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第四章
第80話 習慣の違い
しおりを挟む三人の賊に目が届く一定距離まで距離を取って、陽子が【遮音結界】の魔法を自分達の周囲を包むように配置する。
この魔法の効果はすでに何人かは体験しており、中で大声を上げようが外には一切声が漏れることはないのは確認済みだ。
しかも物理的に遮られている訳ではないので、丁度結界の区切る場所に隔てるように位置すると、結界内部に接してる左耳からは中の音が聞こえ、右耳からはまったく中の音が聞こえないという不思議な体験もできる。
「準備も出来たことだし話を進めるがぁ、まずはジョーディ。ここいらではああいった賊の対応はどうなる?」
この中で唯一こちらの世界の常識に詳しいジョーディに、まず尋ねる事にした北条。
ジョーディもそう何度も襲われた経験などはないが、それでもこういった経験は皆無ではない。
そこで、ジョーディはこういう場合の対処方法について、事細かに話し始めた。
「ええと、まずは状況にもよりますね。この場所なら街がまだ近いので、このまま引き連れていって衛兵に引き渡すケースが多いんじゃないでしょうか。もし懸賞金のかかった相手ならお金ももらえますし、そうでなくとも犯罪奴隷として買い取られる事になるので、ある程度の金銭はもらえます」
その時もらえる金額は、人一人分としてはちっぽけな値段となるのだが、これはこの世界における命の値段の安さとは別に、引き渡した後の手続きや諸経費が引かれた分でもある。
また、引き渡した相手が有用な技能を持っている場合などは、もらえるお金も増える事がある。
「もし旅の途中などで引き連れていくのが面倒、或いは困難な場合などは、その場に縛って転がしておくか、手っ取り早く身ぐるみ剥いだ後にみんな殺すかですね。どっちかというと後者のが多いとは思います」
どうやらこの世界でもよくあるファンタジー作品同様に、山賊などを殺した場合の所持品などは、殺した側が好きに持って行っても構わないらしい。
ただ、場所によっては一度地面に落ちたものは、その地を治める領主の所有物となる、なんて法がまかり通っている所もあるようだし、そこら辺の法律は現代日本に暮らしていた彼らにとってカルチャーショックが大きいものも多い。
「ならとっとと身ぐるみ剥いで街までもどろーぜ」
「あぁ、山賊についてはそれでいいだろぅ。だが話はまだ他にもある」
そう言って龍之介の方を見やる北条。
視線に心当たりのない龍之介は訝し気な表情だ。
「まずあいつら襲ってきた理由だがぁ……こいつが目当てだぁ」
そういって北条は腰に留めてある〈魔法の小袋〉を指差す。
ジョーディだけはなんのこっちゃといった様子だが、異邦人組はすぐに察したようだった。
「で、もうこの際ジョーディにはこれについて明かしてもいいと思うんだが、どうだぁ?」
そう言って全員を見回す北条に、今更反対意見を唱える者はいなかった。
反対者がいないのを確認した北条は、ジョーディに秘密のひとつを明かす。
「え、皆さんが腰に付けたその袋、全部〈魔法の袋〉なんですか?」
驚いた様子のジョーディに北条が説明を加えていく。
「あぁ、といっても容量はそれほど大きくないから、〈魔法の小袋〉って呼んでいるがなぁ。それと、あの山賊どもも、どうやら全員が一つづつ持っているとまでは知らなかったようだぁ」
北条が山賊のボスに問い詰めた所、襲撃の決め手になったのは、冒険者に登録したばかりの初心者ばかりで、しかしその割に金も多少は持っている。更には〈魔法の袋〉まで持っている、というのが押しの一手になっていたようだ。
「そうだな……。奴らは龍之介が袋から出し入れしているのを見たと言っていた」
「なっ!? オレっ……かよ」
信也の言葉に思わず絶句する龍之介。
結局、楓の援護と咲良の支援攻撃で相手の剣士を倒せたものの、数の暴力がなければ自分が死んでいた可能性もあった。
そうした自体を招きこんだのが、自分の迂闊な行動だという事にショックを受ける龍之介。先ほどまでの勢いが急激にしぼんでいく。
「とまあ、そういった訳で、俺達ぁこの袋の存在を隠していたんだがぁ……徹底は出来ていなかったようだなぁ。ジョーディも言いふらすのはやめてくれよぉ?」
「は、はい。それはもうわかっておりますとも」
少しドスの聞いた声で北条が凄むと、背筋をしゃんと伸ばして緊張した面持ちで返事をするジョーディ。
「よおし、ならいい。ジョーディには秘密も明かしたし、身ぐるみを剥ぐ際は遠慮なく〈魔法の小袋〉を使ってもいいぞぉ。……ただし捕らえた山賊も傍にいることだし、すでに〈魔法の小袋〉を持っているのが知られている、龍之介に回収は任せようか。罰も兼ねてなぁ」
北条の言葉に龍之介へと視線が集まる。
「ああ、わかった……」
龍之介も今回は素直に従うようで、そう言うやいなや近くの死体の場所まで歩き始めた。
その後ろ姿を見ながらメアリーがポツリと呟く。
「……最初に北条さんが言っていた通りになってしまいましたね」
「んん? ああ…………。俺も可能性があるとは言っていたがぁ、一応注意も促したし、そうそうこんな事は起きないだろうと思ってたんだがなぁ。こっちの治安の悪さというか、ああいった連中の考えの無さは流石に想定外だぁ」
確かにこの世界にはろくに考えもなしに山賊行為を行っては殺されたり、或いは捕まったりする連中はたくさんいる。
しかし、奴らも命がかかっているだけあって、ちゃんと下調べをしている連中だって多いのだ。
まあ、今回の山賊達も一応下調べはしていたのだが、異邦人という規格外に当たってしまったのが運のツキといえるだろう。
「だけどこれからはダンジョン生活になりそうだし、ああいった人達とはもう出会わないで済みそうね」
「いや……そうとは言い切れないんじゃないか? これも北条さんが最初に言っていた事だが、ダンジョン内は無法地帯でもある、と。ダンジョンに潜る際も十分気を使った方がよさそうだな」
腹に手を当てながらそう口にする信也は、顔色が悪いこともあってまるで酒に悪酔いしたかのような様だ。
「う、それは、確かにそうかも……」
頭痛の種が取れたかと思ったら、まだピッタリ張り付いていたという状態になった陽子。だが、嫌そうな顔はしているものの心底沈んでいる様子は伺えない。
今回の襲撃で信也を今度こそ守る事が出来たのが、大きな心の契機となったようだ。
「あの、信也さん。大丈夫ですか?」
しかし信也は相変わらず暗い顔をしており、近頃はよくこの暗い顔をするようになったので、みんなもなんだか見慣れはじめてしまうくらいだ。
「ああ、大丈夫……には見えないかもしれないが大丈夫だ。ハハッ、なんかおかげ様でスキルも身に付いたようだしな」
力なく笑いながら"ストレス耐性"とかいうスキルを取得したと告げる信也。
その痛々しい様子に周囲はどう声を掛けていいものか分からず、逆に空気を読んだ信也が、慣れない冗談を言って更に空回りするという痛ましい状態が続く。
そこへ回収が一通り終わったのか、龍之介が戻ってきた。
「とりあえず目ぼしいもんはあらかた回収してきたぜ」
信也とは逆に空気が読めない事に定評のある龍之介が、信也の自虐ギャグによって、逃げ出したくなるような微妙な空気になっていた場を叩き割った。
信也はその機会を逃さず、話を実務的な話へと切り替える。
「そうか、なら後は……遺体の処理もしておいたほうがいいか」
自分達を襲ってきた相手に対し、わざわざ丁重に弔う必要性は信也ですら余り感じなかったが、アンデッドとして蘇る可能性もあるため、そのままにしておく事は出来なかった。
「それなら俺ぁ、自分がやった方を一か所にまとめて燃やしておこう。場所を知ってるのは俺だけだからなぁ。敵の大部分は一か所にまとまってたんで、手間もそうかからん」
「そうだな、頼む。俺達はあの二人、だな」
こうして二手に分かれて死体の処理が行われた。
信也達の方は相手の死者が二人なので、そう手間もかからず一か所にまとめる事が出来た。
それから、咲良の"火魔法"によって荼毘に付された。
遅れて十分ほどしてから街道の反対側、林の手前からも煙が立ち上がるのが見えた。
死体のアンデッド化については、"神聖魔法"の【レクイエムプレイ】でも防ぐことは出来るが、こうして火で燃やす事でもほぼ確実に防止が可能だ。
ほぼ確実という不確定な物言いになっているのは、レイスなどの悪霊系になる可能性が僅かに存在するからだ。
しかし、そうホイホイと人が死んで悪霊化するようなら、そこら中に悪霊がウヨウヨしている事になってしまう。
そのような状態になっていないという事は、それだけ悪霊化する確率が低いということだ。
複雑な表情で、信也が燃え盛る元山賊の炎を見ていると、作業を終えた北条がひょうひょうと戻ってきた。
「後処理はこれで終わりだぁ。ちゃんと周囲に燃え広がらないような場所で、周辺の処理もしてきたから、延焼する事もないだろぉ。今日は風も全くないしなぁ」
「ああ、いちいち様子を見続けるのも時間が無駄だしな。それじゃあ、あいつらを連れてまた街にもどるか……」
まだ街から遠く離れた場所ではないとはいえ、来た道を引き返す事のやるせなさは抑えきれない。
信也以外の面々もみんなそれは同じだった。
「にしても、みなさんやっぱり異国から来たんですねぇ」
移動を開始して少したった頃、不意にそんな事をジョーディが口にした。
この場合のジョーディの指す異国とは、単に隣の国というよりも、更に遠くにある見たこともないような場所の国、という意味合いだ。
「え、どういう意味ですか?」
唐突のジョーディの言葉に咲良が聞き返す。
「いや、みなさんの様子を――特にシンヤさんの様子を見てると、山賊相手に傷つけたり殺したりって事を忌避している様子でしたのに、火葬については誰も何も反応がない様子でしたので」
ジョーディの言葉に「どういうことだ?」と口にまでは出さなかったが、ひっかかる部分がある、というのはジョーディにも伝わったようだ。
そうした反応をする信也を見て、ジョーディは補足の説明を付け加える。
「あなた達の住んでいる国では普通なのかもしれませんが、この国……いえ、この《ヌーナ大陸》にある大抵の国の人達は、自分が死んだら火葬ではなく土葬にしてほしいと思っていますよ」
この《ヌーナ大陸》の大半の地域では土葬が一般的だ。
そのため、各地での神官の需要というものは、魔法による治療を求める声よりも【レクイエムプレイ】による鎮魂の魔法を求める声の方が大きい。
これは何も神官側がそのように仕向けたのではなく、単純に死後安らかな眠りにつける所を、火葬されてしまっては死後も永遠に焼け苦しむではないか、といった価値観によって生まれたものだ。
また現実問題として、火葬にしたとしても、綺麗に遺体が骨だけになる訳ではない。
鍛冶屋などで使われるような、高温の炉のようなものできっちり焼かないと、ただの黒焦げ死体の出来上がりとなってしまう。
更に燃料に使う薪の問題もあって、土葬の習慣は未だ根強い。
しかし、アンデッド化に対する方法としては、絶対数がそう多くはない神官の魔法に頼るよりも、火葬のほうが誰にでも出来る分お手軽だ。
綺麗に焼けず黒焦げ死体になろうと、一定時間燃やすという行程を挟むことで、アンデッド化の確率がぐんと抑えられるのだから。
そういった、この世界の葬儀事情話などをジョーディと交えながら一、二時間ほど来た道を戻る一行。
なんとも締まらない《鉱山都市グリーク》への再訪となるのだった。
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