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第十章
第223話 『一周目』の終わり
しおりを挟む村はずれにある森との境界に、異邦人達が拠点として確保した、建築中の構造物があった。
進捗状態としては、外壁部分はほぼ完成しており、後はその広い敷地の中に建物を建てていくだけなのであるが、そこがまだほとんど未着手の状態である。
未だ村の拡張工事もまだまだ人手が足りていないという現況だ。
建築業者に依頼を出したとしても、実際に施工が開始されるのはいつになるか分からない。
しかし、張り巡らされた外壁の内側。ほぼ中央部には、ひとつの建物が完成していた。
それは悪魔事件が起こる前に基礎工事を済ませてあった、異邦人達が共用で使う、集会場として建築された建物だ。
その建物の内部、幾つかの部屋が存在する中で、一番広いのが会議室だ。
室内には大きな机と何脚もの椅子が配置されていて、他にもいくつか家具が設置されている。
椅子は机の大きさに合わせてか余分に用意されており、左右に十脚ずつ。そして上座の部分に二脚配置されていた。
その椅子に座っているのは十人の男女たち。
悪魔事件の結果、長井と石田が欠けてしまった異邦人達と、話があるという事で招かれていた、ツヴァイの合わせて十人だった。
異邦人の中でただひとり、信也だけがこの場に姿が見えない。
彼は今、『男寮』でひとり休息中であった。
事件後、北条の手によって信也の「状態異常:魅了」は解除されはしたのだが、一番長いあいだ継続的に長井の"魅了の魔眼"を受け続けていた信也は、すぐに元通りになる事はなかった。
突然大声で喚き散らしたり、驚くほど生気のない顔で一日中沈んだ顔をしていたり、一日中寝たまま起きなかったりと、復調には程遠い状態が続いていた。
北条も一度だけでなく、何度も魅了解除――に見せかけた【リリースチャーム】を使用していたし、メアリーも"回復魔法"の【平穏】を使って取り乱したような信也を落ち着かせるなどしていた。
その後、悪魔を討伐してから七日が過ぎ、少しは信也の症状も落ち着いてきたのだが、今日の会議に参加させるにはまだ厳しい状況と言わざるを得ない。
本来なら、全員揃った所での話し合いをする予定であった。
そのため信也の回復を待ちつつ、その間に北条が基礎工事の終わっていたこの建物の工事を続けていたのだ。
ダンジョン探索もなく、裏で長井への対策をする必要もなくなった北条は、全力で建築に取り掛かる。
そして驚くべき速さで建物を建築していき、つい昨日、ようやくひとまずの完成を迎えていた。
一番大事な基礎工事が既に終わっていたとはいえ、ほぼ一人で建てたにしては余りに早い施工期間だ。
こうして建物は無事完成し、「中央館」と名付けられる事になる。
だが会議室に集まった面々には、新築祝いをするといった雰囲気はない。
いつもはうるさい位の龍之介も、今日は妙に静かに席についている。
どこか厳粛な雰囲気が漂う中、最初に口を開いたのは陽子であった。
「それじゃあ……会議を始めるわよ。まずは和泉さんの状態だけど、残念ながらまだ調子が戻っていないので、今は『男寮』で休息中よ。近くにはマンジュウが待機してるから、何かあったら芽衣ちゃん、教えてね」
「は~い」
「うん、それでまずは議題をどうするか、だけど。北条さん、何か意見はあるの?」
そう問いかける陽子には、特にこれといった感情の揺らぎは感じられない。
いつもとそう変わらない声で陽子が尋ねると、北条は少し考えた後に答えだした。
「ではぁ、まずは今回の悪魔事件について片付けておこうかぁ」
北条がそう言うと、みんなビクッとした反応を見せる。
確かに石田と長井は、他のメンバーからは煙たがられていた相手ではあるが、実際敵として相対するとなると、「嫌な相手だからどーでもいい」という訳にもいかない。
特に、石田の本性を目の前にした陽子や咲良などは、パーティ―が違うとはいえ、今まで身近にそのような人がいた事に、強いショックを覚えていた。
龍之介も己の力の及ばない事に忸怩たる思いを抱き、一時的に魅了され、北条が攫われる一因となってしまったメアリーも、未だに罪の意識が拭い切れないでいる。
しかしだからこそ、この問題を避けて通ることはできない。
それぞれの胸中に蟠る思いはあれど、みなそれぞれ前を向こうとしている事は共通していた。
陽子が全員を見渡してみると、各人の目には強い意志が宿っているように見える。
それを確認した陽子は、話を続ける。
「そうね……。それじゃあまずは今回の件の概要だけど、以前に粗方北条さんから説明があったけど、それだけじゃないのよね?」
前々から何か裏がある事を知っていた陽子は、全員揃ったこの場で北条へと問いただす。
「あぁ。そうだなぁ、ではまずはきっかけから話すとするかぁ」
そう言って北条は、あの時語らなかった真実を語り始めるのだった。
それは《ジャガー村》に『ムスカの熱き血潮』の面々がやってきて、ツヴァイと出会った頃にまでさかのぼる。
▽△▽
「……ツヴァイさんに事件の事を知らされた?」
「ああ、そうだぁ。あれからツヴァイと一緒に裏で調査を開始してな。といってもパーティーも別だから、基本はバラバラで行動していたけどなぁ。それで実際に俺の目でも長井が何やら企んでいる事を確認して、それから――」
「ちょっと待って。どうしてツヴァイさんが事件の事を知っていたの? その、石田の奴とは何かあったのかもしれないけど、それとあの女の魅了とは別よね?」
石田との対決の時、ツヴァイが口にした事は未だに陽子の記憶に残っている。
そしてそのセリフから、ツヴァイと石田の間に何らかの関係性があるという事も。
だが、それと今回の件は別物だ。
話によれば、長井が"魅了の魔眼"を使って、密かに和泉や村の人を洗脳していた事。更には悪魔とも結託して、何かよからぬことを企んでるといった話も、全てツヴァイが北条に持ち込んだのだという。
陽子の言葉に、あの場にいなかった者達は少し怪訝な顔を浮かべる。
山小屋の中にいた者達は、「後で詳しい話はするから」というツヴァイの言葉を受け、事件が終わった後も、外で人形達と戦っていた龍之介らに、ツヴァイの事を話していなかったのである。
「一から、話そうか」
話が掴めないでいる陽子らを前に、ようやくツヴァイの重い口が開かれる。
彼自身、打ち明けるかどうか迷っていた、自分の正体に関する話。
しかし既に、長井の件があったので北条には洗いざらいぶちまけてしまった後だ。
そして何だかんだと戦いの現場まで同行し、今の彼女たちとも深くかかわってしまっていた。
もう今更あとには引けないと、ツヴァイは滔々と自身の事を語り出した。
「まず、ツヴァイという俺の名前だが、これは本名じゃないんだ。俺の本当の名は『毛利頼人』という」
「え、それって……」
慶介を初めとしたあの場にいなかった五人は、ツヴァイの告白に驚きの声を上げる。
「つまり、だ。あのダンジョンの第三層にある部屋。あそこには最初十三人の人間が送り込まれた。ということになる」
「…………」 「ほえぇぇー」
言葉の意味を頭でかみ砕こうとしてるのか、押し黙ってしまった一同の中で、ひとり由里香が間の抜けたような声を漏らす。
「そして俺たち十三人は、何だかんだと揉めたりしつつも、ダンジョンを脱出することに成功。その後は近くにある《ジャガー村》を訪ねる事になる」
「ああ? どういうこった? 十三人って……」
少し遅れて龍之介が気になった事をぶつけてくるが、ツヴァイは手でそれを止めて、続きを話し始めた。
そのツヴァイの様子に、他の人もとりあえず話を全部聞いてみようと、耳を再び傾ける。
「それから少しして、俺たちは《鉱山都市グリーク》へと向かい、転職だの冒険者登録だのを済ませていく。だが、俺たちはキリが悪く、メンバーは十三人。まあ、なんとも不吉な数字だよな」
こういった地球ならではのジンクスなどがポンと出てきた事で、ますますツヴァイが同じ日本人なのだという実感が陽子達に湧き上がる。
「そこで北条さんが一人街に残って、残りの十二人でふたつのパーティーを組むことになったんだ」
「あ、あの?」
そこで申し訳なさそうに手を上げながら、咲良が話に割り込む。
「その、十三人いたとかそういう話はとりあえずいいんですけど……。どうして北条さんだけが街に残る事になったんですか?」
「それは、北条さんが転職で就いた職業が『調理士』だったからだよ。ダンジョン探索には不向きだろうって事で、自ら遠慮したんだ」
「ちょうり……し?」
みんなの視線が北条の下へと集中する。
確かに北条と同じパーティーの間では、彼の作る料理が美味しいというのは周知の事であった。
しかしダンジョン探索に不向きだなどと、今の印象とはまるっきり正反対であり、想像もつかないことだった。
ただツヴァイの話がこの先どうなるのかが分からない以上、ここであれこれ言っても仕方がない。
また陽子、咲良、龍之介などは、そういった作品をよく見たり聞いたりもしている。彼女らは、それぞれツヴァイの話の裏事情を想像しながら、話の続きを聞き始める。
「話を続けていいかな? まあ、それで北条さんとはそこで分かれて、俺たちは《ジャガー村》へと戻ったんだ。北条さんも、定食屋で働きでもしながら、戦闘訓練や魔法の練習をしてみるって言っててね。それが終わったら合流しようって話になってたんだ」
引き続きみんなの中の「北条像」が崩れるようなツヴァイの発言に、陽子らは梅干しを食べた後のような顔をしながら話を聞いている。
「でも……それが悪かったんだろうね。それからしばらくの間、俺たちはダンジョンへと潜り続けた。そうだな……、今の君たちよりもう少しレベルは高かったかな? 時期も夏が過ぎて、だんだん寒くなってきた頃だったから、今より後の話になる」
斯様に、陽子ら異邦人の知らない、自分たちが関わる話を語っていくツヴァイ。
だがそれまでのツヴァイの滔々とした語り口が、この辺りから段々と鈍くなっていく。
「そして、北条さんが『ムスカの熱き血潮』のメンバーと一緒に、《ジャガー村》にやってきた時には、かなり事態は進行していたんだ。俺たちの知らない内に、ね」
「それって、もしかして……?」
「そう。これは後で知った事だけど、すでに長井はその魔の手をあちこちに伸ばしていたんだ。今から数か月も先の話だ。今回の事件の時よりも、もっと雁字搦めに、いくら暴れてもほどけない程に、手が回されていた」
そうして慶介の方へと視線を向けるツヴァイ。
「今回は、和泉さんだけで済んでいるけど、前回は慶介くんもすっかり魅了にかかってしまっていた。そして、同じパーティーだった細川さんと、よ……里見さんも、や、奴らの手に、落ちていたッ……」
最後の方のツヴァイの声は、必死に感情を抑えているようだったのだが、抑えきれない気持ちの欠片から、聞くものに痛いほど感情が伝わってくる。
自らの手で石田に止めを刺し、長く捕らわれていた思いに区切りをつけたつもりだったツヴァイ。
だが、あれから余り日も経ってない今、そう簡単に割り切れる訳もなかったようだ。
「そして、あの最悪の日。今でも夢に見てしまう、悪夢そのものだったあの日。……今回とは違い、事件の舞台は《ジャガー村》ではなく、《鉱山都市グリーク》で起こった」
それは、単純に規模の大きさの違いを陽子らが認識するのに、分かりやすいものだった。
今回は村規模であり、しかも実際の戦闘が起こったのは村はずれの森の中だ。
だが、その時は街全体を巻き込むような、大きな事態にまで発展したらしい。
それから、《鉱山都市グリーク》に訪れた悲劇の様子を、淡々と語っていくツヴァイ。
まるで壊れたラジオのように、ツヴァイは一定のトーンで話し続ける。
それがかえって聞くものに妙なリアリティーを感じさせた。
そして、最後にツヴァイはこう締めくくった。
「悪魔と対峙する北条さんに加勢しようとした俺は、あいつの持ってる鎌で体を切り裂かれてしまい……命を落としたんだ」
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