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幸せの行方
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「どうか許してあげてください」
ニーナの声が謁見の間に響いた。皆、固唾をのんでニーナの声に聞き耳を立てた。そして哀れな彼女たちの運命にどうなるかについて注目していた。
「何故だ。ニーナさんはこの人たちに相当ひどいことをされていた。僕は全て知っていますよ」
「ですが、アレクセイ様。あなたは従者と偽って私たちの屋敷を訪れました」
「そうだ……な」
「王子の従者に対して大変問題ある行動をとったとは思います。ですが、継母たちが事実を知らされなかった以上、王子に対しての不敬には当たりません。それゆえ、死罪とするのは大変重い罰に当たると思います。いかがでしょうか」
「う」
アレクセイは絶句した。
「もちろん、それ相応の処罰を受けるのは妥当だと思います。ですが、死罪の方については考え直していただけませんか」
静まり返った謁見の間。それを破ったのは王マキシムの笑い声だった。
「ふははは、アレクセイよ。やられたな。気に入った。気に入ったぞ。さすがはお前が選んだ相手じゃな。いいから撤回してやれアレクセイ。つまらぬ意地を張るな」
緊張感が薄れ、アンジェリカは安堵のため息を漏らした。助かった。そう思った瞬間だった。
「しかし、わしの方からなんじゃがな。領民から大変な数の苦情が届いておる。不正な蓄財は重罪じゃ。よって、わしから処分を申し渡す。今後、アンジェリカ、オリガ、レイラの三名は貴族社会から完全追放とし、公爵家はニーナを当主とする。不正に蓄財した財産も全て没収する。良いな」
アンジェリカはショックのあまり倒れ込んでしまった。オリガとレイラも呆然としている。
「まあ、このまま無一文で世間に放り出すのは忍びない。アレクセイ、何か意見はあるか」
「大叔父様のところで、使用人として修行を受けさせるのがよろしいでしょう。給金でいくらか不足分も返済できるはず」
「ふふふ、あやつはわしより厳しいぞ。心して励めよ。はははは」
王の高笑いだけが謁見の間に響いていた。
「それでだな、ニーナよ。アレクセイがお主と結婚したいと言っているのだが、どうだろうか?」
周囲の視線がニーナに集まる。彼女はしっかりと王を見据えてこう言った。
「大変ありがたい申し出とは存じます。しかし、私は……」
◇
「もう一ヶ月にもなりますよ。ずっと落ち込んでいたってしょうがないじゃないですか」
アレクセイは窓の外をぼんやりとしたまま、返事もろくにしなかった。
「一回フラれたくらいで何ですか。何度も行くのが男ってもんでしょうよ」
キールは呆れた顔をしながらアレクセイを眺めている。
「あれだけ、キッパリ断られたんだ。もう僕は諦めるよ」
「あーあ。かわいそうに」
「うるさいなあ」
「殿下がかわいそうなんじゃなくて、ニーナさんがかわいそうなんですよ」
「どうして? フラれたのはこっちなんだぜ」
「だってそうでしょう。彼女はきっと不安なんですよ。毎回毎回幸せを手にするたびに、どん底に落ち込むことを繰り返している。不安になるのも当然です」
「知ったこと言うなよ」
「いや、言わせてもらいます。そんなニーナさんの不安な気持ちを、殿下はどうして安心させてあげられなかったんですか」
「そんなこと言ったって、どうすりゃいいんだよ」
「何だっていいんですよ、諦めたりしなければ。相手の不安が解消すればそれでいいんですからね」
「そんな適当な」
「そんなもんですよ。先のことなんか誰にも分からない。だったら自分を信じてやっていくしかない。自信があれば根拠はあとからついてくるもんです」
「そうかなあ」
「だいたい、自分が王子だからってフラれないとでも思っていたんですか。それじゃあ、殿下の嫌っている貴族の女性と大差ないですよ。自分のことばかり考えて相手がどう思っているかなんて全然考えていない。フラれた気持ちを引きずるんじゃなくて、相手がどうやったら自分を受け入れてくれるか、少しは考えてみたらどうですか」
「確かにそうだ。僕は自分のことしか考えていなかった。相手がどんな気持ちを抱いているか知らずに」
アレクセイはスッと立ち上がった。
「いくぞ、キール。準備しろ」
「準備はもうとっくにできていますよ。行きましょうか」
◇
ニーナは公爵領の邸宅で自室にこもり仕事をしていた。アンジェリカが残していった課題が山積みで、手が回らなくなっていたのだ。しかし、それでいいとも思っていた。アレクセイのことを引きずるよりは全然辛くなかったからだ。
「少しは休んだほうがいいんじゃない」
「いいのよ。先延ばししてもあとから困るしね」
クリスティーナは侍女という形で彼女のことを支えていた。
「本当によかったの?」
「そのことはもう済んだことよ」
「でも」
「この話はもう終わり。私と一緒になったらあの人が不幸になってしまう。あの人は私がいなくてもきっと幸せになれる人よ」
「違う」
「えっ」
「逃げているだけ。自分が傷つきたくないために。違う?」
ニーナは沈黙した。
「未来に何が起こるかなんて、そんなこと誰もわからない。だからこそ、精一杯やったならそれでいいじゃない」
「でも私、誰にも迷惑かけたくない」
「迷惑なんかじゃないわ。あなたが幸せを感じている時、一緒にいる相手だって幸せを感じているのよ。どうしてわかってくれないの」
「でも」
「それじゃあ、昔の楽しかった思い出を全部なかったことにしたいの。お父様やお母様と一緒に楽しく過ごした時間。公爵邸のみんなと笑い合った時間。そして、アレクセイ様と過ごしたかけがえのない時間。それらが全部、無駄だってことなの。なかったことにするの」
「クリス……」
「ニーナには私……」
その時、せわしないノックの音とともに、メイド長のベロニカさんが部屋に入ってきた。
「大変です。アレクセイ様がお越しになりました。どういたしましょう」
「今行きます。待ってて……」
ニーナが立ち上がったところで、部屋の扉がいきなり開いた。
「ニーナ。もう一度僕の話を聞いてくれないか」
そこには、農民の服を着たアレクセイが立っていた。
ニーナの声が謁見の間に響いた。皆、固唾をのんでニーナの声に聞き耳を立てた。そして哀れな彼女たちの運命にどうなるかについて注目していた。
「何故だ。ニーナさんはこの人たちに相当ひどいことをされていた。僕は全て知っていますよ」
「ですが、アレクセイ様。あなたは従者と偽って私たちの屋敷を訪れました」
「そうだ……な」
「王子の従者に対して大変問題ある行動をとったとは思います。ですが、継母たちが事実を知らされなかった以上、王子に対しての不敬には当たりません。それゆえ、死罪とするのは大変重い罰に当たると思います。いかがでしょうか」
「う」
アレクセイは絶句した。
「もちろん、それ相応の処罰を受けるのは妥当だと思います。ですが、死罪の方については考え直していただけませんか」
静まり返った謁見の間。それを破ったのは王マキシムの笑い声だった。
「ふははは、アレクセイよ。やられたな。気に入った。気に入ったぞ。さすがはお前が選んだ相手じゃな。いいから撤回してやれアレクセイ。つまらぬ意地を張るな」
緊張感が薄れ、アンジェリカは安堵のため息を漏らした。助かった。そう思った瞬間だった。
「しかし、わしの方からなんじゃがな。領民から大変な数の苦情が届いておる。不正な蓄財は重罪じゃ。よって、わしから処分を申し渡す。今後、アンジェリカ、オリガ、レイラの三名は貴族社会から完全追放とし、公爵家はニーナを当主とする。不正に蓄財した財産も全て没収する。良いな」
アンジェリカはショックのあまり倒れ込んでしまった。オリガとレイラも呆然としている。
「まあ、このまま無一文で世間に放り出すのは忍びない。アレクセイ、何か意見はあるか」
「大叔父様のところで、使用人として修行を受けさせるのがよろしいでしょう。給金でいくらか不足分も返済できるはず」
「ふふふ、あやつはわしより厳しいぞ。心して励めよ。はははは」
王の高笑いだけが謁見の間に響いていた。
「それでだな、ニーナよ。アレクセイがお主と結婚したいと言っているのだが、どうだろうか?」
周囲の視線がニーナに集まる。彼女はしっかりと王を見据えてこう言った。
「大変ありがたい申し出とは存じます。しかし、私は……」
◇
「もう一ヶ月にもなりますよ。ずっと落ち込んでいたってしょうがないじゃないですか」
アレクセイは窓の外をぼんやりとしたまま、返事もろくにしなかった。
「一回フラれたくらいで何ですか。何度も行くのが男ってもんでしょうよ」
キールは呆れた顔をしながらアレクセイを眺めている。
「あれだけ、キッパリ断られたんだ。もう僕は諦めるよ」
「あーあ。かわいそうに」
「うるさいなあ」
「殿下がかわいそうなんじゃなくて、ニーナさんがかわいそうなんですよ」
「どうして? フラれたのはこっちなんだぜ」
「だってそうでしょう。彼女はきっと不安なんですよ。毎回毎回幸せを手にするたびに、どん底に落ち込むことを繰り返している。不安になるのも当然です」
「知ったこと言うなよ」
「いや、言わせてもらいます。そんなニーナさんの不安な気持ちを、殿下はどうして安心させてあげられなかったんですか」
「そんなこと言ったって、どうすりゃいいんだよ」
「何だっていいんですよ、諦めたりしなければ。相手の不安が解消すればそれでいいんですからね」
「そんな適当な」
「そんなもんですよ。先のことなんか誰にも分からない。だったら自分を信じてやっていくしかない。自信があれば根拠はあとからついてくるもんです」
「そうかなあ」
「だいたい、自分が王子だからってフラれないとでも思っていたんですか。それじゃあ、殿下の嫌っている貴族の女性と大差ないですよ。自分のことばかり考えて相手がどう思っているかなんて全然考えていない。フラれた気持ちを引きずるんじゃなくて、相手がどうやったら自分を受け入れてくれるか、少しは考えてみたらどうですか」
「確かにそうだ。僕は自分のことしか考えていなかった。相手がどんな気持ちを抱いているか知らずに」
アレクセイはスッと立ち上がった。
「いくぞ、キール。準備しろ」
「準備はもうとっくにできていますよ。行きましょうか」
◇
ニーナは公爵領の邸宅で自室にこもり仕事をしていた。アンジェリカが残していった課題が山積みで、手が回らなくなっていたのだ。しかし、それでいいとも思っていた。アレクセイのことを引きずるよりは全然辛くなかったからだ。
「少しは休んだほうがいいんじゃない」
「いいのよ。先延ばししてもあとから困るしね」
クリスティーナは侍女という形で彼女のことを支えていた。
「本当によかったの?」
「そのことはもう済んだことよ」
「でも」
「この話はもう終わり。私と一緒になったらあの人が不幸になってしまう。あの人は私がいなくてもきっと幸せになれる人よ」
「違う」
「えっ」
「逃げているだけ。自分が傷つきたくないために。違う?」
ニーナは沈黙した。
「未来に何が起こるかなんて、そんなこと誰もわからない。だからこそ、精一杯やったならそれでいいじゃない」
「でも私、誰にも迷惑かけたくない」
「迷惑なんかじゃないわ。あなたが幸せを感じている時、一緒にいる相手だって幸せを感じているのよ。どうしてわかってくれないの」
「でも」
「それじゃあ、昔の楽しかった思い出を全部なかったことにしたいの。お父様やお母様と一緒に楽しく過ごした時間。公爵邸のみんなと笑い合った時間。そして、アレクセイ様と過ごしたかけがえのない時間。それらが全部、無駄だってことなの。なかったことにするの」
「クリス……」
「ニーナには私……」
その時、せわしないノックの音とともに、メイド長のベロニカさんが部屋に入ってきた。
「大変です。アレクセイ様がお越しになりました。どういたしましょう」
「今行きます。待ってて……」
ニーナが立ち上がったところで、部屋の扉がいきなり開いた。
「ニーナ。もう一度僕の話を聞いてくれないか」
そこには、農民の服を着たアレクセイが立っていた。
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