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第一章―飛び立つことさえ許されず―
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しおりを挟むお店は評判なだけあって人が多く、やっと入れた時には丁度おやつの時間にぴったりになっていた。
ケーキバイキングになってて、どれもとっても美味しかった。特に甘すぎないガトーショコラがもう絶品!
また来たいねぇと言いながらお店を後にした。
依理を駅まで送った後、家の近くのスーパーに夜ご飯の買い物に行った。
そして帰り道、あの桜のある公園を通った。
「本当に綺麗」
桜の木に近づき、上を見上げた。
桜は夕焼け空に美しく映えていた。
「こんにちは」
「え?」
……あ、この人、朝もここにいた人だ。
木の後ろから現れた男の人はいわゆるイケメンってやつだった。
身長は百八十超えてて、すらりと長い手足。切れ長の目に、すっと通った鼻筋で、涼しげな、とでもいうのか何とも整った顔立ち。
間違いない。イケメンの中でもトップの部類の御方だ。
「あ、こ、こんにちは!」
挨拶を返していないことを思い出して、慌てて返した。
は、恥ずかしっ!
若い年上の男の人と話したことそんなにないから、吃っちゃった。
イケメンさん(仮)は、そんな私を見て、クスクスと笑った。
今、私、顔絶対真っ赤だ。
「顔真っ赤だよ? 可愛いね、結城さん」
「そ、そんなこと……ん?」
何か、今……引っかかったような。
「その制服、桜嶺のでしょ? 僕も明日からそこの教師なんだ。よろしくね」
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
手を差し出されたから、怖ず怖ずと握り返した。
いや、ここで会釈だけするのも失礼だと思うからで、決してイケメンと握手万歳とかそんな不埒な考えは……少しはあったかもしれない。だって滅多にお目にかかれない程だもの。バチは当たらないと思う。
「結城さんって家この近くなの?」
「はい。あの……何で私の名前……」
私、名前言ったっけ? 言ってないよね?
「それ」
「それ?」
男の人にしては細い指で、すいっと胸元を指差された。指の先を辿っていくと、名前入りのプレートを表にしたままだった。
「それ、学校以外じゃ裏にした方がいいよ。知らない人に名前を知られてしまうから」
「あっ、ありがとうございます!」
私は慌てて名札を裏返した。
そういえば、これを配られた時にそんな感じのことを言ってた気がする。
ケーキ屋さんに行くからはしゃいじゃって、すっかり忘れてた。しっかり者の依理も言ってこなかったから、依理も本当に疲れてたんだ。
「結城さんは何組?」
「えっと二組です。中澤先生のクラス……中澤先生分かります?」
「うん。……そっか、二組なんだ。フフフ。僕、二組の副担なんだ」
うわっ! 本当に!?
中澤先生、これは先生が言ってたようなレベルのイケメンじゃないよ? 下手すると芸能人レベルだ。スカウトが来てもおかしくない。
明日すごいだろうなぁ。
「先生、これから三年間よろしくお願いします」
「……月代十夜だよ」
え? あ、先生の名前か。
「月代先生、明日は女子からたくさん騒がれますよ? 先生も頑張ってくださいね!」
「そう?」
首を軽く傾げる姿はまるで絵から抜け出てきたみたいに様になってる。
………って、もうこんな時間だ!
公園にある時計が六時を差していた。
「送るよ。もう結構暗くなってきたし」
「い、いえ! 大丈夫です! そんなに離れてないんで!!」
私は全力でお断りした。
だって、二人で帰ってる所を誰かに見られたら酷いことになりそうだもん。私は穏やかに楽しく高校生活を過ごしたい。
「でも、重いでしょう? カバンに買い物袋持って」
「いえ! これくらい何てことないですから」
その時、ポケットに入れていた携帯が鳴った。
ちなみに、桜嶺は授業中や今日みたいな入学式とかの式典中以外だったら携帯の使用持ち込みが認められている。最近は遠くから通学している生徒もいて、数年前の生徒会が先生側に訴えて認めさせたのだとか。
買い物袋を一旦下に置き、携帯を取り出すと、弟からの着信だった。心配性の弟は日に最低一度、こうして電話なりメールなりをしてくる。
でも、今は出ない方がいいよね?
先生もいるし。
「早く出ないと切れちゃうよ?」
「え、あ、はい。じゃあ、ちょっと失礼して……もしもし?」
通話ボタンを押すと、昨日ぶりの声が聞こえてきた。
『ヤッホー! ちゃんと飯食べてる?』
「今から帰って作るとこ。何かすごいテンション高いね?」
『そ? 俺はいつも元気いっぱいよー?』
「はいはい。じゃあまたね」
『おう、じゃあな?』
ポンとボタンを押して会話終了。
フッと先生を見ると、さっきまでの穏やかな微笑が消え、無表情になっていた。
やっぱり、電話まずかったよね?
そんな長く話してはないつもりだけど。
「あの、すいませんでした。気分悪くされ……うわっ」
一際強い風が吹いて、桜の花びらが舞った。その花びらが目に入りそうな程だったので、ぎゅっと目を瞑った。
その時、ふわっと温かい何かが身体を包みこんできて、そろりと目を開けると、先生が私を抱きしめていた。
「せ、先生?」
「もう大丈夫かな?」
そう言うと、先生はゆっくり離れていった。
きっとたった数秒の出来事のはずなのに、私には長い時間そうしていたように感じられた。
って、何だ。ただ目に入らないように庇ってくれただけじゃん。
なのに……顔熱っ!
「さ、行こうか」
「え? あ、ちょっと!」
先生は私が下に置いておいた買い物袋を取り、さっと歩きだした。
行くってどこに?
「こ……結城さん、早く」
「……あ、あの」
こ?
先生が空いた片手を差し出してきた。
繋げと? 無理無理無理!
本当にこんなとこ誰かに見られたら、明日血祭りにあげられちゃうよ!
「結城さん」
「じ、自分で帰れますから」
フルフルと首を振り、買い物袋に手を伸ばすと、それを高く掲げられた。
私の身長が百五十七。先生の身長が百八十だとして、二十センチ以上差がある。
その上高く掲げられたもんだから、全然届かない。
軽くないはずなのに、さすが男の人だ。
……って違う違う!
「先生っ! かえ、して、下さ、いっ!!」
「ダーメ」
いくら飛び跳ねても飛び跳ねても無理。
最近運動怠けてたから、ジャンプ力が落ちたみたい。
受験って怖いねー……ってまたまた違う違う。
「先生! ……もうっ! 先生ってみかけによらず意地悪なんですねっ!」
「そう? 意地悪? 言われたことないから新鮮だな」
そう言ってクスリと笑った先生は、スタスタと長い足で公園の出口に歩いていった。
私はあまりに綺麗に歩いていくもんだから、ちょっと、ちょっとだけ。
……先生の後ろ姿に見惚れてしまったんだ。
さっきの突風の名残か分からないけど、小さな風が起きて桜の花びらがヒラヒラと舞って、先生の姿をより美しくさせてたから。
「……って先生!」
もう出口から出そうになっている先生を追いかけ、私は先生の元まで走った。
「先生の家ってこの辺りなんですか?」
「うん。もうちょっと歩いた先のマンション。パン屋の前の」
「う、そ」
「本当」
先生が言ったマンションは私の住んでるマンションでもあった。
「今日引っ越しを済ませたんだ。四階の一番奥」
「え、嘘」
「これも本当」
私、四階の一番奥から二個目の部屋。
ってことはお隣さん!?
先生は知っていたようで、ふわりと穏やかに……
「よろしくね。結城さん」
そう言って微笑んだ。
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