籠ノ中ノ蝶

綾織 茅

文字の大きさ
上 下
72 / 91
第六章―切実なる願い―

7

しおりを挟む




「姉様、僕のこと何て?」
「……どうしてあんなことするの?」
「あんなことって?」
「とぼけないでっ! どうしてリアさんを苦しめるの!?」


 ジョエル君が迎えに来て、リアさんと別れた。

 あそこの温室から出られないらしいリアさんは、それでも綺麗な笑顔で私を見送ってくれた。

 その笑顔を、寂しげな笑顔を見ていられなくて。

 私は廊下を曲がった所でジョエル君に詰め寄った。


「……それは君には関係ないんじゃない?」
「っ。そうかもしれないけどっ!」
「君はただ、自分のことだけを考え、十夜と一緒に僕に面白いものを見せてくれればいい」
「私達はあなたのおもちゃなんかじゃない!」


 ジョエル君は私を冷たく見下ろした後、ため息をついた。


「……君はさ、両親を殺されて、その犯人を愛せる?」
「そんなの」


 許せるわけない。

 今だって、忘れてなんかない。

 お父さんやお母さんが血の海に横たわっていた光景を。

 犯人が目の前に現れたら……きっと私も……。


「……そう。憎いよね? 僕も一緒さ」
「……え?」
「僕も大切なものを奪われた。だから殺した」


 そんなことで、って反論しなきゃいけないんだろうなっていうのは頭では分かってる。

 復讐は復讐しか生まないっていうのも分かってる。

 でも……失ったものも、もう戻ってこない。


「ねぇ、小羽ちゃん?」
「……」
「知ってる?」


 ジョエル君が耳元に口を近づけてきた。


「小羽?」


 廊下の角から月代先生が顔を出したのはそんな時だった。


「だからこそ、愛は惜しみなく与え」


 ジョエル君も先生には気づいていた。

 先生がいる方を目線だけで見て


「惜しみなく奪うものだよ」


 そう言った。


「……何してるの?」
「別に? 人生の先輩からの忠告かな?」


 先生の視線がジョエル君から私に移った。

 なんだか、居心地が悪い。

 何も後ろめたいことはないはずなのに。

 とりあえず私がまずすべきことは、ジョエル君の身体を押してこの体勢から逃げ出すことだった。


「クスッ。君は猫みたいだね。懐いたかと思ったら、途端に警戒しだす」


 爪を立てられないようにしないと、とジョエル君は笑った。

 私なんかよりもジョエル君の方が猫だと思う。

 気まぐれな……血統書付きの猫。

 振り回される私達はさしずめ、その猫の前に差し出された鼠だろう。

 弄ぶように追いかけ回され、最後には必ず狩られる。

 そんな存在。


「小羽、帰るよ」
「え!? でも、私は」
「聞きたいことがある、でしょ? 僕が何でも答えてあげる。だから帰ろう」


 あぁ、先生。泣きそうだ。

 どうしてそんな顔をするの?


「……分かりました」
「……行こう」


 先生に手を引かれ、歩き出す。

 ぎゅっと繋がれた手がいつもより痛い。


「小羽ちゃん」


 名前を呼ばれ、振り返ると


「またね」


 ジョエル君がニコッと笑いながら手をひらひらと振っていた。

 でも、私は以前のようにそれに答えることはできなかった。


しおりを挟む

処理中です...