を広げた。

「迂回路は存在します。険しい山道になりますが、半日ほど余分にかければ、あの谷を完全に避けてダストウォールへと到達可能です」

「よし、その道で行こう」

 俺たちの決断に迷いはなかった。

 ***

 その夜。
 ギルバート率いる王国騎士団は冷たい夜風の中でただ虚しく待ち続けていた。
 彼らが仕掛けた完璧な罠に獲物が姿を現すことはついになかった。

 翌朝、彼らの元に信じがたい報せが届く。鉱山都市ダストウォールで零による制裁が執行された、と。
 悪徳男爵は一夜にしてその富と記憶を失い、鉱山の奴隷たちは全員解放されていた。現場には例によって、円環の紋様だけが残されていた。
 騎士団は完全に裏をかかれたのだ。この不可解な失敗は王国騎士団の威信を地に堕とした。

 民衆は噂し始めた。

『零は未来を見通す力を持っているのではないか』
『王の騎士団ですら捕らえることのできない、神の使いなのではないか』 

 民衆の零への支持は熱狂へと変わり、王国の権威はその足元から静かに、しかし確実に崩れ始めていた。

 王都、玉座の間。
 ギルバートからの失敗報告を受けた若き国王ライオネルはその顔から血の気を失わせていた。

「……なぜだ。なぜ奴らは我々の動きが分かるのだ……」

 彼が戦っている相手はもはやただの賊ではない。
 民衆の支持という最強の鎧をまとい、因果すらも操る正体不明の幻影。
 その底知れない存在を前に、王は自らの玉座が砂上の楼閣であることを痛感せずにはいられなかった。
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