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キスの余韻
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クラウディアはすっかり無気力になって部屋にこもるようになってしまった。
カーテンを全て閉め切り、暗くて寒々しい空気がただよう部屋。壁にかかっているウェディングドレスが悲しげにうなだれている。
(結局、私は世間知らずのバカな女ってことだったんだよね)
恨むべき相手は既に処分されてしまっている。しかし、彼女の心は全く晴れることはなかった。
友人たちは腫れ物でも扱うかのような態度をとり、彼女に同情してくれていたが、一部の心無いものが裏では自分のことを噂しているようだった。彼女は耐えきれなくなり、部屋にこもってもう数日間になっていた。
毎日、ステファン王子が来ているようだが、面会はお断りしていた。毎回何かを持ってきているようだが、それも、受け取らないように親に頼んでいる。
もちろん、彼に恨みなんかない。むしろ感謝しなければならないくらいだった。
彼は親切心でアドバイスしてくれたし、おそらく事前に教えてもらえなければ、もっと悲惨な目にあっていたはずだ。どちらかというとあまりにみじめで、あわす顔がないという感じだった。
(もっと早くに出会えていれば、もしかしたら恋に落ちてしまったかもしれない)
何気なく浮かんでしまった考えを振り払うように彼女はつぶやいた。
「ふふふ、なんだか私バカみたい」
あまりに非現実的なことを考えてしまった自分がとても恥ずかしい。
とその時、
コンコンと窓の方から音がした。
(ここは2階なのに。鳥がいたずらしているのかしら)
窓の方に行き、分厚いカーテンを開けると、そこにはステファン王子がいた。どこでどうやってよじ登ったんだろう。
あわてて窓を開けると彼は笑顔を浮かべた。
「外はとてもいい天気で気分が良くなりますよ。一緒にピクニックにでも行きませんか」
「あいにく、そんな気分ではありませんので。危ないですから、お帰りください」
心にもないような冷たい言葉がつい口から出てきてしまった。多分私は嫌な女なんだろう。
しかし、王子は特に表情を変えず、微笑んでいた。
「まあ、まあ、そんなこと言わずに、ここに入れて…… うわあ」
足を滑らせて落ちそうになっている王子に、思わずクラウディアは手を伸ばしてしまった。次の瞬間、王子はしっかりとその手を握った。
「今度こそ捕まえましたよ。もう逃がしません。すぐに引き上げてもらいましょうか」
その笑顔、どこかで見た気がする。懐かしい気持ちが彼女の中に、かすかによみがえってきた。
◇
「随分おやせになりましたね」
部屋の中に入ると、王子は心配そうな顔でクラウディアを見ていた。両親が心配しているにも関わらず、ここ数日間は必要最低限のものしか食べていない。
「みっともない姿をしていて、大変申し訳ありません」
勧められるままにソファーに座る王子。クラウディアも正面に座った。
「この間のことは大変申し訳ありませんでした」
王子が頭を下げた。
「何も知らないまま、破滅するよりもよっぽど良かったと思います」
「ですが、あなたを大変傷つけてしまった。僕がもうちょっと上手くやっていれば、こんなことにはならなかったかもしれない」
「私は単なる世間知らずのバカな女だったのです。どんな相手かわからないまま、浮かれた気持ちで結婚するつもりだったなんて…… このような仕打ちを受けるのは当然だと思います」
王子は深刻な表情で考え込み、そのまま時間が経過した。沈黙が続いて気まずくなったので、クラウディアは耐えきれずにこう言った。
「あの、すいません。本当はすぐにでも助けていただいたお礼を言いに伺わなくてはいけなかったのに」
「いいんですよ、お礼なんか」
彼は立ち上がると、次々とカーテンを開け始めた。明るい光が部屋の中いっぱいに差し込んでくる。こんなにも外の世界が明るかったなんて、思いもしなかった。
「悪いのは全て彼らです。だから、あなたは本当なら胸を張って外に出ていっても、なんら恥じる必要はありません」
クラウディアはステファン王子の方を見上げた。
「僕の国に来ませんか?」
「なぜですか?」
「この国は近い将来、消えてなくなる運命ですから」
「えっ」
クラウディアの驚きとは対照的に彼は静かに微笑んでいた。
◇
「この国は腐りきっています。爵位が上になればなるほど無能な人間がはびこっている。まあ、例外はいますがね」
彼は気持ちよさそうに話を始めた。
「もう、システム自体が古いんです。歴史があるのは尊重されるべきですが、変わるところは変わらなくては。僕は留学中に有能な人間に声をかけて回っています。そして、そのうちの何人かにはいい返事をいただいています。家柄的には立派じゃない人たちが多いですが、才能にあふれている人たちです」
「本当は何を目的に留学しに来たんですか?」
「あなたに会いに来たからですよ」
「また、そんな冗談を」
「冗談なんかじゃありません。まあ、そのことは置いておいて、とにかく、今、この国は財政破綻の一歩手前というところです。誰も危機感は持っていませんが。僕がこの国の王だったら、あなたのお父さんを財務大臣に任命しますね。貴族の中でも領地経営に関しては群を抜いていると思います」
「父が、ですか?」
「そう、子爵なんで、上級貴族からは見下されたり妬まれたりしていますが、能力は本物だと思います。そして、もうすでにあなたのお父上には声をかけています」
いったいこの人はどこまでが本当で、どこまでが嘘なのだろう。クラウディアは混乱したまま話を聞いていた。
「僕は帰国したら、すぐに王位に就く予定になっています。父は長年の放浪のせいで最近ひどく体が弱くなっていますしね。一連の報告を聞けば、重臣たちもこの国を併合することに賛成するでしょう。何せ、僕の国で長く続いた混乱は、この国の王が起こしたことですしね。晩餐会に出席した人間の中で、誰を残して誰を排除するか、もうすでに決めています。王を始めとしてほとんどは残らないと思います。少しの間は混乱も続くでしょう。だから、その前に……」
「その前に?」
「もう一度言います。僕の国に来てもらえませんか? 僕の妃として」
◇
呆然として固まっているクラウディアの前にステファン王子は近づいてきた。
「どうして、私なんかにこだわるんですか? 身分はそれほどでもないし、何か能力があるわけでもない。見た目だって普通だし、特別なことは何にもない、婚約解消された、ただのみじめな女なのに」
「僕にとってあなたは特別なんです。にわかには信用してもらえないと思いますが」
クラウディアは黙っていたが、心は揺れ動いていた。
「僕たちの家族は長らく苦難の生活を続けてきました。名前を変え、身分を隠し、全てを偽りながら。ですが一つだけ、嘘偽りないものがあります」
「僕の本当の気持ちだけは、10年前にここに置いていきました」
王子は懐からネックレスを取り出した。そのネックレスには翡翠がついていた。
「翡翠は僕の国の特産物なんです。まだ、思い出せないんですか? 僕は全てを取り戻しに、ここへやってきたのです」
全ての謎がクラウディアの中で結びついていく。隣の家の男の子からもらったネックレス。無造作にもらったので、そんなに貴重なものだとは思っていなかった。
そう、彼とはずっと以前に出会っていたのだ。
「テオ、テオなの?」
「それは偽名だよ。あの頃はここに亡命していたからね」
「亡命だったの?」
「うん、だから僕の家族は人目を避けて生きていたんだ。その当時の僕はよくわからなかったから、結構、気にせず外に出歩いていたけどね」
「そうだったの」
「僕らが亡命した後も、後継者争いが長く続いて、結局、残ったのは国外に逃げた父だけだった。それで結局、国に帰ることになったんだ。ずっと苦しい毎日で、生き残るために必死だった。でも、あなたのことは忘れたことはない。あなたは僕の生きる希望だったから」
「大変…… だったのね」
「この国の王が、僕らの国の権力争いに関与したことが後でわかった。それで、両国の関係がどんどん悪化していったんだ。そこで、関係を修復するために、レイカールト公爵家令嬢との婚約が進められちゃって」
「このままだと、本当に結婚させられると思って、彼女がどんな人間か知るために留学したんだけど、出るわ出るわでまあ大変だったよ。でも、1番の目的はあなたに会うことだった。だから、最初に会った時、あなたが初めて会った人を見るような目で僕を見ていたのは、とても辛かった。しかも、別の人と婚約しているなんて、ショックでしばらく立ち直れなかったよ」
「ごめんなさい」
「でも、あなたの幸福が一番だからと思って、様子を見ていたんだ。全ての実態がわかって、もう、見てられなくなって」
彼がなぜ、こんなにまでして自分のことを助けてくれのか、クラウディアにははっきりわかった。
「正直にいうと、あなたが自由になったのを見て、喜んでいる自分がいる。申し訳ないんだけど」
そういうとステファン王子は真剣な表情になった。
「僕と結婚してください。必ず幸せにします」
彼の真剣な目を正視することができなくて、クラウディアは目をそらした。
「恋なんてしないと決めたのです。多分。もう一生」
「1年でも2年でも待ちます。もう10年は待っていましたからね」
クラウディアはため息をついて下を向いた。いくら言っても聞かない王子をどうやって説得すればいいのか全くわからなくなってしまった。
「私…… もうどうしていいのか……」
王子はその様子を見て、こう切り出した。
「そうだ。そういえば、あなたからのお礼をさっき断っちゃったけど、取り消してもいいかな」
「えっ」
ステファン王子は近づくと、右手を伸ばし、彼女の頬に手をそえた。触れた指から抑えきれなくなった彼の想いが伝わってくる。驚いて彼を見つめるクラウディア。
「悲しい恋の傷を癒すには、新しい恋をすることですよ」
翡翠のような緑色の瞳が、彼女を金縛りにする。思わず目をつぶったクラウディアの唇に、王子の唇が触れた。それは優しく、それでいて情熱的で、彼の10年分の想いが込められていた。
◇
すっかり力が抜けてしまったクラウディアが正気に戻ると、ステファンはもう扉の前に立っていた。
「いい返事を待っています。では、また」
ステファンが去った後、クラウディアはぼんやりとしながら窓の方を見た。心地よい風が部屋の中に入りこみ、ユラユラとカーテンを揺らしている。それはまるで明るい外の世界へ誘っているように見えた。
顔の火照りがおさまらず、胸の鼓動も抑えきれなくなっていた。期待と不安がいっぺんにふりそそぎ、彼女を押し流そうとしている。でも、その感じは嫌いじゃない。
(新しい恋をすること……か)
彼女はキスの余韻を確かめるように、指先でそっと唇に触れた。
カーテンを全て閉め切り、暗くて寒々しい空気がただよう部屋。壁にかかっているウェディングドレスが悲しげにうなだれている。
(結局、私は世間知らずのバカな女ってことだったんだよね)
恨むべき相手は既に処分されてしまっている。しかし、彼女の心は全く晴れることはなかった。
友人たちは腫れ物でも扱うかのような態度をとり、彼女に同情してくれていたが、一部の心無いものが裏では自分のことを噂しているようだった。彼女は耐えきれなくなり、部屋にこもってもう数日間になっていた。
毎日、ステファン王子が来ているようだが、面会はお断りしていた。毎回何かを持ってきているようだが、それも、受け取らないように親に頼んでいる。
もちろん、彼に恨みなんかない。むしろ感謝しなければならないくらいだった。
彼は親切心でアドバイスしてくれたし、おそらく事前に教えてもらえなければ、もっと悲惨な目にあっていたはずだ。どちらかというとあまりにみじめで、あわす顔がないという感じだった。
(もっと早くに出会えていれば、もしかしたら恋に落ちてしまったかもしれない)
何気なく浮かんでしまった考えを振り払うように彼女はつぶやいた。
「ふふふ、なんだか私バカみたい」
あまりに非現実的なことを考えてしまった自分がとても恥ずかしい。
とその時、
コンコンと窓の方から音がした。
(ここは2階なのに。鳥がいたずらしているのかしら)
窓の方に行き、分厚いカーテンを開けると、そこにはステファン王子がいた。どこでどうやってよじ登ったんだろう。
あわてて窓を開けると彼は笑顔を浮かべた。
「外はとてもいい天気で気分が良くなりますよ。一緒にピクニックにでも行きませんか」
「あいにく、そんな気分ではありませんので。危ないですから、お帰りください」
心にもないような冷たい言葉がつい口から出てきてしまった。多分私は嫌な女なんだろう。
しかし、王子は特に表情を変えず、微笑んでいた。
「まあ、まあ、そんなこと言わずに、ここに入れて…… うわあ」
足を滑らせて落ちそうになっている王子に、思わずクラウディアは手を伸ばしてしまった。次の瞬間、王子はしっかりとその手を握った。
「今度こそ捕まえましたよ。もう逃がしません。すぐに引き上げてもらいましょうか」
その笑顔、どこかで見た気がする。懐かしい気持ちが彼女の中に、かすかによみがえってきた。
◇
「随分おやせになりましたね」
部屋の中に入ると、王子は心配そうな顔でクラウディアを見ていた。両親が心配しているにも関わらず、ここ数日間は必要最低限のものしか食べていない。
「みっともない姿をしていて、大変申し訳ありません」
勧められるままにソファーに座る王子。クラウディアも正面に座った。
「この間のことは大変申し訳ありませんでした」
王子が頭を下げた。
「何も知らないまま、破滅するよりもよっぽど良かったと思います」
「ですが、あなたを大変傷つけてしまった。僕がもうちょっと上手くやっていれば、こんなことにはならなかったかもしれない」
「私は単なる世間知らずのバカな女だったのです。どんな相手かわからないまま、浮かれた気持ちで結婚するつもりだったなんて…… このような仕打ちを受けるのは当然だと思います」
王子は深刻な表情で考え込み、そのまま時間が経過した。沈黙が続いて気まずくなったので、クラウディアは耐えきれずにこう言った。
「あの、すいません。本当はすぐにでも助けていただいたお礼を言いに伺わなくてはいけなかったのに」
「いいんですよ、お礼なんか」
彼は立ち上がると、次々とカーテンを開け始めた。明るい光が部屋の中いっぱいに差し込んでくる。こんなにも外の世界が明るかったなんて、思いもしなかった。
「悪いのは全て彼らです。だから、あなたは本当なら胸を張って外に出ていっても、なんら恥じる必要はありません」
クラウディアはステファン王子の方を見上げた。
「僕の国に来ませんか?」
「なぜですか?」
「この国は近い将来、消えてなくなる運命ですから」
「えっ」
クラウディアの驚きとは対照的に彼は静かに微笑んでいた。
◇
「この国は腐りきっています。爵位が上になればなるほど無能な人間がはびこっている。まあ、例外はいますがね」
彼は気持ちよさそうに話を始めた。
「もう、システム自体が古いんです。歴史があるのは尊重されるべきですが、変わるところは変わらなくては。僕は留学中に有能な人間に声をかけて回っています。そして、そのうちの何人かにはいい返事をいただいています。家柄的には立派じゃない人たちが多いですが、才能にあふれている人たちです」
「本当は何を目的に留学しに来たんですか?」
「あなたに会いに来たからですよ」
「また、そんな冗談を」
「冗談なんかじゃありません。まあ、そのことは置いておいて、とにかく、今、この国は財政破綻の一歩手前というところです。誰も危機感は持っていませんが。僕がこの国の王だったら、あなたのお父さんを財務大臣に任命しますね。貴族の中でも領地経営に関しては群を抜いていると思います」
「父が、ですか?」
「そう、子爵なんで、上級貴族からは見下されたり妬まれたりしていますが、能力は本物だと思います。そして、もうすでにあなたのお父上には声をかけています」
いったいこの人はどこまでが本当で、どこまでが嘘なのだろう。クラウディアは混乱したまま話を聞いていた。
「僕は帰国したら、すぐに王位に就く予定になっています。父は長年の放浪のせいで最近ひどく体が弱くなっていますしね。一連の報告を聞けば、重臣たちもこの国を併合することに賛成するでしょう。何せ、僕の国で長く続いた混乱は、この国の王が起こしたことですしね。晩餐会に出席した人間の中で、誰を残して誰を排除するか、もうすでに決めています。王を始めとしてほとんどは残らないと思います。少しの間は混乱も続くでしょう。だから、その前に……」
「その前に?」
「もう一度言います。僕の国に来てもらえませんか? 僕の妃として」
◇
呆然として固まっているクラウディアの前にステファン王子は近づいてきた。
「どうして、私なんかにこだわるんですか? 身分はそれほどでもないし、何か能力があるわけでもない。見た目だって普通だし、特別なことは何にもない、婚約解消された、ただのみじめな女なのに」
「僕にとってあなたは特別なんです。にわかには信用してもらえないと思いますが」
クラウディアは黙っていたが、心は揺れ動いていた。
「僕たちの家族は長らく苦難の生活を続けてきました。名前を変え、身分を隠し、全てを偽りながら。ですが一つだけ、嘘偽りないものがあります」
「僕の本当の気持ちだけは、10年前にここに置いていきました」
王子は懐からネックレスを取り出した。そのネックレスには翡翠がついていた。
「翡翠は僕の国の特産物なんです。まだ、思い出せないんですか? 僕は全てを取り戻しに、ここへやってきたのです」
全ての謎がクラウディアの中で結びついていく。隣の家の男の子からもらったネックレス。無造作にもらったので、そんなに貴重なものだとは思っていなかった。
そう、彼とはずっと以前に出会っていたのだ。
「テオ、テオなの?」
「それは偽名だよ。あの頃はここに亡命していたからね」
「亡命だったの?」
「うん、だから僕の家族は人目を避けて生きていたんだ。その当時の僕はよくわからなかったから、結構、気にせず外に出歩いていたけどね」
「そうだったの」
「僕らが亡命した後も、後継者争いが長く続いて、結局、残ったのは国外に逃げた父だけだった。それで結局、国に帰ることになったんだ。ずっと苦しい毎日で、生き残るために必死だった。でも、あなたのことは忘れたことはない。あなたは僕の生きる希望だったから」
「大変…… だったのね」
「この国の王が、僕らの国の権力争いに関与したことが後でわかった。それで、両国の関係がどんどん悪化していったんだ。そこで、関係を修復するために、レイカールト公爵家令嬢との婚約が進められちゃって」
「このままだと、本当に結婚させられると思って、彼女がどんな人間か知るために留学したんだけど、出るわ出るわでまあ大変だったよ。でも、1番の目的はあなたに会うことだった。だから、最初に会った時、あなたが初めて会った人を見るような目で僕を見ていたのは、とても辛かった。しかも、別の人と婚約しているなんて、ショックでしばらく立ち直れなかったよ」
「ごめんなさい」
「でも、あなたの幸福が一番だからと思って、様子を見ていたんだ。全ての実態がわかって、もう、見てられなくなって」
彼がなぜ、こんなにまでして自分のことを助けてくれのか、クラウディアにははっきりわかった。
「正直にいうと、あなたが自由になったのを見て、喜んでいる自分がいる。申し訳ないんだけど」
そういうとステファン王子は真剣な表情になった。
「僕と結婚してください。必ず幸せにします」
彼の真剣な目を正視することができなくて、クラウディアは目をそらした。
「恋なんてしないと決めたのです。多分。もう一生」
「1年でも2年でも待ちます。もう10年は待っていましたからね」
クラウディアはため息をついて下を向いた。いくら言っても聞かない王子をどうやって説得すればいいのか全くわからなくなってしまった。
「私…… もうどうしていいのか……」
王子はその様子を見て、こう切り出した。
「そうだ。そういえば、あなたからのお礼をさっき断っちゃったけど、取り消してもいいかな」
「えっ」
ステファン王子は近づくと、右手を伸ばし、彼女の頬に手をそえた。触れた指から抑えきれなくなった彼の想いが伝わってくる。驚いて彼を見つめるクラウディア。
「悲しい恋の傷を癒すには、新しい恋をすることですよ」
翡翠のような緑色の瞳が、彼女を金縛りにする。思わず目をつぶったクラウディアの唇に、王子の唇が触れた。それは優しく、それでいて情熱的で、彼の10年分の想いが込められていた。
◇
すっかり力が抜けてしまったクラウディアが正気に戻ると、ステファンはもう扉の前に立っていた。
「いい返事を待っています。では、また」
ステファンが去った後、クラウディアはぼんやりとしながら窓の方を見た。心地よい風が部屋の中に入りこみ、ユラユラとカーテンを揺らしている。それはまるで明るい外の世界へ誘っているように見えた。
顔の火照りがおさまらず、胸の鼓動も抑えきれなくなっていた。期待と不安がいっぺんにふりそそぎ、彼女を押し流そうとしている。でも、その感じは嫌いじゃない。
(新しい恋をすること……か)
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