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ランナ・ドブレ
奴隷とは言え、即断即決で殺すには冷徹さが必要だが、注意力が散漫な人間にそれはおそらくない。冷徹さとは行動に自分なりの基準が明確にあって、それを遵守するから、他人には非情に見えるということで、外でトイレをするときに周囲の確認を怠るような迂闊な女にそれがある訳がない。
「貴様ァっ!」
女は言葉が出てきていなかった。
剣を振り上げたまま、しかしその表情は殺気が維持できずニヤケてしまっている。物欲、物としてのオレに対して欲求が生まれている。何度となく見てきた顔だ。
「こ、殺さないでくださいっ」
だから、オレは相手の懐に潜り込む。
「なんでも、なんでもしますから」
強者に屈する弱い奴隷の演技。
どんな奴隷でもそうすることだが、イケメンがやるとその効果は跳ね上がる。単なる身分としての隷属が、相手の支配欲を満たすところまで行くのである。美しさとは暴力だ。
オレだって美少女にやられたら屈する。
「う、薄汚い奴隷の血で剣を汚すまでもない」
そう言って、剣を納める。
精霊騎士はオレと同レベルにチョロい。
「ついてこい。こき使ってやる」
「ありがとうございます」
オレは平伏した。
ひとまず命は繋がった。これでルーヴァたちの情報も手に入りやすくなる。脱走王子としてのオレについて知らないということは領内の人間じゃないだろう。魔王の娘を狙っているのがどこの勢力なのか知っておけるのは悪くない。
脱走するのはいつでもできる。
「名前は?」
精霊騎士は毛皮を拾ってオレに手渡した。
ふつうはなにも言わずに奴隷に拾わせるから、あまり奴隷扱いに慣れていないのか、男に免疫がないのかどっちかだろう。
「テオと言います」
滅びた王家の名前は口にしない。
「騎士様のお名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「ランナ・ドブレだ」
先を歩きながら、その声が震えている。
媚び媚びのオレの奴隷ボイスにやられているようだ。これはやりすぎて悪いというものではない。気に入られなくて暴力を振るわれたとしても、それはそれで主人を満足させるのである。いたぶられるのも隷属の内だ。
「ドブレ様」
「ランナでいい」
肩胛骨をこそばゆそうに動かしている。
「ランナ様」
しかし、ゴツい肉体だ。さっき脚を広げていた太股もパンパンに筋肉が仕上がっていたが、全体としてもかなり鍛え上げられている。単純に鍛えただけではなく、生来の資質がなければこうはならないだろう。
そして豊かさがある。
栄養的には満たされているはずだ。少なくとも魔族の支配域で人間がそれを期待できるものではない。奴隷を管理する側の人間でさえ、甘い汁を吸えている訳ではないのだ。おそらくは人間の領土からやってきた。
ルーヴァの敵か。
「テオ、貴様はここでなにをしていた?」
ランナは言った。
「煙が見えたので何事かと思いまして」
「その毛皮は?」
「自分を売ろうとしていた魔族の奴隷商が何者かに殺されまして、それで逃げてきたところだったのです。け、決して火事場泥棒では……」
手癖の悪い奴隷だと思われない方がいい。
いくらかの真実を混ぜながら、オレは、現在の状況に合致するウソを吐く。脱走してきたというのもあまりよくはないだろう。かなり怪しい言い訳だが、なんとか信じさせて。
「貴様がその魔族を殺したのでは?」
「……!」
だが、ランナは唐突に図星を突いてきた。
「い、いえ、自分に魔族と戦う力など」
振り返ってこちらを見た瞳は獣のように迷いがない。殺気とは別の、本能的恐怖にオレは戸惑う。冷徹さはないかもしれないが、なにか別の鋭さはあるかもしれない。
「わかっている」
だが、それは一瞬だった。
「部下だろう。周辺の魔族を退治させているからな。ディポントを取り戻すには足りないが、人間は回収する。奴隷も使えるなら運ばせよう」
「ありがとうございます」
ヤバい。
女としてはたぶんチョロいが、それ以外の部分は決して油断できない相手だ。下手な失敗をすると死ぬかも知れない。色々聞き出せるかと思ったがあまり喋らない方がいい気がしてきた。
煙を上げる屋敷から少し離れた場所に天幕が張られていた。その周辺には大勢の鎧姿の男たちがいて、彼女が現れると全員が姿勢を正した。少なくともランナの部下に相当する立場なのだろう。
かなり恐れられている。
「入れ、まともな服をやる」
天幕の外に待機しようとしたオレに先に入ったランナが言う。主人の許しがあるまでは一緒に入ったりしないのが奴隷である。
「かしこまりました」
しかしイケメン奴隷の登場に男たちからの疑惑の目が向けられていた。女に取り入ってからだと、大体こういうことになる。
奪われると思うのだろう。
イケメンじゃなかったころのオレだってそう思う。別にマッチョ女が趣味じゃなくても、奴隷ごときに、という気分が働くのが男の心理だ。
「ランナぁ、まだ見つからないのぉ魔王の娘ぇ」
中からは子供の声がした。
「まだだ。ミネア」
天幕の中は化粧の匂いがした。
そして天幕の中とは思えない立派なベッドが中央を占拠している。天蓋つきの前世で言えばキングサイズ、魔王の娘を奪うための襲撃だろうに、こんなものを運ばせるほど偉いということなんだろうか、精霊騎士とは。
「ちょっと待ってろ」
ランナはそう言って、衣装箱を漁る。
「んぁ、だれか一緒にいるのぉ?」
天蓋の周囲を覆っていた透けたカーテンの内側から、ひょっこりと顔を出したのはツインテールの見るからに幼い少女だった。
「……」
オレの姿を見て目をまあるくする。
明るいブラウンの髪の先はくるくると巻いていて、無骨で実用性の高そうな鎧姿のランナと比べると、ヒラヒラの服の上に最小限だけをつけたような鎧姿は雰囲気から違う。
「ああ、奴隷を拾ったんだ]
「奴隷ぃ? ちょっと、おなか見せて」
少女の声が鋭くなった。
「かしこまりました」
もちろん毛皮の羽織の前はきちんと閉じて下半身なんか見えない状態だったのだが、命令されれば従わざるを得ない。腹を見せれば、必然的にすべてをさらけ出すことになるが。
「ぉお!」
少女はオレの正面に寄ってきた。
「なにこの掘り出し物ぉ!」
立派な金時芋をみたみたいなリアクション。
「ミネア、はしたないぞ」
自分がオレのを見たときの反応を棚に上げて、ランナが窘める。横目でチラチラと確認しているのはこちらからだと丸わかりなのだが。
「拾ったってなに? くれるのぉ?」
「やらん」
「けちぃ! なら貸してぇ! せめて貸してぇ! 十年! 十五年でいいから!」
「なんなんだその要求は!」
確かにせめてのレベルじゃない。
「おじさんになったらランナにあげるからぁ」
「なんで所有権がそっちに移ってるんだ」
ランナはそう言って服を広げた。
「……!」
あれ、女物だ。
「これがいいな」
「いいねぇ」
そして二人は頷きあう。
「これで、よろしいでしょうか?」
女二人の持ち物に男物の服があるとは思っていなかったが、もしかしたら兵士たちの服を流用してくれるかもと思ったのが間違いだった。
かなり趣味性の高い服だ。
肌触りのいい、間違いなく高価な生地をしかしアバンギャルドに露出過多な仕立てでなんというか、キャバ嬢チックに仕上げている。異世界感が逆にまったくない。どんなセンスだ。
「スカートを持ち上げてぇ」
「……」
オレは言われたとおりにする。
下着も女物だ。もちろん、オレの男の部分はまったく収まっていない。興奮していなくても、あまりにも布地が小さすぎる。女装も経験がないではないが、相手が男の場合が多かったので、これはちょっと恥ずかしい。
「やはり、似合う。見立て通りだ」
「趣味全開だねぇ」
少女は言った。
「ランナができない可愛いカッコをさせる。着せかえ人形にはいいかもねぇ。ふあぁ、こんな奴隷が転がってるなんて、ワタシも寝てないで仕事すれば良かったぁ」
「しかし、腰が少し緩いか」
ランナはそう言うと、オレの横にやってきて、服の布地に待ち針を刺しはじめる。手慣れた手つきで、スカートの裾も股下ギリギリに合わせるつもりのようだ。
「あの、これを仕立てたのは」
「私だ」
「信じられないよねぇ? この外見でお裁縫が趣味とか、お料理が得意とか、お嫁さんになりたいとか、乙女なんだからぁ」
はい、とは言えなかった。
ランナは割と顔を真っ赤にして怒っていたから。
「貴様ァっ!」
女は言葉が出てきていなかった。
剣を振り上げたまま、しかしその表情は殺気が維持できずニヤケてしまっている。物欲、物としてのオレに対して欲求が生まれている。何度となく見てきた顔だ。
「こ、殺さないでくださいっ」
だから、オレは相手の懐に潜り込む。
「なんでも、なんでもしますから」
強者に屈する弱い奴隷の演技。
どんな奴隷でもそうすることだが、イケメンがやるとその効果は跳ね上がる。単なる身分としての隷属が、相手の支配欲を満たすところまで行くのである。美しさとは暴力だ。
オレだって美少女にやられたら屈する。
「う、薄汚い奴隷の血で剣を汚すまでもない」
そう言って、剣を納める。
精霊騎士はオレと同レベルにチョロい。
「ついてこい。こき使ってやる」
「ありがとうございます」
オレは平伏した。
ひとまず命は繋がった。これでルーヴァたちの情報も手に入りやすくなる。脱走王子としてのオレについて知らないということは領内の人間じゃないだろう。魔王の娘を狙っているのがどこの勢力なのか知っておけるのは悪くない。
脱走するのはいつでもできる。
「名前は?」
精霊騎士は毛皮を拾ってオレに手渡した。
ふつうはなにも言わずに奴隷に拾わせるから、あまり奴隷扱いに慣れていないのか、男に免疫がないのかどっちかだろう。
「テオと言います」
滅びた王家の名前は口にしない。
「騎士様のお名前を伺っても宜しいでしょうか?」
「ランナ・ドブレだ」
先を歩きながら、その声が震えている。
媚び媚びのオレの奴隷ボイスにやられているようだ。これはやりすぎて悪いというものではない。気に入られなくて暴力を振るわれたとしても、それはそれで主人を満足させるのである。いたぶられるのも隷属の内だ。
「ドブレ様」
「ランナでいい」
肩胛骨をこそばゆそうに動かしている。
「ランナ様」
しかし、ゴツい肉体だ。さっき脚を広げていた太股もパンパンに筋肉が仕上がっていたが、全体としてもかなり鍛え上げられている。単純に鍛えただけではなく、生来の資質がなければこうはならないだろう。
そして豊かさがある。
栄養的には満たされているはずだ。少なくとも魔族の支配域で人間がそれを期待できるものではない。奴隷を管理する側の人間でさえ、甘い汁を吸えている訳ではないのだ。おそらくは人間の領土からやってきた。
ルーヴァの敵か。
「テオ、貴様はここでなにをしていた?」
ランナは言った。
「煙が見えたので何事かと思いまして」
「その毛皮は?」
「自分を売ろうとしていた魔族の奴隷商が何者かに殺されまして、それで逃げてきたところだったのです。け、決して火事場泥棒では……」
手癖の悪い奴隷だと思われない方がいい。
いくらかの真実を混ぜながら、オレは、現在の状況に合致するウソを吐く。脱走してきたというのもあまりよくはないだろう。かなり怪しい言い訳だが、なんとか信じさせて。
「貴様がその魔族を殺したのでは?」
「……!」
だが、ランナは唐突に図星を突いてきた。
「い、いえ、自分に魔族と戦う力など」
振り返ってこちらを見た瞳は獣のように迷いがない。殺気とは別の、本能的恐怖にオレは戸惑う。冷徹さはないかもしれないが、なにか別の鋭さはあるかもしれない。
「わかっている」
だが、それは一瞬だった。
「部下だろう。周辺の魔族を退治させているからな。ディポントを取り戻すには足りないが、人間は回収する。奴隷も使えるなら運ばせよう」
「ありがとうございます」
ヤバい。
女としてはたぶんチョロいが、それ以外の部分は決して油断できない相手だ。下手な失敗をすると死ぬかも知れない。色々聞き出せるかと思ったがあまり喋らない方がいい気がしてきた。
煙を上げる屋敷から少し離れた場所に天幕が張られていた。その周辺には大勢の鎧姿の男たちがいて、彼女が現れると全員が姿勢を正した。少なくともランナの部下に相当する立場なのだろう。
かなり恐れられている。
「入れ、まともな服をやる」
天幕の外に待機しようとしたオレに先に入ったランナが言う。主人の許しがあるまでは一緒に入ったりしないのが奴隷である。
「かしこまりました」
しかしイケメン奴隷の登場に男たちからの疑惑の目が向けられていた。女に取り入ってからだと、大体こういうことになる。
奪われると思うのだろう。
イケメンじゃなかったころのオレだってそう思う。別にマッチョ女が趣味じゃなくても、奴隷ごときに、という気分が働くのが男の心理だ。
「ランナぁ、まだ見つからないのぉ魔王の娘ぇ」
中からは子供の声がした。
「まだだ。ミネア」
天幕の中は化粧の匂いがした。
そして天幕の中とは思えない立派なベッドが中央を占拠している。天蓋つきの前世で言えばキングサイズ、魔王の娘を奪うための襲撃だろうに、こんなものを運ばせるほど偉いということなんだろうか、精霊騎士とは。
「ちょっと待ってろ」
ランナはそう言って、衣装箱を漁る。
「んぁ、だれか一緒にいるのぉ?」
天蓋の周囲を覆っていた透けたカーテンの内側から、ひょっこりと顔を出したのはツインテールの見るからに幼い少女だった。
「……」
オレの姿を見て目をまあるくする。
明るいブラウンの髪の先はくるくると巻いていて、無骨で実用性の高そうな鎧姿のランナと比べると、ヒラヒラの服の上に最小限だけをつけたような鎧姿は雰囲気から違う。
「ああ、奴隷を拾ったんだ]
「奴隷ぃ? ちょっと、おなか見せて」
少女の声が鋭くなった。
「かしこまりました」
もちろん毛皮の羽織の前はきちんと閉じて下半身なんか見えない状態だったのだが、命令されれば従わざるを得ない。腹を見せれば、必然的にすべてをさらけ出すことになるが。
「ぉお!」
少女はオレの正面に寄ってきた。
「なにこの掘り出し物ぉ!」
立派な金時芋をみたみたいなリアクション。
「ミネア、はしたないぞ」
自分がオレのを見たときの反応を棚に上げて、ランナが窘める。横目でチラチラと確認しているのはこちらからだと丸わかりなのだが。
「拾ったってなに? くれるのぉ?」
「やらん」
「けちぃ! なら貸してぇ! せめて貸してぇ! 十年! 十五年でいいから!」
「なんなんだその要求は!」
確かにせめてのレベルじゃない。
「おじさんになったらランナにあげるからぁ」
「なんで所有権がそっちに移ってるんだ」
ランナはそう言って服を広げた。
「……!」
あれ、女物だ。
「これがいいな」
「いいねぇ」
そして二人は頷きあう。
「これで、よろしいでしょうか?」
女二人の持ち物に男物の服があるとは思っていなかったが、もしかしたら兵士たちの服を流用してくれるかもと思ったのが間違いだった。
かなり趣味性の高い服だ。
肌触りのいい、間違いなく高価な生地をしかしアバンギャルドに露出過多な仕立てでなんというか、キャバ嬢チックに仕上げている。異世界感が逆にまったくない。どんなセンスだ。
「スカートを持ち上げてぇ」
「……」
オレは言われたとおりにする。
下着も女物だ。もちろん、オレの男の部分はまったく収まっていない。興奮していなくても、あまりにも布地が小さすぎる。女装も経験がないではないが、相手が男の場合が多かったので、これはちょっと恥ずかしい。
「やはり、似合う。見立て通りだ」
「趣味全開だねぇ」
少女は言った。
「ランナができない可愛いカッコをさせる。着せかえ人形にはいいかもねぇ。ふあぁ、こんな奴隷が転がってるなんて、ワタシも寝てないで仕事すれば良かったぁ」
「しかし、腰が少し緩いか」
ランナはそう言うと、オレの横にやってきて、服の布地に待ち針を刺しはじめる。手慣れた手つきで、スカートの裾も股下ギリギリに合わせるつもりのようだ。
「あの、これを仕立てたのは」
「私だ」
「信じられないよねぇ? この外見でお裁縫が趣味とか、お料理が得意とか、お嫁さんになりたいとか、乙女なんだからぁ」
はい、とは言えなかった。
ランナは割と顔を真っ赤にして怒っていたから。
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