奇跡のクマと勇者の話

西崎 仁

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4 噂を信じちゃいけないよ

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 ガキが姿を見せなくなった。
 連絡先を交換したわけでなく、お互い住んでいる場所を把握しているわけでもない。時間と場所を指定して、また会う約束をしたわけでもないのだから、そう頻繁にタイミングよく再会、などということが都合よく起こるはずもないことはこちらも承知していた。それにしても、である。

 なんとなく2日連続で似たような時間帯に川沿いの土手で遭遇しているので、おなじようにしていればガキのほうから姿を見せると思っていた。ましてやこっちは、あのガキのぬいぐるみを無理やり押しつけられているのだ。母親のヒモに捨てられないための対応策だったとはいえ、あのガキも、預けたあとのことを気にしているに違いない。だからこちらもしかたなく、用もないのに頻繁に堤防まで出向いてやった。ガキの気が変わって、やっぱり返してくれと言うかもしれないと思ったからだ。なのに。
 小汚えぬいぐるみを俺に押しつけて以降、ガキはぱったり姿を見せなくなった。

 ――なんだよあのガキ。ちょっとくらい様子見にくるとかしろよ。

 思わず内心でぼやいてハッとする。これではまるで、俺があのガキの登場を心待ちにしているみたいではないか。

 べっ、べつに会いたいわけじゃないんだからねっ!

 などとツンデレ風に己に言い訳をして、ますますこっぱずかしくなり立ち上がる。気づけばだいぶ陽も落ち、夕刻を告げる音楽が防災無線から流れはじめていた。
 いつ要求されても突っ返せるようにと最初は持ち歩いていたぬいぐるみも、ここ最近は持参せず、アパートに置きっ放しにしている。見るからに胡散臭い風体のいい歳をした男が、小脇にぬいぐるみなんぞ抱えてうろついていた日にゃ怪しさ倍増。胡散臭すぎて悪目立ちするからだ。ただでさえ河川敷ではちびっ子どもが野球やらサッカーやらに興じている。通報でもされてはシャレにならなかった。

 ったく、早く引き取りにこいよなあ。ホントに捨てちまうぞ。

 さらにぼやいてみるものの、むろんどこからも反応は返ってこない。
 待ちぼうけを食わされたと思うのも癪で、土手を降りて河川敷まで足を運ぶ。そのまま土手に並行して作られた歩道を歩いていると、途中で立ち話をしているふたりの女の姿が見えてきた。簡単な遊具が設けられた公園わき。子供を遊ばせている母親たちだろう。

「ほら~、もういい加減帰るわよ~っ! 早くお夕飯の支度しないと、パパ帰ってきちゃう!」

 遊具によじ登っている子供に声をかけつつ、主婦ふたりも結局話しこんでいる。

「もう1ヶ月以上ですって。いくらなんでもおかしいわよねぇ」
「ほんとに病気なの? 学校の先生が訪ねていっても、玄関先で門前払いなんでしょ? 姿が見えないどころか、近所の人たちも声すら聞かないって変じゃない? 小さい子の声なんて結構響くのに。それに、母親は夜の仕事もつづけてるって言うし」
「子供がそんな重病だったら、普通、外になんか出られないわよねえ。だれが面倒見るのよ」

 女ってのは、ホント噂話が好きだよな。

 バカくさいと鼻先でわらって通りすぎようとしたそのとき、妙にひっかかる内容が耳に入ってきた。

「ほら、だってあそこの家、母子家庭って言いながら男の人が出入りしてるじゃない? 出入りっていうか、もう完全に一緒に住んじゃってる感じ?」
「だけど、血の繋がりもない他人の子供の面倒なんか見ないでしょ。よっぽど子供好きで家庭的な人ならともかく、街中でチラッと見かけたことあったけど、チンピラみたいな人だったわよ? 仕事だってまともにしてないっていうし」
「まあ、母親だってまともな感じじゃないけどねえ。だって、中学生とか高校生で複数の相手と関係持って妊娠しちゃったんでしょ? だれの子かもわかんない子供なんて、よく産む気になったわよね」

 思わず足を止めて振り返る。女たちはまるで気づかず、夢中になって喋りつづけた。

「だけどさあ、親はともかく、子供が可哀想じゃない? 子供は親を選べないんだから。あんな親なのに、すごく良い子だって言うし。ちゃんと育てる気がないなら産まなきゃいいのにねえ」
「なんか心配。1ヶ月以上も学校休んだままなんて。虐待でもされてるんじゃなければいいけど」
「虐待どころか、最悪の事態になってなければいいって、みんな――」

 言いかけた途中で、片方が俺に気づき、口を噤んだ。それからもうひとりをつついて耳打ちする。パッと振り返ったもうひとりとも目が合うと、女たちは途端に遊具のほうを見やって子供たちのところまで飛んでいった。

「ほらっ、いつまでも遊んでないで、もう帰るわよ!」
「今日はもうダメ! 早く帰らないと怖い人に攫われちゃうんだから!」

 警戒心まる出しのセリフ。駄々をこねて抵抗しようとする子供たちの腕を掴み、女たちはそそくさと足早に立ち去っていった。その後ろ姿を、ぼんやりと見送る。

 まさか、な。

 呟いて、土手のほうを見やる。
 俺があのガキと会ったのは、つい10日ほどまえのことだ。女たちが話していた内容と、日付が合わない。類似した家の話ではあったが、おそらく別のガキのことだろう。
 思って、ふたたび歩き出した。
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