369 / 398
第十二章
第325話 堅白同異
しおりを挟む「それで、この度はどのような要件で参られたのだ?」
アウラの凛とした声が応接室に響く。
室内に設置されたソファーにはアウラの他に、訪問客であるアレクシオス・ブールデル準男爵と、ダニエレ = アンドレオッツィ子爵が席についている。
三人が座っている場所の背後には、それぞれの従者や護衛の姿もあった。
アウラの傍には家宰のアランと、従者のカレン。それから護衛としてマデリーネ。アンドレオッツィ子爵の背後には鋭い目つきをした中年の男と、文官らしき部下の老齢の男性が。そしてブールデル準男爵の傍には『勇者』シルヴァーノがそれぞれ控えている。
「うむ。私がこの町を訪れたのにも理由がありましてな。その理由を話す前に、ひとつ確認したい事がある。この地にダンジョンが発見されて以来、グリーク辺境伯はこの町に大分力を注いでいると聞いているが、相違ないか?」
「いかにも。父はダンジョンの重要性を考慮し、早急に神殿関係者や冒険者ギルド。そして商会などと連携を取り、この地の開発に力を注いでおります」
「ふむ、理由というのは実はその事なのだ」
「と、言いますと?」
「私も隣領に身を置く準貴族として、周辺地域の情報の収集を行っている。そうして得た情報から思うに、この町の管理に対して疑問を抱いてな」
「……どういう事でしょう?」
言いがかりをつけられ、険しい表情になるのを抑えられないアウラ。
反対にブールデル準男爵は余裕に満ちた表情をしている。
「まず一つ。この町……当時はまだ村だったが、以前に吸血鬼騒動が起こりましたな?」
「……その問題については既に解決している」
「それは勿論知っているとも。今の町の状況を見れば明らかであるしな」
饒舌に語り続けるブールデル準男爵。
なお同席しているアンドレオッツィ子爵は、最初に挨拶を交わしてからは口を挟むことなく、アウラとブールデル準男爵のやり取りを聞いている。
「では何故この話を持ち出したのだ?」
「それなのだが、私の調べではその事件には"吸血鬼"など存在せず、実際は"魅了"の能力を持つ能力者によるものだという報告を受けている」
「…………」
「ふむ、その様子だと間違いはなさそうですな。おっと、そういえばアウラ卿はその敵の手に落ちて拐かされたんでしたな。この事を知らない筈はなかった」
「その件は未遂に終わっている! アウラ様は敵のアジトに連れ去られる前に、無事救出されたのだ!」
「マデリーネ!」
「……ハッ、申し訳ありません。つい声を荒げてしまいました」
激高して声を荒げたマデリーネに対し、客人である両貴族の護衛は大きな反応を見せていない。
彼らは屋敷に入る際に武器を預けてはいるが、最低限の護身用の短剣の所持は許されているので、いざとなれば主を守る事は可能だ。
Aランク冒険者であるシルヴァーノは勿論として、アンドレオッツィ子爵の護衛の男も、マデリーネが激高した事に対して特に危機意識を持っていないようだ。
単純に、我を忘れて斬りかかって来る事などないと読み切っていたのか、自分の実力なら襲われても問題ないと思っているのか。シルヴァーノの場合は間違いなく後者であろう。
「話の腰を折って申し訳ない。彼女は私の忠実な部下なので、抑えきれなかったようだ」
「いやいや。それだけ忠誠心が高いという事。気にする事はない」
(フンッ、キャンキャン吠える犬のようだな。シルヴァーノならば、拐かされる前に敵を皆殺しにしているわ)
口ではそう言いつつも、内心ではアウラやマデリーネを見下しているブールデル準男爵。
本人は隠し通しているつもりであるが、表情には微かに本心が見え隠れしていた。
「話を戻そう。それでですな、当時の《ジャガー村》の村長やアウラ殿まで拐かそうとしたこの事件。どうにも私の中で引っかかるものを感じましてな」
「引っかかる事とは?」
「うむ。私も何が気にかかっているのか、最初は分からなんでな。部下に色々と調べさせたのだよ」
「……わざわざ他領の村の事をか?」
「左様。他領とはいえ、同じ王国に所属している事は変わらぬ。そして、当時は一介の村だったとはいえ、大規模ダンジョンという財産を抱えた重要な地。逆に何もせずに問題が起こってしまったら、後悔してもしきれぬ」
拳を握り、力説しているブールデル準男爵であるが、お世辞にも演技の才能があるようには見えない。
しかし当人は名演技をしているつもりのようで、声だけはやたらと勢いがあった。
「然して、私の懸念は間違っていなかった。部下が持ち帰った情報によると、"魅了の魔眼"を持つ冒険者『ナガイ』は、どうやら帝国の間者だったようなのだ」
「……なにっ?」
「驚かれるのも無理はない。しかしこれは事実なのだ。これが部下が寄越した報告書だ」
そう言って、ブールデル準男爵は手荷物から数枚の書類を取り出す。
アウラがその報告書に目を通すと、そこにはナガイがかつて帝国の方で活動していた事や、その後"魅了"の能力に目を付けた帝国の貴族が、ナガイを囲ったという事が書かれてあった。
「その報告を見て私は思ったのだ。今回は寸での所で外患を排除する事は出来たが、次も上手くいくとは限らぬ。何せ当時の村長と、後に町長になる両名が一挙に攫われるような事件が起こったのだ」
「……それで?」
「本人を目の前にして伝えるのも憚られるが、王国に忠誠を誓う身として、敢えて言わせていただこう。アウラ卿、其方ではこの町を治めるのに能力的に問題があると言わざるを得ん。一介の農村だった頃ならばともかく、大規模ダンジョンを抱えるとあっては、しかるべき者に管理を委ねるべきだ」
「何を仰られる。このグリークの地は、始祖『ドーン・ルディマス・グリーク』によって、何もなかった場所を一から築き上げた地。王国は未開地の開拓に成功した場合、その土地を所領として貴族に任ぜられるは自明の理。ダンジョンが見つかったとて、それを一々取り上げる道理はない」
「無論、通常であるなら卿の言い分は正しい。しかし、もしあのまま帝国の手の者に拐かされていたら、今頃この町はどうなっていたことか……」
左手を顔にあて、下を向くブールデル準男爵だが、芋臭い演技も相まってとても見てられるものではなかった。
実際、上手くいっていると思っているブールデル準男爵は、下を向いて嘆いている演技をしつつ、口元はにやけたままだ。
「しかし、私はベネティス領に名を連ねる者。隣領の私があれこれ言っても、グリーク辺境伯は聞き入れてはもらえないだろう。そこで私は、同じく王国の将来を憂いている、アンドレオッツィ子爵のお力を借りる事にしたのだ」
ブールデル準男爵が気持ちよさそうに口上を述べると、これまで黙って話を聞いていたアンドレオッツィ子爵が口を開く。
「ほっほっほ。見ての通り、ブールデル準男爵の熱い説得に、ワシも心を動かされましてな。私としてもこの話は捨ててはおけないと思い、伝手を頼り裏を取ってみたところ、確かに怪しいと思える所がありましてな」
「……それでは伺いたいのですが、怪しいとはどの辺りの部分の事ですか?」
「なあに、ブールデル準男爵の語った事とそう違いはなかったはず」
「では、首謀者であるナガイが帝国で活動していたというのも事実だったという事ですか?」
アウラはこの異世界の住人の中では、異邦人と多く接してきている方だ。
その為、信也らがでっち上げた、この土地に来るまでの架空の経緯についても聞き及んでいた。
……実際の所はその話はでっち上げたものであるので、何も知らないアウラ目線から言えば帝国で活動していた過去があったとしても、否定しきれるものではない。
それでもアウラは北条らの事を、以前危ない所を救ってもらった事もあって信頼していた。
仮に帝国で活動していたというのが事実だったとしても、帝国の間者であるなどとは微塵も信じてはいない。
「それは――」
アウラの問いに対し、アンドレオッツィ子爵が何か答えようとしたのとほぼ同時に、ブールデル準男爵が口を開く。
そして声だけは威勢のいいブールデル準男爵によって、アンドレオッツィ子爵の返答は有耶無耶にかき消される。
「私の部下の調査能力を疑っておるのか? それなら心配はいらぬ。我がベネティス領では、諜報に関しては力を入れておる故、専用に訓練された者達の持ってくる情報は信用に値するのだ」
『どこかの情報駄々洩れな領とは違ってな』
口にこそ出していないが、ブールデル準男爵の態度を見れば、そのような事を考えているのが丸わかりだった。
こうした機微に疎いアウラですら、それを感じられる程だ。
「という訳でだ。私がこの町を訪れた理由は、この事を直々に伝える為。そして協力をお願いした、アンドレオッツィ子爵をお迎えする為だったのだ。協力だけ呼び掛けておいて、本人である私が自領に引っ込んでいる訳にもいかぬのでな」
ドヤ顔で宣言するブールデル準男爵は、もはや顔面の筋肉を操作・維持する事が出来なくなっているらしく、下卑た笑顔を浮かべている。
それは背後で黙って話を聞いていたシルヴァーノも同様で、互いに相手を見下しているブールデル準男爵とシルヴァーノであったが、こういった部分では似たような性格をしていた。
……だからこそ、同族嫌悪によって余計毛嫌いしていたのかもしれないが。
一方、言いがかりをつけられっぱなしのアウラサイドは、マデリーネが顔を真っ赤にして悔しそうな表情を浮かべている以外は、大きな態度の変化を見せている者はいない。
しかしアウラの内心は烈火のごとく燃えていた。
「では確認したいのだが……」
その燃える心に流されぬよう自制をしつつ、アウラは反撃の糸口を掴もうと口を開いた。
0
あなたにおすすめの小説
男が英雄でなければならない世界 〜男女比1:20の世界に来たけど簡単にはちやほやしてくれません〜
タナん
ファンタジー
オタク気質な15歳の少年、原田湊は突然異世界に足を踏み入れる。
その世界は魔法があり、強大な獣が跋扈する男女比が1:20の男が少ないファンタジー世界。
モテない自分にもハーレムが作れると喜ぶ湊だが、弱肉強食のこの世界において、力で女に勝る男は大事にされる側などではなく、女を守り闘うものであった。
温室育ちの普通の日本人である湊がいきなり戦えるはずもなく、この世界の女に失望される。
それでも戦わなければならない。
それがこの世界における男だからだ。
湊は自らの考えの甘さに何度も傷つきながらも成長していく。
そしていつか湊は責任とは何かを知り、多くの命を背負う事になっていくのだった。
挿絵:夢路ぽに様
https://www.pixiv.net/users/14840570
※注 「」「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる
名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
才能は流星魔法
神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎に住んでいる遠藤井尾は、事故によって気が付けばどこまでも広がる空間の中にいた。
そこには巨大な水晶があり、その水晶に触れると井尾の持つ流星魔法の才能が目覚めることになる。
流星魔法の才能が目覚めると、井尾は即座に異世界に転移させられてしまう。
ただし、そこは街中ではなく誰も人のいない山の中。
井尾はそこで生き延びるべく奮闘する。
山から降りるため、まずはゴブリンから逃げ回りながら人の住む街や道を探すべく頂上付近まで到達したとき、そこで見たのは地上を移動するゴブリンの軍勢。
井尾はそんなゴブリンの軍勢に向かって流星魔法を使うのだった。
二日に一度、18時に更新します。
カクヨムにも同時投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる