強くてニューゲーム!~とある人気実況プレイヤーのVRMMO奮闘記~

邑上主水

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3巻

3-1

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   第一章 公式大会に参加しよう!



 その日、すべてのドラゴンズクロンヌプレイヤーに、一通のメールが届いた。
 メールの送り主は「マスター」を名乗る人物。だが、その人物と面識があるプレイヤーはこの世界に存在しない。見覚えのないメールには、アカウントをハッキングするマルウェアが添付されている可能性がある。だから、見知らぬプレイヤーからのメールは、内容を確認するまでもなくゴミ箱送りになるのが常だ。しかし、マスターからのメールを削除するプレイヤーはいない。
 誰しもが、このメールを一年間待ち続けていたからだ。


 ――王冠クロンヌを手にするときが来た。つどえドラゴンハンターたちよ。


 短い一文がしたためられたマスターからのメールが届いた瞬間、ほとんどのプレイヤーが色めき立つ。多くの人々を熱狂させる祭りの開始を告げる狼煙のろしであり、眠れない戦いが始まる合図でもある、そのメール。
 それは、ドラゴンズクロンヌのナンバーワン“クラン”を決める壮絶な戦い――年に一回開催されるプレイヤー同士が戦う公式大会、「The King of Dragons」開催の告知だった。


       ***


「……はあ」

 気だるくもあり、心地よくもある春陽の季節。あと一週間もすれば春休みに入るという時期にもかかわらず、学校の廊下の窓から春空を見上げる江戸川蘭えどがわらんの表情は曇っていた。
 彼をメランコリックにさせているのはほかでもない、先日メールで告知があったドラゴンズクロンヌ公式大会「The King of Dragons」の存在だった。
 The King of Dragons――通称KODは、今年で八回目を数えるイベントで、その規模はグランドミッションなどとは比べものにならないくらい大きい。参加条件は、どこかのクランに所属しているプレイヤーであり、七人のチームであることだけ。
 だが、KODの参加者チームが毎回数百チームまでふくれ上がるのは、参加条件が厳しくないからというわけではない。KODは優勝したクランに相当額の賞金――リアルマネーが与えられるのだ。

「見たかよ、江戸川! 賞金だぜ、賞金!」

 春のまどろみを吹き飛ばすほどの声が、蘭の鼓膜こまくを揺らした。声の主は、宝くじでも当たったかのようにハイテンションな坊主頭の男子、安藤あんどうだ。

「参加条件はクランに所属していることだから……えーっと、俺たち参加条件満たしてるよな?」
「参加することはできる。けど、キツいと思う」

 このやりとりは何度目だろう、と蘭は辟易へきえきする。
 今日、安藤は登校してきてから、ずっとこの調子なのだ。

「いやいや、大丈夫だろ。なんつっても、俺らのクランには江戸川がいるんだからよ」
「だから、そんな甘くないって」

 今回は、大きめのため息も添えてやった蘭。だが、スマホでKODの情報を集めているらしい安藤は気にする様子もなく、満面の笑みでしきりにスワイプを繰り返している。
 無知ゆえの勇ましさとでもいうのだろうか。すでに優勝気分な安藤に、実情をこと細かく説明してやろうかと思った蘭だったが、めんどくさくなってとりあえず大あくびを投げつけてやった。

「どーでもいいけど、なんでそんな眠そうなわけ?」
「お前がそれを聞くか」

 今日の蘭は、いつも以上に寝不足だった。目の前にいる安藤のせいで、だ。
 以前に増してエドガーとアランの「二足のわらじ生活」は深刻な睡眠不足を生んでいた。なぜか、あのラミレジィや放課後DC部のメンバー、特に安藤や山吹やまぶきに狩りに誘われることが多くなったからだ。昨晩も女子メンバーがログアウトした後、なかば強引に安藤と山吹のレベル上げに遅くまで付き合わされるハメになった。
 せめて一時限目が始まるまで仮眠しようと思っていたが、朝一番、こうやって「連れション」に連行されてしまい、あきらめざるを得なかったのだ。

「まあ、いいや。それより、ゲームでお金もらえるなんて最高だよな。優勝したら俺にもスポンサーが付くんじゃね?」
「まあ、優勝できたら可能性はあると思う。実際、去年も優勝したチームから何人か、企業と契約を結んでプロになってるからな」
「まじで!? うおお、マジ期待大じゃん! プロになったらもう勉強しなくていいし、俺もアランみたいに豪遊できるってことだろ!?」
「あ~、うるせえ!」

 豪遊なんかしてない、とあやうく突っ込みそうになった蘭をさえぎり、安藤に怒号を飛ばしたのは、トイレから出てきた不機嫌そうな山吹だった。

「お前さ、声でかすぎ。ウンコが引っ込んじまっただろ」
「ンだよ。これが興奮せずにいられるかよ」
「あと言っとくけど、女子からチョコのひとつももらえないお前に、金出すトコなんてねえって」
「……ッ! てめッ!」

 先日のバレンタインのことを言っているのか、ニヤケる山吹とは対照的に、痛いところを突かれた安藤の表情はしぶい。
 そういえば、安藤が妙に絡みはじめたのはあのバレンタイン以降だ。もしかすると、自分のことを同じ「チョコ獲得ゼロの仲間」と見ているのかもしれない。
 そんなもので仲間意識を持たれても、非常に不愉快なのだが。

「んまあ、賞金出る大会って聞いて、色めき立つ気持ちはわかるけどな。逆に興味なさすぎる江戸川が不思議だわ」
「……え? 俺?」

 不意に話を振られ、ぎょっとしてしまう蘭。

「いや、興味ない、ってわけじゃないんだけど」
「あ、わかった。お前ビビってんだろ。なにせあのアランですら優勝できてない大会らしいからな」

 どこでそんな情報を手に入れたのか、そんなことを言う安藤に、蘭はぴくりと反応してしまった。
 確かに安藤が言うとおり、アランでKODを優勝した経験がないのは事実だ。まだDICEとスポンサー契約を結ぶ前、一時期所属していたクロノのクラン「Grave
Carpenters」で第五回の大会に参加したが、準優勝という結果に終わっている。
 なぜ決勝戦で負けてしまったのか。それは、KODが個人戦ではなく、チーム戦だからだ。

「ビビってるワケじゃない。それに、アランが優勝できなかったのにも理由がある。KODはチームで戦う大会だ。突出した才能を持っているプレイヤーがひとりいても、どうにもならない」

 負ければ終わりの一回限りの戦いでは、プレイヤースキル以上に運の要素が大きくなる。
「ジャイアントキリング」なんて言葉があるように、初心者が熟練者を破るなんて話は枚挙にいとまがない。その運を呼び込むために重要なのが「やりこみ」だ。やりこむことで、自信が付き、予想外のことが起きても冷静に判断することができる。
 チーム戦で勝ち抜くには、メンバー全員のやりこみが必須になる。アランが準決勝で負けてしまったのは、運を呼び込むほどのやりこみがチーム全体に足りなかったからだ。

「優勝を狙うには、相当のやりこみが必要だ。私生活をなかば捨てて、レベルを上げたり装備を整えることになる。そんなのクランのルールにそむくだろ」
「う……確かにそうだな」

 放課後DC部のルール。それは、ログインを強制したり、ノルマを課すことなく、純粋に「ゲームを楽しむこと」だ。

「まあ、クランのルールとかを考えると優勝は無理だろうけど、参加してみるのはいいと思うぜ? 予選突破でゲーム内通貨の賞金が出るみたいだし」

 毎年、熟練者だけではなく、初心者など対人戦に自信がないプレイヤーも多く参加している理由が、山吹の言うそれだった。

「まあ、予選突破を目指すのはいいと思うけど」
「なんだよ、江戸川。もしかして、予選突破も難しいとか言うつもりじゃねえだろうな」

 これ以上絶望させるな、と言いたげな安藤。

「残念だけど、簡単じゃない。予選はPvP(Player versus Player)じゃなくて、チームメンバーが獲得した総合DPで決まるんだ」
「総合DP?」

 聞き慣れない名前なのか、山吹が首をかしげる。

「えーと……ドラゴンポイントの略称。予選期間中、特定のMobを倒すともらえるポイントだ。DPは個人ごとに計測されて、七人の合計DPで順位が決まる」
「えーと……つまり、どういうことだ?」

 どうやら安藤は理解できなかったらしい。

「つまり、予選は制限時間内でどれだけ多くのMobを狩れるかを競争するってこと。プレイヤースキルがなくても、熟練者に勝てるかもしれないのが予選なんだ」

 時間があるプレイヤーであれば、十分予選上位に食い込むことができる。予選に必要なのは、プレイヤースキルではなく、毎日ログインしてMobを狩り続けることができる忍耐力と時間。つまり、予選で最も有利なのは、昼夜問わずログインしているような廃人プレイヤーだった。

「それに、予選は単純に量を倒せばいいというわけじゃない。一般的にはMobレベルと獲得DPは比例するから、期間中どれだけ効率的に高レベルのMobを狩れるかという作戦が必要になる」
「なるほど。行き当たりばったりはダメっつーことか」

 そういうことが一番苦手そうな安藤が顔をしかめる。

「そのDPランキングで上位一〇〇チームまでが予選突破。総当たり戦のグループトーナメントに進める」
「一〇〇チーム……って多いのか?」
「去年の参加チームは、大体七〇〇チーム前後だったと思う」

 数字を聞いて、安藤もようやく予選突破の難しさを理解したのか、難しい顔で閉口する。先程までのテンションはなりをひそめ、なんとも言いがたい沈黙が廊下に漂いはじめた。誰かの口から「やめた方がいいんじゃないか」という話が出てこなかったのは、タイミングを見計らったかのようにチャイムの音が鳴ったからだろう。

「……とりあえず教室に戻ろう。ホームルームが始まる。参加するかどうかは、すずさんたちに話してから決めよう」
「んだな。俺たちだけで盛り上がっても仕方がねえか。つーかさ」

 スマホをポケットに押し込みながら、あくびをこぼした安藤が、うるんだ瞳を蘭へと向けた。

「なんだかんだ言って、めっちゃ詳しいのな。興味あるのかないのかわかんねえヤツ」
「だ、だから、興味がないわけじゃないって言ってるだろ」

 とは言うものの、参加したくないというのが、蘭の本音だった。
 予選突破の確率は、低いとはいえ不可能ではない。もし万が一、予選を突破してグループトーナメントに進みでもしたら、エドガーの姿を公にさらすことになる。そうなれば、クロシエが言っていた「エドガーを囲い込もうとしている企業たち」が食指を伸ばしてくるだろう。
 また、アランでプレイする時間がなくなってしまう。このタイミングでそれは非常にまずい。

「ま、メグさんあたりが『ガチはやだ』って拒否ることもあるしな」
「ありえる。メグさんああ見えて意外と肝が細かったりするからな」
「肝が細い、ね……」

 メグのどこを見たらそういう意見が出てくるのか、と蘭は呆気あっけにとられつつも、それが本当であるなら是非ぜひとも参加拒否してほしいと願った。
 うらうらとした春の陽射ひざしが差し込む人気ひとけのない廊下。夢の世界にいざな睡魔すいまがあちらこちらで手招きしているような錯覚さっかくに襲われてしまう。とりあえずKOD参加うんぬんよりも、まずは一時限目をどうやって乗り切るかが切実な問題だ――


       ***


「予選突破のキーポイントは、一週間の期間のうち、偶数日に現れる『ボーナスMob』っていうのを狩ることらしいんだよね。手に入るDPが高いみたいで、その情報をいち早く手に入れるのがミソなんだって」

 目を爛々らんらんとさせたメグから、突拍子とっぴょうしもなくそんなことを言われたのは、強烈な睡魔すいまに襲われつつもなんとか突破できた一時限目の休み時間だった。

「え~っと……」

 睡魔すいまで頭の回転がにぶっていることもあってか、蘭は教科書を片手にしばらく固まってしまった。メグが口にしているのは、いかにしてKODの予選上位に食い込むかという話だ。そのことは、KODに参加したことがある蘭にもわかる。わからないのは、なぜメグがそのことを知っていて、どうして嬉しそうに自分に語りかけてきているのかということだ。

「前回の予選突破ラインは二〇万DPらしいから、学校終わって毎日やればイケる可能性あると思うんだよね、アタシ」

「どう思う?」と言いたげに身を乗り出してくるメグに、蘭は咄嗟とっさに身を引いてしまった。助けを求めるように、後ろの席の安藤へと視線を送ったが、苦笑いを返してくるだけだ。

「あ、あのさ、メグさん。それってKODの話だよね?」
「ん? そだけど?」

 きょとんとした表情を返してくるメグ。

「なんでいきなりKODの話が?」
「なんでって……KODに参加するんだから、調べもするでしょ」
「……ん? ん? ちょっと待って。いつの間にそんな話になったのかな?」

 さも当然のようにさらりと言い放ったメグ。思わず蘭はおかしな口調になってしまった。
 嫌な予感が蘭を襲う。これはもしかして、すでに参加する方向で動いてますけどなにか……ってやつではないのか。
 どこで手に入れたのか、「KODのすべて」と表紙に書かれたゲーム雑誌をかばんから取り出し、レギュレーションについて安藤に語りはじめたメグを見ながら、蘭はそう思った。

「なんだかごめんね。昨日大会の告知、来たでしょ? そしたらメグ、絶対参加しようって張り切っちゃって」
「……ああ、そういうこと」

 すずが言うには、メグは昨晩ログアウトした後、KODに関する情報をネットであさったという。そして一通り情報を仕入れたあと、深夜にもかかわらず「参加しよう!」と電話をかけてきたらしい。

「参加するってなると、ゲームプレイを強制することになっちゃうし、よくないよって言ったんだけど、ほら、メグって聞かないから」
「確かに」

 そこはすんなり納得できる。しかし、この流れは蘭にとってあまりいいものではなかった。メグがKODに興味を持ったということは、安藤や山吹とあわせて、クランメンバーの半分が賛成ということになる。

「すずさんはどう? その……参加したい?」
「強制的じゃなくて、できる範囲で頑張がんばるって感じだったら参加したい……かな?」
「できる範囲?」
「うん。クランのルールは曲げたくないし、ほら、もうすぐ春休みでしょ? 家の事情とかある人いるだろうし」

 ――家の事情。
 すずのその言葉で蘭の脳裏に浮かんだのは、抱えていた悩みを解決できる可能性がある、ひとつのアイデアだった。

「なるほど、その手があったか」
「え? その手?」

 時間が取れないのであれば、理由をつけて作ればいいのだ。つまり、「春休みに家族と祖父母の家に帰省することになった」と説明すれば、アランでプレイする時間ができる。春休みまでエドガーで皆とKODに参加し、春休みに入ったらアランでプレイする。そうすればすべては解決だ。

「よし、すずさんもその気なら、KODに参加する方向でいこう」
「お! やっと乗る気になったか!」

 安藤が背後からずずいと身を乗り出してくる。

「予選突破も難しいかもしんねえけど、頑張がんばろうぜ!」
「ただし、KODに本当に参加するかどうかは、ウサにも確認した上で、だ」

 ウサの性格からすると自ら参加したいと言い出すはずなので、確認は必要ないだろうが。

「あ、ちょい待ち」

 ふいに蘭の机の上にスマホが置かれた。窓際でずっとそれを見ていた山吹のものだ。

「どうした?」
「これ、参加レギュレーション。メンバーはクランから選出した五名プラス、補欠リザーバの二人、計七名で参加って書いてるけど、俺らのクラン……六人しかいねえよな?」
「……あ」

 全員が同時に、うめき声のような言葉を発した。
 KODは「予選」、「グループトーナメント」、「決勝トーナメント」と長い時間をかけて開催される大会のため、日をまたいでおこなわれる。そのため、登録したメンバーが出られなくなってしまったときを考慮して、二名の補欠リザーバが必須なのだ。
 重苦しい空気の中、蘭は頭を抱えてしまった。
 数合わせのために、適当に知人をKODの時期だけクランに所属させるなんてことはできない。予選では補欠リザーバの二人がかせいだDPもカウントされるため、しっかり戦力になる人間でないといけない。今からクランに合流してともに予選を戦うとなれば、候補として挙がるのは、すぐに連携がとれる熟練したプレイヤーだろう。前衛は山吹と安藤がいるため、ベストなのは遠距離アタッカー。弓を武器とする弓士アーチャーか、あるいは――
 ――と、そんなことを考えていた蘭の頭に、ふととあるプレイヤーの名前が浮かんだ。
 つい先日、アランでDICEの仕事をしたときにパーティを組んだプレイヤー、クロシエだ。

「なるほど、ちょうどいいか」

 どういうつもりかわからないが、クロシエはあのとき、サブキャラであるティンバーを放課後DC部に入れてほしいと申し出てきた。彼女がラバスタ林地でとメグに攻撃を仕掛けたことがあったため、メンバーに話すタイミングを慎重に計っていたが、KODがきっかけであればすんなりいくかもしれない。

「あのさ、実はクランに参加したいって言ってる知り合いがいるんだけど」
「……え?」

 最初に反応したのは安藤だ。

「マジで? 知り合いって、前やってたときの?」
「えーと、まあ、そんなとこかな。彼女はプレイヤースキルもあるし、クラスも魔術師ウィザードだから、かなりの戦力強化になる」
「彼女?」

 まるで美味おいしいえさを見つけた肉食獣のごとく、山吹のまゆがぴくりと動いた。

「彼女ってことは、女性プレイヤーか?」
「え? あ、ああ。そうだけど」
「いいね! いいよ、江戸川! それはすごくいい! 俺は賛成だね」

 明らかに大会の話をしているときよりも興奮している山吹。いつものパターンに冷めた視線を投げつけたのは安藤とメグだ。

「……ま、この変態野郎はおいといて、俺もかまわないぜ。熟練者なら最高じゃん」
「はあ、ホントは知り合いじゃなきゃヤだけど、エドの知り合いなら、まあ、いいかな」

 そういえば、と蘭は以前の記憶を掘り起こす。メグは、グランドミッションのときも「知っているプレイヤーじゃないとイヤだ」と言っていた。確かに、メグは案外肝が細いのかもしれない。

「よし。じゃあ、今日帰ってから顔合わせするって感じでいいかな、すずさん?」

 ウサのKOD参加意思確認と、ティンバーの顔合わせ。一緒にできるならちょうどいい。現れるのがティンバーなのは、向こうに行ってから改めて説明しておく必要があるかもしれないが。

「……すずさん?」

 蘭の目に映ったのは、指をあごにあてがい、天井を見上げて、なにやら考えているすず。

「おーい。すず~」
「……え? あ」

 メグの声に、すずはようやく我に返った。

「どした?」
「ごめん、なんでもない。それじゃあ放課後集まろう。ウサさんには私が連絡しておくから」

 あわてて笑顔を見せるすずに、蘭たちは顔を見合わせてしまった。
 何か気になることがあったのだろうか、とたずねようと思った蘭だったが、二時限目の開始を知らせるチャイムによって妨害ぼうがいされてしまった。
 あわただしくなる教室の空気に乗って、すずたちが席へと戻っていく。さっきのすずの様子がひっかかる蘭だったが、すぐに残りの授業を突破するためにどう睡魔すいまと戦うかへと思考がシフトする。
 そして、二時限目の英語の教師が教室へ入ってきたとき――
 蘭は携帯に、DICEの五十嵐いがらしからメールが届いていることに気がついた。


       ***


「ちょっとまずいことになってきている」

 アランのホームハウスを訪れた五十嵐は、挨拶あいさつもそこそこにそんな言葉を口にした。
 朝、五十嵐から届いたメールは、「スポンサー契約更新の件で今日会えないか」というものだった。
 同じようなメールは以前五十嵐から来ていた。「アランとのスポンサー契約更新に関する不安要素について」と題されたメールだ。アランの動画配信の数が減り、DICE内で不安の声が出ているらしい。

「君は今日のランキングを見たか?」
「ランキングですか? いえ、まだ見ていませんが……」

 アランは手慣れた操作で、動画視聴ランキングをウインドウに表示させる。
 いつもと変わらないはずの動画ランキング。だが、ランキング上位――それも長い間アランが座っていた一位の椅子に、信じられないことが起きていた。

「……嘘だろ」

 ランキング一位になっていたのは、つい先日まで二位だったクロシエ。アランの名はその下――ではなく、三位まで落ちていた。
 だが、この理由はアラン自身もわかっていた。エドガーとしての活動が忙しく、アランでプレイする回数が減り、覇竜はりゅうドレイク戦以降、視聴数が高い動画を配信していないからだ。
 KODの参戦をしぶり、アランでのプレイ時間を確保したいと考えていた理由もそれだった。

「アラン、君との間で結んだ契約に、順位に関する取り決めはない。だから会社として、ランキングが落ちたことを理由に契約更新はしない……という結論は出さないと思う。だが、社内でより不安の声が強まりつつあるのは事実だ」

 アランと五十嵐が囲むテーブルの囲炉裏いろりにかけられた鉄瓶てつびんから、湯気ゆげが立ち上る。
 サポートNPCソーニャがしとやかに鉄瓶てつびん囲炉裏いろりからあげると、オブジェクト化された【白湯さゆ】を取り出し、五十嵐に振る舞う【煎茶せんちゃ】を生成した。

「俺としても、社内の不安要素は払拭ふっしょくしたいと思っている。そこで、だ」

 五十嵐が何かを操作するそぶりを見せ、ウインドウを表示させた。そのウインドウに表示されていたのは、とあるウェブサイト。アランにも見覚えがある、KODのウェブサイトだ。

「君に、DICEチームメンバーとしてKODに出場してほしい」
「……DICE公式チームでKODの優勝を狙う?」
「可能なら。だが、必要なのは視聴数をかせげる動画だ。大会に参加すれば、君も動画更新がしやすくなるはず」

 KODは公式の生放送チャンネルがあるが、参加しているプレイヤーのほとんどは、配信枠を購入して自分でも動画を配信する。予選はそれほど視聴数をかせげないが、決勝トーナメントにもなれば、無名プレイヤーの配信であってもかなりの視聴数をかせげるからだ。アランのKOD配信なら、一位に返り咲くほどの再生数をかせぐことも難しくないだろう。

「ただ、これは君との契約には含まれていない依頼だ。どうするかの判断は君に任せる」

 五十嵐がソーニャに会釈えしゃくし、テーブルの上に置かれた湯呑ゆのみに口をつける。
 KODへの出場依頼は、契約外の依頼。つまり、出場するかしないかは任意。アランのランキング低迷は痛いが、DICEとしてそれ以上の面倒を見てやるつもりはないという意思表示だろう。一企業として、そういう立場を取るのは当然だと思う。逆に、わざわざ提案してくれた五十嵐が珍しいのではないだろうか。その期待を裏切るわけにはいかない――
 アランは、【煎茶せんちゃ】を口にして苦い顔をしている五十嵐を見ながらそう思った。

「わかりました、五十嵐さん。KODに出場します」
「よかった。出てくれるか」
「ただ、その……急すぎて、予選の参加が難しそうなのですが」
「それはかまわない。『予選突破要員』を六人、手配しているからな」

 予選突破要員。予選でもっとも強い昼夜問わずログインしている廃人プレイヤーのことだろう。

「ありがとうございます。それに……色々ご心配おかけしてすみません」
「ああまったくだ。アランでログインせずになにをしているのかはあえて聞かないが、少しはプロとしての自覚を持ってほしいな」

 そう言って冗談じょうだんっぽく笑ってみせる五十嵐に、アランは苦笑いで答えた。

「反省のあかしは大会の結果とランキング結果で」
「楽しみにしているよ。メンバーについてはまた連絡する」

「お茶をありがとう」とソーニャにもう一度会釈えしゃくし、彼が席を立った。
 これからそのメンバーと打ち合わせをするそうで、五十嵐は足早にホームハウスから姿を消す。
 しんと静まりかえったホームハウス。四季をシミュレートした暖かい風が、ふわりと春の香りを居間に運んでくる。

「さて、どうするかな」

 しぶい顔でアランは消えた五十嵐の背中を見つめていた。
 KODで戦うことは問題ない。だが、ひとつ心配がある。KODに参加する方向で動いている放課後DC部だ。
 五十嵐が手配しているというプレイヤーに任せれば、予選突破はたやすいだろう。ちょうど春休みに入って学校も休みになるため、グループトーナメントへ出ることもできる。
 だが問題は、万が一放課後DC部が予選を突破して、グループトーナメントに進んだ場合だ。運が悪ければ、放課後DC部と同じグループで戦うなんてことになりかねない。そうなってしまえば五十嵐の手前、彼らを完膚かんぷなきまでにたたつぶさなくてはならなくなる。

「アラン様」

 と、ふわりと風に乗ってきたのは、ソーニャの声だ。

「なにを悩んでいらっしゃるのかわかりませんが、とりあえずお茶を飲んでから考えませんか?」

 ソーニャが【白湯さゆ】から【煎茶せんちゃ】を生成し、アランの前へと差し出す。

「お茶には灰白質かいはくしつを保護して、記憶力を向上させる効果があるそうです。それに玉露ぎょくろはストレス解消にも役立ちます」
「いや、こっちの世界にそんな効果はないと思うが」

 と言いつつ、湯呑ゆのみを手に取るアラン。

「気分ですよ、アラン様。気持ちの持ちようで、物事はいい方向へ進むものです」
「それは、ソーニャの経験?」
「データベースに格納されているRAWデータを基に相関分析をおこなった結果です」
「……あ~、そう」

 なんだか難しい単語を羅列されたので、アランはとりあえず聞き流して【煎茶せんちゃ】を口にした。
 ソーニャが言うとおり、ポジティブに考えていれば、そんな心配は杞憂きゆうに終わるのかもしれない。ひとまずウサにKODの件を説明して、ティンバーを皆と顔合わせさせよう。
 そう思い、アランはぐいと【煎茶せんちゃ】を飲みほした。ストレスが解消されたのかはわからないが、とりあえずソーニャの【煎茶せんちゃ】は――すごく苦かった。


       ***


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