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第1章 機械仕掛けの神
第3話(2)
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「まさか、偉い学者先生ってことはないよね?」
「なんだその『まさか』ってのは。そう見えないか?」
「全然。うちに来るお客さんたちとは、持ってる雰囲気がまるっきり違うもん」
鼻の頭にそばかすを浮かせた赤毛のウェイトレスは、トレイを胸のまえに抱えながら断言した。
「この街で見かけるのは、すっごく神経質そうで青白い、いかにも勉強しかしてきませんでしたってタイプか、そういうエリートでインテリの旦那がいることを鼻にかけた、気取った奥さん連中ばっか。あとは権威が服着て歩いてるような、ふんぞり返った樽腹のオヤジたちくらいかな」
ウェイトレスの言葉に、シリルはなるほどと苦笑した。
「まあ、あたしもあわよくば、そういう連中の仲間入りを狙ってるひとりだからさ。あんまりおっきな声じゃ言えないんだけど」
「バイトで生活費を稼ぎながら勉学に励む奨学生か?」
「大当たり。この街で働いてる、あたしぐらいの世代の連中は大抵苦学生だよ。いまどき、『苦学生』なんて言いかたもどうかとは思うけどね。けど、今日はこの時間帯のシフトにしててよかった。おかげで、すっごくいい目の保養ができちゃった」
ウェイトレスはそう言って、ニンマリとする。セクシャルな媚びを含まない率直な称讃が好ましかった。
「お客さん、そこにいるだけで目を奪われるような男ぶりだけど、芸能関係の人じゃないよね? 要人警護の人かなにか?」
「なぜそう思う?」
「芸能人みたいなわざとらしいお忍びの雰囲気も出してないし、自分の容姿にも酔ってない。鍛えられてる躰も見せるためのものじゃないみたいだし、目つきにも全然隙がない。少なくとも、堅気な感じはしないかな」
男は無言で口の端を上げた。目の前に置かれたカップに手を伸ばし、口許に運ぶ。立ちのぼる湯気から漂う芳醇な香りを堪能しつつ、さりげない様子で口を開いた。
「たいした観察眼だ。専攻は人間工学か文化人類学、もしくは社会心理学、犯罪心理のプロファイリングといったところか? 不躾で無遠慮な物言いも、油断を誘ってできるだけ相手の素の反応を引き出し、観察するため」
シリルの言葉にウェイトレスは一瞬息を呑み、ダークグレーの瞳を瞠った。そして、ややあってから観念したように息をついた。
「ごめんなさい。全部お見通しってわけね。なんでわかっちゃったのかしら」
直前までの蓮っ葉な態度から一転、物言いも表情もガラリと変わったウェイトレスは、素直に己の非礼を詫びた。
「観察眼には、俺も相応の自信があるもんでね」
「じつは、人工知能のエキスパートシステムが専門なの。特化した専門知識のデータベースをもとに、推論やデータ解析、複雑な判断や意思決定を人工知能自身におこなわせるっていう。その関係で、メタヒューリスティクスや対話相手の反応に対するパターン認識なんかも勉強してるものだから」
「機械に判断能力を学習させるためのプログラミングの癖が出たってわけか」
「あまりこの街では見かけないタイプだったから、つい。気に障ったならお詫びします」
「べつにかまわない。で? いいデータは拾えたか?」
「あなたの答え次第かしら。職業は要人警護か、それに類する職種。限られた情報を、短い時間の中で可能なかぎり拾い集めて出したわたしの分析結果は、正解? それとも不正解?」
「ま、当たらずとも遠からずといったところだな。フリーの傭兵プラスα。堅気でないことだけはたしかだ」
男の言葉に、ウェイトレスは人懐こい笑みを浮かべつつ降参の意を表した。
「なんだその『まさか』ってのは。そう見えないか?」
「全然。うちに来るお客さんたちとは、持ってる雰囲気がまるっきり違うもん」
鼻の頭にそばかすを浮かせた赤毛のウェイトレスは、トレイを胸のまえに抱えながら断言した。
「この街で見かけるのは、すっごく神経質そうで青白い、いかにも勉強しかしてきませんでしたってタイプか、そういうエリートでインテリの旦那がいることを鼻にかけた、気取った奥さん連中ばっか。あとは権威が服着て歩いてるような、ふんぞり返った樽腹のオヤジたちくらいかな」
ウェイトレスの言葉に、シリルはなるほどと苦笑した。
「まあ、あたしもあわよくば、そういう連中の仲間入りを狙ってるひとりだからさ。あんまりおっきな声じゃ言えないんだけど」
「バイトで生活費を稼ぎながら勉学に励む奨学生か?」
「大当たり。この街で働いてる、あたしぐらいの世代の連中は大抵苦学生だよ。いまどき、『苦学生』なんて言いかたもどうかとは思うけどね。けど、今日はこの時間帯のシフトにしててよかった。おかげで、すっごくいい目の保養ができちゃった」
ウェイトレスはそう言って、ニンマリとする。セクシャルな媚びを含まない率直な称讃が好ましかった。
「お客さん、そこにいるだけで目を奪われるような男ぶりだけど、芸能関係の人じゃないよね? 要人警護の人かなにか?」
「なぜそう思う?」
「芸能人みたいなわざとらしいお忍びの雰囲気も出してないし、自分の容姿にも酔ってない。鍛えられてる躰も見せるためのものじゃないみたいだし、目つきにも全然隙がない。少なくとも、堅気な感じはしないかな」
男は無言で口の端を上げた。目の前に置かれたカップに手を伸ばし、口許に運ぶ。立ちのぼる湯気から漂う芳醇な香りを堪能しつつ、さりげない様子で口を開いた。
「たいした観察眼だ。専攻は人間工学か文化人類学、もしくは社会心理学、犯罪心理のプロファイリングといったところか? 不躾で無遠慮な物言いも、油断を誘ってできるだけ相手の素の反応を引き出し、観察するため」
シリルの言葉にウェイトレスは一瞬息を呑み、ダークグレーの瞳を瞠った。そして、ややあってから観念したように息をついた。
「ごめんなさい。全部お見通しってわけね。なんでわかっちゃったのかしら」
直前までの蓮っ葉な態度から一転、物言いも表情もガラリと変わったウェイトレスは、素直に己の非礼を詫びた。
「観察眼には、俺も相応の自信があるもんでね」
「じつは、人工知能のエキスパートシステムが専門なの。特化した専門知識のデータベースをもとに、推論やデータ解析、複雑な判断や意思決定を人工知能自身におこなわせるっていう。その関係で、メタヒューリスティクスや対話相手の反応に対するパターン認識なんかも勉強してるものだから」
「機械に判断能力を学習させるためのプログラミングの癖が出たってわけか」
「あまりこの街では見かけないタイプだったから、つい。気に障ったならお詫びします」
「べつにかまわない。で? いいデータは拾えたか?」
「あなたの答え次第かしら。職業は要人警護か、それに類する職種。限られた情報を、短い時間の中で可能なかぎり拾い集めて出したわたしの分析結果は、正解? それとも不正解?」
「ま、当たらずとも遠からずといったところだな。フリーの傭兵プラスα。堅気でないことだけはたしかだ」
男の言葉に、ウェイトレスは人懐こい笑みを浮かべつつ降参の意を表した。
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