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第九章
第212話 牙をむき出す悪魔
しおりを挟む「あっ……」
ほんの少し前まで強気な発言をしていたエカテリーナ。
しかし悪魔から放たれた強烈なプレッシャーによって、とある感情がムクムクと鎌首をもたげてきた。
その感情は『恐怖』。
それはエカテリーナや、悪魔と直接戦闘していた面子だけでなく、その周辺で取り巻きを処理していた他の冒険者たちへも影響をもたらした。
「これ、は……。"デビルサイン"……?」
"威圧耐性"スキルを持つシャンティアは、完全にその効果が発動されずに済んだが、威圧や恐怖に対する耐性のない者の多くは、突然首元にナイフを突き立てられたような……いや、それ以上の圧倒的な存在に接した時のような、抗いきれないような絶望的な恐怖に陥った。
「フンッ! ミーの拳を食らうといいね」
"恐怖"によって体が固まり、まるっきり防御態勢も整えられず、まともに悪魔の放つ格闘系闘技スキルを腹部へと打ち込まれたエカテリーナ。
内臓が全て押しつぶされたのではないか? と思わせるほどの血反吐を吐き、そのまま地面に頽れるようにして、エカテリーナは力なく倒れ落ちた。
「エカテリーナ!」
倒れたままピクリとも動かないエカテリーナに、ライオットが大きな声を上げる。
悪魔は更に、この恐怖に震えている間が好機とばかりに、ベルタ、ジュダ、ジババらの前衛達へ、次々と襲い掛かっていく。
ベルタはエカテリーナ同様に、ほぼ無防備な状態でまともに攻撃を食らってしまい、同じように倒れてしまう。
それはジュダも同様であったが、持ち前のドワーフのタフさでもって、他の二人とは違いまだ息があるのが遠目にも伺えた。
そしてジババは耐性などは持っていなかったが、高レベルのステータスという事そのものを発揮し、素で悪魔の威圧系スキル"デビルサイン"に抵抗を成功しており、襲い来る悪魔の攻撃をどうにか受け流すことに成功する。
「くっ、まだだ! あの悪魔は先ほどから明らかに動きが悪くなっている。それに奴の武器もすでに奪っている。このまま粘れば勝ち目はッ……ある!」
一瞬で仲間の前衛二人が打倒されながらも、未だ戦意をたぎらせるライオット。
未だ恐怖の影響が残り、体がまともに動かせない状況でありながらも、どうにか気声を張り上げていた。
「フム? ミーの動きが悪くなっている? 武器がない?」
最初の二人はともかく、後の二人に致命傷を与えられずに少し残念に思っていた悪魔は、そんなライオットの言葉を拾う。
「ハハハッ、それはなかなかインタレスティングな話ね。ミーの動きが悪かったのは、契約者にミーの力をセンドしていたからね。今は全員キルされてしまったので、力は全てミーの元。最初の頃より数段力は増しているね」
ニコニコ顔でそう語る悪魔の表情は、戦闘中もそれ以前からも一切変化することはない。
それが余計悪魔というものが人とは違う、人外の化け物であるのだとその場にいる者達に知らしめる。
「それに、ミーのメインウェポンはこの拳ね。鎌はソレっぽいから使ってただけのオモチャに過ぎないね」
そう言って己の肉体を誇示するかのように、胸を大きく張る悪魔。
「くっ……。【ファイアーボール】
ライオット同様に、完全に恐怖状態から脱してはいないツィリルが、どうにかしてその誇らし気に晒している悪魔の肉体へと、"火魔法"を打ち込む。
「状態異常:恐怖」は、体の芯が凍るような恐怖感と共に、体が動かせなくなるというものだ。
だが効果が薄まってくれば、恐怖感は消えないものの訓練次第で簡単な魔法位なら撃てるようにもなる。
「ノォン!」
しかしそのような状態で放たれた初級の"火魔法"は、悪魔の拳によって殴りつけられ、あっさりと霧散していく。
「このようなマジック、ミーには効かないとはいえ、いい加減鬱陶しいね。…………ぬうんっ! 【アストラルブレイク】」
まるでたかってくるハエや蚊を振り払うかのように、これまで悪魔が使用してこなかった魔法を使い始める。
「ッッッ!」
魔法が発動すると共に、ツィリルの周囲に黒い光が沸き起こり始め、それらがツィリルを中心として、徐々に一点に黒い光が収束していく。
この場にいる悪魔以外、誰も見た事のない、上級の"暗黒魔法"を食らっているツィリルは、声も出せない様で、苦し気な表情を浮かべている。
「おぁっ……。ああぁぉぅぉう」
やがて光が完全に消え失せると、ツィリルは手で胸を強く抑えるようにしてその場で跪くと、声にならない声を上げて涙を流す。
その目には理性の光はなく、精神を……いや、魂を壊されてしまったツィリルは、そのまま赤ん坊のような嗚咽を漏らし続ける。
「な、何を……したんや」
そのあまりに恐ろしい魔法と、その魔法が生み出した結果に、ヴォルディはようやく少し抜けてきた恐怖心が、再び再燃してきてしまう。
「あの小うるさいヒーにはビークワイエットしてもらったね。ユー達もそろそろ消耗してきたようなので、ミーのマジックも解禁ね」
そう言って今度は上級の"火魔法"である【ヘルフレイム】を放つ悪魔。
こちらの魔法は、悪魔以外で使用する者の少ない"暗黒魔法"に比べ、使用者が最も多い四属性の内のひとつの魔法なので、発動した魔法を見てソレと気づく者がいた。
「アレ、は……、マズイぞ!」
そう苦し気に言ったのは、『巨岩割り』のジュダであった。
次の悪魔の目標は、"光魔法"の使い手であるライオットのようで、黒い炎の噴射が火炎放射のように迫りつつあった。
あの強烈な"プレッシャー"から時間が多少経過し、元々熟練の冒険者たちであった彼らは、少しずつ恐怖の影響は抜けていた。
そしてジュダも、先ほど食らった打撃のダメージは決して無視できるものではなかったのだが、強烈な痛みによって逆に生への本能が刺激されたのか、恐怖をいち早く振り払う事に成功していた。
そして軋む体に鞭を打ち、ジュダは襲い来る黒い炎に立ち向かう。
「ぐぬう……。【土壁】」
ライオットを守るような位置に布陣し、咄嗟に張った"土魔法"による防御壁は、襲い来る黒い炎を一瞬止めることには成功するが、それもすぐさま溶かされてしまい、黒い炎が次の得物としてジュダの体をなめ尽くすように焼いた。
「ぐああぁああぁぁ!!」
全身から漂ってくる、己の肉が焼け焦げる臭いと、猛烈な痛み。
ただの炎ではなく、意志を持ったかのようにジュダの体に纏わりつく黒い炎は、とうとうジュダの意識をも完全に奪い取ってしまう。
「そおおおおい!」
そうした状況に他の面子もただ見ているだけにとどまらず、ジババは魔法を放った直後の悪魔へと襲いかかり、ジュダによる献身的な防御によって事なきを得たライオットも、再び自身の最強の"光魔法"の発動を開始する。
「そろそろお前たちとの闘いも終わりにするね」
悪魔もそう言って、ジババへと肉弾戦を挑み始める。
その力と速さは悪魔が言っていたように、戦い始めた当初の頃より数段増していた。
もともとパワータイプで、動きの速い相手が苦手なジババは、悪魔の動きに翻弄されまともに攻撃を当てることも出来ずにいる。
それに引き換え、悪魔の方はジャブやストレート、ミドルキックやハイキックなど、時折闘技スキルも交えながら適確にジババのHPを削っていく。
「ワイは……、ワイはっ、このまま引っ込む訳にはいかんのや!」
恐怖に縛られていたヴォルディは、決死の覚悟を持ってそう発言しつつ、ジババと戦い続ける悪魔の元へと捨て身で突っ込んでいく。
それは作戦もなにもない、無謀な突進であったが、追い払おうとした悪魔の一撃をまともに食らいながらも突進を続け、その体を抑える事に成功する。
「オオオオォォォッ! し、ねえええええい!! "竜鳴棍"」
その捨て身の特攻に応えようと、ジババが槌系の闘技秘技スキルを悪魔へとぶちあてた。
「オオーーウ、グウウレイトオオオ!」
闘気を纏う、強力な槌による振り下ろし攻撃で相手を殴りつける"竜鳴棍"は、その名の通りまともに当てれば竜も思わず鳴き声を上げると言われている。
それは打ち付けた際のインパクトの音からして、威力の程が伝わってくるほどだ。
鈍く、芯まで響くようなその音を身をもって体験した悪魔は、どこか愉悦さえ感じられるような声で叫んでいた。
ここまでダメージを与えても特に痛みを感じる様子を見せない悪魔に、流石にジババも自分たちの攻撃が通用しているのかと、ふと考え込んでしまう。
そんなジババを後目に、インパクト直前に悪魔の体から離れたヴォルディに、悪魔の手が差し迫っていた。
その大きな手には、禍々しい爪が生え揃っており、その手にわしッと頭を掴まれたヴォルディは、そのまま万力のような力で頭部を締め付けられる。
やがて、自分の頭蓋が粉砕する音を生涯最後に聴いた音として、ヴォルディはその生涯を終わらせる事になるのだった。
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本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
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