どこかで見たような異世界物語

PIAS

文字の大きさ
250 / 398
第九章

第221話 ツィリルの治療

しおりを挟む

「あの、出来れば彼の望みを叶えてあげて? 彼には北条さんを助けに行く前に、親身になってもらったのよ」

 ロベルトの頼み事を聞いていたのは、北条だけではなく、近くにいた他の異邦人も同様だった。
 中でもロベルトと個人的に接触もしていた陽子は、かつての元気の良さが微塵も感じられない、抜け殻となったようなロベルトを見てられなかった。

 陽子の言葉がなくとも、北条としても頼み事を無下に断る事も出来ず、そのままロベルトに連れられて、ツィリルの下まで歩いていく。
 陽子や咲良なども気になったのか、その後に続いた。
 北条らが近づいていっても、ツィリルはこれといった反応を示すこともなく、依然何もない空中をボーッと見つめている。

「これは、一体どういう経緯でこうなったんだぁ?」

「それは――」

「アナタに対しても使用されていた、高位の……恐らくは"暗黒魔法"による結果よ」

「あぁ……。あれかぁ」

 ロベルトが説明を始める前に、彼の双子の妹であるカタリナが先に説明を済ませる。
 それを聞いた北条は、確かにあれなら……と納得の様子を浮かべていた。

「どれ、ちょっと見せてもらうぞぉ」

 そう言ってツィリルへと近づいていく北条。
 まずは軽く肩を叩いてみたり、目を合わせてしてみるが、まったくといっていいほどツィリルからの反応は返ってこない。
 それはまるで目の前にいる北条を、認識していないかのようだった。

(さあて、どうしたもんかな)

 心中でそう呟く北条。
 ツィリルのこの状態は、北条のどうにかできる領分を超えたものであり、こうすれば元通りなどと言えるようなものではなかった。

(そもそもあの白い光だって、ただの【リリースチャーム】だしな)

 北条がこれまで、特殊なスキルのように披露していた『魅了解除』も、実は"神聖魔法"の【リリースチャーム】を"無詠唱"スキルで発動していただけだった。
 ただ呪文名の詠唱がなかったので、他の人たちもそれが"神聖魔法"であるとは見抜けなかっただけだ。
 ……中には怪しんでいた者もいたであろうが。

(実際あの魔法を食らってみた俺には分かるが、あの魔法は肉体的・精神的ダメージを与えるようなもんじゃあない。もっと心の奥底……魂といえるような部分を直接抉ってくるような魔法だった)

 であるのに、そうした魂を直接どうにかするスキルだの魔法だのといったものは、膨大な北条のスキルレパートリーの中にも殆ど含まれてはいない。

(肝心な部分の修復は、今の俺には出来ん。ここは少しアプローチを変えてみるか)

 そう判断した北条は、謎のスキルを使っているように見せかけるため、例によって"無詠唱"スキルを使い、とある魔法・・・・・を試してみる。
 まずは魔法の効果をより高めるために、ツィリルのふんわりとした、柔らかい茶色の猫っ毛が生え揃う頭部へと手を当てる。

 それから北条はその魔法――"精神魔法"を、ツィリルへと掛ける。
 見た目的には何も変化は見られないが、北条の手から発せられる魔力だけは、見る人が見れば感じられる事だろう。

 しばしそのままツィリルの頭に手を当てていた北条は、そっとツィリルの頭から手を離すと、重苦しい口調でロベルトに話しかけた。

「こいつぁ、肉体的な傷もないし、かといって精神的なダメージを受けた訳でもない。……魂そのものに傷を負った。そういった状態だと思う」

 北条から告げられる親しい仲間の状況に、双子の兄妹は黙ったまま話の続きを促すようにして、ジッと北条を見つめる。
 その無言の圧力に押されるように、北条は続きを話し始めた。

「……俺のスキル・・・でも、この状態を修復する事はできない。ただし、他の無事だった部分を寄せ集めて、穴埋めをするように魂に受けた傷を塞ぐことは出来るかもしれない」

 完全に治すことは出来ないと言われた双子は、それこそそのまま自殺でもしてしまうのではないかという程に、落ち込んだ様子を見せた。
 しかし、傷を塞ぐことが出来るかもしれないと聞いて、少しだけ気持ちを盛り返したようだ。

「じゃあそれをっ! その、傷を塞ぐってのをお願いできないッスか?」

 傷を塞ぐことが出来るかもしれないと聞いて、パッと期待の表情でそう頼み込むロベルト。
 対してカタリナの表情は依然、重いままだ。
 それは、北条の話し方や表情の意味を、理解していたからであった。

「ただこいつぁ、単純にケガした場所を塞ぐって訳じゃあない。他の無事だった部分を寄せ集めて、傷跡を塞ぐようなもんだぁ」

「具体的にはどうなってしまうの?」

「俺も専門外の事だから予想くらいしか出来ん。より症状が悪化するかもしれないし、改善される事もあるかもしれない。気休めに大丈夫だ、などと言えるもんじゃあない」

 望む言葉を聞くことが出来なかった、ロベルトとカタリナの二人。
 二人は、やはり双子という事でどこか似た表情でしばし考える仕草をすると、

「お願いするッス」 「お願いします」

 合図や確認を取るまでもなく、ほぼ同時に二人ははそう言って北条に頭を下げていた。



▽△▽



「それじゃあ、いくぞぉ」


 そう言って北条は再びツィリルに触れる。
 そして、"無詠唱"スキルでカモフラージュしつつ、"精神魔法"の【マインドメディカルケアー】をベースにした魔法を発動させた。
 元の魔法は、精神的に大きなショックを受けた人に対して使用するものだが、それを魂に受けた傷にも適用するように、変化させていく。

 『魔法』というのは、魔力を元に様々な現象を引き起こす現象だ。
 今でこそ、よく使われている魔法は『基本魔法』として広まっている。
 魔法スキルを持っていて、その『基本魔法』の効果と呪文名さえ知っていれば、比較的簡単に魔法は発動させられるのだ。

 しかし元々魔法というのはもっと自由なものだ。
 例えば魔法を使うのに呪文名を発音する必要はあるが、魔力をただ操作して相手にぶつける程度の事ならば、呪文を唱える必要はない。
 そして既存の魔法であろうと、発想と想像次第では、思うがままに効果を変化、拡張させることも可能だ。

 北条は本来、精神に強く干渉する"精神魔法"でもって、別の領域である魂へと影響を与えられるよう、意識を集中させていく。
 こうした本来とは異なる領域を扱う魔法というのは、別に珍しいものではない。

 【リリースチャーム】の魔法だって、本来は"精神魔法"の領域であるのだが、それを"神聖魔法"で扱っている。
 その分魔法を扱う難度や魔力消費は多くなってしまうが、決して無理な事ではないのだ。


 施術の時間事態はそう長いものではなかったが、普通に治癒魔法を使う時なんかに比べれば遥かに時間はかかっていたし、当の施術者本人の北条からしてみれば、二十分くらいは試行錯誤していた気がしていた。

 しかし実際には、ほんの数分で北条の謎スキル・・・・は発動を終えており、その効果はすぐにも表れていた。


「…………コレハ? ボクハ一体……」


 なんと、これまで意味のない言葉を発していたツィリルが、ちゃんとした言葉を話し始めたのだ。

「お、おおおぉぉぉっ……」

 ツィリルの言葉を聞いて、思わず目に涙を浮かべながら駆け寄っていくロベルト。
 カタリナも沈んでいた表情に、陽がさしてきたかのような明るい顔をちらと覗かせる。

 しかし、肝心のツィリルの反応の方は静かなものだった。
 先ほどまでとは違う、状況を把握しようと目線を周囲に這わしているツィリルの表情は、どこかおかしかった。
 廃人のような状態から脱したはいいものの、そこには表情というものがごっそり抜け落ちているのだ。

「アナタタチハ、一体?」

 戸惑い気味に話すその口調も、平坦なイントネーションをしていて感情というものが窺えない機械的な声だった。
 そのため「戸惑い気味」という印象も、ツィリルのセリフの字面から抱いたものであって、本人が実際戸惑っているようには感じられなかった。

「な、何言ってるんッスか、ツィリルさん。この人が今ツィリルさんを……」

 治してくれた、と続けようとしたロベルトは気づいてしまった。
 ツィリルのいう「アナタタチ」というセリフに、自分やカタリナが含まれているという事に……。


▽△▽


 ――結局の所、ツィリルは日常会話や日常生活程度なら、問題がないレベルにまで回復はしていたが、記憶の一部欠如と、感情が希薄になってしまうという副作用があるのが確認された。

 北条によれば、感情の方は完全になくなってしまったのではないらしい。
 元通りの状態には戻らない可能性はあるが、時間を掛ければ徐々に改善していくだろうとの事だ。

 ただし、記憶の方に関しては元に戻るかどうかは分からないようだ。
 試しに、ロベルトらがツィリルに関する事を色々語りかけてみたが、何か思い出そうとした時に、ツィリルが辛そうに頭を押さえ始める場面もあったので、今すぐに刺激するような事はやめておこうという事になった。



 こうして帰還間際に色々とありつつも、ようやく彼らは村への帰路につくことになる。
 覇気を失ったライオットの下、無言でゾロゾロと村へと向かう彼らの様子は、葬儀に参列する喪服を着た集団のように、静かで、悲しみを湛えているのだった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

男が英雄でなければならない世界 〜男女比1:20の世界に来たけど簡単にはちやほやしてくれません〜

タナん
ファンタジー
 オタク気質な15歳の少年、原田湊は突然異世界に足を踏み入れる。  その世界は魔法があり、強大な獣が跋扈する男女比が1:20の男が少ないファンタジー世界。  モテない自分にもハーレムが作れると喜ぶ湊だが、弱肉強食のこの世界において、力で女に勝る男は大事にされる側などではなく、女を守り闘うものであった。  温室育ちの普通の日本人である湊がいきなり戦えるはずもなく、この世界の女に失望される。 それでも戦わなければならない。  それがこの世界における男だからだ。  湊は自らの考えの甘さに何度も傷つきながらも成長していく。  そしていつか湊は責任とは何かを知り、多くの命を背負う事になっていくのだった。 挿絵:夢路ぽに様 https://www.pixiv.net/users/14840570 ※注 「」「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

才能は流星魔法

神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。 そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。 流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。 ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。 井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。 山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。 井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。 二日に一度、18時に更新します。 カクヨムにも同時投稿しています。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

処理中です...