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第六章―切実なる願い―
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しおりを挟むすでに見慣れた白の天蓋付きベッド。
白い天井。
白で埋め尽くされた部屋。
上半身をそっと起こし、コハクの姿を探すと、ベッドの脇に丸くなって眠っていた。
ベッドから出て、コハクの横に座り込み、優しくその背を撫でた。
コハクは尻尾や耳を時々震わせるだけで、目を開けることはしなかった。
コハクになら、何でも言えるんだよね。
喋れないし。
「ねぇ、コハク。私ね、自分の気持ちが分からなくなってきているの。依理や日向に会いたいから帰りたい。でもね……
「させないよ。絶対に」
「せん、せ」
いつから話を聞いていたのか、先生がドアの所に立っていた。
開けた音は聞こえなかったのに、と思ってはたと気づく。
そっか、先生は……。
おまけにここは彼の家。
どこにいようと自由だ。
先生はつかつかと私の側にやってきた。
「その二人に最後にもう一度だけ会わせたら、君はもう外の世界に未練を無くしてくれる?」
「最後に? そんなの……嫌」
それは紛れもなく本当に最後の一回ということで。
ここで首を振ったらその最後すらもないかもしれない。
でも首を横に振らずにはいられなかった。
「小羽が今思ったこと、当たってるよ。一回で我慢ができないなら、僕はその一回すら叶えてあげられなくなる。小羽が心変わりしたら嫌だから」
「心変わりしません。先生の側にいます。だから」
「ごめんね、小羽。いくら小羽のお願いでも聞いてあげられないな」
「そんなっ!」
どうして…信じてくれないの?
私はゴクリと唾を飲み込み、ある賭けに出た。
失敗すれば、待ち受けているのは……死だ。
「私の条件をのんでくれないのなら、私を殺して下さい」
「え!?」
先生の表情が一転して慌てふためいたものになった。
私の両肩をギュッと痛い程強く握りしめてくる。
それでも私は痛みを我慢して平然を装った。
「私の言うことを信じてくれないのに、先生とこのまま一緒に居続けるなんて、そんなのできっこありません。いっそのこと私を殺して下さい」
「そんなの……できるわけない」
先生は苦虫を噛み潰したかのように表情を歪めている。
瞳もゆらゆらと揺れていた。
「じゃあ、二人に会わせて下さい。時々、定期的に」
「……もし小羽が心変わりをしたら、その二人を殺しちゃうかも」
「その時は私も二人の後をおって死にます」
「っ!」
これは賭けでもなんでもない。
私の本心だ。
「……分かったよ。明日の夜になるけど」
そう言って先生は部屋を出ていった。
「ニャー」
「コハク、起きたの? 私ね、会えることになったよ」
「ニャ」
私の言うことにきちんと反応してくれるコハクに、私は次々としゃべりかけた。
「楽しみだなー。何から言おうかな?」
言いたいコトはたくさんある。
言わなきゃいけないことも。
「コハク。さっき言いかけたことだけどね? あ、寝てたか。ま、いいや。私、二人にも会いたいけど、先生を一人にもできないなぁって……ちょっぴり、まだほんのちょっぴりね? 思えてきたんだぁ」
先生が乱入してきて言えなかった言葉。
あの塔にたった一人ぼっちで暮らさせられていた先生の孤独は窺い知れない。
私だったらきっと狂ってしまう。
誰かに側にいて欲しくて、必要として欲しくて。
私には日向や依理がいてくれた。
なら、先生には?
誰が一緒にいてくれた?
その孤独を忘れさせたのが私だっていうのなら、私は先生の側にいてあげなきゃいけない。
「コハク。コハクも一緒に先生の側にいてあげてね?」
「ニャー」
一際元気に鳴くコハクが“分かった”と言っているようで、私の口元に笑みが広がった。
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