3 / 8
2.宿屋ぐらしの騎士
しおりを挟む
臆病者! と言われても大抵の場合は我慢することができる。……でも、何事にも時と場合があるものだろう、と僕は思うのだ。
「騎士さま、朝ごはんの準備ができました!」
ドアをノックする音がして、女の子の声が聞こえた。
僕はベットの上で目を開ける。寝ていたわけではないけれど、考え事をしているうちにそんな時間になっていたらしい。
実は現在、解決しなければいけない問題を僕は抱えている。だけどその問題は頭をぐるぐる回るばかりで解決策は思い浮かばなかった。
考えに一区切りつけるにはちょうどいいタイミングで声がかけられた。そう僕は思ってベットから身を起こす。
ドアを開けると女の子が立っていた。
栗色の髪を三つ編みにしている、見るからに元気そうな子だ。
「おはようございます、騎士さま!」
「おはよう、ナタリー」
見上げるようにしてハキハキと挨拶をしてくれた彼女に、僕は挨拶を返す。
ナタリーは、僕がこのところ泊まっている宿屋の看板娘だ。もうすぐ14歳になるらしい。誰にでも明るく接して、場を和ませてくれるとてもいい子だ。
「昨日は帰りが遅かったですね。昨日というか、朝帰りなんてめずらしいです!」
「色々あってね」
「あ、あやしい! 何かあったんでしょう!」
「何もないよ」
「騎士さまって嘘が下手なんですね」
……意外と鋭いな。
たしかに、何もなかったわけではないけれど……純朴な目で見つめるこの少女にする話ではない、絶対に。
「気になります! 何があったんです?」
ナタリーは必要以上に騎士という存在にあこがれを抱いている節がある。彼女が聞きたいような英雄譚など僕は持ち合わせていないのだ。
「着替えたら下に降りるよ」
ごまかすように言って、ドアを閉めた。少し不満そうに頬を膨らませる少女の顔が見えた気がする。
ドアを閉めた空間にあるのは、ベットと小さい机と椅子だけ、小さい窓もある。ここは、宿屋の一室だ。
ここは、『ツバキ亭』。2階が宿屋になっていて1階は食堂と酒場を兼ねている。
僕がここに来てから、数ヶ月が過ぎようとしていた。
宿屋暮らしとはいいご身分だな、と思われるかもしれないけれど、でも身分をいうなら一応僕も貴族の部類である。
それに、使いもしない屋敷の維持費を払うのはバカらしい。屋敷を引き払い、執事とメイドに別れを告げてこの宿に転がり込んだ。
執事とメイドには悪いことをしたと思ったけれど……いや、没落しようとするわが家に止まってくれるほうが申し訳ないというものだろう。
あいにく、亡き母の教育の賜物で、贅沢とか見栄を張ることに金貨を使う興味は沸かなかった。
自分の身の周りの世話は、自分で出来る。我が身一つであるならば……。
毎日の宿代くらい貴族にとっては、わけのないことだ。シーツも変えてくれるし、朝食も出る、なにも不自由はない。
必要なものはトランクケースひとつに詰め込んできたし、これ以上望むものはない。
僕は少し過去を思い出しながら、トランクケースからシャツを取り出して着替えを始めた。
着替えを済ませて、階段を降りるとナタリーが待っていた。僕に気がつくと、あっ! と声を漏らして、目を輝かせて、詰め寄ってくる。
「聞かせてください、騎士さま! 昨夜の英雄譚を!」
「……いつかね」
「約束ですよ!」
絶対に今後も話すことはないだろう。僕は嘘をつく、今度はバレないように注意して。
僕は彼女から逃げるように、いつものテーブルについた。
本来指定された席は無いのだけれど、僕に気を使ってなのか、この席はいつも空いている。奥の隅にある席、日当たりもいい。これが今、僕が振りかざせる数少ない貴族の特権というものだ。
「お待たせいたしましたっ!」
しばらくすると、ナタリーが元気よくパンとスープを持ってきてくれた。
ちなみに、野菜がごろごろ入ったスープがこの店の名物で、朝食にでるパンはこの店で焼いたばかりの出来立てだ。いい宿を見つけた、と内心思っている。
僕はスープとパンに口をつける。
美味しい。
経験上、食べ物の味がするか、しないかで自分の精神状態を測ることが出来る。それほど、悪い状況ではないのかもしれない。
さて、出発しよう。
食事を終えて、顔を上げるとナタリーと目が合った。トコトコと早足でこちらに向かってくる。
「じゃあ、行ってきます」
食器を下げにきた少女に、僕は声をかけて席を立つ。
「いってらっしゃいませ! 騎士さま!」
ビシッと勢いよくナタリーは、僕を送り出してくれた。今に敬礼してもおかしくない。
僕は宿屋の扉を開けて外の光を浴びる。
この数ヶ月、変わらない日常を送ってきた。
騎士の仕事へ行き、宿屋へ戻ってくる。
これが、没落騎士のルーティンワークだ。
今日も変わらない日常が始まるはず。
……だったのだけど、昨夜までは……。
さて、問題を解決しなければならない。平穏な日常のために。
僕は、宿屋をあとにした。
「騎士さま、朝ごはんの準備ができました!」
ドアをノックする音がして、女の子の声が聞こえた。
僕はベットの上で目を開ける。寝ていたわけではないけれど、考え事をしているうちにそんな時間になっていたらしい。
実は現在、解決しなければいけない問題を僕は抱えている。だけどその問題は頭をぐるぐる回るばかりで解決策は思い浮かばなかった。
考えに一区切りつけるにはちょうどいいタイミングで声がかけられた。そう僕は思ってベットから身を起こす。
ドアを開けると女の子が立っていた。
栗色の髪を三つ編みにしている、見るからに元気そうな子だ。
「おはようございます、騎士さま!」
「おはよう、ナタリー」
見上げるようにしてハキハキと挨拶をしてくれた彼女に、僕は挨拶を返す。
ナタリーは、僕がこのところ泊まっている宿屋の看板娘だ。もうすぐ14歳になるらしい。誰にでも明るく接して、場を和ませてくれるとてもいい子だ。
「昨日は帰りが遅かったですね。昨日というか、朝帰りなんてめずらしいです!」
「色々あってね」
「あ、あやしい! 何かあったんでしょう!」
「何もないよ」
「騎士さまって嘘が下手なんですね」
……意外と鋭いな。
たしかに、何もなかったわけではないけれど……純朴な目で見つめるこの少女にする話ではない、絶対に。
「気になります! 何があったんです?」
ナタリーは必要以上に騎士という存在にあこがれを抱いている節がある。彼女が聞きたいような英雄譚など僕は持ち合わせていないのだ。
「着替えたら下に降りるよ」
ごまかすように言って、ドアを閉めた。少し不満そうに頬を膨らませる少女の顔が見えた気がする。
ドアを閉めた空間にあるのは、ベットと小さい机と椅子だけ、小さい窓もある。ここは、宿屋の一室だ。
ここは、『ツバキ亭』。2階が宿屋になっていて1階は食堂と酒場を兼ねている。
僕がここに来てから、数ヶ月が過ぎようとしていた。
宿屋暮らしとはいいご身分だな、と思われるかもしれないけれど、でも身分をいうなら一応僕も貴族の部類である。
それに、使いもしない屋敷の維持費を払うのはバカらしい。屋敷を引き払い、執事とメイドに別れを告げてこの宿に転がり込んだ。
執事とメイドには悪いことをしたと思ったけれど……いや、没落しようとするわが家に止まってくれるほうが申し訳ないというものだろう。
あいにく、亡き母の教育の賜物で、贅沢とか見栄を張ることに金貨を使う興味は沸かなかった。
自分の身の周りの世話は、自分で出来る。我が身一つであるならば……。
毎日の宿代くらい貴族にとっては、わけのないことだ。シーツも変えてくれるし、朝食も出る、なにも不自由はない。
必要なものはトランクケースひとつに詰め込んできたし、これ以上望むものはない。
僕は少し過去を思い出しながら、トランクケースからシャツを取り出して着替えを始めた。
着替えを済ませて、階段を降りるとナタリーが待っていた。僕に気がつくと、あっ! と声を漏らして、目を輝かせて、詰め寄ってくる。
「聞かせてください、騎士さま! 昨夜の英雄譚を!」
「……いつかね」
「約束ですよ!」
絶対に今後も話すことはないだろう。僕は嘘をつく、今度はバレないように注意して。
僕は彼女から逃げるように、いつものテーブルについた。
本来指定された席は無いのだけれど、僕に気を使ってなのか、この席はいつも空いている。奥の隅にある席、日当たりもいい。これが今、僕が振りかざせる数少ない貴族の特権というものだ。
「お待たせいたしましたっ!」
しばらくすると、ナタリーが元気よくパンとスープを持ってきてくれた。
ちなみに、野菜がごろごろ入ったスープがこの店の名物で、朝食にでるパンはこの店で焼いたばかりの出来立てだ。いい宿を見つけた、と内心思っている。
僕はスープとパンに口をつける。
美味しい。
経験上、食べ物の味がするか、しないかで自分の精神状態を測ることが出来る。それほど、悪い状況ではないのかもしれない。
さて、出発しよう。
食事を終えて、顔を上げるとナタリーと目が合った。トコトコと早足でこちらに向かってくる。
「じゃあ、行ってきます」
食器を下げにきた少女に、僕は声をかけて席を立つ。
「いってらっしゃいませ! 騎士さま!」
ビシッと勢いよくナタリーは、僕を送り出してくれた。今に敬礼してもおかしくない。
僕は宿屋の扉を開けて外の光を浴びる。
この数ヶ月、変わらない日常を送ってきた。
騎士の仕事へ行き、宿屋へ戻ってくる。
これが、没落騎士のルーティンワークだ。
今日も変わらない日常が始まるはず。
……だったのだけど、昨夜までは……。
さて、問題を解決しなければならない。平穏な日常のために。
僕は、宿屋をあとにした。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
弁えすぎた令嬢
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。
彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。
彼女は思った。
(今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。
今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。
小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる