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第五章
第86話 『プラネットアース』 ダンジョン初探索
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ぽわあっとした緑色の光が、一瞬煌めいた後に消えていく。
その光は幻想的ではあるのだが、なんとなく公共施設の非常口の位置を示す、EXITの看板の光のようにも見える。
光の消えた後は、元の蒼一色の光が煌めく空間へと元通りだ。
「これで、登録は完了したって訳だな」
そう言いながら台座に嵌めこんである、正六面体の石のようなものを取り外す。
それから無くさないように丁寧に扱いながら、自分の腰元にぶら下げている〈魔法の小袋〉へと、その小さな石のようなもの――〈ソウルダイス〉をしまい込む信也。
ここはダンジョン入口付近にある"転移部屋"と呼ばれる巨大な空間。
その内部に設置された十二の迷宮碑のうちのひとつ、部屋入口から入ってすぐ目の前にある迷宮碑の近くだ。
信也のパーティーでは、石田と龍之介以外は初めてこの空間に訪れた事になる。
この壮大な空間は、静けさが際立ったようにも感じられ、温度的に低いという訳ではないのだが、なにか寒気のようなものをつい感じてしまう。
人によってはスピリチュアル的な何かを得られるような、そんな場所だった。
この転移部屋へとやってきた目的は、まず先ほど行っていた、パーティー編成済の〈ソウルダイス〉を嵌めこむことで、迷宮碑の場所登録をすること。
それから彼ら日本人に馴染みのある、部屋の中央の構造物について、実際にその目で確認するためだった。
「……ここだけ日本の一部を切り取ったようね」
何時にない神妙な顔つきでそう口にした長井は、一礼をしてから鳥居をくぐってみるも、特に何かしらの変化が訪れるといったことはない。
信也は鳥居の傍に設置されている台座が気になるようで、しきりにあちこち触れたりしているがやはりこちらも何の反応も返さない。
やはり、三か所の窪みに嵌めこむアイテムがないと、どうしようもなさそうだ。
龍之介は手水舎の水が気に入ったようで、既に〈魔法の小袋〉に入れていた泉の水を排出して入れ替えている。
各人、一頻り思い思いの行動を取った後は、本格的にダンジョンの攻略へと移ることになった。
おしゃべりな面子は、龍之介以外北条パーティーの方に偏る形になってはいたが、道中は転移部屋の事についての話などが、幾つか交わされる。
最近になって、信也はようやく石田が時折ブツブツ言っている事に気付いたようで、積極的に話しかけるようにしていた。
それまではただ無口なだけだと思っていたので、無理に話しかける事もなかったのだが、意見を求めた際などに小さな声で呟いているのが、微かに聞こえたのだ。
そうした信也の話しかけについて、常に陰気な表情を晒している石田が、どう思っているかまでは信也には分からなかったが、返事がポツポツ返ってきたりしていたので、今もなおその試みは続けられている。
もう一人の困りものであった長井はというと、龍之介とは相変わらず反りが合わず、ほとんど互いに会話を交わす事はないのだが、それ以外の数人とは時折一言二言会話をするような関係は築いていた。
そして、全員の決を採るような場面では、でしゃばるような真似をしなくなっている。
近頃では、以前ぶつかり合った事がある信也とも、会話を交わす機会が増えてきており、徐々に馴染んできているということだろうか。
「そっち行ったぞ!」
信也の警告の声に、長井は手にしたロングウィップを、巨大鼠の魔物であるジャンガリアンへと打ち込む。
このメンバーの中で、直接の戦闘経験が一番薄かった長井であるが、鞭を買ってからは一人で自主練はしていたようで、最低限味方に誤爆するような事にもならず、一階層の雑魚程度なら一対一で倒せる位の実力は既に持ち合わせていた。
「近寄るんじゃないわよっ!」
魔物の恐ろしさよりも、不衛生な生き物として名前が上がる筆頭候補。ネズミの不潔さを恐れるかのように、鞭を打ち付けていく長井。
その様子は気迫に満ちていて、まるで女王様のようだ。
「みなさん、ケガをしたら即座に教えてください、ねっ!」
そう言いながら、手にした鉄のメイスをジャンガリアンへと打ち付けるメアリー。
今回の戦闘では、メアリーも前衛として、そのいかついメイスを振るっていた。
ゲームの中の世界ならともかく、この世界は魔法などが存在するファンタジー世界ではあるが、今の彼らにとっては現実そのものだ。
後衛職であっても、最低限自分の身を守る程度の武力を身に着けておかないと、いざという時に致命傷になりかねない。
メアリーの近くでは石田も木の杖でもって、魔物を叩いたり突いたりして攻撃をしていた。
ダンジョンというものは、奥に潜れば潜るほど敵の強さも上昇していく。
なので、この辺りの浅い階層は、近接戦闘経験のない後衛職にとって、格好の訓練の場ともなる。
信也と龍之介は基本的に他のメンバーの補助へと周り、今は他の四人を主体とした、近接戦闘メインでの戦いを基本として、ダンジョンの探索を続けている。
「ふぅ、どうやらこれで全部みたいですね」
メアリーめがけて飛んできたケイブバットを、手にしたメイスで野球の選手のように吹き飛ばす。
ゴキィイン、と良い音を上げながらダンジョンの壁にぶち当たったケイブバットは、モノがつぶれるような不快な音を立てながら、壁に張り付いた。
確認するまでもなく、この一撃でとどめを刺したのは一目で分かるだろう。
「そ、そうみたいだな。じゃあドロップの回収をしようか」
そのインパクト抜群の光景を、頬をひくつかせながら見ていた信也は、慌てて仲間に指示を出す。
壁に張り付いていたケイブバットも、数秒後には光の粒子となって消えていき、コトンと床に魔石が落ちる音だけが残される。
壁に張り付いていたケイブバットの血も、全て消えてしまっていた。
冒険者のうち半数近くはダンジョン探索をメインにしているが、それにはこのダンジョンの魔物の特性も大きく関係している。
フィールドの魔物相手では、刃物で切り付ける度に、魔物の油などで切れ味が鈍っていってしまうし、返り血などで装備も汚れていってしまう。
しかしダンジョンの魔物の場合、倒すことで全てが光の粒子となって消えてしまう。
フィールドの魔物のように素材を全部入手できる訳ではないが、ダンジョンでは体の一部がドロップとして綺麗な状態で手に入る事もある。
どうしてもフィールドの魔物相手では倒す際に傷を与えてしまうので、採取した素材の質がどうしても下がってしまう。
だがダンジョンの魔物ドロップは、品質が安定していて、安定した値段で買い取ってもらえる。
無論ダンジョン探索にはダンジョン探索で、メリットだけでなくデメリットも存在する。
例えば、フィールドでは何者かが仕掛けない限り、罠が存在することは無いが、ダンジョン内では罠がしかけられている事がある。
信也達が三階層から脱出してくる際には、召喚罠部屋位しか罠らしい罠は存在してなかったが、奥に潜っていけばやがて出てくるであろうことは予測がつく。
「うっし、じゃーもういくかー」
戦闘にほぼ参加してなかった事で、暴れたりないといった様子の龍之介だったが、代わりにドロップ集めには積極的に手を出しており、彼なりにパーティーへと貢献をしていた。
こうして順調に先に進んで行った結果、信也達は二階層の途中にあった部屋でキャンプをすることになった。
前回のダンジョン脱出時とは異なり、人数も少ない上に、こちらのパーティーには"結界魔法"の使い手である陽子も存在しない。
魔物自体は、二階層では恐れるほどの相手は出てこないのだが、久々のダンジョンでの野営ということで、些か緊張した面持ちで一行は夜を迎えた。
最初の当直当番であった慶介は、水の滴る音や、時折遠くから聞こえてくる魔物の鳴き声らしきものに、ビクビクしながらじっと部屋の入口付近を見張っていた。
……どれくらいの時間が経過しただろうか。
不意に慶介の背後から忍び寄る影があった。
「う、うわあああ」
「何よ、失礼なガキね」
悪びれもせずそう言うと、距離を詰めて慶介の隣へと座り込む長井。
苦手意識があるせいか、単純に女性が傍にいるためなのか、慶介は落ち着かない様子で視線をあちこち移動させていて挙動不審だ。
「ちょっと、人と話すときは相手の目を見て話せって教わらなかったの?」
そういって更に慶介に顔を近づける長井。
しかしそれは初心な純情少年には逆効果だったようで、ますます長井から顔を背ける結果となってしまう。
「いえ、あの、その。僕は……」
しどろもどろな慶介の様子に、仕方ないと判断したのか、少し距離を取って座りなおした長井が告げる。
「そろそろ私との交代の時間よ。アンタはまだお子様なんだから、早く寝ておきなさい」
「は、はい。わかりました」
長井の言葉に素直に従った慶介は、部屋の奥の方へと引っ込み、外套を毛布のようにして床に横になると、すぐにも寝息を立て始めた。
その様子を見つめていた長井は、誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
「……まあ、あせる必要はないわね」
その呟きは、そこかしこから光るほの蒼い光に溶け込むようにして消えていった……。
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