50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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最終章 零(ゼロ)の賢者

第329話 聖人の墜落

 ロルディア王国での最後の標的はオルダス公爵に定まった。
 表向きは聖人君子、その実態は国を蝕む腐敗の根源であり、二百年に及ぶ停滞の象徴。
 この男を葬り去ることこそが、俺たちの旅の集大成となる。
 作戦会議の席上、俺は仲間たちに一つの条件を提示した。

「今回はコソコソ隠れてやるつもりはない。正面から堂々と攻め込み、派手に暴れる」

 俺の言葉にアルヴィンとルナが顔を見合わせる。

「今後の抑止力とするためですか?」

「ああ。オルダス公爵のようなやり方は、どれほどの権力を持っていようと絶対に許されない。その事実を、圧倒的な力と共にこの国に刻み込む必要がある」

 ただ裏で消すだけでは足りない。白日の下に晒し、その絶対的な権威ごと粉砕しなければ、第二のオルダスが現れるだけだ。

『……いいだろう』

 魂の内側でカイランが重々しくうなずいた。

『その傲慢さ、嫌いではない。我々の力を世界に見せつける良い機会だ』

「ルナも賛成! コソコソするのはもう飽きたし、最後にドカンと一発やっちゃおうよ!」

「承知しました。存分に力を振るいます」

 ルナとアルヴィンも、力強く賛同した。
 
 方針は決まった。

 ***

 その後。
 零からオルダス公爵へ警告状が送られ、三日が経過した。

 公爵邸は王国の威信をかけた要塞と化していた。数百名の近衛兵、高名な宮廷魔術師団、そして無数の魔法障壁。ネズミ一匹通さぬ厳戒態勢だ。

 そして、運命の四日目。
 太陽が真上に昇る昼下がり。俺たちは公爵邸の正門前に唐突に姿を現した。
 認識阻害の魔法により、その姿は揺らめく影のように曖昧で、誰一人として俺たちの顔を認識することはできない。ただ、そこに圧倒的な強者がいることだけが伝わる。

「な、何者だ! ここを公爵閣下の屋敷と知っての……!」

 門番が槍を構え、声を張り上げる。俺は静かに身体の主導権を相棒へと明け渡した。

(……頼むぞ、カイラン)

『うむ。幕を下ろそう』

 俺の瞳が深い蒼色に染まる。カイランは杖を掲げ、静かに、しかし世界を書き換えるほどの魔力を込めて詠唱した。

「――夜の帳ナイトフォール

 その瞬間、世界から光が消えた。太陽が黒く塗り潰され、公爵邸を中心とした一帯が、真夜中よりも深い漆黒の闇に包まれた。
 それは単なる目くらましではない。俺たちが敵と認識した者たちの視覚と聴覚を遮断し、絶対的な孤独と静寂をもたらす闇の最高位魔法だ。

「な、なんだ!? 何も見えん!」

「おい、どこだ! 声が聞こえんぞ!」

 闇の中で兵士たちのパニックだけが連鎖する。
 
 俺たちにはその光景が鮮明に見えていた。

「ルナ、開けてくれ」

「了解!」

 ルナが手のひらをかざす。圧縮された爆炎が解き放たれ、鉄壁を誇った巨大な正門が紙細工のように吹き飛んだ。

 ズドォォォォンッ!!

 爆音と共に俺たちは屋敷の敷地内へと足を踏み入れた。

 闇雲に剣を振り回す警備兵たちの間を一陣の風が駆け抜ける。

「――そこです」

 アルヴィンだ。

 彼は先置一閃せんちいっせんの要領で、敵の動きを完全に読み切っていた。殺傷はしない。剣の柄や峰を使い、正確に急所を突いて次々と兵士たちを昏倒させていく。彼の通り過ぎた後には静かに眠る兵士たちの道が出来上がっていた。
 俺たちはその道を悠然と進み、屋敷の内部へとなだれ込む。

 広間では、待ち構えていた宮廷魔術師部隊が必死の形相で杖を光らせていた。

「ひるむな! 聖光ホーリー・ライトで闇を払え!」

 彼らの光魔法が、わずかに夜の帳を押し返し、視界を確保する。さすがは王国の精鋭だ。

 だが、その抵抗も想定内だ。

「――音消ミュート

 俺が指を鳴らす。
 瞬間、魔術師たちの口から声が消えた。詠唱を封じられ、魔法の発動が霧散する。

 驚愕に目を見開く彼らの懐に小さな影が飛び込んだ。

「隙ありっ!」

 ルナだ。魔法が使えない魔導師など、ただの的だ。彼女は目にも止まらぬ速さで駆け回り、強烈な掌底や回し蹴りを叩き込んでいく。

 数秒後、魔術師部隊は全員、床に伏していた。

 ***

 そして、俺たちはついに最上階、公爵の私室へと到達した。
 重厚な扉を蹴破ると、そこには最後の抵抗戦力が待ち構えていた。
 近衛騎士団長を含む精鋭たち。そして、部屋の奥でガタガタと震えながら座り込む、王都の聖人オルダス公爵。

「く、来るな! 余を誰だと思っている! この国の救世主だぞ!」

 公爵の悲鳴にも似た叫び。だが、騎士たちの抵抗も、数分と持たなかった。
 アルヴィンの剣が騎士団長の剣を弾き飛ばし、ルナの炎が残りの兵を制圧する。
 俺たちは震える公爵を静かに取り囲んだ。

『……醜いな』

 カイランが冷徹に見下ろす。

『自らが生み出した腐敗に怯え、虚飾の光にしがみつく。それが貴様の正体か』

「ひっ、ひぃぃ……! 助けてくれ! 金ならやる! 地位も、名誉も、なんでも……!」

 命乞いをするその姿に聖人の面影はない。カイランは公爵の額にゆっくりと手をかざした。

『不要だ。貴様には何も残さない』

 俺の瞳が青白く発光する。

『その薄汚れた記憶と自我を捨て、子供のような無垢な心を取り戻すがいい。……二度と悪意を抱けぬようにな』

「や、やめろぉぉぉ……ッ!」

「――記憶抹消」

 断末魔のような叫びと共にオルダス公爵の瞳から理性の光が消え、虚ろな、しかしどこか憑き物が落ちたような安らかな色へと変わっていった。

 その後、俺たちは闇に包まれた屋敷内を捜索し、隠し部屋を発見した。そこには奴隷売買の契約書、密輸の記録、貴族たちへの賄賂のリストなど、全ての悪事の証拠が保管されていた。

 それら全てを回収し、俺たちは目的を果たした。

『……行くぞ』

 カイランの空間転移で俺たちは静かにその場を後にした。

 後に残されたのは意識を失った兵士たちと、記憶を失った一人の老人だけだった。

 ***

 数日後。
 王都中に空から無数の羊皮紙がバラまかれた。
 そこには零の署名と共に、オルダス公爵の罪状が、回収された決定的な証拠の写しと共に詳細に記されていた。
 そして、その末尾にはこう添えられていた。

『彼の罪に加担し、沈黙する者にも、いずれ零の審判は下る』

 当初、民衆は、聖人への誹謗中傷だと懐疑的だった。
 だが、その警告に恐怖した公爵の協力者や小悪党たちが、我先にと騎士団に自首し、公爵の悪事を次々と自白し始めたのだ。

 その事実が明るみになるにつれ、民衆の信頼は疑惑へ、そして熱狂的な怒りへと変わっていった。
 王都の聖人の仮面は剥がれ落ち、オルダス公爵の社会的地位は完全に失墜した。

 ロルディア王国を深く蝕んでいた最大の腐敗と停滞の根源が今、完全に断ち切られたのだ。
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