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第2章 波乱の幕開け
第2話(10)
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「いっくら医療技術が進歩してるとはいえ、こんな長時間放っておいたんじゃ火傷の痕が残るかもしれねえぞ」
せっかくのきめ細やかな白磁の肌が損なわれるのはもったいない。そんな気持ちでシリルは言ったのだが、怪我をした当人はどこまでも淡泊を極めた。
「日常の動作に支障が出なければ問題ありません」
「だからそういう問題じゃねえっつってんだろ。さっきも言ったけどな、おまえは問題なくても俺がかまうの」
丁寧に包帯を巻きながら、シリルは口調を強めた。
「仮だろうがなんだろうが、契約交わした以上はおまえを無傷で王都に運ぶのが俺の役目。そのおまえを疵物にしたんじゃ、俺の信用問題にかかわるんだよ」
雑な物言いをしながらも、手当てをする手もとはひどく慎重で、壊れ物のような扱いをする。そんな男の様子を、リュークはじっと視つめていた。
「いいか、今後はどんな些細なものでも、怪我をしたら必ず報告しろ。舐めときゃ治る程度のもんでもだ。わかったな」
「……わかりました」
念を押されて、美貌のヒューマノイドは素直に応じた。その反応に、シリルも満足して頷く。折よく手当ても終了したところで、ひろげていた医療用具を片付けはじめた。
「よし、とりあえず近場のホテルに移動するぞ。食事のつづきはそのあとだ。それから」
ここで言葉を区切ったシリルは、あらたまった表情で生真面目な同伴者を顧みた。
「今後、追っ手の目を誤魔化すためにイーグルの登録情報も俺の個人情報も、IDを含めて偽装データを使うからな。精算時や認証確認時に余計なことは言うなよ」
「わかりました」
やはり感情の読み取れない無表情で応じる白い頬に、シリルは手を伸ばして軽く触れた。おとなしくその行為を受け容れるリュークを見て、頬から頭のうえに手の位置を移動させ、指先に触れた見事な黄金の髪をそのままくしゃりと掻き交ぜた。
「よし、いいコだ。抗生剤が効いてくればじきに熱も落ち着く。悪かったな、顔に赤みが増してたことにも気づいてやれなくて」
「大丈夫です。これぐらい、なんともありません」
「我慢しなくていい。不快や懈さも調節できるのかもしれないが、怪我だけじゃなくて体調が悪いときも、自分で判断せずに俺に報告しろ」
「はい」
イーグルワンのエンジンを作動させ、車を発進させたシリルの横で、リュークはおとなしく助手席に座っていた。人形めいた美貌になんら変化があらわれることはなかったが、今日1日で経験しためまぐるしい状況の変化に、疲労をおぼえていないはずもない。こんなことならば、食事など後回しにしてホテルに直行してやるのだったと、配慮の足りなさに後味の悪さをおぼえた。
大人の姿をしていても、正真正銘、はじめて外に出たばかりのまっさらな状態であることは、シリル自身が気に留めてやらなければならないことだった。
「シリル、ひとつ伺ってもよろしいですか?」
「なんだ?」
「先程仰ったことですが」
しばらく沈黙していた末にようやく口を開いたリュークは、無表情ながらもなにかを考えこむ様子で疑問を口にした。
「些細な疵であった場合、人も獣とおなじように、舐めて治療をすることがあるのでしょうか?」
真剣このうえない眼差しで問われ、シリルは一瞬息を詰めて目を閉じた。そして、
「あ~、とりあえずおまえは俺が薬を塗ってやるから、舐めるのはやめておきなさい」
じつにらしくない口調で言い諭し、今後は口にする言葉も極力吟味して、迂闊な表現には気をつけねばなるまいと己に言い聞かせたのだった。
せっかくのきめ細やかな白磁の肌が損なわれるのはもったいない。そんな気持ちでシリルは言ったのだが、怪我をした当人はどこまでも淡泊を極めた。
「日常の動作に支障が出なければ問題ありません」
「だからそういう問題じゃねえっつってんだろ。さっきも言ったけどな、おまえは問題なくても俺がかまうの」
丁寧に包帯を巻きながら、シリルは口調を強めた。
「仮だろうがなんだろうが、契約交わした以上はおまえを無傷で王都に運ぶのが俺の役目。そのおまえを疵物にしたんじゃ、俺の信用問題にかかわるんだよ」
雑な物言いをしながらも、手当てをする手もとはひどく慎重で、壊れ物のような扱いをする。そんな男の様子を、リュークはじっと視つめていた。
「いいか、今後はどんな些細なものでも、怪我をしたら必ず報告しろ。舐めときゃ治る程度のもんでもだ。わかったな」
「……わかりました」
念を押されて、美貌のヒューマノイドは素直に応じた。その反応に、シリルも満足して頷く。折よく手当ても終了したところで、ひろげていた医療用具を片付けはじめた。
「よし、とりあえず近場のホテルに移動するぞ。食事のつづきはそのあとだ。それから」
ここで言葉を区切ったシリルは、あらたまった表情で生真面目な同伴者を顧みた。
「今後、追っ手の目を誤魔化すためにイーグルの登録情報も俺の個人情報も、IDを含めて偽装データを使うからな。精算時や認証確認時に余計なことは言うなよ」
「わかりました」
やはり感情の読み取れない無表情で応じる白い頬に、シリルは手を伸ばして軽く触れた。おとなしくその行為を受け容れるリュークを見て、頬から頭のうえに手の位置を移動させ、指先に触れた見事な黄金の髪をそのままくしゃりと掻き交ぜた。
「よし、いいコだ。抗生剤が効いてくればじきに熱も落ち着く。悪かったな、顔に赤みが増してたことにも気づいてやれなくて」
「大丈夫です。これぐらい、なんともありません」
「我慢しなくていい。不快や懈さも調節できるのかもしれないが、怪我だけじゃなくて体調が悪いときも、自分で判断せずに俺に報告しろ」
「はい」
イーグルワンのエンジンを作動させ、車を発進させたシリルの横で、リュークはおとなしく助手席に座っていた。人形めいた美貌になんら変化があらわれることはなかったが、今日1日で経験しためまぐるしい状況の変化に、疲労をおぼえていないはずもない。こんなことならば、食事など後回しにしてホテルに直行してやるのだったと、配慮の足りなさに後味の悪さをおぼえた。
大人の姿をしていても、正真正銘、はじめて外に出たばかりのまっさらな状態であることは、シリル自身が気に留めてやらなければならないことだった。
「シリル、ひとつ伺ってもよろしいですか?」
「なんだ?」
「先程仰ったことですが」
しばらく沈黙していた末にようやく口を開いたリュークは、無表情ながらもなにかを考えこむ様子で疑問を口にした。
「些細な疵であった場合、人も獣とおなじように、舐めて治療をすることがあるのでしょうか?」
真剣このうえない眼差しで問われ、シリルは一瞬息を詰めて目を閉じた。そして、
「あ~、とりあえずおまえは俺が薬を塗ってやるから、舐めるのはやめておきなさい」
じつにらしくない口調で言い諭し、今後は口にする言葉も極力吟味して、迂闊な表現には気をつけねばなるまいと己に言い聞かせたのだった。
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