セイクリッド・レガリア~熱砂の王国~

西崎 仁

文字の大きさ
92 / 161
第8章 急襲

第2話(2)

しおりを挟む
「リューク」

 これ以上ないほど真剣な顔で自分の腹部に丁寧に新しい包帯を巻いていくリュークを見下ろしながら、シリルは呼びかけた。巻きかたがきつすぎたかと問いかけてくるクリスタル・ブルーの目を、そうではないと覗きこむ。

「おまえさ、笑えよ」

 言われたことが意外だったのか、そのまま動きが静止した。

「せっかく感情が顔に出るようになってきたんだから、心配だったり不安そうだったりとかじゃなくて、そのうち自然に笑えるようになれ。気に入らないことがあれば、怒ったっていい」

 じっとシリルの目を見返していた美貌のヒューマノイドは、やがて目線を落とすと作業を再開した。

「さっき、とても怖い夢を見ました」

 短い沈黙の末、囁くような声がポツリと呟いた。

「またユリウスに、悩まされたか?」
 尋ねたシリルに、俯いた黄金の頭が無言でかぶりを振った。幼い子供のような仕種しぐさ

「……あなたが、いないんです」
 下を向いたまま、リュークは囁いた。

「一緒に花火を観ていたはずなのに、気がついたらあなたがどこにもいなくて、それで、それから……」

 言葉を途切れさせたまま、つづきが出てこない。巻き終わった包帯を止める指先が、かすかにふるえた。
 おそらくリュークは、夢の中でシリルの『死』を経験したのだろう。己が『機能を停止する』ことに関して、あれほど冷静で無関心だったヒューマノイドが取り乱し、激しく動揺するほどの恐怖。意識を失ったシリルと機内にたったふたり取り残されたことで、その恐怖が増幅され、己を『人間ひと』ではないものと認識していたリュークは、生命が失われることの本当の意味を知ることとなった。

「目が覚めたら、本当に俺がいなくて驚いたか?」

 かわりに、別の言葉でその気持ちを受け継いだシリルの問いかけに、リュークはやはり俯いたまま頷いた。

「テーマパーク中を、捜したんです。アクアリウム、劇場、レストラン、ホテル、ミラーハウス、観覧車。でも、どうしても見つけられなくて……」
「なんだ、そんなにあちこち捜しまわってくれたのか」

 声を立てずに笑うシリルの目の前で、黄金の頭がふたたびこっくりと頷いた。そのタイミングで、水滴がポツリと落ちた。シリルは黙ってその頭を自分の肩口に引き寄せた。華奢な骨格の背中に、腕をまわす。

「でかい赤ん坊だな。おまえ、添い寝癖がついたんじゃないのか? そのうち独りでも寝られるように、等身大の抱き枕でも買うか」

 シリルの冗談にも、リュークは答えなかった。

「リューク、笑えよ」

 シリルはやわらかな黄金の髪を掻き交ぜた。

「俺はちゃんと傍にいる。おまえを置いて、どこにも行ったりはしない」
 肩口に顔をうずめる黄金の頭に自分の頭を寄せながら、シリルは言った。

「王都に行って、それからどうなるのかはまだわからねえ。けど、おまえが呼べば、俺はいつだってイーグル飛ばして会いに行ってやるよ」
「――いつでも、会いに?」
「これでも名の知れた運び屋だからな。アフターケアも万全だぞ? 特別大サービスだ」

 シリルの首に、腕がまわされる。リュークは自分からも身を寄せると、先程とおなじようにしっかりとシリルにしがみついた。本当に大きな赤ん坊だと、シリルの口から苦笑が漏れる。ユリウスによって夜ごと植えつけられていく絶望の深さにリンクした死の概念は、真っ白なその心に、よほど強烈な恐怖の傷跡を残したのだろう。

「いろんなことが落ち着いたら、そのうちにまた、花火を観にいくか?」

 シリルの問いかけに、ずっと伏せられていた顔がようやく上がった。すぐ間近で自分を見上げるクリスタル・ブルーの双眸を、シリルは見返して笑った。

「おまえ、花火好きだろ?」

 オマケで綿菓子もつけてやる。リュークはふたたびしっかりとシリルに抱きつくと、その肩口で「はい」と答えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

異世界召喚は7回目…って、いい加減にしろよ‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
『おぉ、勇者達よ! 良くぞ来てくれた‼︎』 見知らぬ城の中、床には魔法陣、王族の服装は中世の時代を感じさせる衣装… 俺こと不知火 朔夜(しらぬい さくや)は、クラスメートの4人と一緒に異世界に召喚された。 突然の事で戸惑うクラスメート達… だが俺はうんざりした顔で深い溜息を吐いた。 「またか…」 王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。 そして儀式により…イケメンの正義は【勇者】を、ギャルっぽい美紅は【聖戦士】を、クラス委員長の真美は【聖女】を、秀才の悠斗は【賢者】になった。 そして俺はというと…? 『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』 「それよりも不知火君は何を得たんだ?」 イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。 俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。 その場にいた者達は、俺の加護を見ると… 「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。 『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』 王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。 まぁ、その方が気楽で良い。 そして正義は、リーダーとして皆に言った。 「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」 正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。 「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」 「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」 「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」 「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」 「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」 「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」 「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」 俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。 「その…鎧と剣は?」 「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」 「今迄って…今回が2回目では無いのか?」 「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」 俺はうんざりしながら答えた。 そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。 いずれの世界も救って来た。 そして今度の世界は…? 6月22日 HOTランキングで6位になりました! 6月23日 HOTランキングで4位になりました! 昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°. 6月24日 HOTランキングで2位になりました! 皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...