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第23話 花火とキス
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「ごちそうさまでした」
「どういたしまして」
レストランを出るともう夕暮れになっていた。辺境伯はとても話を引き出すのが上手なのか、ついついソフィアはたくさん話をしてしまい、あっという間に時間が経ってしまっていたのだ。
外は夜風がとても涼しくて、心地よい疲労感を癒してくれた。
寄り添うように歩いていると、なんだか、昔から仲が良かったような気がする。それだけ、心の距離が近づいていた。
ソフィアはふと、自分の話ばかりして、辺境伯のことをあまりよく知らないことに気がついた。
「自分の話ばっかりして、すいませんでした」
「いいんですよ。あなたの話がたくさん聞けて、とても楽しかったです。前回の晩餐会ではとても後悔していたんです。嫌われているんじゃないかってね」
「そんなことないです」
「それに、あなたにそんな負担をかけてしまっていたなんて、知らなかったから。本当にすいませんでした」
「私たち、お互いに謝ってばかりですね」
一瞬辺境伯はキョトンとした顔をしていたが、思わず吹き出し笑い始めた。
その顔が、いつものクールな顔ではなく、とても無邪気に見えて、ソフィアはより一層魅力的に感じた。
こうやって、少しずつ仲良くなって、そして、どこまでも寄り添って歩いていければと、ソフィアは強く願った。
◇
すっかり夜になった頃、ソフィアたちは高台にある公園に着いた。そこからは街の夜景が見える。そこには、すでにたくさんの人が賑わっていて、これから上がる花火を今か今かと待ち構えていた。
終戦して一年目。何もかもが遠くなってしまったような気がする。
仲間と共に苦労して勝ち取った勝利。そこには思い出したくないような辛い思いもあれば、忘れがたい喜びも詰まっていた。
ずっとあのまま時間が止まっていたような気がしていたのに、気がついたら、こんなところまで来てしまっていた。
何年後かに振り返る時が来たら、今日のこの日を、未来の自分はどう思っているのだろうか。
「まだ、花火が始まるには時間があります。どうしましょうか?」
「もう少し歩いて、祭りの雰囲気を味わいたいです」
「ではいきましょうか」
公園内では、露店がいくつも並んでいて、灯りに吸い寄せられるように人が集まっていた。なんとはなしに、色々と巡っていくと一つの店が目に引いた。
「何か気に入ったものはありましたか?」
「なんだか、懐かしいなあって思って」
ソフィアの指差した先にはアクセサリー屋があった。安っぽい指輪やネックレスなどが置かれていて、座り込んでいる若い女性はとても暇そうにしている。
「一度だけお祭りに連れて行ってもらったことがあるんです。その時、お店の前で母に欲しい欲しいとねだった事があったんです。一番安い小さい指輪を買ってもらって。魔物の襲撃にあって無くしてしまいましたが、それが一番の宝物でした」
「買ってあげようか?」
「え、良いんですか」
「良いも何も。でもオモチャみたいなものだね。指輪が欲しいなら、こんなんじゃなくて、もっと良いものを見繕ってあげても良いんだけど」
「記念ですから、良いんです」
「そうか、どれがいい」
しばらく、ソフィアはしゃがみ込んで、楽しそうに無数のアクセサリーを眺めていたが、そのうちの一つを取り出した。
「これをお願いします」
「分かった」
その指輪は金のリングに極端に大きな赤いガラス玉がついている。ソフィアはその指輪を受け取ると、胸の前で大切そうに両手でぎゅっと包み込んだ。
「つけてあげようか?」
ソフィアが指輪を手渡すと、辺境伯は恭しくソフィアの左手をとり、薬指にはめ込んだ。
「少し、大きいね。そうだ、後で調節してあげるから、こちらで預かっても良いかな」
「はい」
「そろそろ、場所を移そうか」
さりげなく、辺境伯はソフィアの手をとって、次の場所へと誘った。ソフィアは顔を赤らめたが、辺境伯は気づいていないかのように先へと進んでいく。その手はとても暖かく、そして心強かった。
——この手はいったい私をどこへ連れていってくれるのだろう
ソフィアは辺境伯に手を引かれながら、これから起きることへの、不安と、期待と、そして、緊張感で心があふれそうになっていった。
◇
そこは、公園から少し離れた場所で、ちょうど木々の隙間から街の明かりが見える。ひと気がなく、ささやくような虫の声だけが聞こえていた。
「私、実は冒険者に復帰しようかと思っていたんです」
思い切ってソフィアは言った。
「私のいるべき場所はここではないと思ったんです」
「それは、退屈な毎日を過ごすよりも冒険したくなったってこと? それとも、ここの生活が合わなかったってこと?」
「どちらもです」
「確かに君はここにいてはいけない人なのかもしれない」
ソフィアは少し驚いて辺境伯の顔を見た。彼は涼しげな瞳でこちらを見ていた。
「人には輝ける場所がそれぞれあると思いますよ。そして、自分の力を発揮できる場所にいた方がより幸せになれると思います」
「もうこれから、どうして良いかわからなくなってしまったんです。どこに自分の居場所があるのか、そして、自分はこれからどうやって生きていけば良いのか」
「勇者として華々しい働きをしてきたのはわかるけど、もう、十分やってきたと思うよ。その栄光にとらわれている限り、君は幸せにはなれない」
「どうしてですか?」
「人はどうしても失ってしまったものに心を引きづられてしまうからさ。でも、冷静になって視野を広げていけば、また違う可能性が広がっているんじゃないかな。案外身近な所に、輝ける場所が君を待っているかもしれないよ」
ソフィアは言われた言葉をゆっくりと自分の中で理解しようと繰り返し考えてみた。
けれど、あまりにも漠然としていて、実感が湧かなかった。彼女はふと、レストランに行く前に聞いてみたかった事を思い出した。
「どうして、私のことが好きになったんですか?」
「一目惚れじゃあ、答えになっていないかな」
「からかわないでください」
「からかっちゃあいないさ。本当のことだから」
そして、ギレールは少し考えているような素振りを見せた。
「君のことをどうして好きか…… 裏表がなくて真っ直ぐで、人が苦しんでいるのを見捨てられなくて、勇敢で気高くて、ちょと抜けているところも気に入っているけど、一番いいのは…… そうだな、それは、君が自分の魅力に無自覚な所さ」
「無自覚?」
ソフィアは予期しない一言に少し驚いた。
「そう。君の魅力なんていくらでもあげることができるさ。とても美しくて、気高くて優しくて勇気があって…… でも、僕に取って最高なのは、そんなに魅力的なのに控えめで、そして、何より自分の魅力に気がついていないところなんだ」
「辺境伯様は勘違いしています。実際の私はそんな人間ではありません」
「そうそう、そんな感じで控えめなところがいいんだよ」
ギレールはイタズラっぽい笑顔を見せる。
「人は自分の魅力に気がつくと、それを誇張して人にアピールするようになるし、だんだんそれがすごく鼻につくようになってしまう。そして、かえって自分の長所と思っていることに囚われて、身動きが取れなくなってしまったり、欠点になってしまうことすらあるんだ」
「難しいことはわからないわ。でも、自分に魅力があると思わないと自信にならない気がする。自信がないと、全然前に進めなくなってしまう」
「確かに、そうかもしれない。でも、周囲の人間が愚かにも君の魅力に気がついていないってのは、僕にとって幸運だったんだ」
「どうしてですか?」
「君のことを独占できるからさ」
突然、夜の底を打つような音が響き、夜空に光の花が咲いた。人々のどよめく声が聞こえてくる。次々と打ち上がる鮮やかな花火が満天の夜空を彩り始めていた。
美しい花火にみとれているソフィア。辺境伯は自然とそばに寄り添うと肩を抱き寄せてきた。ソフィアがビクッと反応し、辺境伯は涼しげなアイスブルーの瞳で彼女の様子を覗き込む。
「今日は、突き倒さないでしょうね」
「そんなこと、もうしません」
「でも、ちゃんと止めてくれないと、抑えきれなくなりそうなんだけど、それでもいいのかい」
ソフィアは返事をせず、ただ黙ってうつむいた。心臓は早鐘のように鳴り響き、悟られぬようと思えば思うほど、制御不能になっていく。
その時、ひときわ大きな花火が目の前で輝いた。
「とても、綺麗」
思わず花火にみとれてしまったソフィアの顎に、辺境伯は軽く手を添えた。
「本当に…… 綺麗だ」
夜空を彩る花火をバックに、ソフィアと辺境伯は長い口づけを交わした。
「どういたしまして」
レストランを出るともう夕暮れになっていた。辺境伯はとても話を引き出すのが上手なのか、ついついソフィアはたくさん話をしてしまい、あっという間に時間が経ってしまっていたのだ。
外は夜風がとても涼しくて、心地よい疲労感を癒してくれた。
寄り添うように歩いていると、なんだか、昔から仲が良かったような気がする。それだけ、心の距離が近づいていた。
ソフィアはふと、自分の話ばかりして、辺境伯のことをあまりよく知らないことに気がついた。
「自分の話ばっかりして、すいませんでした」
「いいんですよ。あなたの話がたくさん聞けて、とても楽しかったです。前回の晩餐会ではとても後悔していたんです。嫌われているんじゃないかってね」
「そんなことないです」
「それに、あなたにそんな負担をかけてしまっていたなんて、知らなかったから。本当にすいませんでした」
「私たち、お互いに謝ってばかりですね」
一瞬辺境伯はキョトンとした顔をしていたが、思わず吹き出し笑い始めた。
その顔が、いつものクールな顔ではなく、とても無邪気に見えて、ソフィアはより一層魅力的に感じた。
こうやって、少しずつ仲良くなって、そして、どこまでも寄り添って歩いていければと、ソフィアは強く願った。
◇
すっかり夜になった頃、ソフィアたちは高台にある公園に着いた。そこからは街の夜景が見える。そこには、すでにたくさんの人が賑わっていて、これから上がる花火を今か今かと待ち構えていた。
終戦して一年目。何もかもが遠くなってしまったような気がする。
仲間と共に苦労して勝ち取った勝利。そこには思い出したくないような辛い思いもあれば、忘れがたい喜びも詰まっていた。
ずっとあのまま時間が止まっていたような気がしていたのに、気がついたら、こんなところまで来てしまっていた。
何年後かに振り返る時が来たら、今日のこの日を、未来の自分はどう思っているのだろうか。
「まだ、花火が始まるには時間があります。どうしましょうか?」
「もう少し歩いて、祭りの雰囲気を味わいたいです」
「ではいきましょうか」
公園内では、露店がいくつも並んでいて、灯りに吸い寄せられるように人が集まっていた。なんとはなしに、色々と巡っていくと一つの店が目に引いた。
「何か気に入ったものはありましたか?」
「なんだか、懐かしいなあって思って」
ソフィアの指差した先にはアクセサリー屋があった。安っぽい指輪やネックレスなどが置かれていて、座り込んでいる若い女性はとても暇そうにしている。
「一度だけお祭りに連れて行ってもらったことがあるんです。その時、お店の前で母に欲しい欲しいとねだった事があったんです。一番安い小さい指輪を買ってもらって。魔物の襲撃にあって無くしてしまいましたが、それが一番の宝物でした」
「買ってあげようか?」
「え、良いんですか」
「良いも何も。でもオモチャみたいなものだね。指輪が欲しいなら、こんなんじゃなくて、もっと良いものを見繕ってあげても良いんだけど」
「記念ですから、良いんです」
「そうか、どれがいい」
しばらく、ソフィアはしゃがみ込んで、楽しそうに無数のアクセサリーを眺めていたが、そのうちの一つを取り出した。
「これをお願いします」
「分かった」
その指輪は金のリングに極端に大きな赤いガラス玉がついている。ソフィアはその指輪を受け取ると、胸の前で大切そうに両手でぎゅっと包み込んだ。
「つけてあげようか?」
ソフィアが指輪を手渡すと、辺境伯は恭しくソフィアの左手をとり、薬指にはめ込んだ。
「少し、大きいね。そうだ、後で調節してあげるから、こちらで預かっても良いかな」
「はい」
「そろそろ、場所を移そうか」
さりげなく、辺境伯はソフィアの手をとって、次の場所へと誘った。ソフィアは顔を赤らめたが、辺境伯は気づいていないかのように先へと進んでいく。その手はとても暖かく、そして心強かった。
——この手はいったい私をどこへ連れていってくれるのだろう
ソフィアは辺境伯に手を引かれながら、これから起きることへの、不安と、期待と、そして、緊張感で心があふれそうになっていった。
◇
そこは、公園から少し離れた場所で、ちょうど木々の隙間から街の明かりが見える。ひと気がなく、ささやくような虫の声だけが聞こえていた。
「私、実は冒険者に復帰しようかと思っていたんです」
思い切ってソフィアは言った。
「私のいるべき場所はここではないと思ったんです」
「それは、退屈な毎日を過ごすよりも冒険したくなったってこと? それとも、ここの生活が合わなかったってこと?」
「どちらもです」
「確かに君はここにいてはいけない人なのかもしれない」
ソフィアは少し驚いて辺境伯の顔を見た。彼は涼しげな瞳でこちらを見ていた。
「人には輝ける場所がそれぞれあると思いますよ。そして、自分の力を発揮できる場所にいた方がより幸せになれると思います」
「もうこれから、どうして良いかわからなくなってしまったんです。どこに自分の居場所があるのか、そして、自分はこれからどうやって生きていけば良いのか」
「勇者として華々しい働きをしてきたのはわかるけど、もう、十分やってきたと思うよ。その栄光にとらわれている限り、君は幸せにはなれない」
「どうしてですか?」
「人はどうしても失ってしまったものに心を引きづられてしまうからさ。でも、冷静になって視野を広げていけば、また違う可能性が広がっているんじゃないかな。案外身近な所に、輝ける場所が君を待っているかもしれないよ」
ソフィアは言われた言葉をゆっくりと自分の中で理解しようと繰り返し考えてみた。
けれど、あまりにも漠然としていて、実感が湧かなかった。彼女はふと、レストランに行く前に聞いてみたかった事を思い出した。
「どうして、私のことが好きになったんですか?」
「一目惚れじゃあ、答えになっていないかな」
「からかわないでください」
「からかっちゃあいないさ。本当のことだから」
そして、ギレールは少し考えているような素振りを見せた。
「君のことをどうして好きか…… 裏表がなくて真っ直ぐで、人が苦しんでいるのを見捨てられなくて、勇敢で気高くて、ちょと抜けているところも気に入っているけど、一番いいのは…… そうだな、それは、君が自分の魅力に無自覚な所さ」
「無自覚?」
ソフィアは予期しない一言に少し驚いた。
「そう。君の魅力なんていくらでもあげることができるさ。とても美しくて、気高くて優しくて勇気があって…… でも、僕に取って最高なのは、そんなに魅力的なのに控えめで、そして、何より自分の魅力に気がついていないところなんだ」
「辺境伯様は勘違いしています。実際の私はそんな人間ではありません」
「そうそう、そんな感じで控えめなところがいいんだよ」
ギレールはイタズラっぽい笑顔を見せる。
「人は自分の魅力に気がつくと、それを誇張して人にアピールするようになるし、だんだんそれがすごく鼻につくようになってしまう。そして、かえって自分の長所と思っていることに囚われて、身動きが取れなくなってしまったり、欠点になってしまうことすらあるんだ」
「難しいことはわからないわ。でも、自分に魅力があると思わないと自信にならない気がする。自信がないと、全然前に進めなくなってしまう」
「確かに、そうかもしれない。でも、周囲の人間が愚かにも君の魅力に気がついていないってのは、僕にとって幸運だったんだ」
「どうしてですか?」
「君のことを独占できるからさ」
突然、夜の底を打つような音が響き、夜空に光の花が咲いた。人々のどよめく声が聞こえてくる。次々と打ち上がる鮮やかな花火が満天の夜空を彩り始めていた。
美しい花火にみとれているソフィア。辺境伯は自然とそばに寄り添うと肩を抱き寄せてきた。ソフィアがビクッと反応し、辺境伯は涼しげなアイスブルーの瞳で彼女の様子を覗き込む。
「今日は、突き倒さないでしょうね」
「そんなこと、もうしません」
「でも、ちゃんと止めてくれないと、抑えきれなくなりそうなんだけど、それでもいいのかい」
ソフィアは返事をせず、ただ黙ってうつむいた。心臓は早鐘のように鳴り響き、悟られぬようと思えば思うほど、制御不能になっていく。
その時、ひときわ大きな花火が目の前で輝いた。
「とても、綺麗」
思わず花火にみとれてしまったソフィアの顎に、辺境伯は軽く手を添えた。
「本当に…… 綺麗だ」
夜空を彩る花火をバックに、ソフィアと辺境伯は長い口づけを交わした。
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