四つ葉のクローバーを贈られました

綾織 茅

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小此木家

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「お待たせしました」
「いえ、私の方こそすみません」
「謝るのは無しですよ。さ、餌やりしましょう」
「はい」


 餌が入った袋を小此木さんから受け取り、橋の上でしゃがみこんだ。

 袋を開けるためにガサガサと音を立てると、人が近づいてくると餌をもらえると理解しているのか、たくさんの鯉がパクパクと口を開けて寄ってくる。
 本当に一匹たりとも同じ模様の鯉がいないので、見ていてとても楽しい。


「ほぉら、餌だよー」


 餌を投げ入れたらすぐに餌争奪戦が始まった。まだ体の小さな鯉はそれにすぐ負けてしまう。

 なんだか可哀想になってしまって、ついついその子がいる方へばかり投げていた。


「あ、食べた!」


 見事その鯉が餌をゲットした時は思わず声が出てしまった。

 160㎝はあっても、欧米人は背が高い人が多い。
 日本にいる間はそうでもなかったけど、渡英してから周りはイギリス人がほとんどだったから、背の小ささは割とコンプレックスだった。

 小さい頃は弟妹がいる環境に憧れていたし、基本的に小さなものが好きなんだとも思うけど。


「変わらないね」
「え?」


 鯉達が元気に飛び跳ねる水音に紛れ、上から声が降ってきた。

 見上げると、ちょうど小此木さんの肩の位置に太陽が来ていて、完全に逆光になっている。

 眩しくて目を細めると、小此木さんの手が私の方に伸びてきた。


「……あんまりこちらを見ると、目を傷めますよ」
「あ、そう、ですね」


 すっと目蓋を覆われた手が温かい。


「小此木さんは餌あげなくていいんですか?」
「えぇ。幼い頃から見慣れているものですし。あまり与え過ぎるのも彼らの健康上良くないでしょう?」


 確かに。
 獣医学は専門外だからよく分からないけど、人間と同じように食事のとりすぎは良くないかも。

 もう餌やりは終わりだと鯉達に言外に伝えるべく立ち上がった。


「餌、ありがとうございました。後で垣内さんに場所を聞いてしまっておきますね?」
「私から言っておきますよ」
「大丈夫ですよ。これ以上小此木さんの手を煩わせるようなことできませんから」
「……私はそんなに頼りない?」
「え!? いや、そういうわけじゃ!」
 

 表情にかげりをまとわせ、僅かに目を伏せる小此木さん。
 白皙はくせきの美青年がする表情としては反則だ。

 私はただ、雇用主の手を煩わせる使用人がいるかってことが言いたくて。

 ……分からないけど、なにか負けた気がする。


「それなら……すみませんが、お願いします」
「はい。じゃあ、中に入りましょうか。垣内さんが美味しいお茶を淹れて待っていてくれてますよ」


 そういえば裏から戻ってきたのは小此木さんだけだったっけ。
 一足先に垣内さんは中に入ってたんだ。
 しかも、同じ使用人の私にお茶の準備まで……本当に良い人だなぁ。

 小此木さんが手を引いてくれるのに合わせて私は橋から降りた。


「そういえば、さっき変わらないっておっしゃってませんでした?」
「……いや、鯉達が餌に勢いよく寄ってくるものだから」
「なるほど。確かにすごい勢いでしたね!」


 あぁ、鯉達のことだったんだ。
 一瞬、実はどこかで知り合ってたのかと思った。
 それだと本当に失礼だし、良かった良かった。

 内心ほっとしている私を、小此木さんは口元に変わらぬ笑みを浮かべてジッと見つめてきた。


「そうそう。ここは小此木家ですので、使用人達以外は皆、姓は小此木です。ですので、私のことは咲夜と呼んでいただけますか?」
「そう、ですよね! 分かりました。では、咲夜様と」
「イヤです」
「はい?」


 お呼びしますねと続く言葉よりも早く否を唱えられてしまった。


「で、でも、垣内さんは咲夜様って呼んでましたよね?」
「様づけで呼ばれるのは好きじゃないんです。ただ、垣内さんは私が生まれた頃から言い続けているので、今さら変えて欲しいと言うのは可哀想でしょう? その点、佐倉さんは今日からだし」
「では、何とお呼びすれば?」
「咲夜、と」


 い、いやいやいやいや!
 無理でしょ!

 どこの世界に雇い主を呼び捨てにする使用人がいるの!?

 お断りだ、断固お断りしなければ。


「すみません。さすがに呼び捨てはまずいので、咲夜さんとお呼びする方向でいかがですか?」
「……分かりました」


 すごく渋々って感じだけど、これでもお互いの妥協点良いところついたと思うんだけどなぁ。

 小此木さん……咲夜さんは見かけによらず意外と強情だ。

 高級料亭を思わせる美しい日本庭園を抜け、私達は木目の引き戸式の玄関から中に入った。


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