どこかで見たような異世界物語

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第六章

第133話 心構え

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「つ、つまり、単純にこの世界の冒険を楽しんでる、んですか?」

「ま、そゆことだぁ」

 北条がそのような事を思っていたとは知らず、想像を覆された楓。
 ただ、北条の先ほどの表情を見ている限り、それは嘘偽りのない心から出た言葉だったように、楓には感じられた。

「あの……! と、ところで、私が抜けるとどこら辺が問題なんですか?」

 そんな珍しい北条の表情をしばし眺めていた楓だったが、ハッと我に返ると話を元に戻すため、舵を切り始める。

「ん、なあに、単純な事だぁ。百地の替えになるような人材はそうそういないって事だぁ」

「そ、そんな…………」

 「そんなことは無い」と言い切れなかったのは、楓も自身の所有するスキルの特殊性を理解していたからだろう。
 楓の自己評価は相当低いのだが、それでも"忍術"スキルの希少性は否定できない。
 "影術"も含め、まさに盗賊職にうってつけといったふたつの魔法スキル。

 これらを合わせ持つ楓は、本人が否定しようとも周りからの盗賊職としての評価は高くなってしまう。
 大体『流血の戦斧』のコルトを見ればわかるように、魔法スキルを使える盗賊などというもの自体が希少なのだ。
 
「もちろん、俺らの共通の秘密である『異世界人』であるという事も理由としてはある。迂闊にこの世界の人にその事をバラしていいものか、未だにわからんからなぁ」

 実際の所、その事を誰かに話してしまったとして、大きな問題に発展するかというと、微妙な所ではある。
 ただ、突然そんな話をこの世界の人に話しても、まず信じてもらえるかどうか分からない。というか、敢えて話す意味も特に見当たらない。

「そんな訳で、だぁ。俺としては、この世界で冒険者として生きていく為に、お前の存在が必要だと思っている。元の世界に戻る気がないというなら猶更だぁ」

 真っすぐ楓の瞳を見つめて話しかけてくる北条の言葉は、ソコだけ切り取ればまるでプロポーズのようだ。
 北条の真っすぐな視線と向かい合った楓は、その事を意識したのか少しボーっとした様子でしばし北条と見つめあった。
 少ししてハッと我に返った楓は小さく顔を横に振ると、ボソボソっと話し始めた。

「わ、わかり……ました。私も、その……少し取り乱していたみたい、です。由里香ちゃん達にもちゃんと謝って、また一緒に……」

「別に謝る必要はないとは思うがぁ、それで気が済むならそうするといい。きっと彼女らもそんなに気にしてはいないだろう」


 かくして、楓を説き伏せる事に成功した北条は、しずしずと後をついてくる楓と共に、仲間の元へと戻るのだった。



▽△▽△



「あ、戻ってきたのね。おかえり」

 森の方角から楓と共に戻ってきた北条達を見て、迎えの挨拶を飛ばす陽子。
 彼女の表情には特に楓に対する非難の様子はない。
 ケジメをつける為に、いつもとは違い存在感を露わにして歩いていた楓は、ひとまず陽子のその様子にホッと胸を撫でおろす。

 二人が帰ってきたことに気づいたパーティーの面々は、自然と二人の元へと集まり始める。
 元は同じ日本人というだけの間柄であったが、パーティーを組むようになって仲間意識が芽生えてきたのだろう。


「あ、あの! その、私だけ一緒に行かないで逃げちゃって、ご、ごめんなさい!」

「え? ……あ、うん。そんな事全然気にしてないっすよ!」

「そうだね~。逆に由里香ちゃんは楓さんみたいに、もう少し後の事を考えて動いてほしいな~。ほんとうに今回の相手は危なかったんだよ?」

「え、ええ!? だ、だってさあ……」

 楓の謝罪に対し、本当に全く気にしている様子がなかった由里香は、最初楓が何で謝ってるのかすら理解できていない様子だった。

「フフ、そうね。今回はみんな無事だったんだし、いいんじゃない?」

 中学生コンビが何時ものように騒ぎ出す隣では、二人の様子を見て微笑んでいる咲良が同じような事を口にする。
 しかし、そこに無粋な声が割り込んでくる。

「は? アンタ、あの場にいなかったのか。いっつも影薄いからいなくても気づかなかったぜ」

 その声は言わずとも知れた龍之介のものだ。
 それは楓を侮蔑するような言葉の響きではなく、純粋に思ったことを口にしただけの口調であったが、今それを言わなくても……という類のものでもあった。

 信也などは、空気を読んで敢えて北条パーティーの様子を遠めに見守っていたのだが、デリカシーというものを母親の胎内に置き忘れてしまった龍之介は、空気が読めない事に定評がある。

「ちょ、ちょっとアンタ! その言い方は酷いでしょ!」

「あん? 何がだよ。影が薄いのは事実だろーが!」

 中学生コンビと高校生コンビがギャーギャー喚いている――彼ら異邦人達にとって、お馴染みといったいつもの光景。
 はじめは龍之介の言葉にビクッと体を震わせた楓であったが、彼らの様子を見ていると自然とそんなことは気にならなくなってくる。

「ッ……!」

 楓の体が小さく震える。
 その顔に浮かぶのはほんの僅かばかりの微笑。
 これまでの周囲の人間の顔を伺いながら作る・・、ぎこちない笑顔とは全く別物のソレは、楓が物心ついて以来ほとんど見せることのなかった心からの笑顔だった。

 これまで人との接触を避けてきた楓は、自分の考えがいかに偏っていたのかという事に気づいた。
 すると、今まで狭い世界に閉じこもったままの自分を思い返し、ふと笑いが込み上げてきたのだ。

(そうすぐに考え方を変えられる訳ではないけど……)

 それまで拒絶していた他者とのふれ合いによって、新たなものの見方に気づいた楓。
 新たな心構えを胸に、ギャーギャー騒ぐ咲良達や北条に、感謝の念を送るのだった。



▽△▽△▽

 
 それから北条達は〈従魔の壺〉についてテストをして以来、しまいっぱなしだったマンジュウを信也達に紹介し、軽く今後について話し合った後、一旦《ジャガー村》まで引き返していた。
 その話し合いの結果、まずは『流血の戦斧』の事について報告をした方がいいという結論になったからだ。

 村に向かう途中、信也達から改めて事の成り行きを聞いた北条達は、奴隷達に対して行われていた行為に思わず顔をしかめる。
 それは現代人の感覚からすると通常ありえない仕打ちではあるが、この世界では普通にまかり通っている事だ。

 その事について咎めることは残念ながらできないが、自分たちを殺しにかかってきたという事実は、この世界においても問題ある行為だ。
 それも格上の冒険者が襲い掛かってきたとあれば、喧嘩だとかの範囲を超えているのは明らかである。

 実際、村に戻った後にナイルズへと報告をした際に、『流血の戦斧』の冒険者資格剥奪と、指名手配されるのはほぼ確実だろうという話をされた。
 これは元々眼をつけられていたというのが大きいようで、彼らが裏でやっていたと思われる事件を、一部ギルドも掴んでいたらしい。


「そんな連中をギルドは送り込んできたのか!?」

「それに関しては申し訳ない、としか言えない。どうやら、どこからかダンジョンの話を聞きつけた奴らは、ギルドの者に鼻薬を嗅がせて自分らを推薦させるように仕向けたようだ」

 思わずそう詰め寄る信也に、形通りだけのものではない、本当に申し訳ないと思っているような口調でナイルズが謝罪する。

「……もう起こってしまった事は仕方ない。ただ、これで完全に問題が解決した訳ではない。寧ろ奴らの恨みを買ってしまった俺達は、当分の間警戒が必要だろうな」

 渋い表情の信也は、次に運悪く奴らと出会ってしまった時の事を考えているようだ。
 しきりに腹部をさすりながら暗い表情を浮かべている。

「にしてもアンタ達、アイツらを相手によく犠牲者も出さずに退けられたもんだねえ」

 感心した様子で声を掛けてきたのは、『リノイの果てなき地平』のハーフエルフ、ディズィーだった。
 この場には彼女の他にドワーフのガルドもいて、信也達がナイルズの元を訪ねてきた時には何やら雑談をしていた。
 ちなみに信也達も全員でこの場を訪れたのではなく、信也の他には北条とメアリーの二人しかいない。
 他のメンバーは拠点予定地で訓練をしたり、家に戻って休んだりと様々だ。

「奴らも新人相手に油断してたんでしょう」

「いや。奴らとて実力だけでいえばCランク級の冒険者だ。幾ら油断したとて、Gランクの冒険者相手に打ち負けることはない。つまり、お主らがそれだけ実力を兼ね備えていたという事だ」

「それは……」

 確かにガルドの言うことにも一理あったが、今回の一番の勝因はしょっぱなにぶちかました慶介のとっておきガルスバイン神撃剣が、見事に決まったせいだろう。
 Cランク級の冒険者ともなれば、例え相手が一見弱そうに見えても完全に油断など見せはしない。とはいえ、一撃で自分たちを危機に追い込む必殺技を持っているとは、なかなか予想できるものではなかった。

 これが戦闘を開始して少し時間が経過し、信也達が予想以上に手練れだと判断した後だったなら話は変わっていたかもしれない。
 結果として、暴走気味に不意打ちで放った慶介の一撃は、より効果的に格上の相手にも突き刺さる事になったという訳だ。

「まぁ、直前のやり取りで奴隷の二人が戦闘不能だったのと、最初から魔術士がいなかったのも良かったなぁ」

 北条の言葉を聞いて、ガルドの表情に陰が走る。

「その、奴隷の二人はどうなったのだ?」

 『流血の戦斧』のドワーフ奴隷とガルドは、直接的な知り合いという訳ではない。
 しかしながら、ガルドの反応を見ると、ドワーフの同族に対する連帯感の強さのようなものが感じられる。
 信也は戦闘に至る経緯から奴らが撤退するまでの話を、要点だけまとめて話し始めた。


「……そうか」

 一言だけそうポツリと呟いたガルドはそれっきり口を噤む。
 戦闘前のやり取りで、彼らが奴隷としてどんな目に合ってきたのかを知ったガルドは、奴隷達が生き延びている事を素直に喜ぶ気にはなれなかった。
 
「気休めかもしれないが、ギルドが指名手配をかけるのはあくまで主犯格の四人だけだ。奴らをどうにかできれば奴隷の二人は……」

「そうだな」

 ナイルズの言葉に食い気味に答えるガルド。
 もし奴隷の主人である『流血の戦斧』の四人が、死ぬなり行方不明になったとしても、二人の亜人奴隷がそのまま開放される訳ではない。
 その場合、発見者が奴隷の所有権利を得られることになる。
 要するに、落ちている物を拾った時と同じ扱いという訳だ。

「一先ず私が報告をすれば、奴らへの対応が決定する。恐らくは指名手配となるだろうが、この場所はこれから先、重要な拠点となるハズだ。となるとだね、新人にとっても危険となる奴らを早めに確保する為に、早々にギルドから追っ手が差し向けられる事になるだろう」

「俺達ももっと腕を磨いて、自衛力を高める必要があるな」

「そうですね……」

 改めて自分たちの未熟さを感じている信也とメアリー。
 しかし、ナイルズらからしたら新人離れした実力を持っているようだ、という認識の方が強い。

「いやあ? 君たちの実力は中々大したものだと私は思うがね。少なくともGランクの冒険者の枠を超えているのは間違いない」

 周囲に比較対象がほとんどない信也達は、いまいち自分たちの実力を相対的に見れていない。
 だが実際の所、ナイルズの言うように信也達の実力はGランクとしては飛びぬけているのだ。

「という訳なので、こちらの提示する条件が満たせるならすぐにでも君たちをFランクに昇格させようと思うのだが、どうかね?」

 ナイルズから齎された突然のランク昇格の話に、思わず信也達は顔を見合わすのだった。



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