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第八章
第165話 恩讐の彼方
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楓がツヴァイの声について思い出してから一か月が経った。
この間、楓は何度か北条にこの事を問いただそうとしたのだが、どうにも上手く話しかけることができないでいた。
それは単純に楓の心境の問題もあったのだが、物理的にその機会がなかなか訪れなかったという理由もあった。
ダンジョンの中でなら機会はあったかもしれないが、他のメンバーに聞かれたくはなかったし、かといって二人だけで離れた場所に移動して話すのも、魔物に襲われる危険性がある。
特に、かつての他人との接触を拒んでいた自分と近しい感覚を覚える芽衣には、本能的に話を聞かれるとよくないと楓は思っていた。
では村に戻ったタイミングではどうかと言えば、どうにもここ最近の北条はちょくちょく出かけたりしているようで、上手いこと話が出来なかった。
拠点中央部に基礎だけ作っておいた公共用の建物も、結局この一か月の間放置されたままだ。
何度か一人で行動している北条の後を付けたこともあったのだが、毎回撒かれてしまっている。
こちらは"透明化"や"隠密"スキル。それから"影術"まで併用しているのに、どうしても気づかれてしまう。
今までの冒険の様子から見て北条は五感が鋭いと思われたので、大森林エリアの猪からドロップした消臭アイテムを使用してもみたのだが、それでも尾行がバレてしまっていた。
そういった事が水面下で起こりつつも、異邦人達は順調に冒険者としての活動も続けていた。
すでにDランクの魔物が徘徊するエリアを探索出来ている事から、ナイルズからは新たなクエストを発令されて、それを見事にクリア。
かくして異邦人達は全員Eランクへと昇格していた。
Dランクまでは比較的審査は緩く、力量さえあれば上がっていけるので、このままいけばDランクになるのもそう遠くはないだろう。
一方、前回の龍之介との模擬戦以来、無理を通してダンジョンに潜っていたムルーダ達。
これまで深刻な問題もなく、上手いこと協力してこれた彼らだったが、今は問題が発生していた。
普段以上に向こう見ずになり、余裕もなくなってきているムルーダが原因で、いざこざが起こっていたのだ。
それはあの無口な男、ロゥが思わず言葉を発する程のもので、その意外と可愛らしい声に毒気が抜かれたのか、その場はひとまず収まった。
だが、追い打ちをかけるかのような、龍之介のEランク昇格の知らせが届く。
本人から聞いた訳ではなく、たまたまその事を耳にしてしまったムルーダは、仲間の声を聞かず、一人でもダンジョンに向かおうとしていた。
「はな……せっ!」
頭に血が上って周囲の様子が見れなくなっているムルーダに、追いすがるようにして近づいて、必死に抱き留めるシィラ。
「ダメよ! 一人でダンジョンなんて、行かせられる訳ないでしょ!」
必死の形相のシィラだが、元々パワータイプのムルーダを止める力は彼女にはなかった。
「きゃっ!」
ムルーダによって強引に振りほどかれ、飛ばされるシィラ。
「お前らがっ! 一緒に行かねーってんなら、一人で行くしかねーだろっがあ」
そう怒鳴り建てるムルーダの様子はまるで狂犬のようだった。
シィラと同じく、昔からの幼馴染であるシクルムもそんなムルーダ相手に声も出ない。
シクルムほどではないが、これまでパーティーを組んできたディランやロゥにも、今のムルーダを止める言葉が思い浮かばなかった。
強引に止めることはできるだろう。だが、そうすると問題がより深刻化してしまうのではないか?
そういった気持ちが彼らを押しとどめている中、意外にも動いたのは一番の新参者であるツヴァイだった。
バシャアッ!
いつの間に手に持っていたのか、ツヴァイは水の入った桶をムルーダの頭上からかけ流す。
「ムルーダ、頼むから落ち着いてくれ……」
まるで、物理的に焚火を消すかのような感覚で水を掛けられたムルーダは、本来ならその程度で心の内から湧き上がる気持ちを鎮火する事は出来なかっただろう。
しかし、水を掛けてきた相手であるツヴァイを見た瞬間、僅かにムルーダは息をのみこんだ。
その哀切な声音もそうだが、ツヴァイの相貌に浮かぶ深い悲しみ。
それは、つい先ほどまで激昂していたムルーダをも押し黙らせてしまう程の、深い悲しみを宿らせていた。
今、まさに、目の前で大事な人が失われているのを見ているかのような、荒涼とした瞳。
その瞳を見てしまったムルーダは、振り上げた拳の持っていき場がないといった有様だ。
何故一番の新参者で、ムルーダたちとは一番関わりが薄いハズのツヴァイが、ここまでの感情を自分に見せるのか。
戸惑いを覚えるムルーダであったが、これまでの短い付き合いの中でも時折ツヴァイにはこうした影は見え隠れしていたのを思い出す。
「……スマン」
もしかしたら過去に似たような事があって、大事な仲間を失った経験があるのかもしれない……。
そう考えられるまでに落ち着きを取り戻したムルーダは、短く謝罪の言葉を述べた。
「……うん。分かってくれたならいいよ。焦って行動して命を失うよりかは……ね」
そう答えるツヴァイの声には、ムルーダを止められた事に対する安堵感と、過去の思い出が頭をよぎったが故の、無力感のようなものが入り混じっていた。
「そうだね。一番役に立ててない僕がいうのもなんだけど、ここで無理すると取り返しのつかないことになりそうだしね」
とりあえず騒動が収まったようで安心した様子のディラン。
「そうよ……まったく、バカなんだから……」
涙声のシィラの声がその後に続く。
少し前とは打って変わって雰囲気が良くなってくる中、ツヴァイは一人物思いに耽っていた。
(もう、あんな結末だけは……)
そう独白しながら、ツヴァイはある人物の事を思い浮かべるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ダンジョンの存在が告知され、多数の冒険者が《ジャガー村》に集まってきているとはいえ、ひっきりなしにダンジョンに出入りする者がいるという程ではない。
現在村にいる冒険者の総数は百人を超えているが、全員が常にダンジョンに潜っている訳でもないのだ。
そういった訳で、少ないときは半日以上人の出入りがない時間帯もあるのだが、ダンジョンの入口を守る衛視は、丁度ダンジョンから帰還してくる冒険者の男達の姿を見つけていた。
「…………」
別段礼などをすることなく、そのまま外へと出ていく冒険者達。
中に入るにはパーティー名と滞在予定期間を申告しないといけないが、帰りの際にはそういった手続きは必要ない。
ダンジョンから脱出した冒険者達は、そのまま村へと向かう道を進む。
元々は獣道同然だったこの道も、何人もの人が通ったことで少しずつ歩きやすい道へとなってきている。
しかし、冒険者達はそのまま歩きやすい道を進むのではなく、途中で進路を道の外へと変え始める。
そのまま小一時間ほど歩き続けると、森の先に山小屋らしきものが見えてきた。
「大分早いわね」
先頭を歩く男が無造作に山小屋の戸を開けると、中から女の声が聞こえてきた。
「ああ……。余り派手に暴れる訳にもいかんからな」
筋骨隆々の長身の男はそう答えながら小屋の中に入っていく。
ここは現在『流血の戦斧』が根城にしている山小屋で、中で一人待っていたのは彼らと手を組んでいる長井だった。
「そう、それならいいわ」
素っ気なく答える長井。
先ほどまでダンジョンに潜っていたヴァッサゴ達は、低層で幾つかの冒険者パーティーを襲撃していた。
ヴァッサゴが言うように、あまり派手に暴れてはギルドの監視の目が厳しくなることもあって、積極的に追剥ぎ稼業をしてきた訳ではない。
ただ、それには長井からの要請も関係していた。
長井はかねてより、"魅了の魔眼"の能力を使って村に自分のシンパを伸ばそうとしていた。
その目的は王国転覆だとか世界征服だとか大それたものではなく、ただ単純に自分にとって都合のいい場所を作りたかっただけだ。
誰もが自分のいう事に従い、自分のいう事なら喜んで火の中でも水の中にでも飛び込む。
望むものはすべて手に入れ、周りの全ての人間が自分に傅く。
そういった環境を長井は作り出そうとしていた。
長井も初めの頃は日本に帰りたくて仕方がなかった。
しかし、自身の能力の有用性と、現在の自分の置かれた状況を鑑みるに、このままこちらの世界に留まったほうが自分には合っている。
そう考えて以来、長井の脳裏から日本へ帰ろうという考えは消え失せている。
今もなお信也達との行動を共にしているのは、あくまで準備期間の為だった。
準備を全て整えたら、一気に行動を移す……。そう思っていた長井は、これまで何度か軌道修正をかけながらも活動を続けてきた。
しかしそういった長井の予定も、先日の出来事があって急遽変更せざるを得なくなっていた。
「俺もあの程度じゃ、物足りねーんだけどな。アレにも止められてる以上しかたねー」
ドヴァルグの口調は仕方なくといった感じだが、それでもアレとやらの意向には大人しく従うようだ。
「ワタシは十分満足ですヨ? 余り数が増えても腐るだけですシ、アノ御方から頂いた〈魔法の袋〉でも何体も収容できませんシ」
そう口にしながら、デイビスは腰元の袋を満足そうに撫でている。
基本的に、本来〈魔法の袋〉に生物は収納できないのだが、逆に言うと生きていなければ収容する事は可能だ。
「おいっ! 今ここで中身を出すんじゃねーぞ?」
「ワカッテますヨ。ダイジなダイジな素材ですからネ。アノ御方に教わった魔法を試すのに、無造作にアツカウ訳にはいきませン」
長井と流血のメンバーの中で、一番先日の出来事で喜んでいるのは間違いなくこのデイビスであろう。
他の面子……特に長井にとってはその出来事はまさに寝耳に水といった所だった。
それは、今より二週間ほど前。
今日と同じく、この小屋で長井が流血のメンバーと話をしている時の事だった。
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