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3巻
3-2
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放課後DC部は、ログインを強制したり、現実世界の生活、特に学業に支障をきたすようなプレイは、どのような理由であれ禁止していた。クランが推奨するのは、現実世界に影響を及ぼさない程度にゲームを楽しむこと。つまり、いつゲームにログインしてもいいし、いつログアウトしてもいい。ゲームの知識がなくても問題なく、気ままなゲーム生活を楽しもうというのが指針だ。
「え? なんですか? その格闘ゲームみたいな名前」
港街クレッシェンドのハンターズギルド前広場。これから狩りに向かうプレイヤーと、狩りから戻ってきたプレイヤーとで賑わうその場所に、ウサとエドガーたちの姿があった。
「PvPの大会。というか、ウサんとこにもメール届いているはずだろ」
「えーっと……えへへ」
その笑顔から察するに、メール関係は全く見ていないのだろう。
なんという適当なやつだ、とエドガーは呆れる。事細かく説明するまでもなくクランのルールを理解してくれたのはありがたいが、これほどまで適当だったとは思ってもみなかった。
「それで、その大会に参加するんですか?」
「クランを立ち上げてまもないし、皆で参加するのもいいかなって。賞金も出るみたいだし」
「え、賞金?」
すずの口から放たれた「賞金」というフレーズに、ウサの耳がわかりやすいくらいに反応した。
「賞金ってつまり、リアルマネーが貰える?」
「そういうことだ」
「うひょっ!」
今度はその大きな両目がきらきらと輝き出す。
「うわあご主人、わっかりやすくお金に釣られたなあ。目が円マークになってるよ」
ウサのコンパニオンである黒猫モモが突っ込みを入れる。
「……ッ!? な、なにを言ってられ! そんな、そんなわけあるかあ!」
と言いつつも、慌ててごしごしと目をこすりはじめるウサ。
「それで、どうだ? 参加することには賛成か?」
「もちろんデス! 皆と一緒に大会に出るってなんかこう、一体感があっていいですよね! 賞金目当てとかじゃなく参加したいです! 諭吉さんとか関係なくです!」
「あ、そう」
嘘くさすぎるセリフに、エドガーは冷めた視線を返す。
だが、疑うことを知らないすずは、真に受けてしまったようだった。
「よかった! 実は、みんな参加しようって意見だったんだけど、ウサさんに聞くまで参加は保留にしてたんだ」
「まあ、聞くまでもなかった感はあるけどな」
そんなことをぼやくアンドウに、エドガーも同意してしまう。
「ただ、私、仕事があるので頻繁にログインできないかもしれないけど、大丈夫ですかね?」
「もちろん。メンバーのログインを強制しないことと、現実世界を犠牲にしない程度に楽しむのが放課後DC部のルールだから」
「ずっと思ってたんですけど、それ、すばらしいルールです!」
ウサがエドガーに向かって小さな親指をびしっと立て、にっこりと満面の笑みをこぼす。
「ところで、さ。例のクランに入りたいってヒト、もう来てンのかね?」
ヤマブキが口を挟んできた。きょろきょろと辺りを見渡し、どこか落ち着かない様子だ。
「なにそわそわしてんのさ、アンタ」
「新しいメンバーの加入だから、そりゃあそわそわするだろ。どんなヒトが来るのか」
「……アンタの頭の中って一回見てみたいのよね。多分、女だけでできてるんだろうけど」
鋭い視線で斬りつけるメグだったが、ヤマブキは全く意にも介さず、まもなく現れるであろう新たな女性メンバーに想いを馳せているようだ。
そんなふたりのくだらないやりとりを片耳で聞いていたエドガーも周囲を見渡した。
五十嵐と話をする前、アランでログインしたときに、クロシエへメッセージを送っていた。そろそろティンバーから、なにかしらの返答があってもおかしくない。
だが、辺りにはティンバーらしき姿はなかった。代わりに目に映ったのは、これから狩りに出るのか、楽しそうに会話に花を咲かせている戦士に、難しそうな表情でウインドウを眺めている聖職者。しかし、エドガーの視線がハンターズギルドの入り口にたどり着いたときだ――
扉の陰からこそこそとこちらを覗いている、赤いフード付きのローブを着た女性の姿が見えた。
黒い髪に褐色の肌が、より彼女の妖艶さを際だたせている女性プレイヤー。大変怪しいデーモン種の女性魔術師。間違いなく、ティンバーだ。
「……先に言っておくけど、これから来るプレイヤーには、皆かなり驚くと思う」
「驚く? どゆコト?」
メグが頭の上にクエスチョンマークを掲げながら首を傾げた。
「説明は直接彼女にさせるよ。俺から言えるのは……彼女は悪い人間じゃないってことくらいだ」
エドガーは、あの女性に小さく手を挙げた。びくり、と身をすくめたのが遠くからでもはっきりとわかる。おっかなびっくりな雰囲気を見る限り、彼女は意外と臆病なのかもしれない。
「お、来たのか? 驚くってことは、有名人なのか?」
「誰誰? 誰よ?」
期待で頬がほころぶアンドウとメグ。だが、こちらに向かってきている女性の姿に気がついたとき、その表情は一瞬で強張った。
「あ、チョー可愛い」
静寂に包まれた周囲にぽつりと浮かんだのは、にやけたヤマブキの声。
「……ティ、ティンバー……です」
気まずそうにうつむいたまま、ティンバーがかすれるような声を放つ。
「先日はとても……すまないことをした」
そして、重苦しい空気の中、謝罪の言葉を続けた。
しかし、場の空気は固まったままだった。予想していなかったプレイヤーの登場に、どう反応すればいいかわからないのか、メンバーたちの表情は動かない。
「あ、う、すまない」
「……え? あ、ちょ、おい!」
目を白黒させ、来た道を引き返そうと、くるりと踵を返すティンバー。まさかそんな行動に出るとは思っていなかったエドガーは、慌てて彼女の腕を掴むのだった。
***
「実は、動画で君を知ったとき、俺の身体に電流が走ったんだ」
「そうか。だが私の得意魔術は炎系だ」
「これは運命だと思わないかい? 俺たちは出会うべくして出会った」
「そうだな。私もこの魔術師という職業には出合うべくして出合ったと思う」
「障害があった方が君も燃えるはずだ」
「そのとおりだ。魔術師がソロプレイに向いていないという話を聞いて、私の心に火がついた」
プレイヤーたちで混み合っているハンターズギルドの一角。エドガーたちが座るテーブルから少し離れたところで、ティンバーとヤマブキが何やら話し込んでいる。
すずとウサがKODの参加登録に向かっている時間で、ヤマブキはここぞとばかりにティンバーを口説きはじめた。だが、傍で聞いているエドガーが「一体何の話をしているんだ」と突っ込みたくなるほど、その会話は噛み合っていなかった。
「つーかさ、あいつマジで見境なく……ってやつだよな」
エドガーと同じテーブルを囲むアンドウが、渋い顔をしている。
その表情のとおり、アンドウは機嫌がよろしくない。原因は、ティンバーを必死で落とそうとしているヤマブキ……ではなく、現れたティンバーの存在だった。
回れ右をして去ろうとしたティンバーを引き止めた後、固まっていた場の空気がようやく和らいだのは、改めてエドガーが彼女を紹介したときだった。
その空気にようやく安堵したティンバーは、ラバスタ林地で魔術を放ってしまったことをもう一度謝罪した。
そんなティンバーに優しい言葉を返したのは、被害者のひとりであるすずだ。
すずは困惑しつつも、エドガーの知人ということでティンバーの加入を承諾する。だが、メンバーの中でアンドウとメグは否定的だった。
「ヤマブキの変態はどうでもいい! それよりも、なんであいつがエドの知り合いで、それもクランに入りたがってるワケさ?」
「つーかエドガー、動画見ても、知らないヤツだって言ってなかったけ?」
じろりと睨んでくるメグとアンドウに、エドガーは頭をフル回転させて言い訳を考える。
「い、いや、すずさんに動画を見せてもらったときは……えーと、思い出せなかったんだ。知ってたときと髪型が違ったし……ほら、やめたのはだいぶ前だろ?」
「んなの、名前でわかるだろ!」
「なっ、名前を変えてたんだよ! 前に調べたときも、プレイヤー名でヒットしなかったし」
以前、学校でティンバーの名前を検索したときにヒットしなかったのは、正体がバレないように、定期的に名前を変えているからだろう。
「彼女はレベルも高いし、プレイヤースキルもある。KODに参加するならこれ以上の援軍はないと思うぞ」
ティンバーは確かに経験豊富な熟練者だが、彼女のステータスを見て、エドガーは驚いた。サブキャラだと言っていたティンバーのレベルが予想以上に高かったからだ。
「もうひとりの私であり、ティンバーでプレイするのは心の底から楽しい」と言っていただけあって、レベルだけでなく、スキルツリーもかなり上位まで育てていた。【炎系】上位魔術である【インフェルノ】は動画で見たが、その上位である【イグニス】まで取得しているあたり、かなりのやりこみだろう。
それに、彼女はメンバーに必要だと思っていた後衛のアタッカーでもある。チームメンバーとしては最高のプレイヤーだ。
「……まあ、さ。本人は悪かったって反省してるみたいだし、許さないこともないけど」
「加入を承諾するのは、KODに参加するため、だかんな」
どうやらその説明で、メグとアンドウも多少納得したようで、渋い表情ながらも小さく頷いた。
クランメンバーの中で誰かしらが異を唱えるかもしれない、というのはエドガーが事前にティンバーに話していたことだった。
プレイヤーキラー行為はゲームルールに則った行為だが、以前よっしーが行ったリアルマネートレードのような違反行為よりも、プレイヤーに憎まれることがある。
大事なクエストの途中で被害にあったり、PKによって大切なアイテムを失ったりすれば、「末代まで祟るぞ」と言わんばかりに憎悪を抱くのは当然だろう。
未遂だったとはいえ、ティンバーが行ったことはPK行為であることには変わりない。
ティンバーもそのことは理解していて、「加入を承諾してくれたのなら、皆から許してもらえるよう努力する」とメッセージで語っていた。
「それで? ティンバーはエドのなんだったワケ?」
メグが、ぽつりと切り出した。
噴き出さなかったのは、そういった質問に慣れてきたからだろうか。ごほん、とひとつ咳をはさみ、エドガーはメグを見据える。ツンと唇をとがらせ、「それを教えてくれたら許したげる」とでも言いたげな表情だ。
「質問の意味がわからない。彼女はただのフレンドだ」
「マジかよ」
「まっ、マジに決まってるだろ」
逆方向から放たれたアンドウの攻撃に一瞬狼狽したエドガーだったが、なんとか心を平静に保つ。
ティンバーと自分は、紛れもなくただのフレンド。隠し事があるとすれば、彼女の正体が今現在、動画視聴ランキングトップのクロシエで、ともに雑誌の表紙を飾った仲だということだ。
そんなこと、口が裂けても言えないが。
「ふーん。なら、そういうことにしといたげるけど、すずは気にしていると思うよ。そこんとこ」
「な、なぜだ」
「さあね。直接すずに聞いてみたらあ?」
邪な笑みをこぼしつつ、メグは目の前にウインドウを表示させた。ハンターズギルドで購入できるドリンクメニューが書かれたウインドウだ。テーブルの上に【はちみつ酒】がすぐに現れた。
「それよりもエド。去年の予選突破ラインが二〇万DPだってのはわかったんだけど、それってどれくらいの数値なワケ?」
美味しそうに【はちみつ酒】をあおるメグ。大会について色々と調べたと豪語していたが、そこまで調べなかったのだろうか。深く調べず、勢いで済まそうとするのは彼女らしいが。
「DPがもらえるMobの中で最弱のヤツが、確か五DPくらいだ」
さらりと言われた答えに、メグとアンドウの表情がひきつる。
「ご、五DP!? なんだそりゃ! たった五DPを積み重ねて、二〇万DPまでいく必要があンのか!? ひとり何匹狩んだよそれ!?」
「五DPのやつでいくとすれば……ひとり六〇〇〇匹くらいだな」
「はあ!? なにそれ! 絶対無理でしょ!」
KODの予選期間は一週間。その期間で五DPのMobを六〇〇〇匹狩るなら、ひとり一日八五〇匹程度を狩る必要がある。下校してすぐログインしたとして、プレイできるのは最大五時間ほど。単純計算だと、一〇秒で一匹倒さないと無理な数字だ。
「まあ、一匹五DPというのは最低ラインの話だけど。もっとレベルが高いMobは数十DP、ボスクラスのMobだったら一〇〇DP以上になる。それに『ボーナスMob』ってのも配置される」
「ボーナスMob……そういえば、学校でメグさんがそんなこと言ってたな。なんだっけ?」
「期間が限定されているけど、取得DPが多いMobのこと」
メグがドヤ顔で答える。
「一週間の期間のうち、偶数日に現れるボーナスMobをうまく狩れば、二〇万はいける数字だ」
「なるほどな。そんなモンがあるなら、いけるかもしれねえな」
「まあ、あくまで『いける可能性がある』レベルだけど」
エドガーの言葉に、再びアンドウの表情が曇った。
これまでのKODの歴史で、優勝候補筆頭のチームが予選であっけなく姿を消した話を、エドガーはいくつも知っていた。予選ではプレイヤースキルが勝利に直結せず、大番狂わせが普通におこるからだ。ゆえに、優勝候補チームは、補欠の二名に予選突破用の廃人プレイヤーを起用することが多い。
ちなみに毎年、予選の上位は廃人プレイヤーで構成されたチームが占めるが、彼らが陽の目を浴びることはない。昼夜問わずひたすらMobを狩り続けるというのはとてつもない労力なのだが、PvPのような派手さに欠けるため、公式放送で流されないのだ。
「とりあえず、すずさんたちが戻ってきたら作戦考えようぜ。無理しないレベルでやるっつっても、一〇〇位までに入りてえし」
「そだね。予選突破のマニラとアイテム欲しい」
そう言って、メグが再びドリンクメニューを開く。
先日のよっしー事件でまだ懐が温かいはずなのに、「一杯おごってくれ」と縋りつくアンドウがメグに頭突きを食らった。そんなふたりを見て、エドガーが冷笑したとき――
「みんな! 終わったよ!」
ハンターズギルドに、甲高い女性の声が響き渡る。
エドガーたちのもとに、すずとお供のウサが小走りで近づいてきた。相変わらずふたりは仲がいいようで、手を繋いでこちらに向かっている。
「……お、終わった」
エドガーの背後からどんよりと放たれたのは、魂を抜かれたかのごときヤマブキの声。死の宣告を受けたような絶望に打ちひしがれた表情に、エドガーはぎょっとしてしまった。
「な、なんだよ、どうした?」
「ガードが……固い」
「……え?」
状況がつかめないまま、しばし呆然としてしまうエドガー。
だが、ふとヤマブキの隣に立っていたティンバーを見て、気がついた。
ヤマブキは、ティンバーの心の天然防壁を突破することができなかったのだ。
「みなさん、KOD受付は完了しましたデスよ! ステータス画面にKOD参加マークがついてるか確認してくださいな!」
そう言ってウサは、とあるアイテムを皆に配りはじめた。
「なにこれ?」
「それを使えば、いつでもKODの情報が見られるんだって。予選の順位とか、参加チームとか」
アンドウの問いに、すずが答える。
「へえ……あ、ほんとだ。参加チームにアタシらの名前がある」
メグも嬉しそうな声で言った。
配られたのは、小冊子タイプの【ロスター】と呼ばれるアイテムだった。
KODの情報は、公式WEBサイトに設けられた大会専用ページで確認できるが、更新にはタイムラグがあり、生の情報は手に入らない。
そこで、参加者がリアルタイムで情報を入手できるように用意されたのが【ロスター】だった。
【ロスター】は今後の大会スケジュール、予選の順位、参加チームやクランの情報にはじまり、周囲マップのリアルタイム表示や、自身のアイテムインベントリへのショートカットなど、大会を戦う上で便利な機能が多く備わっている
「よし、これで手続きは完了だな。スタートは明日からだ」
「うん、なんだかグランドミッションのときよりドキドキしてきた!」
エドガーの言葉を受けて、かすかに頬を紅潮させる、すず。
先日のバレンタインイベントと違った本気の戦いに、エドガーも多少高ぶりを覚える。
「アンドウ、ヤマブキ、念のため言っとくけど、グランドミッションのときみたいに暴走したら、今度こそヤバいからね?」
にこやかなすずとは対照的に、ドスの利いた声でちくりと刺すメグ。アンドウとヤマブキは言葉を発することなく、ひきつった笑みで答えた。
「とにかく! 結果うんぬんよりも大会を楽しもう!」
「楽しんだもの勝ちですからね! 大会って初めてだから、わくわくする!」
「よし。それじゃあ、明日からの計画を練ってから、狩り場を見に行こうか。ティンバーの歓迎も兼ねて」
メグやすずの楽しそうな声を受けて、エドガーがそう提案した。
「あ、そうだね、簡単な歓迎会的な」
良いアイデア、と柏手を打ったすず。だが、当のティンバーは困惑顔だった。
「か、歓迎会? わわ、わっ、私のか?」
「ティンバーさんのこと、いろいろ教えてください」
「そうです! 師匠とどんな関係なのか、とか!」
「え? いや、しかしだな」
すずとウサに手を引かれ、ハンターズギルドの外へと連行されていくティンバー。見知らぬ人間ばかりという状況で、空気に慣れてもらうには、半ば強引に輪に入れてやる必要がある。だが、今ティンバーを助けに行けば、あれこれと質問攻めにあい、墓穴を掘ることになりかねない――
「お、おい、エドガー、彼女たちは一体………待て、なぜ手を振っている」
困惑した表情のティンバーへ、別れの挨拶をするように、エドガーははらはらと手を振った。
そして、心の中で「がんばれ」と小さくエールを送るのだった。
***
「さあ、いよいよ始まった『The King of Dragons』ッ! 参加チーム八〇〇オーバーの中で、栄光の王冠を手にするのはたった一チーム、七人だけだッ! この壮絶な戦いを制するのはどのチームなのかッ!? KODの熱い戦いは今年もこの俺、アンドレアが熱い実況を交えてお届けするぜッ! Check
it outッ!」
「……なんだこりゃ」
KOD予選一日目――
学校から帰宅し、ゲームにログインしたエドガーの視界にでかでかと現れたのは、KOD開催を告げる短い告知映像だった。動画に現れたこのアンドレアというDJは、現実世界でも番組を持っているプロのDJだとか。だが、昨年こんな動画を見た記憶は、エドガーにはなかった。
今回は八回目で別に記念すべき回でもない。なぜ急にこんな動画を流すようになったのか。
「聞くところによると、今回から大会スポンサーが増えたらしい。生放送にもスポンサー企業の広告が出るだろうし、視聴者数を確保するために宣伝を出したというところだろう」
そう言ったのは、ここクレッシェンドの風景がやけに似合うティンバーだ。海沿いの柵に腰を預け、海風に漆黒の髪をさらさらとなびかせているその姿は、神々しさすら感じてしまう。
「なるほど。視聴者数がダメダメだったら、来年からスポンサーが減ってしまうからってわけか」
「運営にとっては大会も大事な『収入源』だからな」
ティンバーによると、あの動画はKODがはじまって最初にログインしたときにだけ流れるものらしい。去年と違い、公式サイトもKOD一色になっているようで、運営の力の入れようがわかる。
「参加チーム八〇〇って、去年よりかなり増えてるな」
「【ロスター】を見る限り、特に私たちのような新手のクランが増えているようだ」
「大手クランは?」
「去年と変わらずだ。ほとんど参加している……ほら」
ティンバーは、頬にかかる髪を小指でかきあげると、エドガーの前に【ロスター】ウインドウを表示させた。すでに予選のランキングが更新されていて、参加チームの一覧も表示されている。
「Grave Carpentersも参加しているな」
「お前が昔所属していたクランか?」
「よく知ってるな。できれば遭遇したくないクランだな」
彼らは、メンバー全員が動画視聴ランキングの上位にいるような、プレイヤースキルに特化したクランだ。しかも、クランマスターのクロノをはじめ、血の気が多い連中が多く所属している。Mob狩りをしている最中に出くわしてしまえば、問答無用で襲いかかってくるだろう。
「それよりも、これはなんだ」
ティンバーが見せたのは、「フォーチュン」と書かれたチームだった。
「……? なんだそのチーム」
「それはこっちのセリフだ。お前はアランでも出場しているのか」
思わずどきりとしてしまったエドガーだったが、ティンバーがアランの存在を知っていることに気がつき、安堵する。そして、しばし記憶を辿った。
推測するに、フォーチュンは五十嵐が登録したチームだろう。
「色々あってな。DICEからの要望で、KODに出場することになった」
他のメンバーが気になり、チームメンバー一覧を見てみたが、やはり知らない名前ばかりだった。
「予選はどうするのだ?」
「予選は俺以外のメンバーで何とかすると言っていた。予選はこっちに集中する予定だ」
自分以外の六人は、五十嵐が手配した予選突破要員だ。あっちは任せておいて大丈夫だろう。
「そういうことか。私に一位を取られて焦っているのだな。サブキャラにかまけてメインキャラをおろそかにするから、そういうことになるのだ」
「……耳が痛いよ」
「ふふ、まあ、アランが本気を出すまで、いっときの一位を堪能させてもらうさ」
いたずらっぽく笑っているのは、半分冗談のつもりなのだろうか。
だが、三位に転落したという事実を突きつけられているエドガーにとって、それは笑い事ではない。
「放課後DC部が予選突破した場合、どうするつもりなのだ?」
「ちょうど春休みで学校が休みになるし、実家への帰郷ということにして、しばらくはアランでプレイするつもりだ」
「そうなると、もし予選を突破したら、グループトーナメントはお前抜きで、ということか」
「そういうことだ。でも君がいてよかったよ、ティンバー」
エドガーが何を言いたいのかすぐに理解できたようで、ティンバーは任せろと言いたげに頷いた。
グループトーナメントは五対五のチーム戦になるが、直接五人同士が戦うわけではない。専用のフィールドで先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の順で勝ち抜き戦を行う団体戦だ。
団体戦において重要になるのが、豊富な知識を持ったリーダーの存在だ。
リーダーは各クラスの相性や弱点など、知識に裏付けされた的確なアドバイスを行う役割を担う。エドガーが考える中でリーダーとして適任なのは、ティンバー以外にいなかった。
「アランの件がなかったとしても、大会ではできるだけ目立たないようにしたい。君が言っていたエドガーの正体を探っているやつらに見つかりたくないからな」
「え? なんですか? その格闘ゲームみたいな名前」
港街クレッシェンドのハンターズギルド前広場。これから狩りに向かうプレイヤーと、狩りから戻ってきたプレイヤーとで賑わうその場所に、ウサとエドガーたちの姿があった。
「PvPの大会。というか、ウサんとこにもメール届いているはずだろ」
「えーっと……えへへ」
その笑顔から察するに、メール関係は全く見ていないのだろう。
なんという適当なやつだ、とエドガーは呆れる。事細かく説明するまでもなくクランのルールを理解してくれたのはありがたいが、これほどまで適当だったとは思ってもみなかった。
「それで、その大会に参加するんですか?」
「クランを立ち上げてまもないし、皆で参加するのもいいかなって。賞金も出るみたいだし」
「え、賞金?」
すずの口から放たれた「賞金」というフレーズに、ウサの耳がわかりやすいくらいに反応した。
「賞金ってつまり、リアルマネーが貰える?」
「そういうことだ」
「うひょっ!」
今度はその大きな両目がきらきらと輝き出す。
「うわあご主人、わっかりやすくお金に釣られたなあ。目が円マークになってるよ」
ウサのコンパニオンである黒猫モモが突っ込みを入れる。
「……ッ!? な、なにを言ってられ! そんな、そんなわけあるかあ!」
と言いつつも、慌ててごしごしと目をこすりはじめるウサ。
「それで、どうだ? 参加することには賛成か?」
「もちろんデス! 皆と一緒に大会に出るってなんかこう、一体感があっていいですよね! 賞金目当てとかじゃなく参加したいです! 諭吉さんとか関係なくです!」
「あ、そう」
嘘くさすぎるセリフに、エドガーは冷めた視線を返す。
だが、疑うことを知らないすずは、真に受けてしまったようだった。
「よかった! 実は、みんな参加しようって意見だったんだけど、ウサさんに聞くまで参加は保留にしてたんだ」
「まあ、聞くまでもなかった感はあるけどな」
そんなことをぼやくアンドウに、エドガーも同意してしまう。
「ただ、私、仕事があるので頻繁にログインできないかもしれないけど、大丈夫ですかね?」
「もちろん。メンバーのログインを強制しないことと、現実世界を犠牲にしない程度に楽しむのが放課後DC部のルールだから」
「ずっと思ってたんですけど、それ、すばらしいルールです!」
ウサがエドガーに向かって小さな親指をびしっと立て、にっこりと満面の笑みをこぼす。
「ところで、さ。例のクランに入りたいってヒト、もう来てンのかね?」
ヤマブキが口を挟んできた。きょろきょろと辺りを見渡し、どこか落ち着かない様子だ。
「なにそわそわしてんのさ、アンタ」
「新しいメンバーの加入だから、そりゃあそわそわするだろ。どんなヒトが来るのか」
「……アンタの頭の中って一回見てみたいのよね。多分、女だけでできてるんだろうけど」
鋭い視線で斬りつけるメグだったが、ヤマブキは全く意にも介さず、まもなく現れるであろう新たな女性メンバーに想いを馳せているようだ。
そんなふたりのくだらないやりとりを片耳で聞いていたエドガーも周囲を見渡した。
五十嵐と話をする前、アランでログインしたときに、クロシエへメッセージを送っていた。そろそろティンバーから、なにかしらの返答があってもおかしくない。
だが、辺りにはティンバーらしき姿はなかった。代わりに目に映ったのは、これから狩りに出るのか、楽しそうに会話に花を咲かせている戦士に、難しそうな表情でウインドウを眺めている聖職者。しかし、エドガーの視線がハンターズギルドの入り口にたどり着いたときだ――
扉の陰からこそこそとこちらを覗いている、赤いフード付きのローブを着た女性の姿が見えた。
黒い髪に褐色の肌が、より彼女の妖艶さを際だたせている女性プレイヤー。大変怪しいデーモン種の女性魔術師。間違いなく、ティンバーだ。
「……先に言っておくけど、これから来るプレイヤーには、皆かなり驚くと思う」
「驚く? どゆコト?」
メグが頭の上にクエスチョンマークを掲げながら首を傾げた。
「説明は直接彼女にさせるよ。俺から言えるのは……彼女は悪い人間じゃないってことくらいだ」
エドガーは、あの女性に小さく手を挙げた。びくり、と身をすくめたのが遠くからでもはっきりとわかる。おっかなびっくりな雰囲気を見る限り、彼女は意外と臆病なのかもしれない。
「お、来たのか? 驚くってことは、有名人なのか?」
「誰誰? 誰よ?」
期待で頬がほころぶアンドウとメグ。だが、こちらに向かってきている女性の姿に気がついたとき、その表情は一瞬で強張った。
「あ、チョー可愛い」
静寂に包まれた周囲にぽつりと浮かんだのは、にやけたヤマブキの声。
「……ティ、ティンバー……です」
気まずそうにうつむいたまま、ティンバーがかすれるような声を放つ。
「先日はとても……すまないことをした」
そして、重苦しい空気の中、謝罪の言葉を続けた。
しかし、場の空気は固まったままだった。予想していなかったプレイヤーの登場に、どう反応すればいいかわからないのか、メンバーたちの表情は動かない。
「あ、う、すまない」
「……え? あ、ちょ、おい!」
目を白黒させ、来た道を引き返そうと、くるりと踵を返すティンバー。まさかそんな行動に出るとは思っていなかったエドガーは、慌てて彼女の腕を掴むのだった。
***
「実は、動画で君を知ったとき、俺の身体に電流が走ったんだ」
「そうか。だが私の得意魔術は炎系だ」
「これは運命だと思わないかい? 俺たちは出会うべくして出会った」
「そうだな。私もこの魔術師という職業には出合うべくして出合ったと思う」
「障害があった方が君も燃えるはずだ」
「そのとおりだ。魔術師がソロプレイに向いていないという話を聞いて、私の心に火がついた」
プレイヤーたちで混み合っているハンターズギルドの一角。エドガーたちが座るテーブルから少し離れたところで、ティンバーとヤマブキが何やら話し込んでいる。
すずとウサがKODの参加登録に向かっている時間で、ヤマブキはここぞとばかりにティンバーを口説きはじめた。だが、傍で聞いているエドガーが「一体何の話をしているんだ」と突っ込みたくなるほど、その会話は噛み合っていなかった。
「つーかさ、あいつマジで見境なく……ってやつだよな」
エドガーと同じテーブルを囲むアンドウが、渋い顔をしている。
その表情のとおり、アンドウは機嫌がよろしくない。原因は、ティンバーを必死で落とそうとしているヤマブキ……ではなく、現れたティンバーの存在だった。
回れ右をして去ろうとしたティンバーを引き止めた後、固まっていた場の空気がようやく和らいだのは、改めてエドガーが彼女を紹介したときだった。
その空気にようやく安堵したティンバーは、ラバスタ林地で魔術を放ってしまったことをもう一度謝罪した。
そんなティンバーに優しい言葉を返したのは、被害者のひとりであるすずだ。
すずは困惑しつつも、エドガーの知人ということでティンバーの加入を承諾する。だが、メンバーの中でアンドウとメグは否定的だった。
「ヤマブキの変態はどうでもいい! それよりも、なんであいつがエドの知り合いで、それもクランに入りたがってるワケさ?」
「つーかエドガー、動画見ても、知らないヤツだって言ってなかったけ?」
じろりと睨んでくるメグとアンドウに、エドガーは頭をフル回転させて言い訳を考える。
「い、いや、すずさんに動画を見せてもらったときは……えーと、思い出せなかったんだ。知ってたときと髪型が違ったし……ほら、やめたのはだいぶ前だろ?」
「んなの、名前でわかるだろ!」
「なっ、名前を変えてたんだよ! 前に調べたときも、プレイヤー名でヒットしなかったし」
以前、学校でティンバーの名前を検索したときにヒットしなかったのは、正体がバレないように、定期的に名前を変えているからだろう。
「彼女はレベルも高いし、プレイヤースキルもある。KODに参加するならこれ以上の援軍はないと思うぞ」
ティンバーは確かに経験豊富な熟練者だが、彼女のステータスを見て、エドガーは驚いた。サブキャラだと言っていたティンバーのレベルが予想以上に高かったからだ。
「もうひとりの私であり、ティンバーでプレイするのは心の底から楽しい」と言っていただけあって、レベルだけでなく、スキルツリーもかなり上位まで育てていた。【炎系】上位魔術である【インフェルノ】は動画で見たが、その上位である【イグニス】まで取得しているあたり、かなりのやりこみだろう。
それに、彼女はメンバーに必要だと思っていた後衛のアタッカーでもある。チームメンバーとしては最高のプレイヤーだ。
「……まあ、さ。本人は悪かったって反省してるみたいだし、許さないこともないけど」
「加入を承諾するのは、KODに参加するため、だかんな」
どうやらその説明で、メグとアンドウも多少納得したようで、渋い表情ながらも小さく頷いた。
クランメンバーの中で誰かしらが異を唱えるかもしれない、というのはエドガーが事前にティンバーに話していたことだった。
プレイヤーキラー行為はゲームルールに則った行為だが、以前よっしーが行ったリアルマネートレードのような違反行為よりも、プレイヤーに憎まれることがある。
大事なクエストの途中で被害にあったり、PKによって大切なアイテムを失ったりすれば、「末代まで祟るぞ」と言わんばかりに憎悪を抱くのは当然だろう。
未遂だったとはいえ、ティンバーが行ったことはPK行為であることには変わりない。
ティンバーもそのことは理解していて、「加入を承諾してくれたのなら、皆から許してもらえるよう努力する」とメッセージで語っていた。
「それで? ティンバーはエドのなんだったワケ?」
メグが、ぽつりと切り出した。
噴き出さなかったのは、そういった質問に慣れてきたからだろうか。ごほん、とひとつ咳をはさみ、エドガーはメグを見据える。ツンと唇をとがらせ、「それを教えてくれたら許したげる」とでも言いたげな表情だ。
「質問の意味がわからない。彼女はただのフレンドだ」
「マジかよ」
「まっ、マジに決まってるだろ」
逆方向から放たれたアンドウの攻撃に一瞬狼狽したエドガーだったが、なんとか心を平静に保つ。
ティンバーと自分は、紛れもなくただのフレンド。隠し事があるとすれば、彼女の正体が今現在、動画視聴ランキングトップのクロシエで、ともに雑誌の表紙を飾った仲だということだ。
そんなこと、口が裂けても言えないが。
「ふーん。なら、そういうことにしといたげるけど、すずは気にしていると思うよ。そこんとこ」
「な、なぜだ」
「さあね。直接すずに聞いてみたらあ?」
邪な笑みをこぼしつつ、メグは目の前にウインドウを表示させた。ハンターズギルドで購入できるドリンクメニューが書かれたウインドウだ。テーブルの上に【はちみつ酒】がすぐに現れた。
「それよりもエド。去年の予選突破ラインが二〇万DPだってのはわかったんだけど、それってどれくらいの数値なワケ?」
美味しそうに【はちみつ酒】をあおるメグ。大会について色々と調べたと豪語していたが、そこまで調べなかったのだろうか。深く調べず、勢いで済まそうとするのは彼女らしいが。
「DPがもらえるMobの中で最弱のヤツが、確か五DPくらいだ」
さらりと言われた答えに、メグとアンドウの表情がひきつる。
「ご、五DP!? なんだそりゃ! たった五DPを積み重ねて、二〇万DPまでいく必要があンのか!? ひとり何匹狩んだよそれ!?」
「五DPのやつでいくとすれば……ひとり六〇〇〇匹くらいだな」
「はあ!? なにそれ! 絶対無理でしょ!」
KODの予選期間は一週間。その期間で五DPのMobを六〇〇〇匹狩るなら、ひとり一日八五〇匹程度を狩る必要がある。下校してすぐログインしたとして、プレイできるのは最大五時間ほど。単純計算だと、一〇秒で一匹倒さないと無理な数字だ。
「まあ、一匹五DPというのは最低ラインの話だけど。もっとレベルが高いMobは数十DP、ボスクラスのMobだったら一〇〇DP以上になる。それに『ボーナスMob』ってのも配置される」
「ボーナスMob……そういえば、学校でメグさんがそんなこと言ってたな。なんだっけ?」
「期間が限定されているけど、取得DPが多いMobのこと」
メグがドヤ顔で答える。
「一週間の期間のうち、偶数日に現れるボーナスMobをうまく狩れば、二〇万はいける数字だ」
「なるほどな。そんなモンがあるなら、いけるかもしれねえな」
「まあ、あくまで『いける可能性がある』レベルだけど」
エドガーの言葉に、再びアンドウの表情が曇った。
これまでのKODの歴史で、優勝候補筆頭のチームが予選であっけなく姿を消した話を、エドガーはいくつも知っていた。予選ではプレイヤースキルが勝利に直結せず、大番狂わせが普通におこるからだ。ゆえに、優勝候補チームは、補欠の二名に予選突破用の廃人プレイヤーを起用することが多い。
ちなみに毎年、予選の上位は廃人プレイヤーで構成されたチームが占めるが、彼らが陽の目を浴びることはない。昼夜問わずひたすらMobを狩り続けるというのはとてつもない労力なのだが、PvPのような派手さに欠けるため、公式放送で流されないのだ。
「とりあえず、すずさんたちが戻ってきたら作戦考えようぜ。無理しないレベルでやるっつっても、一〇〇位までに入りてえし」
「そだね。予選突破のマニラとアイテム欲しい」
そう言って、メグが再びドリンクメニューを開く。
先日のよっしー事件でまだ懐が温かいはずなのに、「一杯おごってくれ」と縋りつくアンドウがメグに頭突きを食らった。そんなふたりを見て、エドガーが冷笑したとき――
「みんな! 終わったよ!」
ハンターズギルドに、甲高い女性の声が響き渡る。
エドガーたちのもとに、すずとお供のウサが小走りで近づいてきた。相変わらずふたりは仲がいいようで、手を繋いでこちらに向かっている。
「……お、終わった」
エドガーの背後からどんよりと放たれたのは、魂を抜かれたかのごときヤマブキの声。死の宣告を受けたような絶望に打ちひしがれた表情に、エドガーはぎょっとしてしまった。
「な、なんだよ、どうした?」
「ガードが……固い」
「……え?」
状況がつかめないまま、しばし呆然としてしまうエドガー。
だが、ふとヤマブキの隣に立っていたティンバーを見て、気がついた。
ヤマブキは、ティンバーの心の天然防壁を突破することができなかったのだ。
「みなさん、KOD受付は完了しましたデスよ! ステータス画面にKOD参加マークがついてるか確認してくださいな!」
そう言ってウサは、とあるアイテムを皆に配りはじめた。
「なにこれ?」
「それを使えば、いつでもKODの情報が見られるんだって。予選の順位とか、参加チームとか」
アンドウの問いに、すずが答える。
「へえ……あ、ほんとだ。参加チームにアタシらの名前がある」
メグも嬉しそうな声で言った。
配られたのは、小冊子タイプの【ロスター】と呼ばれるアイテムだった。
KODの情報は、公式WEBサイトに設けられた大会専用ページで確認できるが、更新にはタイムラグがあり、生の情報は手に入らない。
そこで、参加者がリアルタイムで情報を入手できるように用意されたのが【ロスター】だった。
【ロスター】は今後の大会スケジュール、予選の順位、参加チームやクランの情報にはじまり、周囲マップのリアルタイム表示や、自身のアイテムインベントリへのショートカットなど、大会を戦う上で便利な機能が多く備わっている
「よし、これで手続きは完了だな。スタートは明日からだ」
「うん、なんだかグランドミッションのときよりドキドキしてきた!」
エドガーの言葉を受けて、かすかに頬を紅潮させる、すず。
先日のバレンタインイベントと違った本気の戦いに、エドガーも多少高ぶりを覚える。
「アンドウ、ヤマブキ、念のため言っとくけど、グランドミッションのときみたいに暴走したら、今度こそヤバいからね?」
にこやかなすずとは対照的に、ドスの利いた声でちくりと刺すメグ。アンドウとヤマブキは言葉を発することなく、ひきつった笑みで答えた。
「とにかく! 結果うんぬんよりも大会を楽しもう!」
「楽しんだもの勝ちですからね! 大会って初めてだから、わくわくする!」
「よし。それじゃあ、明日からの計画を練ってから、狩り場を見に行こうか。ティンバーの歓迎も兼ねて」
メグやすずの楽しそうな声を受けて、エドガーがそう提案した。
「あ、そうだね、簡単な歓迎会的な」
良いアイデア、と柏手を打ったすず。だが、当のティンバーは困惑顔だった。
「か、歓迎会? わわ、わっ、私のか?」
「ティンバーさんのこと、いろいろ教えてください」
「そうです! 師匠とどんな関係なのか、とか!」
「え? いや、しかしだな」
すずとウサに手を引かれ、ハンターズギルドの外へと連行されていくティンバー。見知らぬ人間ばかりという状況で、空気に慣れてもらうには、半ば強引に輪に入れてやる必要がある。だが、今ティンバーを助けに行けば、あれこれと質問攻めにあい、墓穴を掘ることになりかねない――
「お、おい、エドガー、彼女たちは一体………待て、なぜ手を振っている」
困惑した表情のティンバーへ、別れの挨拶をするように、エドガーははらはらと手を振った。
そして、心の中で「がんばれ」と小さくエールを送るのだった。
***
「さあ、いよいよ始まった『The King of Dragons』ッ! 参加チーム八〇〇オーバーの中で、栄光の王冠を手にするのはたった一チーム、七人だけだッ! この壮絶な戦いを制するのはどのチームなのかッ!? KODの熱い戦いは今年もこの俺、アンドレアが熱い実況を交えてお届けするぜッ! Check
it outッ!」
「……なんだこりゃ」
KOD予選一日目――
学校から帰宅し、ゲームにログインしたエドガーの視界にでかでかと現れたのは、KOD開催を告げる短い告知映像だった。動画に現れたこのアンドレアというDJは、現実世界でも番組を持っているプロのDJだとか。だが、昨年こんな動画を見た記憶は、エドガーにはなかった。
今回は八回目で別に記念すべき回でもない。なぜ急にこんな動画を流すようになったのか。
「聞くところによると、今回から大会スポンサーが増えたらしい。生放送にもスポンサー企業の広告が出るだろうし、視聴者数を確保するために宣伝を出したというところだろう」
そう言ったのは、ここクレッシェンドの風景がやけに似合うティンバーだ。海沿いの柵に腰を預け、海風に漆黒の髪をさらさらとなびかせているその姿は、神々しさすら感じてしまう。
「なるほど。視聴者数がダメダメだったら、来年からスポンサーが減ってしまうからってわけか」
「運営にとっては大会も大事な『収入源』だからな」
ティンバーによると、あの動画はKODがはじまって最初にログインしたときにだけ流れるものらしい。去年と違い、公式サイトもKOD一色になっているようで、運営の力の入れようがわかる。
「参加チーム八〇〇って、去年よりかなり増えてるな」
「【ロスター】を見る限り、特に私たちのような新手のクランが増えているようだ」
「大手クランは?」
「去年と変わらずだ。ほとんど参加している……ほら」
ティンバーは、頬にかかる髪を小指でかきあげると、エドガーの前に【ロスター】ウインドウを表示させた。すでに予選のランキングが更新されていて、参加チームの一覧も表示されている。
「Grave Carpentersも参加しているな」
「お前が昔所属していたクランか?」
「よく知ってるな。できれば遭遇したくないクランだな」
彼らは、メンバー全員が動画視聴ランキングの上位にいるような、プレイヤースキルに特化したクランだ。しかも、クランマスターのクロノをはじめ、血の気が多い連中が多く所属している。Mob狩りをしている最中に出くわしてしまえば、問答無用で襲いかかってくるだろう。
「それよりも、これはなんだ」
ティンバーが見せたのは、「フォーチュン」と書かれたチームだった。
「……? なんだそのチーム」
「それはこっちのセリフだ。お前はアランでも出場しているのか」
思わずどきりとしてしまったエドガーだったが、ティンバーがアランの存在を知っていることに気がつき、安堵する。そして、しばし記憶を辿った。
推測するに、フォーチュンは五十嵐が登録したチームだろう。
「色々あってな。DICEからの要望で、KODに出場することになった」
他のメンバーが気になり、チームメンバー一覧を見てみたが、やはり知らない名前ばかりだった。
「予選はどうするのだ?」
「予選は俺以外のメンバーで何とかすると言っていた。予選はこっちに集中する予定だ」
自分以外の六人は、五十嵐が手配した予選突破要員だ。あっちは任せておいて大丈夫だろう。
「そういうことか。私に一位を取られて焦っているのだな。サブキャラにかまけてメインキャラをおろそかにするから、そういうことになるのだ」
「……耳が痛いよ」
「ふふ、まあ、アランが本気を出すまで、いっときの一位を堪能させてもらうさ」
いたずらっぽく笑っているのは、半分冗談のつもりなのだろうか。
だが、三位に転落したという事実を突きつけられているエドガーにとって、それは笑い事ではない。
「放課後DC部が予選突破した場合、どうするつもりなのだ?」
「ちょうど春休みで学校が休みになるし、実家への帰郷ということにして、しばらくはアランでプレイするつもりだ」
「そうなると、もし予選を突破したら、グループトーナメントはお前抜きで、ということか」
「そういうことだ。でも君がいてよかったよ、ティンバー」
エドガーが何を言いたいのかすぐに理解できたようで、ティンバーは任せろと言いたげに頷いた。
グループトーナメントは五対五のチーム戦になるが、直接五人同士が戦うわけではない。専用のフィールドで先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の順で勝ち抜き戦を行う団体戦だ。
団体戦において重要になるのが、豊富な知識を持ったリーダーの存在だ。
リーダーは各クラスの相性や弱点など、知識に裏付けされた的確なアドバイスを行う役割を担う。エドガーが考える中でリーダーとして適任なのは、ティンバー以外にいなかった。
「アランの件がなかったとしても、大会ではできるだけ目立たないようにしたい。君が言っていたエドガーの正体を探っているやつらに見つかりたくないからな」
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