強くてニューゲーム!~とある人気実況プレイヤーのVRMMO奮闘記~

邑上主水

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1巻

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 アランこと江戸川蘭がVRコンソール「UnChain」に出会ったのは三年前だった。
 脳内に仮想現実をシミュレートするデバイスUnChainは、五感に一定の刺激を与え、感覚器を通さずにビジュアルを脳内に投影する「ブレインマシン・インターフェイス」の一種だった。リクライニングチェアにフードが付いただけの比較的小型なデバイスである。
 チェアに腰掛け、本体を起動することで、即座に仮想世界に接続することができるという手軽さも話題になり「これまでの常識をくつがえす未来のデバイスだ」とマスコミが騒ぎ立てもした。ただ、一般的には裸眼3Dや拡張現実ARなど、これまで幾度となく失敗してきた技術と同じ道を辿たどるだろうという冷ややかな意見が多かった。
 しかし、とあるアプリケーションの登場で状況は一変する。
 それがUnChainプロジェクトのひとつとして開発された「ドラゴンズクロンヌ」だった。
 ゲーム内アバターとなり、剣と魔法のファンタジックな仮想世界に入れるそれは、ゲームファンだけではなく幅広い層に受け入れられ、社会的なVRブームを巻き起こすに至った。

「はあ……」

 片田舎にある県立霞ヶ丘かすみがおか高校。
 笑い声が漏れてくる昼休みの教室にぽつんと取り残されたひとりの少年が、重苦しいため息をき出した。ゲーム内の世界からは想像できない、哀れな「ぼっち」、江戸川蘭だ。
 ドラゴンズクロンヌの世界では、白銀の髪に長身、中性的な顔立ちと、まるで絵に描いたような美形だった蘭の本当の姿は、いまいちパッとしない黒縁眼鏡の少年である。
 二年生への進級時に行われたクラス替えからすでに半年が経過していた。
 周りにはいくつものグループが作られているが、蘭の周りにいる生徒は――ゼロ。
 昼休みが苦痛以外の何物でもない蘭は、まるで流されないように必死に岩場にしがみつくタニシのごとくじっとその時間を耐え忍ぶことが日課になっていた。

「あと二時限……あと二時限で終わりだ」

 蘭はぼんやりと窓の外を眺めながら、念仏のようにぼそぼそとつぶやき続ける。
 家に帰ったら、ドレイクの素材から生産できる装備の確認をして、作れそうな物があったら即クラフトルームにもろう。
 だがその前に、DICEにブリザリアシリーズの追加発注を依頼しないといけない。
 在庫次第では、すぐにでもメールしておいたほうがいいだろう。
 そう考えた蘭はそっとスマートフォンを取り出し、ソーシャルショップに出品しているブリザリアシリーズの在庫を確認するために、ブックマークしているドラゴンズクロンヌのマイページを開いた。と、そんな矢先――

「なあ、昨日の配信見た?」

 蘭の耳にふと入ってきたのは、クラスメイトの会話だった。

「配信って……アランの配信? 当たり前だろ。やばかったよな」
「な。俺、思わずさけんじまった」

 クラスメイトが話しているのは、ドラゴンズクロンヌ――それもアランの話だった。
 思わず息をんでしまう蘭。
 ドラゴンズクロンヌには学生プレイヤーも多く、クラスメイトの中にプレイヤーがいることは知っていたが、やはり自分のアバターの名前が実際に会話の中に出てくると変なむずがゆさがある。

「知ってるか? アランってうわさでは俺たちと同じ高校生らしいぜ?」
「え、マジで? DICEから相当金もらってるんだろ、アランって」
「ゲームでお金もらえるって、メチャうらやましい高校生だよな」

 彼らの会話が気になるものの、話しかける勇気もガッツもない蘭は、いつものように耳だけをそちらへと傾けたまま、視線は窓の外へ逃がす。

「でもさ、あんだけすごいテクニックがあるってことは、廃人プレイヤーだよな」
「多分な。金はあるのに私生活を犠牲ぎせいにするって、ある意味可哀想だよな」
「……ッ!」

 意外な方向に流れていったふたりの会話に、蘭は思わず顔をしかめる。
 確かに蘭は、クラスメイトの会話を盗み聞きするくらいのことしかできない――いわゆるネットスラング的な意味でのコミュニケーション障害を持つ者「コミュ障」だ。
 だが、蘭にほんの少し勇気があったとしても、コミュ障でなかったとしても、ドラゴンズクロンヌの話をネタにできたとしても、蘭は彼らに自ら近づくことはない。
 自分がアランだと知ったら、彼らは豹変ひょうへんし「友人になった対価」を求めると知っているからだ。
 彼らが求めるのは、アランが持つ人気と知識、そして――お金。
 蘭は本当に馬鹿らしい、と辟易へきえきしてしまう。現実世界に友達なんかいらない、必要ない。言い訳のように己にそう言い聞かせる。

安藤あんどうくん、山吹やまぶきくん」

 蘭が心の中で悪態をつき、重苦しい負のどんよりオーラをまといはじめたそのときだ。
 春風が吹き抜けていったかと思ってしまうほどのき通った女性の声が、蘭の耳をくすぐった。
 思わず視線をそちらに向けてしまった蘭の目に映ったのは、窓から差し込む日差しにきらめく、栗色の長い髪――
 ブレザーは彼女のためにある、と公言しても良いほど似つかわしい女子生徒、二ノ宮にのみやすずだ。

「例の件、見つかったかな?」

 少し肩をすくめながら、すずがアランの話題で盛り上がっていたふたりの男子生徒に問いかける。
 はらりと崩れた髪の毛を小指でかき上げる仕草は、とても同じ歳だとは思えないほど色っぽい。
 瞬間的に窓の外へと離脱する蘭の視線。すぐに視線は外したものの、鼓動はどくどくと高鳴ったままだった。
 すずとはクラス替えで一緒になった。
 彼女は少し奥手で引っ込み思案なところがあるが、何事にも一生懸命だった。派手さはないものの目鼻立ちがすっきりと整い、丁寧ていねいで物静かな雰囲気は「可憐かれん」という言葉が似合う女子生徒で、彼女にかれる生徒は男女問わず多い。
 ぼっちで影が薄いクラスメイトの蘭もそのひとりだった。

「あ、そうだ。ゴメン、まだだった」
「私はいつでもいいんだけど、メグが今日やろうってうるさくて。メンバー、見つかるかな?」
「え、今日からだっけ? グランドミッション」

 安藤と呼ばれた男子生徒が不意に放った単語に、聞き耳を立てていた蘭の心臓がどくりとはねた。
 グランドミッション――
 もしかして、ドラゴンズクロンヌのグランドミッションのことなのではないか。
 多くのプレイヤーが一斉につどい、ひとつのクエストをこなす「グランドミッション」が近々配信されるという情報は、蘭もウェブサイトから入手していた。

「他に、クラスでドラゴンズクロンヌプレイしている奴っていたっけ」
「そりゃいるけど、もう別でパーティ組んでるぜ?」
「余ってる奴、ひとりくらいいるだろ」

 しらみつぶしに当たろうぜ、と安藤と山吹の口から五十音順に、次々と生徒の名前が放たれる。
 五十嵐いがらし井上いのうえ内田うちだ江頭えがしら加藤かとう――
 だが、江戸川の名前は出ることなく、出席簿の最後である「渡辺わたなべ」まですぐに到達した。

「……いねえな」
「どーすっか」

 少しずつあきらめムードになってきたふたりのかたわらで、蘭は爆発しそうな心臓を抑えるのに必死だった。会話の流れから察するに、すずはドラゴンズクロンヌをプレイしている。それも、同じクラスメイトである彼らと――

「すずさん、他のクラスに当たるって方法もあるけど?」
「……うーん、それは難しいかな。メグは知ってる人としかやりたがらないから……ワガママ言ってごめんね」
「だよなあ。どこかにプレイしている奴いないかな」

 ここです。ドラゴンズクロンヌをプレイしているクラスメイトはここにいます。
 つい今しがた「友達は必要ない」と心の中で言い放ったこともすっかり忘れ、蘭は誘ってくれと言わんばかりにそわそわと身を震わせる。
 だが、心の声がふたりに届くわけはない。
 一メートルにも満たないすずたちとの距離が、はるか彼方かなたかすみがかかるほどに遠く感じてしまう。
 蘭を嘲笑あざわらうかのように、窓の外から生徒たちの楽しそうな笑い声が注がれる。
 こく一刻と迫る昼休みの終わり。それは蘭にとって喜ばしいことだ。しかし、今日だけは終わらないで欲しいと願ってしまう。我ながら身勝手だと、蘭が自己嫌悪した矢先だった。

「えーっと……江戸川くん……だよね?」

 ぽつりと放たれたのはすずの声だった。それも、彼女が口にしたのは、「俺を誘え」と呪いじみた祈りを捧げていた蘭の名前――

「ふえっ!?」

 まさか自分の名前が本当に出るとは思っていなかった蘭は、思わずすっとんきょうな声を放ってしまった。一瞬、聞き間違いか、と思ったが、こちらに向けられているすずの視線は、聞き間違いではないことを物語っていた。

「江戸川くんって、ドラゴンズクロンヌやってるの?」
「……へ?」

 今度は、みっともなく声が裏返ってしまう。蘭はこの瞬間ほど死にたいと思ったことはない。

「え、マジで?」

 蘭とすずの顔を交互に見ながら、眉をひそめたのは安藤だ。

「江戸川って……やってンの? てか、なんですずさん知ってるわけ?」
「だって、ほら、スマホ」
「スマホ?」

 すずが指差したのは、蘭の手に握られていたスマートフォンの画面だった。
 そこに表示されているのは、ドラゴンズクロンヌのウェブサイトから閲覧できる、プレイヤー情報が確認できるマイページ。
 三人の視線がスマホへと向けられた瞬間、即座にその画面を消したが、時既に遅しだった。

「お前ドラゴンズクロンヌやってたのかよ! 全ッ然知らなかった!」
「マイページを見てるってことは、江戸川くん、ドラゴンズクロンヌのアカウント持ってるってことだよね?」
「……うっ」

 まるで地中から引きずり出されたモグラのように、急に話題の中心に放り出された蘭は、目を白黒させながら戸惑ってしまう。そしてさらに自己嫌悪におちいってしまった。
 スマホにこれみよがしにマイページを出して、誘ってくれと言っているようなものじゃないか。
 実際にそうなのだが。

「でもまあ……やってンならお前でもいいか」
「だな。背に腹は代えられない」
「……ッ!」

 蘭はほおが引きつってしまったのが自分でもわかった。
 お前でもと言われるほど安い男じゃない、と胸中でき捨てる。
 そして、参加してもいいと思っていた考えを改めて、そっぽを向こうとしたそのときだ。

「ねえ、江戸川くん」
「は、はい」

 蘭の耳に飛び込んできたのは、またしても耳心地のいいすずの声だった。
 先ほど安藤と山吹に問いかけたときと同じく、少し身を屈めて小さく首をかしげるすず。
 他の誰かではなく、自分に向けられた仕草に、蘭の頭に渦巻くどす黒い怒りは、水面みなもに降りる朝霧のように真っ白に吹き飛んでしまった。

「もし良かったら、なんだけど」

 すぐ目の前で自分を見つめるすずに、心臓の鼓動は速くなり、またたく間にのどはカラカラにかわいていく。そして、狼狽ろうばいする蘭を気にする様子もなく、すずは続けた。

「私たちとドラゴンズクロンヌ、一緒にプレイしてくれないかな?」

 昼休みの終わりを告げるチャイムが高々と鳴り響く。
 そのチャイムは、やけにはっきりと自己主張するように蘭の鼓膜こまくを揺らす。
 しかし、蘭はすずの口から放たれた言葉を聞き逃がすことはなかった。

「喜んで」

 このままずっと昼休みが終わらないで欲しいと思ったのは、高校生活が始まって、初めてだった。


       ***


 気がついたら、家についていた。
 すずに声をかけられた後、どういう返事をしたのか全く覚えていなかったが、結局蘭は今日、すずたちと一緒にドラゴンズクロンヌをプレイすることになってしまった。

「マジか。リアルの俺を知っている人たちとドラゴンズクロンヌをプレイするのか、これから」

 正直なところ、自分の住む世界を侵食しないでもらいたい、と蘭は思った。
 蘭にとって、ドラゴンズクロンヌは誰にも踏み込まれたくない空間であり、この世界で唯一の気が休まる場所だからだ。しゃべったこともないクラスメイトだけでも無理なのに、女子が一緒だなんて苦行以外の何ものでもない……

「何ニヤニヤしてんだお前。気色悪い」
「……ッ!!」

 突然声をかけられた蘭は、びくりと身をすくめてしまった。
 自室につながる二階の廊下に立っていたのは――健康的な日に焼けた肌と短くり込まれた頭髪、それにランニングシャツがよく似合う引き締まった身体。貧相な蘭とは正反対な身なりの兄、葦草いぐさだ。

「何か良いコトあったのか?」
「べ、別に何もない」

 言われてニヤついていたことに気がついた蘭は、あわてて笑みを無愛想な表情の下に隠す。

「ふーん、まあ良いけど。下の冷蔵庫に飲み物なくてさ、お前ンとこの冷蔵庫からもらっても良い?」
「良いよ。てか、勝手に取って良いって、いつも言ってるじゃん」
「いや~、年頃の男子の部屋に勝手に入るのはちょっと気が引けるし、それにお前の部屋、触っちゃダメなモンが多いだろ?」

 機械とかからっきしダメだから、と葦草はカラカラと笑いながら答える。
 葦草とは特に仲が良い兄弟というわけではないが、現実世界で会話を交わすことができる数少ない人物だった。

「ところで調子良いわけ? あっちの方は」
「あっち?」
「それだよ」

 両開きの巨大な冷蔵庫の中からペットボトルを取り出し、葦草が部屋の大半のスペースを支配しているVRコンソール、UnChainを指差した。

「まあ、契約を打ち切られない程度には」
「そうか。お前のそれがウチの大きな収入源になってるとはいえ、あんま根つめんなよ」

 DICEからの支援金は、UnChainのメンテナンスやドラゴンズクロンヌのプレイ費用にはじまり、動画編集やブログ更新に使うPC、息抜き用の本や雑誌、映画、アニメ、そして衣類などの購入に使っているが、江戸川家の家計の大きな助けになっていることも事実だった。
 当初、両親は蘭がアパレルブランドのモデルになったという話を信じてくれなかった。
 蘭が地味で友人もいないことを、両親は痛いほど知っていたからだ。
 ゆえに、蘭は両親に証明してやることにした。
 新築ローンを一括で支払ってやったときの、鳩が豆鉄砲を食ったような両親の表情は一生忘れられないだろう。

「兄貴も興味あるならやってみたら? 就職決まったんだし、時間余ってるだろ」
「俺? いや無理無理。俺ゲーム下手だし、身体動かしてる方が性に合ってる」

 趣味はサーフィンにスノボにロードバイク。最近はフットサルのチームに入ったと言っていた。

「ま、無理強いはしないけど、欲しかったら言ってよ」
「欲しかったらって……お前、買ってくれンのか? これ」
「兄貴がやりたいって言うなら」
「いや~、そこまで弟に面倒見られたらメンツが立たないわ。お前に施しを受けるのは飲み物だけにしとくよ」

 飲み物サンキューな、と笑顔を見せて蘭の部屋を出ていく葦草。
 そして蘭は、その背中に毎度のことながら羨望せんぼう眼差まなざしを送ってしまう。
 蘭が自らドラゴンズクロンヌに誘うことなど他ではあり得ないが、葦草だけは違った。
 もともと気遣いが上手いこともあってか、葦草は周りに蘭のことを自慢することもさげすむこともなく、普通の弟として接してくれている。
 そんな葦草に、蘭は心を許している部分があった。

「……って、そんなことよりも」

 葦草に構う暇がないほど、切羽せっぱ詰まった状況であることを蘭は思い出した。
 これから向こうの世界ですずと会う予定なのだ。
 安藤と山吹が声をかけたのであれば、これほどまでに気をもむことはなかっただろう。
 しかし、誘ったのは彼らではなく、すずなのだ。
 すずにドラゴンズクロンヌを一緒にプレイしようと誘われたのだ。

「……ちょっと待て」

 ふと何かに気がついた蘭はベッドに腰をおろす。
 もしかすると、すずの中で自分は「近寄りがたいキモいクラスメイト」ではなく「まあ、害はないし一緒にゲームをプレイするくらいなら平気だな」程度の位置にいるのではないか。

「その可能性はあるぞ。いやそれどころじゃなく……」

 飛躍していく妄想もうそうに、ベッドに寝ころんだ蘭の表情が再びゆるむ。
 蘭が「一緒にゲームをプレイするくらいなら平気」レベルのクラスメイトだとしても、彼女はわざわざ誘うだろうか。
 答えは否だ。
 彼女はクラスのアイドルだ。アイドルはわざわざそんなことをしない。
 つまり、自分から誘うということは「一緒にプレイするくらいなら平気」ではなく「私、江戸川くんとプレイしたかったんだ」ということだ。

「これはもしかして……リア充デビューが近いってことかもしれない」

 右に左に大立ち回りした蘭の妄想もうそうは、かなり飛躍した場所に着地する。
 そして、俄然がぜんやる気が出てきた蘭はベッドから飛び起きると、まるでスクランブル出動する戦闘機パイロットのように、即座にUnChainのチェアへとすべり込んだ。
 これはまさに戦争準備態勢デフコン1だ。
 すずが集合に設定した時間は一時間後。
 集合場所はプレイヤーが最初に訪れる街、「クレッシェンド」だ。
 昨日ログアウトしたのがホームハウスだから、ファストトラベルで行けばすぐに――

「……あ」

 リクライニングチェアに取り付けられたフードを下ろし、UnChainを起動させようとしたそのときだ。蘭の頭に去来したのは、根本的な問題だった。

「キャラクター、どうしよう」

 彼女たちとドラゴンズクロンヌをプレイするためには、もちろんゲーム内のアバターが必要だ。
 だが、蘭のアバターは、アランしかない。
 一瞬、アランでログインしようかと考えた蘭だったが、すぐにその考えは消した。
 蘭がアランだと知られてしまったら厄介やっかいなことになってしまう。すずがそれで騒いだりすることはないだろうが、他のクラスメイトたちは別だ。

「仕方ない。新しくキャラクターを作るか。今回二ノ宮さんに呼ばれた目的もグランドミッション参加のためだし、始めたばかりっていう彼女たちにレベルが近い新しいキャラの方が良い」

 と、ひとりごちたその言葉で、またしても蘭の指先がぴたりと止まる。
 そして、先ほどまで蘭の頭を支配していた妄想もうそうは一気に吹き飛んだ。
 すずが声をかけたのは、グランドミッションに参加するパーティを作るのに最低限必要な人数を揃えるため、言わば数合わせだ。
 つまり、グランドミッションが終了すれば、すずとは「ドラゴンズクロンヌをプレイする仲」ではなく、「ただのクラスメイト」に戻る可能性が高い。
 これは「私、江戸川くんと話したかったんだ」じゃなくて「グランドミッションに参加するためだし、キモい江戸川くんでも良いや」という最悪のパターンではないのか。

「……はあ……マジで行きたくなくなってきた」

 風船がしぼむように、一気にやる気を失ってしまった蘭は、重いため息を漏らす。
 最悪の未来が想像できた蘭は、彼らを無視してアランでソロプレイをしようかと本気で考えてしまった。こういうときはソーニャに目いっぱいめてもらうに限る。

『俗識から解放された無限の世界へ、ようこそ』

 UnChainの電源を入れると同時に流れるアナウンス。
 蘭の意識が少しずつぼやけていく。ずるりと身体が地面の中に溶けていくような錯覚さっかく。ちかちかと遠くで何かが光る。
 これまで幾度となく経験してきた、仮想現実世界への入り口だ。

『IDとパスワードを確認。おかえりなさいエドガワ様。ドラゴンズクロンヌを起動します』

 ぶわり、とトンネルから抜けるような感覚。大空に舞う身体。全身で風を受け、大地の心地よい香りが突き抜ける。

『キャラクターを選択してください』

 昨晩ホームハウスでログアウトしたアランの姿が映った。
 躊躇ちゅうちょせず、アランを選択する蘭。
 だが、アランを選択したまま固まってしまった。
 あのとき、教室で自分に向けられたすずのまばゆい笑顔が脳裏にちらついてしまう。
 蘭を誘ったのは単なる数合わせだ。だが、そうだとしても、すずは頼っているのだ。あのあこがれの二ノ宮すずが――

「……クソ。決定ッ!」

 ふわりと浮かび上がった蘭の身体が、はるか遠くの街へと飛ばされていく。
 次第に近づいてくるのは、アランでログアウトしたホームハウス……ではなく、新規プレイヤーが最初に訪れる街、「クレッシェンド」――

『新しいキャラクターを作ります』

 視界が暗転した。そして目前に浮かび上がったのは、懐かしいキャラクタークリエイト画面だった。


       ***


『これからドラゴンズクロンヌの世界で生活するためのアバターを設定します。設定後、変更はできませんのでご注意ください』

 女性の声が丁寧ていねいに案内した後、打ちっぱなしのコンクリートのような無機質の地面に立つひとりのアバターが現れた。
 目鼻立ちがすっきりとした中性的な姿をした男性キャラクターだ。
 アバターはこの初期設定から自由に作り変えることが可能だった。
 髪型、髪の色からはじまり、目や口、鼻の形、輪郭りんかく頬骨ほおぼねの位置まで、多くの変更可能箇所が存在する。

「3Dスキャンから俺の姿をロードしてくれ」
かしこまりました。UnChainのスキャナを起動します。しばらくお待ちください』

 蘭がおこなったのは、現実世界の姿をそのままアバターとしてコピーする方法だった。
 キャラクター設定に時間をかけている暇はないし、グランドミッションが終了すればこのアバターは消すことになる。
 それに、現実世界と同じ姿の方が、すずたちも見つけやすいはず。
 しばしの時間が経過したのち、アバターの姿が変化した。
 いつも鏡で見ている、どこかぱっとしない地味な自分の姿だ。

『この設定でよろしいでしょうか?』
「オーケーだ」
『……アバターを設定しました。続けて名前を教えてください』

 続けて放たれたアナウンスに、蘭はしばし考えこむ。
「蘭」でいいかと思ったが、現実世界と同じ姿で同じ名前は少々問題があると考え、候補から消去した。ということで「江戸川」もパス。

「……カタカナで『エドガー』で」
『エドガー、ですね。確認します……クリエイト可能な名前です。この名前でよろしいですか?』

 蘭にはネーミングセンスがない。
 エドガーにアラン。お前は小説家か、と自分に突っ込みたくなってしまったが、深く考えないことにした。

「オーケー」
『アバターをクリエイトしました。最後にクラスを選択してください』

 蘭そっくりのアバターの周りを、いくつもの小さなアバターがぐるりと取り囲んだ。
 どれも専用の豪華な装備に身を包んでいる。
 その画面は、キャラクタークリエイトにおいて、最も重要な職業クラス設定画面だった。
 接近戦を得意とする「戦士ファイター」から、中・遠距離で戦う「魔術師ウィザード」、回復職である「聖職者クレリック」に、様々な精霊を召喚できる「召喚士サマナー」――
 だが、蘭は迷わずひとつのクラスを選択した。
 クラス「侍」。
 メインキャラクターであるアランと同じ、瞬間火力に特化した超攻撃型のクラスだ。
 ドラゴンズクロンヌは、VRという特性も相まって、アクション性が非常に高い。
 特に戦闘中は悠長に戦闘メニューを選択している暇もなければ、自分と相手が交互に攻撃するようなターン制でもなく、状況は常にリアルタイムで変化する。
 瞬時の判断を必要とするため、アクションRPGというよりも、格闘ゲームに近い。

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