男装令嬢はもう恋をしない

おしどり将軍

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第14話 決戦

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今、三人の目の前に二つの分かれ道があった。

一つは決戦の地、もう一つは抜け道の方につながっていく道。

天候は晴れていて、太陽の光がジリジリと降り注いでいた。

「さあ、行こうかナイアス」

殿下がそういうと、私の方に近づいてきた。

「アーロン師匠、ご無事で」

殿下は振り向いて師匠にそう言ったが、師匠は厳しい顔をして返事をしなかった。殿下は何かおかしいなという顔をした。

私は殿下に向かってこう言った。

「殿下、今までどうもありがとうございました」

「ん、なに、いったい何を言ってるんだナイアス」

殿下は足早に私の方へ歩いて来た。

「私にとって、殿下との時間はかけがえのない時間でした。女として、騎士として、殿下からかけて頂いたお言葉、愛情、とても光栄に思っています。私は月に誓いました。殿下を無事に送り届けることを。そして、今、その誓いを守るために、戦いに行って参ります」

殿下は私のそばに来ると、両肩を掴んで揺すぶった。

「何を言っているんだナイアス。本気なのか? 嘘だろ。嘘だと言ってくれ。なあ、ナイアス。あの時言ったことは嘘だったのか。生きる時も死ぬ時も一緒だって言ったじゃないか」

私は静かに諭すように殿下に伝えた。

「大望を果たしてくださいませ、殿下。この国に本当の平和をもたらしてください。私はその礎になれるのなら、たとえ命を失っても本望でございます。殿下には女として、一生分の愛情をすでにいただきました。もうこれ以上、他に何も望むものはございません」

「ナイアス!!」

私が殿下のみぞおちに当て身を入れた。殿下は一瞬びくりとした後に気絶して倒れてきた。私は気絶している殿下を受け止めた後、師匠に託した。師匠は黙って殿下を受け取った。

「行って参ります、師匠」

「本当にこれで良かったのか?」

師匠はもう一度確認するように念を押した。

「私はもう一生分の恋をしました。二度と再び恋なんてできないくらいに。だから、もう迷いはありません」

そう言って私は馬に飛び乗った。ゆっくりと戦場への道に向かって歩んでいく。

「ナイアス!」

私が振り向くと師匠が言った。

「お前は俺が出会った中でも最強の騎士だ。思う存分戦ってこい。お前の力を天下に見せつけてやるんだ」

「分かりました、師匠」

私は迷いを振り切るように、手綱を思いっきり引いた。馬は風のように駆け出した。もう後ろは振り向かない。私にはもう何も思い残すことはないのだから。



やや小高いところに潜み、陣形を確認する。森の出口は数箇所あるが、街道とつながっているのは一番大きな出口だ。そして、出口の前に広がっている平原に大きな部隊が展開していた。

そして、その大きな部隊を中心として、広く森を囲むように諸部隊が展開していた。師匠たちが脱出する予定の出口は、部隊が展開する裾野の比較的薄くなっているところにあった。しかし、何かあった場合はすぐに隣の部隊から援軍が駆けつけられるようになっている。

大きな部隊以外は割と薄く広く布陣していて騎兵が主だったが、中心の大部隊は槍を持った歩兵で何層にも固めてあった。旗をひらめかせているその大部隊の中心にはおそらく大将がいるのだろう。

もしかしたら、ドミニク・バリエ将軍なのかもしれない。だが、その辺は確かめようもないので、よく分からなかった。もしかしたら。王都の方を侵略している部隊にいるのかもしれないからだ。

私の狙いは大将のいる部隊だった。広く薄く展開しているので、集結していないうちに突撃する。突然の襲撃で相手に混乱をもたらすと同時に、うまくいけば大将首を取れるかもしれない。そうなったら、指揮系統をかなり混乱させることができる。

本隊を攻撃されたと知ったら、周囲の部隊もきっと中央に集まってくるだろう。いつ森から出てくるかどうか分からないような殿下をとらえるため戦線を維持するよりも、本隊を守るため、多くの部隊が集結してくるはずだ。

私の役目は中央に注目を集めることなので、これで十分役割を果たすことができるだろう。あとは混乱の中で、殿下がうまく脱出できれば、作戦は成功となる。私はしばらくの間時間を稼いで、殿下の安全を確実なものにし、後は森の中に再び逃げ込むことにした。

この馬が持ってくれれば王都まで逃げるという手もあるが、戦った上、王都まで駆け比べできるほどの馬かというと、その辺は望みが薄いだろう。追っ手を振り切れるかどうかもかなり厳しいと思っている。だが、やるしかない。

ビリビリとした緊張感の中、私は街道に出て、森の出口に向かって駆け始めた。



「ちょっと、お前、止まれぇ」

出口の前にいた衛兵が前を塞ごうとしたので、返事をするかわりに、その場で切り倒した。血飛沫が上がり、それがそのまま突撃の狼煙となった。

馬を駆け、速度を上げてぐんぐんと本隊に近づいていく。敵の軍は緊張感がなく弛緩している様子で、こちらの動きに気が付かないものまでいるようだ。

バラバラの動きの歩兵を踏み潰し弾き飛ばす。慌てて槍を突き出そうとしている槍兵も穂先が揃わないうちに、列をこじ開け切り崩す。たちまち、相手の陣営は混乱に陥った。

幾層もの兵がたちまち突破されるのを見て、敵の将兵が大声を上げて立て直しを命じる。だが、遅い。

盾を構える時間は与えない。前を突き進み大将の首を取るまで止まらない。私は矢の如く、ただ一直線に敵の心臓に向け、うなりを上げて進んで行った。

いた。やつだな。

私は進む先に、敵の大将らしき姿を捉えた。華美な装束に身を包み、兜は綺麗な羽で飾られていた。馬上にいて、隣の恰幅の良い男に怒鳴りつけていた。

ただ反応の赴くままに接近し、右手の剣でそのまま薙ぐ。

もらった。

私はそう思ったが、隣の男が反応し私の攻撃はすんでのところで弾かれた。

その場にとどまって、大将の首を狙おうとすると敵に囲まれる。私はそのまま駆け抜けていき、いったん輪の外に出た。十分離れた場所にきて、振り向く。追いついてくるものはいない。私は背中に背負っている弓を取り出し、矢をつがえた。

騎馬隊がようやくこちらの方に向かって、集団でやってきた。私はつがえた矢をまずは先頭を走っている騎士目掛けて、十分引き絞り放った。矢は騎士の胸を貫き、騎士は馬から振り落とされた。2本目、3本目、次々と騎士を撃ち落とすと彼らは怯んで隊列が乱れる。

今だ。

私は再び弓を背中に背負うと、右手で抜刀し再突撃を敢行した。

今度こそ、大将首を刈る。

恐怖の表情を浮かべて逃げ腰になった騎馬隊を蹴散らし、再び渦の中心へと突っ込む。敵の大将は人をかき集めて前を固めているが、構わず行く。

後もう少しというところで、さっき私を邪魔した男が、大将を守るため、構えた槍を私の方へと鋭く突き出してきた。

私はその槍を剣の腹で受け流し、槍の穂先を紙一重で交わすと、彼の懐に飛び込み、そのまま手首を捻って剣を返して、相手の胴体を斜めに切り裂いた。

敵は血を吹き出して馬上から崩れ落ちる。

悲鳴とともに、あのリシャールがやられた。とか、化け物だ。とか聞こえる。周囲の人間が私を恐れて逃げ惑い始める。私は構わず、見失った大将を探した。

いた。大将はすでに背中を向けて逃げ始めていた。

追ってとどめを刺す。

馬の手綱を引き再び走り出す。もう、大将の背中しか見えない。あと少し、もう少しで届く。

その瞬間に、視界の外から無数の矢が飛んできた。自分の方に向かって飛んできている矢は全て剣で切り落としたが、それた一本が馬に当たった。急に馬は立ち上がり、私はもんどり打って地面に叩きつけられた。

激しい痛みが全身に走る。

そして、周囲から敵が殺到し、私は押さえつけられて、ついに捕まってしまった。



「とんでもない男だな。お前は。あの英雄リシャールまでやりおって」

私は後ろ手に縛られて、大将の前に突き出された。彼は追われていた時と打って変わって落ち着き払った態度を見せていた。

「お前の名前はなんという?」

「ナイアス・ランバートだ」

「ランバート…… そうか、公爵家の倅か、だが、なぜお前がここにいて、シャーリー国に刃向かうのだ」

「自分たちの国を守って、なぜ悪い」

「そうか…… まあいい。それよりどうだ。ワシと取引せんか。ワシを殺そうとしたことは水に流しても良い。その代わり、ジョージ王太子殿下のいどころを教えてくれんか」

「断る」

「ランバート公の子息だからといって、ワシは手加減せんぞ」

大将の目はギラギラと怒りに燃えていた。

「いずれ、王太子殿下はお前たちをこの国から叩き出すだろう。楽しみにしておけ」

平然と言い放ったその瞬間、私の左頬に鋭い痛みが走った。奴が私の頬を思い切り張ったのだ。

「く、くそ。おい、こいつを引っ立てろ。なんとしてもあの王太子を捕まえねばならん。こいつをどんな酷い目に合わせてやってもいい。すぐに居場所を吐かせるんだ。ぐずぐずしていると、我が国はまた敗戦してしまうぞ。ああ、なんということだ、ワシは貧乏くじを引かされてしまった」

ぶつぶついって大将は私の前から去ろうとし、私は無理やり立ち上がらせられると、引っ張られて連れ去られそうになった。縄をかけられている腕が痛い。

殿下は助かったのだろうか。

かなり敵の注意を惹きつけることに成功した。きっと大丈夫に違いない。

師匠もきっと上手くやってくれるだろう。

強引に前を歩かされる。周囲は殺せとか叫んでいる人たちもいる。憎しみを一身に浴びながら、私はこうつぶやいた。

殿下、さようなら。

その時、何かを叫んでいる声が聞こえた。敵襲だ、敵が攻めてきたぞと言っている。

声のする方を見た時に、目の前の敵に矢が突き刺さり倒れた。一人また一人倒れて行く。そして、慌てふためく敵の大将も矢に貫かれて崩れ落ちる。

阿鼻叫喚の中で、私は巻き込まれないように地に伏せた。

「ナイアス、大丈夫か」

懐かしい声、優しい響き。見上げると馬上には殿下の姿が見えた。殿下はひらりと馬から降りると、私のところに駆け寄って縄を切ってくれた。

「よく、よく頑張ってくれた。ありがとう」

殿下に抱きしめられると、私は急に力が抜けてしまった。知らぬ間に涙が溢れてくる。殿下は優しく涙を拭いてくれた。

「おう、どうやら助かったようだな」

「師匠」

師匠が馬に乗って登場した。師匠は笑って私たちを見ている。

「王国軍が思いの外、こちらの近くまで攻め込んできていたから、運良くすぐに合流できた。それにしてもナイアス、よく頑張った。さすがは俺の愛弟子だな」

「助けていただいてありがとうございます」

私は二人に礼を言った。

「殿下もなかなかの腕になったな。あの距離から正確に敵を射殺すとは。それになかなかの指揮ぶりだ。お、こいつはやはりドミニク・バリエだな」

師匠は倒れていた大将の顔を確認していた。

「お前らが仇を打ってくれるとはな。これで、妻にいい報告ができる。世話になったなお前たち。俺はこのまま故郷に戻るとするか」

「右肩の治療がもういいのですか?」

「どうしてもすぐに報告したくてな、まあ、もうこの肩は使い物にならなくてもしょうがないさ。使うあてもないしな」

「困ったことがあったら王都に来てください。今までありがとうございました」

「おう、ジョージ殿下。お前はいい王になれるぜ。俺が保証する」

「師匠、ありがとうございました」

師匠は改めて私の方を見た。

「うん、幸せになれよ。お前にはその資格が十分ある。じゃあな」

そう言って師匠はすぐに立ち去ってしまった。私は殿下の方を見て言った。

「殿下、私……」

「色々と話したいことがあるけど、まずは体を休めたほうがいい。すぐに馬車を手配するから」

そういうと慈愛を込めた目で私を見ながら、殿下は私を再びギュッと抱きしめた。

「殿下、敵は完全に敗走しています。追撃の許可を」

馬に乗った一人の部下が殿下の前にやって来た。

「ニース。お前が僕の代わりに指揮を取れ、敵をこの国から一掃するんだ。地獄の果てまで追い詰めてやれ」

「はっ」

そう言って、殿下の部下が去っていった。

「さあ、行こうか。王都へ」

殿下は優しく私にそう囁いた。
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