籠ノ中ノ蝶

綾織 茅

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第三章―愛するが故に―

14

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 とうとう祭りの日が来てしまった。

 日が過ぎるのは早いものだ。

 光陰矢の如しってこのことだろうな。


「はい、できた」
「ありがとう」


 依理がジョエル君達との待ち合わせに行く前に来てくれて、浴衣の帯を綺麗にしてくれた。

 あと、髪の毛も。

 今日は横で少し結んで、くるっとお団子にして、残りは垂らした。

 依理は紺地に鞠柄の浴衣を着て、高い所でお団子にして纏めてる。


「もうこんな時間か。行くよ、小羽」
「うん!」


 巾着袋を手に、私と依理は外に出た。

 日向も友達と祭りに行くためにもう出かけた。

 玄関に鍵をかけ、待ち合わせ場所に急ぐ。

 だけど、この時私も、依理でさえも忘れていた。

 重要なことに。

 待ち合わせ場所が近づくにつれ、何だか人が多くなってきた。

 だけど待ち合わせは駅だし、今日はお祭りだからみんな集まってきたんだろう。

 そう思ってた。


「ねぇ、見た?」
「見た見た! すっごい綺麗だった!」


 女子大生らしき集団が向こうからやってきて、そんなことを言いながら騒いでいた。


「芸能人か何か来たのかな?」
「……小羽、私、忘れてたわ」


 何を?

 依理の目は何故かすわっている。


「あの茶髪の人かっこいい!」
「あたしは黒髪の方!」


 今度は中学生が私達の横を通り過ぎていった。

 ……茶髪に黒?

 私は依理と顔を見合せ、首を傾げた。

 依理はすべて分かっているようだ。


「あ、小羽サン! 依理サン!」


 騒ぎの元である二人が私達に気づき、こちらに歩いてきた。


「……誰?」


 私は最初誰か分からなかった。


「私達の待ち合わせの相手よ」
「……えっ? え、あれ? えっ? えぇーっ!」


 分からないのも当然。

 先生は茶髪にして眼鏡をつけ、ジョエル君は黒髪に黒のカラコンをつけていた。

 何故か立派に変装してたわけだ。

 どっちにしろ目立ってるけど。


「着流しで来たんだ?」
「どうですカ? 先生に借りたんですヨ。金髪は目立つので、カツラつけマシタ」


 ジョエル君は嬉しそうに着流しの袖をヒラヒラと振った。


「いいと思うわよ?」
「本当ですカ? 嬉しいナ」
「……月代先生も」
「……ありがとうって言うべきかな?」


 依理。

 そんな敵がい心剥き出しにしちゃ駄目。

 私は依理の一歩前に出た。


「あの人達、カレカノ同士なのかな?」
「うっわ! 目の保養じゃん!!」
「あんな可愛い子が彼女とか羨ましー」


 至る所からそんな声が聞こえてくる。

 カレカノじゃありませんよ。

 ついでに言うと、依理は可愛いんじゃなくて綺麗なんですよ。

 心の中でそっと答えておく。


「小羽。それ、似合ってるよ」
「……ありがとう、ござい……」
「小羽は可愛いですから当たり前です。それと名前を呼び捨てしないでもらえます?」
「よ、依理……」


 は、恥ずかしいよ。

 こんな公衆の面前でそんなお世辞言わなくても。

 でも名前に関してはその通りだ。


「それに先生が生徒とこういう交流をするのはマズイんじゃないですか?クビになりますよ?」
「大丈夫だよ。わざわざ他人の空似に見えるようにしてきたんだから」


 依理と互角の口のたちようだ。

 私は二人を交互に見つめ、ジョエル君は面白そうに見ていた。


「……ねぇ、もう行こう? すっごい目立ってる」
「……そうね。こんな所で時間を潰すのはもったいないわ」


 やっと冷戦が収まり、お祭りがあっている場所にみんなで向かった。


「ねぇ、ジョエル君」


 ジョエル君の耳元に小声で囁く。


「何ですカ?」
「先生、本当に大丈夫なの?」
「ハイ!」


 その笑顔と自信満々の返事の根拠がすっごく気になるんだけど。


「相手が好きなら好きな程人間はおかしくなるモノですヨ」


 そんなニコニコと……。

 それにおかしくなり過ぎだよ。


「相変わらず多いわね」
「日本のお祭り初めてデス!!」


 ジョエル君は屋台を楽しそうに見ている。

 たまに面白そうな屋台を見つけると、お店の人に笑顔で話しかけていた。


「私、焼きそば買ってくる。小羽、いる?」
「私はいいよ」
「そ。ジョエル君、よろしくね」


 依理は少し離れた屋台に走っていった。

 ……。

 この面子。

 ……気まずい。


「先生、依理に手出さないで下さいね」
「分かってるよ。僕も十分反省してるんだ。あの時はどうにかしてたんだよ。ごめんね?」


 私は先生をじっと見つめ、その真意をはかる。

 だけどいつもの何を考えてるか分からない笑顔に阻まれた。


「あ、小羽サン! あれ、やりましょうヨ!」


 ジョエル君が指差した方を見ると、射的だった。

 射的、あんまり得意じゃないんだけどな。

 でもジョエル君、すっごくやりたそうだし……。


「うん、行こう!」
「僕、こういうの得意ですヨ!」


 少しだけしかさっきまでいた場所から離れていないから、依理も見つけるのに苦労しないだろう。

 そしてジョエル君は自分で言った通り、次々と商品を落としていった。


「すごっ……あ、あのパンダのぬいぐるみ可愛い」


 私も挑戦してみようかな。

 今まで黙って見ていた先生が弾を詰め始める。

 そしてパンという音が響き、パンダのぬいぐるみがコテンと下に落ちた。


「はい」


 お店の人が渡してくれたのを先生が私にくれた。


「あ、ありがとうございます」
「うん」
「……」


 当てた景品を袋に入れてもらっているジョエル君が、景品の一つのう○い棒を口にくわえてモグモグしながらこっちを見ていた。


「いたいた。うわ、そんなに取ったの? 小羽もパンダのぬいぐるみ持ってるし」
「ハイ! これ、あげますネ!」


 依理が戻ってきてジョエル君の袋を見てかなり驚いている。

 そういう依理も両手に持てるだけ焼きそばにたこ焼き、わたあめなど買ってきている。

 細いのによくそんなに入るなぁ。

 本人曰く、自分はこういう料理の方が性に合っているらしい。

 依理の家の料理もおいしいけど、堅苦しいのが嫌いな依理にとっては苦痛なんだろう。


「向こうに休憩所があったからそこに行かない?」
「うん!」


 やっぱり依理がいるのといないのとでは違う。

 先頭に立って歩く依理に私達はついていった。



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