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第七章
第160話 失意の模擬戦
しおりを挟む「ハアアアァァッ!」
「どうしたぁ!? それくらいの攻撃じゃオレは崩せねー……ゼッ!」
龍之介とムルーダの模擬戦が始まって十分ほどが経過した。
両者ともに木刀などではなく自前の剣を用いて戦っているため、万が一の事を考えてメアリーもツヴァイも、すぐに応じられるように近くで待機している。
メアリーは真剣同士での模擬戦に最後まで反対していたが、周囲の声と、何より本人たちの強い要望に渋々と首を縦に振った。
自前の剣を使用しているとはいえ、龍之介は風の魔剣としての能力は使わず、純粋に剣での戦いにこだわっている。
ムルーダが魔法を使わない事や、魔法の武器を持っていない事は知っていたので、まず最初は純粋に剣での腕を競いたかったからだ。
そうして純粋な剣での戦いによる戦闘の趨勢は、戦闘に疎い慶介など他の観戦者でも明らかに分かるほどに、龍之介が有利に見える。
初めは静かな立ち上がりから始まった模擬戦だったが、途中からムルーダの猛攻を龍之介が凌ぐという形に変わっていった。
それは龍之介にとっては本番前の準備運動のような感覚であり、久々のライバルとの戦闘に戦意を高めていた。
ここからどういう手で来るのかなと、楽しみにしていた龍之介だが、ムルーダは懲りずに単調な力任せの攻撃を繰り返す。
それに対し、龍之介が挑発の言葉を何度か投げかけるも、相変わらずのぬるい攻撃が続いていた。
当初の予定では、剣でぶつかって純粋な剣の腕を見た後に、風の魔剣の能力やとっておきの"風魔法"で意表をついてやろうと考えていた龍之介。
しかしそこまでする必要もなく、剣だけでかなり優勢に立てていることに、龍之介は戸惑いを感じていた。
「ハァ……ハァ……。んなら、これ、でも喰らいっやがれええ!」
明らかに龍之介より疲労した様子を見せているムルーダは、龍之介の度々繰り出していた挑発に乗るようにして、一時的に筋力を増大させる"剛力"のスキルを使用する。
更にその状態で、ダメージ重視の闘技スキル"ハードスラッシュ"をも繰り出していく。
破れかぶれにも見えるその攻撃は、今の龍之介なら簡単に躱せる位の攻撃だ。
ムルーダのこの攻撃には、フェイントもないし速度もない。ただ力だけの強引な攻撃だったのだが、龍之介はムルーダの漢気に応えるかのように、自らも"ハードスラッシュ"を放ち、ムルーダの剣を右下から跳ね上げるかのように打ち付ける。
両者の剣が交える瞬間、龍之介は強い衝撃に備えて手首に力を入れ、ギュッと剣の柄を握りしめる。
然して、その手に伝わってきた感触はミシリッっといった、物が砕けるような感覚だった。
「グアアァァッ!」
反対に、ムルーダは袈裟斬りに振り下ろしたと思った剣が、強い力で逆に振りぬかれてしまい、手首の筋を痛めながらも愛剣を弾き飛ばされてしまう。
そして次の一瞬には、目にもとまらぬ速さで突き付けられた龍之介の風の魔剣が、ムルーダの首元に突き付けられていた。
「…………」
思わず茫然とした様子でその剣先を見つめるムルーダ。
剣先はすぐに降ろされ鞘に納められたが、ムルーダの様子を見た龍之介は同じく言葉を発さずに黙りこくる。
これがもっといい勝負をしていたなら、いつものお調子者な龍之介なら軽口も叩いたことだろうが、衝撃を受けた様子のムルーダ相手にはかける言葉が見つからなかった。
時間が経つにつれ呆けた意識を取り戻していくムルーダも、ようやく事態を飲み込み始めていた。
辺りは不自然なほどに静まっていて、本来口うるさく言ってくるであろう龍之介も未だ口を閉ざしたままだ。
(おれは、気遣われて……いるのか!?)
一連の事態に、龍之介は決まりが悪いといった表情で頭をかいている。
それを見たムルーダの心中に、様々な思いが去来する。
ライバルだと思っていた奴に大口を叩いた挙句、結果はこのザマ。
ムルーダとて、龍之介たちと別れたあとに遊んでいた訳ではない。
冒険者として生活していくために、依頼などを受けつつではあるが着実に実力を伸ばしていたのだ。
しかし、この世界にはステータスシステムが存在し、魔物を多く倒せば倒すほどレベルが上がり強くなる。
フィールドに比べ、魔物との戦闘比率が高くなるダンジョンの探索を繰り返してきた龍之介たちは、ムルーダ達と大きな差を築いてしまっていた。
「ムルーダ…………。あの、これ……」
酷く落ち込んだ様子のムルーダの元に、シィラが先ほど弾き飛ばされたムルーダの剣を持ってくる。
その剣の中ほど、龍之介の剣と打ち合った箇所は、完全に罅が入っていて一部剥がれ落ちてしまっている。
この状態で何か固いものに切りつけたら、そのまま罅が広がってポキリと折れてしまいそうだ。
「あっ……そのよお。この村に、オレらの知り合いでルカナルって鍛冶師がいんだよ。修理費はオレがもつから、そいつに見せれば……」
罅の入ったムルーダの剣を見た龍之介が、気まずそうに話す。
だが、ムルーダはその言葉が耳に入っていないかのように、無言でシィルから剣を受け取ると、そのまま出口のほうへと立ち去ろうとする。
「って、おい! きーてんのか! そんくらいならきっとルカナルなら治せると――」
去り行くムルーダに更に声をかけようとする龍之介だが、その肩を信也が叩き途中で止めさせる。
「今は放っておこう」
顔を横に振りながらそう言ってくる信也に、龍之介の勢いも弱まり、黙ってムルーダを見送る。
そのムルーダの後ろからは、慌てた様子のシィラが付き添うように後をついていった。
「…………」
「………………」
「……あ、えーっと。君たちすごい腕を上げたんだね。やっぱそれもダンジョンに通ってたせいなのかな?」
「あ、ああ。そうだろうな。ダンジョンは魔物が多いし、情報が公開されるまで俺らで独占して探索できてたからな」
静まり返った場に耐え切れなかったのか、『ムスカの熱き血潮』の『弓術士』であるディランが、無理やり場の空気を換えようとする。
その意図に乗るように信也も質問に答えていく。
「それより、彼の剣に関してだけど――」
「……それなら、修理費なんかはいらねーよ。アイツも受け取らねーだろうしな。とりあえず、そのルカナル? ってやつだけ紹介してくれりゃあいいよ」
信也の話を遮るように答えたのは『盗賊』の職に就いているシクルムだ。
シクルムは、ムルーダとシィラと同じ村で生まれ育った、幼馴染ともいえる間柄だ。
小さいころから悪ガキだったムルーダとシクルムは昔から仲が良く、そのムルーダの後ろをついて歩いていたのが幼き日のシィラだ。
ムルーダが冒険者になりたい! と言い出した時も、ほかの悪ガキ仲間はついてこなかったのだが、ムルーダに特別な感情を抱くシィラと、悪ガキ仲間のシクルムだけはついていったのだ。
それ以来、これまでずっと一緒に冒険者として活動を続けてきている。
ムルーダのことなら何でも理解している、というほどではないが、少なくとも今どういう気持ちでいるかくらいは察することはできた。
「そうか……。それなら後で鍛冶士のことを紹介しよう。それで、君たちはこれからどうするんだ?」
「ん、そうだな……。んじゃあ、いっちょ俺も模擬戦をさせてくれ。アンタとは確かやりあった記憶ねーから丁度いい」
そういって信也に視線を向けるシクルム。
元々戦闘職ではないし、好き好んで模擬戦をするタイプでもないシクルムの指名を受けた信也は、シクルムの様子を見て何か思うことがあったのか、「了解した」と短く答えた。
戦闘職である信也に対し、戦闘向けとは言えない職業のシクルムだが、対人に関していえば素早い動きと、鋭い切れ味の短剣による攻撃は中々厄介だ。
元々武器のリーチ差を前提で戦うことに慣れたシクルムとは逆に、信也のほうは懐まで飛び込んでこようとするシクルムに対し、最初は防戦一方となっていた。
信也は片手剣とダンジョン産の〈インパクトシールド〉を構えて戦っているのだが、男にしては小柄なシクルムは、その体格を活かすように至近距離の真下からの攻撃を繰り出してくる。
それも、信也が左手に持つ〈インパクトシールド〉の陰に隠れる形で攻撃を仕掛けてくるので、攻撃の出がかりが掴めず大いに翻弄されていた。
しかし、戦闘時間が伸びるにつれ、地の能力差と短剣使いとの戦い方が見えてきた信也の動きが変わっていく。
視界を遮っていた盾を突然放りなげ、自由になった左手を使い、盾の裏側で攻撃準備に入っていたシクルムの頭を拳骨で殴りつける。
「ッタタタタ……」
頭頂部を打ち付けられたシクルムは、衝撃とともに舌を噛みそうになり思わず思考が逸らされる。
その隙を逃さず、信也は剣の腹の部分を思いっきりシクルムの横っ腹にぶち当てると、勢いのままシクルムは束の間宙を飛んだ。
思いの外その攻撃が効いたらしく、シクルムはギブアップする。
「あー、参ったぜ。チクショウ!」
苦しそうにあばら骨をさすっていたシクルムは、メアリーの"回復魔法"を受けるなりそう愚痴る。
その後、『ムスカの熱き血潮』のメンバーでもほとんど声を聞いたことがないという無口な『槍士』、ロゥも模擬戦に加わって何度か模擬戦をしていると、ダンジョン側に通じる扉が開き、奥から数人の男女が入ってくるのだった。
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