強くてニューゲーム!~とある人気実況プレイヤーのVRMMO奮闘記~

邑上主水

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1巻

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   第一章 強くてニューゲーム



 背丈ほどの草木で覆い尽くされた湿地に、ひとりの男が立っていた。
 白銀に輝く長い髪を後ろでい、同じく抜けるような純白の鎧を身にまとった男。
 かすみがかった湿地は、視界が悪く、湿った空気と相まって不快極まりない場所だったが、男は気にする様子もなく、無心のままそのときを待っていた。
 霧の向こうにいる、巨大な影が現れるそのときを。
 空気が揺れた。
 男が動く。
 彼が手を伸ばしたのは、腰に差した黒いさやに収められた一振りの刀だ。
 つかを握り、刃を解き放つ。
 刀が持つとが刃紋はもんは寒気がするほど美しく、とても現実のものとは思えない。
 ――そう、これは現実ではない。
 その刀も、湿地も、草木も、そして不快感も――プログラムの命令により彼の脳が創り出した、ただのまやかし。
 男は仮想現実世界「ドラゴンズクロンヌ」に立つ、ひとりのプレイヤーだった。

『抜いた!』

 男の視界の端、ポップアップしたウインドウにメッセージが浮かぶ。

『おおっ、興奮してきた!』

 さらに続けて表示されるメッセージにチラリと視線を送った男は、視線を動かして別のウインドウを表示させた。
 メニュー、配信――
 新しく表示されたウインドウには、若干のタイムラグはあるものの、今男が見ている光景がそのまま映し出されていた。

「……よし、配信はオーケーだな」

 男はひとりごちながら、ウインドウの脇に表示されているめまぐるしく増えていく数値に視線を移す。視聴者数と書かれた数値はゆうに五けたを越え、いまだ落ち着く気配はない。
 それは、男と視界を共有しているプレイヤーの数――つまり、数万のプレイヤーがこの男の「動画配信」を視聴していることを意味していた。

「それじゃあ、始めようか」
『おおお! 待ってましたっ!!』

 男の声と同時に、視聴者リスナーのコメントに熱が入る。

『え、もしかしてこの戦いもその体力で挑むわけ?』

 動画配信画面に映っている男の残り体力ゲージはほぼ底を突き、危険を示す赤色に光っている。
 それは、男が危機的状況であることを示すものだ。

「当然」

 そう答える男に、減った体力を回復する様子はない。
 男はおもむろにいくつかの能力スキルを発動させた。
 受けたダメージを攻撃力に加算させる、クラス「侍」のスキル【金剛武芸】に、瀕死ひんし状態になるとステータスを強化させる【不屈】――
 ばしゅう、と男の周りが赤く輝き、身体の奥底から力がき出てくるような高揚感こうようかんが生まれる。

『マジか!』
『きたきたきたっ!』
頑張がんばれ!』

 ざわめくメッセージウインドウ。
 そこへ、ぶわりとかすみが揺れ、空気が震えた。
「敵」が来た証拠だった。

「愚かなり小さき者よ」

 かすみの向こうから、地面を揺るがすような低く恐ろしい声が放たれた。
 そして光る二つの赤い目――
 かすみを払いのけるように現れたのは、巨大な翼を持つ漆黒しっこくのドラゴンだった。

「しかし、ここまで辿たどり着けたことをとりあえずはめて――」
「あ、スキップ」

 ドラゴンの声をさえぎるように放たれた男の言葉に、時間が停止してしまったかのごとくドラゴンの動きがぴたりと止まる。

『イベントシーンをスキップします』

 無機質なデジタルボイスが放たれる。
 そしてその声が消えたと同時に、耳をつんざくドラゴンの咆哮ほうこうが周囲のかすみを消し飛ばした。
 漆黒の血族ダークエレメント専用のスキル、【眷属けんぞく咆哮ほうこう】――
 数秒間、周囲のプレイヤーに気絶の状態異常を与える凶悪スキルだが、【聴覚遮断】スキルを持つ男には効かない。
 わずかに笑みを浮かべた男の左足が地面をる。
 ばしん、と足元のぬかるんだ泥土が空に舞い上がる。
 それは、ひとまばたきほどの時間だったが、すでに男の姿はそこになかった。

月歩げっぽキタっ!!』
『かっけぇ!』

 配信されている動画の画面が主観映像から、ドラゴンと男の両方の姿を捉える俯瞰ふかん映像へと切り替わる。
 月歩の名のとおり、光の帯を引き連れて動く男がいたのは、巨大なドラゴンの足元だった。
 そのままドラゴンの岩のような足に斬りつける。
 血飛沫ちしぶきが舞い上がると同時に、ドラゴンが防御行動に移る。
 上空へと羽ばたきながら、巨大な尻尾をむちのようにしならせ、男に向けて振り下ろす。
 すさまじい衝撃が空気を揺らすが、またしても男の姿はそこになかった。

『うぉぉぉっ!! 何度見てもすげえなオイ!』
『マジどうなってんだ!!』

 ポップアップウインドウに、驚嘆きょうたんのメッセージが滝のように流れていく。

まばたき禁止だ!」

 翻弄ほんろうすべく、男はドラゴンの左の足元から胴体の下にもぐると、逆側へと抜ける。刀がやわらかい腹部を斬り裂き、派手な血飛沫ちしぶきが舞った。
 その攻撃で、ドラゴンの身体がぐらりと揺れ、バランスが崩れる。
 そして、男が次の一手を打とうとしたとき――
 男の目に、ドラゴンの口角からこぼれ落ちる炎の破片が見えた。
 刹那せつな、湿地の水分をすべて蒸発じょうはつさせるかと思うほどの業火ごうか――予備動作なしの【ドラゴンブレス】が大地を覆い尽くす。
 広がる熱風。
 炭と化す草木。
 どうだ、と言わんばかりのドラゴンの咆哮ほうこうが天高く舞い上がった。

『マジかよ!!』
『これは……ダメか?』

 男の体力は残りわずかだった。いや、たとえ体力が百パーセントの状態であったとしても、【ドラゴンブレス】を食らって無事でいられる保証はない。
 さすがに無理だったかと、リスナーたちの間に落胆の色が広がる。
 だが、そのときだった。

『いや、いた! 背中!』
『おおっ!?』

 配信映像に白い影が映る。
 男はドラゴンの背にいた。
 あの業火ごうかを無傷で切り抜けていた男は、ドラゴンの漆黒しっこくうろこに刀を突き刺していた。

「まだだ!」

 背に乗った男を振り落とそうと、ぐるりとドラゴンが身をひねった瞬間、またしても光の中に男の姿が消える。
 ドラゴンの爪と牙をするりとすり抜け、血飛沫ちしぶきをまき散らしながら、光の帯がくるくると舞う。
 それはまるで、巨大な黒い影に寄り添う小さな精霊のようだった。

『おおおお!』

 男を追っているカメラが高速で動く。右にひねり、左に飛ぶ。
 自分の十分の一にも満たない矮小わいしょうな男から逃れるようにドラゴンは空高く舞い上がるが、まとわりついた光の筋は離れない。

「はッ!!」

 男の口からは自然と笑みがこぼれていた。
 うろこの上を疾走しっそうし、ドラゴンの攻撃をかわしながら男が向かっているのは、その巨体をつかさどる頭部。
 そして、ドラゴンの赤い瞳に、白亜の鎧を着た男の姿が映り込んだのはすぐだった。


 男は愛刀をくるりと手の中でおどらせると、流れるようにさやの中に収め、即座に凶暴な牙を再び解き放つ。
 己の防御力をダメージに上乗せする、クラス「侍」のスキル【乾坤一擲けんこんいってき】――
 光り輝くエフェクトとともにドラゴンの頭上に現れたのは、与えたダメージを表す六けたを超える数値だった。

『おおおおおおおッ!!』
『キターッ!!』

 戦いの終わりを告げる断末魔のさけびがとどろき、巨大なドラゴンが力なく落下を始める。
 それが、このゲーム「ドラゴンズクロンヌ」最強の一角と名高いモンスターMob覇竜はりゅうドレイクを人気実況プレイヤーのアランが単独でたおした瞬間だった。


       ***


 ドラゴンズクロンヌは、脳内に仮想空間をシミュレートするシミュレーテッドリアリティの考え方に基づいて作られた、世界初のバーチャルリアリティVR・オンラインゲームだ。
 参加者はコントローラーなどのインターフェイスを介することなく、シミュレートされた世界を実際に歩き、その風景を目で見て、そこに生きる人々を肌で感じることができる。
 脳内にシミュレートされた世界でゲームをプレイするという手法は、これまでのコンシューマーゲームやPCゲームとは一線を画した革新的な部分だ。だが、一方でこれまでのゲームユーザーを取り込むために馴染なじみ深い要素も取り入れている。
 それが、動画配信だ。
 ドラゴンズクロンヌは、専用の動画配信用ストリーミングサーバを用意するほど、動画コンテンツ配信に力を入れている。
 プレイヤーであれば誰でもゲーム内通貨で動画を配信・保存できる「放送枠」を購入することが可能で、放送された動画は、やはりゲーム内通貨を支払うことで視聴することができる。
 動画配信をゲームシステムの一部として導入したドラゴンズクロンヌでは、ゲーム内に自身のプレイ動画を実況配信するいわゆる「実況プレイヤー」と呼ばれるプレイヤーが数多く存在していた。
 そして、その加熱ぶりは意外な方向へと進むことになった。
 実況プレイヤーの人気を広告媒体として活用したい企業が、彼らとスポンサー契約を結ぶという、ある意味プロゲーマーとも言える存在を生むことになったのだ。

『マジで倒したぁぁぁあ!』
『おめでとう!』
『いや、俺はやると思ってたけど?』

 アランが愛刀をさやへ収めると同時に、ポップアップウインドウのコメント欄には賞賛のメッセージが次々と流れはじめた。
 今までリスナーたちはコメントすることも忘れるほど、アランのプレイに息をんでいたのだ。
 アランが倒した「覇竜はりゅうドレイク」は、これまで幾度となくプレイヤーたちを失意の底にたたき落としてきた凶悪なボスMobだった。
 開幕で放つ【眷属けんぞく咆哮ほうこう】に始まり、一定時間物理攻撃を無効化させる【センチュリアⅢ】、一定時間魔術をはね返す【リフレクターⅢ】、予備動作なしで広範囲に爆発による大ダメージを与え、行動不能状態を起こす【イベイション】や【ドラゴンブレス】など――制作者の嫌がらせとも取れる強力な能力を持ち、これまで討伐に成功したプレイヤーは皆無だった。
 その覇竜はりゅうドレイクを、それもパーティを組まない単独での討伐成功と来れば、目の肥えたリスナーたちも、さすがに度肝どぎもを抜かれずにはいられない。

「予備動作なしの【ドラゴンブレス】が来たときはダメかと思ったけど、なんとか倒せたな」

 ドラゴンの亡骸なきがらの前でまるで自撮りをするかのように、アランがカメラに向かって笑顔をのぞかせる。

『ドロップ品! ドロップ品は何が出た!?』
『ドレイクの攻略ポイントを教えてくれっ!』

 ウインドウには、興奮冷めやらぬ熱狂的なメッセージが流れている。
 その猛烈なスピードに、アランは思わずコメントウインドウを視界からデリートした。
 流れるコメントの内容はおおよそ予測できるし、一人ひとりにこの場で答えることは無理だからだ。

「討伐のポイントは、開幕の【眷属けんぞく咆哮ほうこう】をどう対処するかだな。wikiに書かれているとおり、【聴覚遮断】のスキルは必須だ。それと……そうだな、凶悪な【ドラゴンブレス】と【イベイション】のダメージをカットするために『DICE』の炎耐性装備をおすすめするよ」

 購入は俺のソーシャルショップからよろしく、と続けるアラン。
 DICEとは、アランとスポンサー契約を結んでいるメンズアパレルブランドのことだ。
 アランに資金援助を行う代わりに、彼のネームバリューを企業ブランディングと商品販促のために活用している。そんなDICEが企業宣伝も兼ねてゲーム内で販売しているのが、高レベルプレイヤー向けオリジナルデザインの防具だった。

「詳細はブログをチェックして欲しい。まだ登録していない人がいたら、動画チャンネルとメールマガジンの登録をおすすめするよ。次回のメールマガジンでは、今回のドレイク討伐のヒントをもっと教えちゃうかも」

 もったいぶるように言葉を残しながら、はらはらと手を振るアラン。
 アランのその言葉に、再びメッセージウインドウが熱を帯び、視聴者カウンターはこわれてしまうかと思うほどに回転していく。

「じゃあ、また次の配信で会おう。Adeusまたね!」

 いつものお決まりの言葉を残して、アランの姿は次第に配信画面からフェードアウトしていく。
 アランの姿と入れ代わるように配信画面に映し出されたのは、DICEの企業ロゴ。
 ――配信ステータスがオンラインからオフラインへと変更していることを確認すると、アランは静かにメニューを閉じ、今日の動画配信を終了させた。


       ***


 配信が終わり、覇竜はりゅうドレイクとの専用バトルフィールドから離脱したアラン。彼は、瞬間移動ファストトラベルを使い、許可したプレイヤー以外が立ち入ることができないプライベートエリア「ホームハウス」へと移動した。
 茅葺かやぶき屋根の寄棟よせむね造りで、正面玄関に構える立派な唐破風からはふうの屋根が「相当なお金がかかっています」と空気で語っている。このアランのホームハウスは、ここが中世西洋風ファンタジー世界だとは思えないほど和風テイストにあふれた武家屋敷タイプのビジュアルだった。

「おかえりなさいませ、アラン様」

 そして、母屋へと足を踏み入れたアランをひとりの女性が出迎えた。
 白くき通った肌と長く黒い髪を持ち、黒のゴシックロリータの服装に身を包む、まるで人形のような雰囲気をかもし出している美しいエルフ、ソーニャだ。
 ソーニャは、人間が操作するプレイヤーではない。
 ホームハウス機能のサポートや、生産・ソーシャルショップ管理の代行、プレイヤーに同行して戦闘のサポートを行うノンプレイヤーキャラクターNPCだ。
 ちなみにサポートキャラは、ゲーム内通貨やリアルマネーの課金で様々なカスタマイズが可能で、ゴシックロリータのエルフというソーニャの容姿は、完全にアランの趣味だ。

「ただいまソーニャ。俺が出ている間に何かあった?」
「ソーシャルショップに出品されている『ブリザリア』シリーズの在庫が少なくなっております」
「あ、やっぱり? 売れるとは思っていたけど、もっと在庫をDICEに掛け合うべきだったか」
「アラン様の動画配信終了後、ソーシャルショップへのアクセスは前日比三百二十パーセント増加、購入者は一万六百五十四名です。詳細はソーシャルショップのアクセス解析をご確認ください」

 ブリザリアシリーズとは、放送でアランが口にした、DICEが販売している炎耐性が高い防具シリーズのことだ。
 シミュレートされた仮想世界であるドラゴンズクロンヌでは「在庫」という概念は存在しないが、参入企業が販売するアイテムに関しては別だった。アイテムの卸し数により、定められた金額を運営企業に支払う必要があった。
 ゲーム内でアイテムが売れても、参入企業に即リアルマネーが入ってくるというわけではない。
 だが、そのアイテムを装備したプレイヤーが広告塔になり、商品やサービスのアピールをすることになる。つまり、ゲーム内でまるでファッションショーのように自社商品をプレイヤーが宣伝してくれることになり、運営に支払うリアルマネーは言わば「広告媒体出稿費」だった。

「他は?」
「未アップロードの動画が一本。未読のメールが三百五十通あります」
「了解。動画とメールは後にして、とりあえずアイテムボックスを」
かしこまりました」

 ソーニャは小さくこうべを垂れると、アランの視界にウインドウを表示させた。
 ホームハウスでのみ利用できる、アイテムや装備を収納するアイテムボックスのウインドウだ。

「さて、と」

 持ち歩き用であるアイテムインベントリに表示されている覇竜はりゅうドレイクのドロップ品の数々に、アランは目を輝かせながらほくそ笑んだ。
「ドレイクのうろこ」に「竜の脂肪しぼう」に「漆黒しっこくの角」に「眷属けんぞくの血液」。
 どれもレアリティ最高位の「アーティファクトクラス」の素材だ。
 手に入れた素材で生産できる装備は、武器なのか防具なのかわからない。
 だがクラス「侍」が装備できるものが製作できたらと思うと、興奮を抑えられない。
 とはいえ、その確認は次回のログイン時のお楽しみに回すことにした。ログアウトする前に確認することがあったからだ。アランはインベントリからボックスへアイテムを移すと、メニューから「ランキング」を表示させた。

「ランキングを表示します」

 ソーニャのアナウンスとともに映し出されたのはプレイヤーのリスト。
 それは、動画視聴者数のランキングだった。
 動画配信を推奨すいしょうしているドラゴンズクロンヌにおいて、すぐれたプレイヤーとは、この動画配信ランキング上位者のことを指す。実力が伴えば、自ずと動画を視聴するプレイヤーが増えることになり、視聴数はキャラクターのレベル以上に実力を測るものさしになるからだ。

「下位は変動なし、か」

 三十位から表示されたランキングは上へとスライドされ、やがて最上位プレイヤーの名前を表示してストップした。

「デイランキング一位は変わらずアラン様です」
「まあ、当然だな」
「素晴らしいです。さすがです」

 小さく笑みを浮かべながら、ソーニャはアランをめ立てる。
 そこに表示されていたアランの動画視聴者数は、二位のプレイヤーとは倍近くの差をつけていた。
 昨日まで二位との差はそれほどなかった。これほどの差ができたのは、やはり覇竜はりゅうドレイクを討伐した影響だろう。だが、油断はできない、とアランは己をいましめる。
 現在ランキング二位の「クロシエ」は女性プレイヤーだ。
 プレイヤースキルが非常に高いということもあるが、それ以上にクールな女性プレイヤーであることが、クロシエの強力な武器だ。その証拠に、彼女とスポンサー契約を結んでいる女性向けアパレルブランドは、スポンサー契約締結後、売上が右肩上がりらしい。
 なぜそこまで詳しいかというと、何を隠そう、アランもクロシエのファンのひとりだからだ。

「メールボックスを」
かしこまりました」

 ひととおりランキングに目を通したアランは、続けてメールボックスを表示させた。
 新しくウインドウが表示され、今までまっていたメールが次々と受信されていく。

「危険レベルが中以上のメールは削除候補に指定しています。必要なメールがありましたら、指定を解除して受信ボックスに移動してください」
「助かるよ」

 三百五十通ものメールの大半は、動画やブログを見たファンからのメールだった。
 中には攻撃的な内容のメールもあるものの、時間があるときにひとつひとつ返信するため、アランは「プレイヤー」と書かれたボックスにそれらを振り分けた。
 DICEとスポンサー契約を結んでいる以上、どんなメールであれぞんざいな扱いはできない。
 そのうちソーニャに自動返信機能が追加されれば良いんだが、とそのメールを見ながらアランは重いため息をつく。

「よし、後は……」

 さらりと目を通したところ、残りは誰から発信されたかわからない、いかがわしいデータが添付されたメールばかりだった。
 ドラゴンズクロンヌでは、企業がスポンサードするプレイヤーが増えてきたことによる弊害が問題になっていた。
 それが「アカウントハック」だ。
 アカウントハックとは文字どおり、ドラゴンズクロンヌのアカウント情報を不正に取得する行為で、これまでもそういう行為をしたプレイヤーが警察沙汰ざたになっている。
 彼らのアカウントハック方法は様々だが、一番多いのはメールからのハッキングだ。
 メールに添付されたアイテムを開かせることで、バックドアなどのマルウェアをVRコンソールに常駐させ、次回ログインした際にアカウント情報を抜き取るという手口だ。
 ゆえにドラゴンズクロンヌでは、添付物を送る前にはボイスチャットで確認を取るのがマナーになっている。そういった連絡を受けていないアランは、メール本文を読まずにそれらのメールをそのままゴミ箱へと投げ入れた。

「ところでアラン様、そろそろログアウトしなくてもよろしいのでしょうか?」
「え? あ、やべ、もうこんな時間じゃん」

 視界の端に表示されている時計は、二十二時を回っていることを示していた。
 これからブログを更新し、生放送動画を編集してアーカイブに入れる作業で三十分は取られてしまう。今からログアウトしたとして、ベッドの中にもぐれるのは二十三時くらいだ。

「……マジで億劫おっくう

 重苦しい口調でぽつりとアランがこぼす。現実世界の表情をスキャンしたアランのアバターは、心底嫌気が差しているようなしかめっ面へと変わった。だが、アランが億劫おっくうに思っているのは、ブログ更新や動画アーカイブをアップロードすることではない。
 彼が最も嫌なこと。それはこの世界に別れを告げ、現実世界に戻ることだった。

「はあ……学校行きたくねえ」

 動画配信中には決して見せないアランの本当の姿がかいま見える。
 ドラゴンズクロンヌの世界では、知らない者はいないほどの超人気実況プレイヤーであるアラン。
 彼と知り合いたいプレイヤーは星の数ほど存在し、アランが狩りに同行するプレイヤーを募集すれば、そのエリアには処理限界に達してしまうくらい人が集まるだろう。
 しかし、現実世界の彼は違った。
 片田舎の高校に通う彼を知る人間は少なく、手を挙げたとしても集まる人間は誰もいない。
 アランこと江戸川蘭えどがわらんは、この世界の姿からは想像できないほどにおとなしく、地味な高校生――
 それも友達すらいない、いわゆる「ぼっち」の高校生だった。

「ガンバです、アラン様。ソーニャはずっとアラン様がお戻りになるときを心待ちにしています」
「ソーニャ……」

 しとやかに両手を前で組んだまま、ソーニャはにこりと微笑ほほえみを投げかける。
 ソーニャのその言葉は、まるで乾いた砂漠に染みこむ恵みの雨のように、じわりと蘭の心に広がっていく。
 ぼっちの高校生、蘭にとってソーニャは世界でひとりだけのかけがえのない「癒やし」だった。


       ***


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