男装令嬢はもう恋をしない

おしどり将軍

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第1話 男装の令嬢

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私はアーロン師匠の一瞬の隙を逃さず、渾身の力をふり絞り、鋭く剣を打ち込んだ。師匠は私の剣を受け流そうとしたが間に合わず、手から剣が空中に飛ばされていく。師匠は驚きの顔を隠さず、私の方を見てこう言った。

「さらに腕を上げたな、ナイアス」

「師匠のおかげです。ですが、まだまだ師匠には足元にも及びません」

私は剣を鞘に納め、師匠に一礼をした。

「ふふ、よく言う。剣の腕だけなら、とっくの昔に俺を超えているぞ。ところで、ナイアス、王太子殿下の歓迎パーティには出席しないのか?」

「あれは、妹のクレイアのためのものですから…… 私はもうすでに殿下への挨拶を済ませました。接待は妹と父がやってますので、私はすでに用済みです」

「そうか、だが、本当ならお前だって……」

「それは言わない約束でしょう」

私は師匠からの視線をさりげなく外して、汗を拭った。



王都からジョージ王太子殿下がこのランバート公爵家へ友好を温めるために訪問していた。やりての父パーシー・ランバートはこの機会を逃すまいと、妹のクレイアを婚約相手にするべく積極的なアピールを開始している。

妹のクレイアは朝から身支度に余念がない。父は使用人たちに檄を飛ばし、母は心配で心配でうろうろと公爵邸内を歩き回っていた。しかし、家族の中で、私だけは冷ややかな目でその様子を眺めていた。

私は女であるにも関わらず、公爵家の跡取り息子として今まで育てられてきた。

長年、子宝に恵まれなかった両親が、結婚20年目にしてようやく子供を授かった。公爵領内は大変なお祭り騒ぎだったと聞いている。しかし、生まれた子供が、男児ではなく女児ということが分かり、周囲はもちろん、両親も相当落胆した。私を跡取り息子にしようと期待していたのだ。

母の年齢を考えると、これ以上子供は授からないに違いない。そう考えた父は、私を男として育てることにした。そして、あろうことか、周囲の者以外には私を男として世間に公表し、本国のガーネット王家にまで公爵家の後継たる令息が誕生したと報告している。

事情を知っているものは皆、たいそう私を憐んでくれていたが、父の意向には逆らえず、私は幼い時から男の格好をさせられ、剣や乗馬はおろか、所作や儀礼に至るまで、全て公爵令息として英才教育を施されていた。

私はもちろんそのような事情を知らずにそのことを当然だと思って育ってきたが、物心つく時にはだんだんと疑問に思うようになっていた。しかし、父は厳しく独裁的で、母も父の言いなりだったので、結局のところ私は公爵令息として生きていくほかなかった。

そして、三年後、再び両親は子宝に恵まれた。

生まれてきた愛らしい女の子の名前はクレイアと名付けられた。彼女は最初から女の子として育てられ、皆に愛されてすくすくと美しく成長していった。もし、この時、男児が産まれていたら私の人生は変わっていたかもしれない。

でも、そうはならなかった。私は引き続き公爵家の跡取り息子として厳しく育てられ、妹は公爵家の大切な令嬢として、わがままいっぱいに育てられた。

だから、王太子殿下に対し、妹との婚約を取り付けようとする父の工作活動を耳にしても、私は特になんの感慨も湧かなかった。産まれた時から運命は決まっていた。私は男として生き、そして死んでいくほかない。

師匠はなぜかその辺の事情もすでに知っていた。だけど、知っていたからといってどうなるものでもない。今まで私が周りの人からどんなに憐れまれようと、私の人生は結局変わらなかった。これからもきっとそうなのだろう。



「あら、、お戻りになってらっしゃったのですか?」

「ああ、クレイア。今帰った」

サファイアのような綺麗な瞳、美しい金色の長い髪を結い上げて、真っ白なうなじの綺麗なラインが見える。真っ赤でタイトなドレスを身に纏い、光り輝くアクセサリーで飾りたてている。この世界の支配者のような振る舞いの女性こそ、私の妹クレイアだった。

彼女は私に近づくと、鼻をクンクンさせて、少し顔をしかめた。

「汗臭い。また、剣のお稽古ですか?」

「ああ、毎日やらないと、腕が鈍ってしまうからな、それよりパーティの方はどうだ?」

「ふふふ、上々ですわ。王太子殿下も私のことをとても気に入ってるみたい。彼の視線がとても情熱的すぎて、私、ちょっと戸惑ってますの」

ジョージ・ガーネット王太子殿下。

彼は元々第七王子だったが、相次ぐ他国との戦争や、兄たちの病死などによって、つい先日、王太子になったばかりの男だった。悲劇的なことが続いていた王国内で、まさに希望の星のような人物だった。年若いのにとても才気に溢れ、しっかりとした言動や物腰は、古参の家臣たちも感心するほどだった、これならば王国の将来も明るいのではと、今期待を集めている人物である。

王太子に就任したばかりのタイミングで、いち早くこのランバート公爵家が誘いをかけ、このジョージ王太子殿下の訪問を実現したことで、今、公爵領中で話題になっていた。

私も先ほどパーティ会場で挨拶を交わしたばかりだったが、その時の印象が私には強く残っていた。

美しい金髪を清潔に短く切りそろえている。美しいマリンブルーの瞳、整った顔立ち、長身のスラリとした体型。仕立てたばかりの白い礼服がとてもよく似合っている。まさに、王太子のイメージそのものを体現したような人だった。

国内でも人気が沸騰しており、王都では貴族たちによる王太子妃候補の争奪戦がまさに熾烈を極めているらしい。そこにいち早く目をつけるのは、流石、父上というほかない。

私は彼に会った時、ただ外見が優れているというだけではなく、人間的な魅力も溢れていることがすぐに分かった。青い瞳には知性が宿り、聡明そうな顔つきや仕草、そして、彼の話の一言一言が、引き込まれるつけるような魅力を放っていた。

彼と一緒にいるにつれて、私の長年胸の奥で押さえていた何かが揺すぶられていく感じがした。

私が早々にパーティ会場を離れ、師匠との稽古に没頭していたのも、その何かが自分の中で大きくなってしまうのを恐れていたせいかもしれない。

「晩餐会には出席なさるんですよね。

「ああ、だが、あまり食欲が湧かないんだ。顔は出すけどそんなに長居はしないよ」

「あら、残念。私の将来の夫となる方かもしれない人ですのよ。にも仲良くしていただきたいものですわ。公爵家の跡取りとして恥ずかしくないようにお願いしますね」

そう言って彼女は高笑いをその場に残し、私の前から去っていった。



私はすぐに水浴びをしてから、着替えをした。夕刻のこの時間、夕日に照らされた庭園がとても綺麗なので、私はいつも部屋の窓から眺めていた。公爵邸の庭は綺麗に芝が刈り込まれ、美しく整えられた樹木、いろとりどりの花が咲き乱れる花壇、それに、真っ白なガゼボの姿が見えた。

私はふと庭園で散歩でもしてみようかと思い、部屋から庭園へと降りていった。ゆったりと敷石でできた小道を歩く。遠くから騒がしい音が聞こえてきた。大広間から少し離れたこの場所は喧騒から逃れるには絶好の場所だった。

そして私が花壇に近づくと、一人の人物の姿が見えた。

あ、あれは。

それは、ジョージ王太子殿下の姿だった。花壇の花をしげしげと眺めている。

「どうかなされましたか?」

私は少し緊張しながら近づくと、思い切って声をかけてみた。
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