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3巻
3-3
しおりを挟む「侍狩りか」
エドガーは無言で頷いた。エドガーへのコンタクトを図っているというアパレルメーカーTwinklingだけではなく、多くの企業の目が向けられているKODで月歩を使ってしまったら、面倒なことになるのは明白だ。
だが、【ロスター】に視線を送ったままのティンバーの表情は優れない。
「難しいか?」
「ん? あ、いや、リーダーの件はかまわない。だが、な」
「……? どうした?」
不穏な表情でティンバーが再び【ロスター】の画面を見せる。表示されていたのは、先程のチームリスト画面ではなく、大会のレギュレーションページだった。
「今回、参加チームが増えたためか、レギュレーションの変更がある。ここを見ろ」
「……敗者復活戦?」
「大会の流れ」部分、予選とグループトーナメントの間に、聞き覚えのないその名前があった。
「予選のDPランキング一〇一位から一二〇位までの二〇チームによるバトルロイヤルらしい。本選と同じく、一チーム五人で戦うようだな」
「勝利した一チームがグループトーナメントに進める、というわけか」
これは過酷だ、とエドガーは渋い表情を浮かべた。
敗者復活戦がどれくらい広いフィールドで実施されるのかはわからないが、二〇チーム、合計一〇〇人のプレイヤーが一斉にPvPを行うということだ。
戦っている最中に他のチームに襲われる、なんてことは当然のように起こるだろうし、敵味方入り乱れての乱戦になりかねない。そうなったら、プレイヤー個人のスキルなど無に等しくなる。
「もし、放課後DC部とフォーチュンが敗者復活戦に送られたら、まずいことになるな」
ティンバーの言いたいことが、エドガーにはすぐ理解できた。
予選突破というひとつの椅子を懸けて、放課後DC部と戦うことになりかねないのだ。
しかし、その可能性は低いとエドガーは考えていた。
五十嵐が手配したプレイヤーがどの程度こちらの世界に入り浸っているのかはわからないが、予選突破を確実にするために相当なプレイヤーを手配しているはず。公式配信が行われない予選敗退で終わってしまえば、宣伝効果がないようなものだからだ。
「放課後DC部は敗者復活戦送りになるかもしれないが、フォーチュンは大丈夫。ティンバーが言うようなことは起きない」
「そうか。ならいいのだが」
そう言ってティンバーが【ロスター】画面を閉じたときだ。
「ししょ~!」
海風に乗ってエドガーのもとに運ばれてきたのは、エネルギーに満ちあふれた女子の声。まさにウサギのごとく飛び跳ねながら駆け寄ってきているウサのものだ。
「お待たせしましたッ! 師匠ッ! いよいよデスね! 賞金貰えるKOD!」
エドガーの目前で急ブレーキをかけ、ずざざと滑り込んでくるウサ。その目はこれから始まるお祭りへの期待感なのか、賞金への渇望なのか、爛々と輝いている。
「あっ、すずさんたちログインしたみたいですよ! 私ちょっと迎えに行ってきますね!」
息をつく暇もなく、ウサはくるりとターンすると、再び街の広場の方へ走っていった。
なんともせわしないヤツだ、とエドガーは辟易してしまう。
「ところでウサはなぜお前を師匠と呼ぶのだ? お前はこの世界で弟子を取ったのか?」
「俺に聞くな。ウサを弟子にしたつもりはないし、何かを教えているわけじゃない。以前困っているところを助けてしまってから、あの感じなんだ」
「……ふふ、なんだそれは」
ティンバーが面白そうに頬を緩ませる。
「しかし、一体なんなのだ、放課後DC部の面々は。お前との関係を細かく聞き出そうとしたり」
「ウサあたりに聞かれたのか。アランのことは話してないだろうな」
「安心しろ。それよりもだな、クランマスターはお前と私の関係がたいそう気になるそうだ」
「……なんだって?」
空耳かと思ったエドガーだったが、くつくつと肩を震わせ、忍び笑いを浮かべるティンバーを見る限り、勘違いではなさそうだった。
「お、おい、今なんて」
「ふふふ、なんとも奇妙なプレイヤーたちがいるクランだな。お前が大切にしたいと思う理由がわかったよ」
「な」
何をふざけたことを言っているんだ、と突っ込みかけたエドガーだったが、そんな反応すらティンバーを喜ばせてしまう気がして、精一杯の皮肉で答えてやることにする。
「……そうだな。突然『サブキャラを所属させてくれ』、なんて言うヤツもいるクランだしな」
どうだ、とエドガーがティンバーを横目で見やる。
少しはむっとするのかと思ったのに、ティンバーは変わらず楽しそうだ。
敗北感を感じてしまったエドガーは、降参だと口にする代わりに小さくため息を漏らす。
重苦しいため息は、潮の香りを携えた海風に乗り、街の中へと通り抜けていく。
続いて、なにやら楽しそうなすずとウサの声が聞こえてきた。
***
クレッシェンドの街の入り口に移動したエドガーたちは、パーティをふたつにわけることにした。昨日余った時間で、いくつかのダンジョンを下見してまわったときに、この予選を戦い抜くのにいい狩り場を二カ所発見したからだ。
エドガーが考えるいい狩り場とは、現れるMobのレベルと獲得DPのバランスがいいこと。そして、予期せぬアクシデントでパーティメンバーが危機に陥ったとき、退路が確保できる場所であることだ。
獲得したDPは万が一死亡しても失われることはないが、所持しているアイテムや装備は別だ。失った装備を新たに用意する時間を考慮すると、多少時間がかかっても、身の安全を確保しながらMob狩りを行う方が、結果的に多くのDPを稼ぐことができる。
「パーティのリーダーは、エドガーくんとティンバーさんで考えてるんだけど……どうかな?」
少し自信なさげに、すずがふたつのパーティのメンバーを発表した。
ひとつめのパーティは、盾役もこなせるアンドウに、攻撃役のティンバー、メグ、そして回復役のすずというオーソドックスなパーティ。そしてふたつめのパーティは、残りのエドガー、ウサのダブル侍に、盾役のヤマブキで構成した攻撃型パーティだ。
すずが偏った構成にしたのには理由があった。ひとつめのパーティが向かう狩り場――ダンジョン「瘴気の谷」が、比較的高レベル向けのダンジョンだったため、極力戦力を集めておく必要があったのだ。またダンジョンの特性により、回復役は必須だった。
「ふむ、なかなか良い布陣だ」
驚きの声をあげたのはティンバーだ。
「瘴気の谷はその名のとおり、毒性の強い瘴気が滞留している場所もある危険なダンジョンだからな。ステータス異常を回復できるすずがいるのはありがたい」
「え……あ、ありがとうございます。がんばります!」
「私が言うのもなんだが、敬語は必要ない。できるなら、フランクに接してほしい」
ティンバーが少し気まずそうに笑顔を見せる。
「……うん、わかった。同じクランメンバーだからね」
「ああ。はじめての狩りだが、皆、よろしくたのむ」
小さく頭を垂れるティンバーに渋々頷いたのは、まだ彼女のクラン参加を快く思っていないメグとアンドウだ。
すずがふたりとティンバーを同じパーティにしたのは、戦力的という意味合いもあるが、早く打ち解けて欲しいという思いもあるらしい。まだぎこちなさはあるが、同じゲームを楽しんでいるのだから、すずの思惑どおり、しこりはすぐに解消されるだろう。
ぎこちなく握手を交わしているティンバーとメグを見て、エドガーはそう思った。
「よし、それじゃあ確認!」
出発前の最終チェックだ、と言いたげにすずが元気よく号令をかける。
「皆、回復アイテムは持った?」
「持ったよ!」
ぴょんぴょんと跳ねながらウサが答える。
「ウサさん、リーダーのエドガーくんのいいつけを守るようにね」
「はいは~い!」
「俺はお前の保護者じゃねえ」
おやつは三〇〇円まで、なんて言いそうな雰囲気に、エドガーはげんなりしてしまう。
ウサの背中にうっすらと小ぶりのリュックサックが見えるのは気のせいだろうか。
「それじゃあ、出発!」
「おーっ!」
「お前はこっちだ」
勢いですずの後を追おうとしていたウサの首根っこを押さえ、エドガーはすずたちと逆の方向へと向かう。「本当に保護者みたいだな」と笑うヤマブキは無視してやった。
クレッシェンドの街を出て西へ――
エドガーたちの目的地は、クレッシェンド大平原の彼方に霞む廃城、「オークのねぐら」だ。
***
「ウサ、ヤマブキ、周囲警戒を怠るなよ」
「わ、わかってますってば」
「言われなくてもやってるっての」
クレッシェンドエリアにある、人間とオークとの戦いで廃棄されたクロッサス城、正式名称「オークのねぐら」。昔は絢爛豪華な鎧を身にまとった騎士たちが数多くいたというこの城は、いまやオークたちがひしめく恐ろしいダンジョンへと様変わりしている。人の手が入らず、苔に覆われ半壊している廃城型ダンジョン「オークのねぐら」は、おいしい経験値が獲得できる「オーク・ソルジャー」の狩り場として知られているダンジョンだった。
「ウサさん、今DPいくつかわかる?」
持参した【回復薬】を手のひらに塗布しながらヤマブキが訊ねた。
「ええっと……二四〇DPなので、三人で七二〇DPですね」
「ダンジョンに入って一時間……で、ひとり二四〇DP……おいしい方なのか?」
不安げなヤマブキにエドガーが頷いてみせる。
「この強さで二〇DPもらえるのはおいしい方だ。もう少し上のレベルのMobが出るすずさんの方はもっと稼げてるかもしれないが」
「瘴気の谷って、サラディン盆地にあるんでしたっけ? 結構高いレベルのMob、出ますよね」
トラウマがあるのか、ウサの耳はぺたりとしなっている。初めて会ったとき、ウサはソロでサラディン盆地を抜けようとしていたことを、エドガーは思い出した。
「瘴気」と呼ばれる毒素を含む霧が発生する瘴気の谷は、死霊系のMobが多い。中でも、「グール」や「バンシー」「レイス」といったMobは、オーク・ソルジャーよりもレベルが高く強いが、その分、高DPを獲得することができる。
「聖職者のすずさんがいるし、なによりティンバーがいる。問題ないだろう」
「向こうの心配は後にしようぜ。そろそろオークが再配置する時間だ」
壁に背を預け、身を潜めながら部屋の外を見やるヤマブキ。
今エドガーたちがいる場所は、オークのねぐらの深部、その昔厨房として使われていたと思しき小さな部屋だった。
下見の際、エドガーがここを狩場に選んだのは、この部屋があったからだ。
厨房はオークが現れず、食堂につながっている扉と裏庭につながっている扉があり、オークの誘い込みと、脱出が容易なのだ。
そしてもうひとつ、厨房には別のダンジョンである「クロッサス下水道」への入り口があるため、万が一の場合、エリアチェンジで逃げることも可能だった。
「よし、じゃあまた頼むぞ、ヤマブキ」
「任せとけ。オークのやつらをここに引っ張ってきてやる」
ヤマブキの役目は、Mobのターゲットを取ることと、部屋の外に現れるオーク・ソルジャーを安全な厨房に連れてくることだった。
「気をつけろ。何かあったらすぐに呼べ」
「わかってるって」
ヤマブキは笑みをこぼすと厨房を後にした。
ダンジョンでのMob狩りの方法は、パーティのレベルによって異なる。ひとつは安全な場所を拠点として、盾役のプレイヤーや遠距離攻撃ができるプレイヤーがMobを釣ってくる「拠点狩り」。そして、単純にダンジョンを周回し、出会い頭にMobを狩る「周回狩り」だ。
拠点狩りよりも、周回狩りの方が比較的短時間で多くの戦闘ができるため、取得する経験値は多くなる。だが、臨機応変に戦闘をする必要があり、パーティ全員のプレイヤースキルと、移動しながら回復ができる回復役の存在が必須だった。
「師匠」
と、ヤマブキが厨房を後にしてすぐ、ウサが静かに切り出した。
「私の気のせいかも、なんですが。なんだか下見に来たときよりもこのダンジョンにいるパーティ、少なくないですか?」
先日、下見のためにオークのねぐらを訪れたときは、オーク狩りをしている「周回狩りパーティ」と何度もすれ違った。
しかし、今日はパーティの姿がない。姿がないどころか、戦闘音すら聞こえない。
予選がはじまり、オークのねぐらでは高いDPが獲得できるにもかかわらずだ。
「この前より多くても不思議じゃないのに、減るなんてあり得ないと思うんです」
「意外と鋭い洞察力を持っているんだな。俺が周囲警戒を怠るな、といった理由がそれだ」
「それ?」
「オークが現れない場所なのに、周囲警戒するのは変だと思わなかったか?」
「ええと……はい、確かにちょっと思いました。師匠は心配性なんだなー程度にしか思ってなかったですけど」
思わず、ぷっくりとしたウサの頬をつねりたくなったエドガーだったが、自制する。
「俺たちが注意すべきは、オークよりも今このダンジョンにいる『とある』プレイヤーだ」
「だ、誰です?」
「レッドネームだ」
「……レッドネーム?」
ウサが小さく首を傾げ、何やら考え出す。そのまましばし黙考したウサだったが、どうやらその名前は記憶になかったようで、笑顔をこちらへ向けてきた。
「いいか」
念を押すように、ウサの適当な記憶力に刷り込むように、エドガーはゆっくり説明する。
「レッドネームとは、頻繁にPK行為をしている危険な輩のことだ」
***
双方が同意した上で行われるPvPは、力を競い合う、いわば競技的な目的で行われることが多いが、PK行為の目的のほとんどが実利的なものだった。
その最たるものが相手のアイテムを奪うこと。
プレイヤーを襲い、死亡させることで、所持しているアイテムや装備をオブジェクト化させ、奪う。見知らぬプレイヤーに装備を盗まれるというのは気持ちのよいものではないが、PK行為はゲームルールに則ったロールプレイのひとつでもある。
危険なダンジョンに行くことなく装備を手に入れることができるPK行為は、良識に目をつぶればメリットが大きいと思われがちだ。だが、仕掛ける側にデメリットがないわけではない。
そのデメリットが、ステータス異常状態のひとつである「レッドネーム」化だった。
PK行為を一定回数以上行ったプレイヤーは、ステータス画面の名前が赤く表示されることになるのだ。これはれっきとしたステータス異常状態で、体力の自然治癒力が低下したり、アイテムの購入価格が高くなるなどの制限を受ける。
また、レッドネームへのPK行為はペナルティを受けないという特徴もある。
つまり、レッドネームはプレイヤーから執拗に狙われ続けるということだ。
「そのレッドネームがここにいるんですか?」
「ダンジョンのプレイヤーがいないのは、レッドネームによって排除されたか、彼らを恐れて別の狩場に向かったからかもしれない。もしかすると、どこかのチームがKOD予選を有利にすすめるために、レッドネームを補欠として起用した可能性もある」
レッドネームはペナルティも多いが、狩場を独占するために彼らを利用する場合もある。PvPに自信がないプレイヤーが彼らを恐れ、狩場から離脱していくのだ。
「じゃあ、ここはかなり危険な場所だってことですよね? 移動した方がよくないですか?」
「いや、移動はしない。レッドネームがライバルたちを排除してくれているとすれば、注意するのは彼らだけだ。これほど狩りやすい場所はないだろ?」
「……そう言われれば、確かにそうですね」
もしレッドネームが襲ってきたとしても退路は確保してある。彼らの目的が狩場を確保することだとすれば、執拗に追ってくることはないだろう。
「大事なのは、いつも以上に周囲の状況に目を配っておくこと。怪しいプレイヤーを見かけたらすぐに逃げるくらいのつもりで――」
と、エドガーが言いかけたそのときだ。
「キタキタ、来たぜ! 大漁だッ!」
突如、厨房の扉を蹴破り飛び込んできたのは、ヤマブキと、彼を追いかけるオーク・ソルジャーの群れ――
同時に複数匹のMobを釣るのは、非常に難しく危険が伴うが、短時間で多くの経験値とDPが手に入る。ヤマブキが言うとおり、これはまさに大漁だ。
「用意できてンだろうな!? エドガー! ウサさん!」
「ウサ、とりあえず今はオークに集中しよう」
「ラジャっす!」
エドガーが勢いよく刀を抜き、ウサとともにオークへと襲いかかる。
静かなダンジョンに、エドガーたちの戦闘音だけが響いた。
その後、エドガーたちはレッドネームの存在に神経を尖らせつつ、ひたすらオーク狩りを続けた。回復役がいないパーティ編成で事故が起きる心配をしていたエドガーだったが、幸運にもそれは杞憂に終わった。
だが――問題は別のところで起きていた。
エドガーがそのことを知ったのは、アイテムの補充にクレッシェンドの街に戻ったときだった。
クレッシェンドの街でエドガーを待っていたのは、「瘴気の谷」に向かっていたはずのメグとアンドウの姿。一瞬、何があったのかわからなかったが、彼らの姿を見て即座にすべてを理解した。
彼らは無装備――つまり、武器と防具を何も装備していない姿だった。
「……PK行為を受けた?」
「いきなりよ、いきなり。グールと戦闘しようとした瞬間、背後から襲いかかってきたわけよ!」
メグが言うには、瘴気の谷に入ってすぐにプレイヤーからの攻撃を受け、メグと盾役のアンドウがやられてしまったらしい。
「師匠も感じてたみたいですけど、オークのねぐらもPKがいそうな空気でした」
「はあ!? マジで!? 何なのよ一体!」
「とにかく落ち着いてメグさん。その……とりあえず市販品でもいいから、装備を買った方がいいと、思うよ」
いつもより露出度が高い下着だけのような姿で怒るメグのどこに視線を置けばいいのかわからず、エドガーは困惑してしまう。
「つか、アンドウがいながらなんで、メグさんまで?」
「いやね、盾役の俺が攻撃を受けている間に逃げてもらおうとしたんだけど、その……メグさんが逃げ遅れてさ」
聞き取りにくい、かすれるような声でヤマブキに説明するアンドウ。だが、メグの地獄耳はその言葉に即座に反応した。
「な~によ、アンドウ。アタシがとろいからやられちゃったって言いたいワケ?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど、メグさん、こけちゃったから」
「ああん? なんだって? よく聞こえないわ、アタシ」
怒りで羞恥心というものが吹っ飛んでいるのか、もともとそういうものがないのかわからないが、気にする様子もなく下着姿で詰め寄るメグ。周囲のプレイヤーが哀れみの視線を送っているが、これはメグに、というよりも詰め寄られているアンドウへの哀悼の視線だろう。
「それで、すずさんとティンバーは?」
「俺がタゲられている間に、すずさんとティンバーは奥へ避難してもらった。たぶん、今も身を隠していると思う……ってメグさん痛い」
アンドウがメグにぴしぴしとスネを蹴られながら答える。街はPK行為禁止のため、痛みは感じないはずだが、心理的ダメージだろうか。
「詳しい状況はわからない?」
「わ、悪い。確認する前にやられてすぐに、エドガーたちが戻ってきたから、まだ確認してない」
「ということは、あまり時間は経ってないってことか」
そして、ここにすずたちが戻ってきてないということは、少なくともふたりは死亡していない。状況を直接本人たちに確認するために、エドガーは、クランメンバーと会話を交わすことができる「クランチャット機能」をメニューから開いた。
クランチャット機能は、発した音声が自動でテキスト化され、クランメンバーと共有することができる機能だ。メールでもメンバーとのやりとりは可能だが、クランメンバーとのコミュニケーションには、リアルタイムでやり取りができるクランチャット機能を使うことが多い。
『エドガー:ティンバー、すずさん、状況は聞いた。今は安全な場所に?』
エドガーの声がダイレクトにテキスト化され、視界に浮かぶウインドウに表示された。わずかな時間をはさみ、返答が来る。
『ティンバー:ああ。今はすずと身を潜めている』
『すず:ごめんね、エドガーくん。周りに高レベルのMobもいるし、身動きがとれない状況』
即座に返ってきたふたりの反応に、エドガーはとりあえずほっと胸をなでおろす。
『エドガー:無事なようでよかった。メグさんとアンドウの装備は?』
『ティンバー:私が回収した』
『メグ:ホント!? ティンバーさん、マジありがとう!』
『アンドウ:え? まじッスか? 俺の装備まで!?』
『ティンバー:お前の装備は、メグのを拾ったついでだ。放置してもよかったが、後味が悪くてな』
『アンドウ:あー、そーッスよねえ』
『メグ:かわいそうなアンドウ』
そのやりとりに、エドガーは思わず笑みを浮かべてしまった。
ティンバーの加入を快く思っていなかったふたりだが、瘴気の谷でいくらか打ち解けたのかもしれない。PKの邪魔を受けなければ、もっと打ち解けられただろう。
『エドガー:Mobがどうにかなれば脱出できそう?』
『すず:無理かも。襲ったパーティがうろついていて、とりあえず時間も時間だから、このままここでログアウトしようかって、ティンバーさんと話してた』
その返答に、エドガーはしばし考える。
解決法は限られている。ふたりでPKがうろつくダンジョンを強行突破してもらうか、彼女たちを救出しに行くかのふたつだ。どちらにしろ、時間がかかってしまう。プレイ時間が制限されているメグやすずを考えると、今日はおとなしくログアウトしてもらうべきかもしれない。
『エドガー:それがいいと思う。周囲に注意してログアウトしてくれ。ログアウト処理中に襲われたら、逃げることも反撃することもできないからな』
『ティンバー:ああ、わかっている』
そして、ティンバーから返事が届いてしばらく後、クランメンバーのリストに並ぶ、すずとティンバーのステータスが「オフライン」へと変わった。
とりあえずは一安心だが、状況が好転したわけではない。
瘴気の谷でログアウトすれば、再びログインしたときに立っている場所は、同じ瘴気の谷だ。どちらにしろ、明日、自力で脱出してもらうか、救出に向かうしかない。
「なあ、こんな状況で言うのもアレだけど、今日稼いだDPっていくつなんだ?」
重苦しい空気の中、ヤマブキが切り出した。
「んーと……四〇八〇DPだね。ランキングは三五〇位。アタシらのパーティが全然狩れなかったらね。ホント、ごめん」
「気にするな、メグさん。まだ一日目だ」
エドガーがフォローを入れる。それに、三五〇位ということは、半分よりも少し上だ。PKを受けた状況にしてはいい方だろう。そう考えた矢先、ヤマブキがちくりと続ける。
「でも明日は、例のボーナスMobが現れる日だろ? こんな状況で狩れなくね?」
ボーナスMobが現れるのは、通例でいえば、偶数日。つまり、現れるのは二日目である明日だ。装備を失ったアンドウとメグ、そしてすずとティンバーの危機的状況。
ヤマブキが言うとおり、明日ボーナスMobを狩るのは難しいだろう。
「さて、どうするか」
エドガーはそっとひとりごちる。
一番時間のロスが少ない効率的な方法は、すずたちに自力で脱出してもらい、エドガー、ウサ、ヤマブキでボーナスMobを狩ることだろう。脱出したすずたちは、装備が戻ったアンドウ、メグとともに合流すればいい。
だが、もし脱出が失敗してしまったら話は変わる。アンドウとメグを含め、合計四人分の装備が失われることになり、そうなれば、三日目以降の狩りにも影響が出てしまうだろう。
その機会損失は、明日のボーナスMobで得られるDP以上になる。
「……仕方がない」
ため息交じりでエドガーが切り出した。
メグとアンドウは市販装備を購入し、ウサ、ヤマブキの四人でオークのねぐらに行ってもらう。目的はもちろんDPを稼ぐためだ。つまり、ティンバーとすずを救出に向かうのは自分ひとり。ひとりで瘴気の谷に向い、ふたりを救出する――
それが、エドガーの考えたもっとも安全で確実な方法だった。
***
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