124 / 398
第五章
閑話 転移前 ――石田編――
しおりを挟む◆◇◆◇◆◇◆◇◆
周辺には田んぼが広がるのどかな田園風景が続き、近くのコンビニに行くのにも車がないと不便。
自然も多く残っていて、夏には蛍まで見る事が出来るほど、昔ながらの自然がそこかしこに見られる場所。
そんな田舎に生まれ育った石田は、幼いころから無口……というよりも、ボソボソっとした喋り方のせいで、何を言っているのか聞き取り辛かった。
学校の先生やクラスメートからは、何度もその事を指摘され続け、その度に幼心に黒い感情をたぎらせていたような、暗い子供時代を過ごしていく。
そういった事でたまっていく鬱屈を晴らすために、そこらにいる小さな虫などを踏みつぶしたり、直接指で胴体部分をもぎ取ったりして、積もりに積もった憂さを晴らしていた。
一応、本人は隠れてそういった行為を行っていたつもりではあったが、家族は元より、クラスメートにもそういった奇行は知られていた。
子供というのはちょっとした"異分子"を深い意味もなく排除して、小さな優越感を感じたりすることがあるものだが、石田の場合は余りに周囲がドン引きしすぎて、誰も彼に構う事はなかった。
石田はそういった自分へと向けられる視線を強く認識していたが、被害妄想の気が強い石田は、本来の視線以上のものとして受け取っていた。
「……どいつもこいつも、クソみたいな眼で俺を見やがって」
こうして子供の頃には既に負のスパイラルが完成していた石田は、その後も順調にズレていく。
そのように日々過ごしていく内に、実家ですら石田にとっては心休まる場所ではなくなっていた。
特に大学受験に失敗して浪人していた時などは、両親からの無言の圧力をよく感じていた。
実際に両親がどう思っていたのかは分からない。
ただ、石田は必要以上にそうした圧力を感じており、やがて「お、無駄飯食らいがおかわりするのか?」とか「~ちゃん家の~君は一流大学に合格したというのに、うちの子は……」などといった、幻聴まで聞こえるようになってくる有様だ。
もしこの状況が何年も続いたら、昼のワイドショーの恰好のネタになるような事件にまで発展していたかもしれない。
しかし、幸いといっていいのか、石田は一年の浪人期間を経て、東京のそこそこの大学に進学する事が出来た。
以降はアパートを借りて大学に通いつつ、仕送りとバイト代で暮らす一般的な大学生、といった身分となった。
この時点で石田は矛盾には気づいていない。
本当に自分を疎んでいたのなら、仕送りなど送って来る訳はないのだ。
石田は当然ながら、実家がそれほど裕福ではないのを知っていた。
なのに、何の疑問も抱かずに仕送りを受け取り、毎度のように「もっとよこせよ」などと思っていた石田には、両親の気持ちは届いてはいなかったようだ。
仕送りの額は、節約をすればどうにかこうにか生活できる、といったレベルであったが、時折実家から送られてくる野菜などの「援助物資」を含めれば、十分生活は可能だった。
しかし、そういった質素な生活に耐えられる石田ではなく、遊ぶ金欲しさにバイトを始めていた。
実家のあった田舎とは違い、選り好みしてもある程度選択の余地があるほど、バイト先の選択肢はあった。
だが、石田はどのバイトも長続きすることはなかった。
それは本人にやる気がなかったとか怠慢だった、という訳ではない。
石田は石田なりに、まともにやっていたつもりではあったが、傍からみると十中八九……どころか、百人中百人が指摘するほど勤務態度が悪かったのだ。
「キミねぇ、お客様に対してあの態度はないんじゃないかなあ?」
「ねえ、アンタ。何考えてるの? ちょっと普通じゃないわよ」
そういった罵声を浴びせ続けられた石田は、それでも懲りずにクビになったら新たなバイトを探す、という事を繰り返していた。
その内、どういった事をするとクビになるのか、という事を徐々に覚えていく。
だが、それは実体験を元にしたものであって、肝心の「なんでそうしたらダメなのか」が、石田には理解できていなかった。
例えば、客相手には言葉遣いに気を付ける、というのは理解しても、職場の同僚――それも先輩しかいない――相手に、タメ口どころか横柄な口の利き方をして怒られる、といった感じだ。
それでも学生時代にいくつも転々として学んだ実体験は、後に大学卒業後に就職した会社でも活かされる事になった。
しかし石田が問題なのは、何も勤務態度の問題だけではなかった。
単純に「仕事ができない男」だったのだ。
一度説明すればわかるような事を何度も失敗する。
失敗する前に質問してこい、と言っても質問をしてこないし、自己判断で勝手な事をされて、余計失敗が大きくなる。
~をしろ、と命令しても、心の中で反骨心ばかり膨れ上がっている石田は、素直に上司の言う事を聞く事ができない。
結果、石田は就職して三年で仕事をクビになってしまった。
それも最悪なカタチでクビになった石田には、三年分だけとはいえ、通常なら支払われるはずだった僅かな退職金すら、支払われる事はなかった。
「クソ! 今思い出してもいまいましい! 不当に俺を貶めようとしたクズをぶん殴っただけなのに、なんで一方的にこちらが悪者にされてんだ!」
石田はそのように認識していたが、実際は不当に貶めようとした事実などはなかったし、ただ「ぶん殴っただけ」とは言えないほどに、相手の男は全身にケガを負っており、全治半年と診断されていた。
「今だって、新しい仕事がなかなか見つからねーのも、あのクソ野郎が裏で手をまわしてるからに違いねえ」
ろくに貯蓄をしてこなかった石田は、すぐにでも新しい仕事を見つける必要があった。
一応懲戒解雇であっても、額面などで不利にはなるものの、失業保険をもらうことはできる。
しかし、自分がしでかしたことを考えたのか、はたまたそういった制度の事すら頭に浮かばなかったのか、石田の脳裏には次の仕事探しの事しかなかった。
「ちっ、こうなったらブルーワーカーの仕事も視野にいれねーとな……」
世間からの評価は決してよくはない石田だが、石田自身は自分の事を不相応に高く見積もっており、肉体労働者や現場作業員に対しては、明らかに格下とみて蔑んでいた。
だが、今の状況では選り好みをしてる余裕もない。
早速、新たな選択肢を加えた石田の再就職活動が始まった。
▽△▽△
「チィ、ようやく見つかったか。ったく、手こずらせやがって」
以前の会社でムカツク上司をぶん殴って以来、石田の心の箍は少し緩み始めたようで、それが表にも出てしまっていた。
送付した書類審査はどうにか通っても、面接で落とされる、という事を繰り返していたのだ。
だが、ようやっとそんな石田にも拾う神が現れたようだ。
求職中だというのに節制をしていない石田は、すでに消費者金融から限度額いっぱいまで融資を受けており、その返済もしていかないといけない。
また当人はばっくれるつもりでいるが、前職を辞めるきっかけとなった上司からは、治療費も請求されており、幾ら金があっても足りないといった状況だ。
「運送ドライバーか。まさか俺がこんな事をやる羽目になるとは……何度思い出してもあの野郎には、はらわた煮えくりかえるぜ」
東京に出て以来、車を所有したことはなく、実家にいた頃に時折家の車を運転した程度だった石田。
面接ではそんな事はおくびにもださず、その結果として採用が決まったのだが、石田はその辺りの事に対し、特に不安を感じている様子はなかった。
東京と田舎では交通量がそもそも段違いなのだが、やたらと自尊心の高い石田は「車の運転位はできる」と甘くみていた。
それが後々に大きな事故を起こす事になるとは知らずに……。
▽△▽△▽
「ふああぁぁあ……。ったく、ねみーったらありゃしねえ。昨夜は遅くまで『ブラファイ』をやりすぎちまったか?」
あくびを堪える事もなく盛大に口を開けながら、トラックを運転している石田。
最近石田は、格闘ゲーム「ブラッシュファイターズ」の通信対戦にはまっていた。
こと仕事などに関しては自意識が高すぎる石田ではあったが、このゲームに関しては、その高い自意識に釣り合うレベル――アマチュアの中では上位レベルの実力――を持っていた。
そしてたちが悪いことに、格下の相手をみつくろっては、わざと相手に三戦先取の内二勝まで勝たせ、そこから徹底的にハメ技なども駆使して、相手に屈辱を味合わせてから逆転勝利する。
おまけで最後に挑発コマンドを送ると、相手によってはその場で通信が切れてしまうこともあった。
そういった反応を見る事が愉快でたまらず、つい昨日も遅くまでプレイしてしまったという訳だ。
「うううん、どうにも頭がシャッキリしねえなあ。確かこの先にコンビニがあったはずだ。そこで何か眠気覚ましでも買うか……」
ドスンッ!
そんな事を考えながらトラックを走らせていた石田は、唐突に走る衝撃に体が前につんのめりそうになる。
あれほど口を酸っぱくされて指導されているというのに、「きついし苦しいから」という理由で石田はシートベルトを着用していなかった。
これがもっと大きな衝突だったら、運転席に体を強打していたかもしれない。
「っつつつ、なんだぁ一体」
衝撃の混乱から立ち直った石田は、フロントガラスの先に移る光景を見て、すぐさまに自身がやらかしてしまった事に気付いた。
そして、道の反対側にいた中学生くらいの男の子が、慌てた様子で携帯を取り出しているのを見て、石田は咄嗟にアクセルを切った。
道路に横たわっていた物体を避けてトラックを走らせる。
バックミラーには、先ほどの中学生がこちらへと向け、携帯を向けている様子がチラッと映っていた。
「…………クソがっ!!」
状況を完全に把握した石田は、悔しさと怒りの余り右手を思いっきりハンドルへと叩きつけた。
プアアアァァーーー。
と同時に鳴り響くクラクションの音を気にもせず、石田は車を走らせながら今後の事を考え始めていた。
しかし、幾ら考えてもこの状況の打開案は浮かばなかった。
元上司への治療費の支払いはばっくれるつもりであった石田だが、流石に今回の件を同じように逃げ通せるとは思えなかった。
「どうする? ……どうする? …………アアアアアァァァ!!! ちくしょうがああ!! 何であんなところに『当たり屋』がいるんだゴラアアアアッッ!!」
都合の悪い事を考えられない石田の頭の中では、既に先ほど轢いた相手は「当たり屋」になっていた。
元々寝不足で思考能力が鈍っていた石田には、一時停止の標識など目に入ってはいなかったのだ。
結局そのままあてもなくトラックを走らせ続けた石田は、会社には報告もせず戻りもせず。そのまま自宅へと引き返した。
そして必要なモノを取り出すと、自宅まで乗り付けてきたトラックはそのままに、いずこかへと姿を消した。
人気の少ない田舎の道での事だったら、もしかしたらすぐにはばれずに済んだかもしれない。
しかし今回は昼間の住宅街とはいえ、隣の家まで何百メートルと離れている、田舎のソレとは話が全く違う、都会での出来事だ。
そもそも事故現場のあの少年には、高確率で携帯で撮影された可能性があった。
実際早い段階で事故を起こした容疑者として、すでに石田の身元は割れていた。
そして、捜査の手は石田のアパートにも迫っていたが、すでにそこはもぬけの殻であった。
だが念入りな準備を整えていたならまだしらず、突発的な出来事で逃亡を図っても、すぐに捕まるのが関の山だ。
実際数日後には、石田が密かに潜伏する付近にまで、警察の捜査の手は伸びていたのだ。
しかし、結局の所、石田は最終的には警察の捜査の手から逃げ切る事に成功する。
そう、ティルリンティという名の『異世界』へと招かれた事によって……。
0
あなたにおすすめの小説
男が英雄でなければならない世界 〜男女比1:20の世界に来たけど簡単にはちやほやしてくれません〜
タナん
ファンタジー
オタク気質な15歳の少年、原田湊は突然異世界に足を踏み入れる。
その世界は魔法があり、強大な獣が跋扈する男女比が1:20の男が少ないファンタジー世界。
モテない自分にもハーレムが作れると喜ぶ湊だが、弱肉強食のこの世界において、力で女に勝る男は大事にされる側などではなく、女を守り闘うものであった。
温室育ちの普通の日本人である湊がいきなり戦えるはずもなく、この世界の女に失望される。
それでも戦わなければならない。
それがこの世界における男だからだ。
湊は自らの考えの甘さに何度も傷つきながらも成長していく。
そしていつか湊は責任とは何かを知り、多くの命を背負う事になっていくのだった。
挿絵:夢路ぽに様
https://www.pixiv.net/users/14840570
※注 「」「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる
名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。
才能は流星魔法
神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。
そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。
流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。
ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。
井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。
山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。
井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。
二日に一度、18時に更新します。
カクヨムにも同時投稿しています。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる