脱走王子と脱獄王女

狐島本土

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魔王の器

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「あとは手筈通りに、お願いね」

「万事抜かりなく」

 脱出の準備は整っていた。

 入浴中の襲撃にも関わらず、子供たちが落ち着いて避難できる綿密な計画と訓練、そして避難した先にはすでに領外へのルートが確保されている。それを見れば予想されていたことなのだとルーヴァにも理解できた。

 それが自分の脱獄がきっかけであることも。

「ごめんなさい」

 大型の獣車に屋敷の子供たちが詰め込まれて出発するのを見送るマリに言う。テオとの出会いに浮かれて、王女としての自分の立場を考えていなかった。

「平穏を壊すつもりはなかったわ」

「ルーヴァが捕まっていたからこその平穏だもの。わかりきっていたことよ。人間に攻められるのは予想外だったけどね」

 マリは沢山の腕を解しながら笑う。

「しかも精霊騎士」

「精霊騎士?」

 聞き慣れない単語にルーヴァは首を傾げる。

「新たな勇者候補、ってところよ」

 夜空を透けた花で覆う精霊樹を見上げてマリは残ったルーヴァたちの獣車の前に不安そうに立つニュドの頭を撫でる。

「精霊力、って言うそうよ」

「なんのこと?」

 ルーヴァは言う。

「あの勇者が使っていた力。ルーヴァが新たな魔王を探すように、人間も新たな勇者を探している。ルーヴァが捕まっていたこの六年ほどでハリフィルス聖国がカーボダラの人間をまとめた原動力でもある」

「聞いたことのない名前だわ」

 マリの言葉にルーヴァは首を傾げた。

「あまり政治に積極的に関与してこなかった精霊教団が新しく興した国で、そこの騎士は精霊の啓示を受けるのだそうよ」

「つまり、勇者は」

「そう。精霊の手先だった」

「……」

 ルーヴァも精霊樹を見上げる。

「あいつがこっちに戦争を仕掛けた真の目的がわかってたんだろうね。そりゃあんな化け物も現れる。必死さ、魔界という養分を失っちゃ、こっちの世界が成り立たない」

「ふたたび勇者が現れたら、魔族は滅ぶわ」

 ルーヴァが言った。

「戦いは避けられないね。最初から束の間の平穏だとわかりきってた。だから謝ることはない。あたしもそのつもりで準備はしてきたからね。これは運命なのさ」

「そうね。確かにそうだわ」

 マリの言葉にルーヴァは頷く。

(だからこそ、テオが魔王に相応しい)

 確信を持つ。

「よし、わかったのなら、あたしたちもここから離れようか。追っ手にあの子たちが狙われないように引きつけつつ、陸路で国境を越えるよ」

「え?」

 ルーヴァは耳を疑う。

「なんだい?」

 マリは明らかにすっとぼけていた。

「テオを探すのよ!」

 声を荒らげる。

「……? あの人間? そういや避難してなかったね? 男湯に人がいなかったからね。屋敷に巻き込まれて死んだだろうさ」

「男湯側は別の場所に誘導してるって」

 逃げるときに説明されたことと違っている。

「そんなこと言ったかね?」

「騙したのね」

 ルーヴァは理解する。

「別に殺されやしないだろうさ。奴隷であの顔だ。人間側に出ても拾われる。魔王なんて無謀な高望みをしてもどこかで死ぬんだ。なら、身の丈に合った生き方をさせてやればいい」

 マリは悪びれなかった。

「拾われても奴隷だわ」

「人間の奴隷に同情でも?」

「わたしの夫になる男だって……」

「あたしも、子供を一人取りこぼした。人間と魔族のハーフでね。こっちは拾われても命があるかわからない。残念に思ってるよ」

「その子も助けてあげればいいのよ」

 ルーヴァはニュドを見る。

「テオとその子の居場所を見つけて」

「……」

 目の種族の少女はしかしマリを見る。

「見なくていいよ。ルーヴァ。子供になにを見せる気なんだい? あんな奴隷が拾われたら人間相手にどんなことになっているか、知識がない訳じゃないだろうに」

「マリ!」

 ルーヴァは怒鳴った。

 なにに対して怒りを覚えたのかとっさにはわからなかったが、胸を締め付けられる苦しみに、それが恋の痛みだと気付く。

 人間に捕まったテオがどうなるのか。

(考えないようにしてた)

「あたしは言ったよ。精霊騎士は勇者と同じ力を使っていると。戦えるのかい? 魔力は?」

「それは」

 マリの的確な指摘に言葉が詰まる。

「シドラー坊やを退けるのに使い果たしたんじゃないのかい? あれはそれほどやわな坊やじゃないからね。牢獄ですっかり絞り尽くされた魔力は、こっちの薄い魔素じゃそうすぐには回復しない。あいつが押さえ込めなかった力にそれで対抗できるのかい?」

「準備、してあるなら魔素結晶だって」

 声が小さくなる。

「人間の奴隷を助けるために使うほど余裕はないね。ルーヴァもあたしも戦うとなれば魔力消費は激しい方だ。魔法の一発二発で簡単になくなるよ?」

「……」

 返す言葉がなかった。

「束の間でも平穏に暮らせてたのは、あたしがシドラー坊やを警戒させないようにしてたからさ。魔素結晶なんか大量に集めたらとっくに戦いになってたよ?」

「! だったら、わたしはずっと牢獄にいるべきだったの? 出てきちゃいけなかったの!?」

 諭されて、ルーヴァは激高した。

「よく聞きな」

 だが、マリは冷静に言葉をつづける。

「脱獄したことを責めちゃいない。それは自然な行動さ。あたしもルーヴァには酷な役目を押しつけたと思ってるよ。けどね。魔王の娘なんだ。そして新たな魔王を選ぶ権利を持ってる。そういう立場なんだ。脱獄した。ならば、生きて新たな魔王を選ぶんだ。わかるね? それが王女、ルーヴァ・パティがなによりも優先すべきことさ」

「……」

 ルーヴァは唇を噛む。

 その血の味はどうしようもなく苦かった。

「悪い男じゃなかっただろうさ」

 マリは腕の二本でルーヴァの肩を掴む。

「なんの力もない奴隷にしちゃ、行動力があった。運にも恵まれてた。そしてルーヴァを脱獄させた。それだけでも功績さ。魔族の歴史にちゃんと名を刻んでやろう。テオ・ルブルク。そのためにも、生き残って、魔族を勝たせなきゃいけない。新たな魔王を見つけるんだよ」

「……ぃわ」

「なんだって?」

「テオ以外に新たな魔王なんていないわ!」

 ルーヴァはマリのポケットから魔素結晶を抜き取った。こちらの世界での戦いは何度か見ている。そのときにどう使っていたか、忘れてなどいない。

「テオが死んだら、魔族の負けよ!」

 そして結晶を握りつぶす。

「聞き分けのないっ」

 マリの複数の腕がルーヴァを捕らえようと動いたが、すべて避けて飛び退いた。魔力が充実してくるのがわかる。数は揃えられなかったにしても、テオが城から盗み出したものより純度が高い。

「わたしが選んだのよ! 魔王の娘が一度言ったことを簡単に翻したりしない!」

 ルーヴァはそう言って、素早く回り込んで、ニュドを抱え上げる。テオの探索にはどうしても目の種族の力が必要だった。

「あんた、それであたしを出し抜けると?」

 マリは自分も魔素結晶を使った。

「そっちこそ、ここで逃げて魔族が勝てると思ってるの!? ここは魔界じゃないのよ!」

「なにを……」

「わかってるでしょう? 界門を閉じられて、限られた魔力しか使えない魔族が、あの精霊樹そのものを敵に回して勝ち目があるのかって言ってるの! 勇者が精霊の手先だったのなら尚更! 魔族が生き残るには、人間を味方につけなきゃ!」

「……」

 ルーヴァの言葉にマリが沈黙した。

「テオは、奴隷を解放すると言ったわ」

 畳みかける。

「それに、わたしに魔王になれとも言ったわ」

「ルーヴァを?」

「わかるでしょう? 彼は奴隷かも知れないけど、人間と魔族の、これまでの世界を壊せるかもしれない。新たな魔王の器なのよ!」

 どこか飄々として。

 どこか常識はずれで。

 辛い境遇を生きてきたのに、余裕がある。

(わたしのテオ)

 ルーヴァは萌えていた。

(絶対に失えない)

「あいつの教育方針は間違ってたね」

 マリは苦々しく言う。

「まったく、箱入り娘が男に惚れるとこれだから手に負えない。あたしは止めたからね? ルーヴァ。これだけはちゃんと覚えておくんだよ。これからどんな目に遭っても、それはあんたが選んだ道だ。それでいいなら、命令しな」

「マリ……っ!」

 ルーヴァは大きく頷く。

「一緒に来て、テオと子供一人、助けなさい!」

「了解だよ。王女様」

 マリはやれやれと沢山の手を挙げた。
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