戦国乱世は暁知らず~忍びの者は暗躍す~

綾織 茅

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第一章―雛の笑み

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 建物から出た左近は、以之梅を連れて庭の一角を目指していた。
 子供達はどんなものが見られるのかと期待に胸を膨らませ、はしゃぎ回っている。

「おい、左近」
「なに?」
「お前、楽しんでるな?」
「そうかな? そう見える?」
「見える。おまけに言うと、ほら、上」
「ん? あぁ、先輩」

 隼人が指し示す上方に顔を向ける。すると、人が空から、正しくは建物の窓から飛び降りてきた。

「さあぁぁこおぉぉんっ!」

 落下の衝撃は屋根や木で殺される。地面に着地する時も、必要最低限の受け身をとる見事な着地であった。

「相変わらず、素晴らしい身体能力ですね。先輩」

 左近がわざとらしく拍手をしてみせると、先輩と呼ばれた男──伝左衛門は彼をキッとにらみつける。ずかずかと大股で歩いてきて、左近に頭突きをせんばかりの距離まで顔を近づけてきた。

「んなことはどうでもいい! てめぇ、俺に教えていないわなを大量に作ってやがったな!?」

 左近も、この少々暑苦しい先輩の扱いは慣れたもの。口元に薄く笑みを乗せたまま、ふいっと横を向く。

「どれのことをおっしゃっているのか、僕には分かりかねますが。でも、たぶん、先輩が里を離れられてから作ったものですよ。だから、お教えしなかったのではなく、お教えできなかったんです」
「んな屁理屈へりくつが通用するか! だったら、皆に分かるよう目印作っとけ!」
「あーあー。耳元でそんな大声出さないでくださいってば」

 唾を飛ばさんばかりに大声でまくし立てる伝左衛門に、そばで見ていた子供達はその都度びくりと身体を震わせ、慌てて隼人の背に回る。「怖くない怖くないぞー」と隼人が言い聞かせると、そろそろと鈴なりになって顔をのぞかせた。

 子供の、というより、生物全般の世話をすることに慣れている隼人にとって、面倒を見るということは自分の生活の一部である。まるでかもの子のように後ろについて回る子供達に、「餌付けまだなんだけどな」と言いつつ、満更でもない表情を浮かべて喜んだ。

「まぁ、それはおいといて。とりあえず、お元気そうでなによりです」
「ふん」

 ともすれば皮肉とも取れる言葉に、伝左衛門は軽く鼻を鳴らす。そして、隼人の背にかばわれている子供達に目をやった。
「ひぃっ」と小さく声が漏れたのは、子供達の中で一番大人しそうな子のものだろう。再び隼人の背に隠れてしまった。
 それに目をすがめる伝左衛門であったが、何も言わず、再び左近の方を向いた。

「……以之梅を連れてどこへ行く」
「この子達が、僕が作ったからくり仕掛けが見たいと言うんです。なので、見せに行こうかと」
「はあぁあぁぁぁっ!? 隼人っ! なぜ止めん!」
「いやぁ。止めて聞くようなやつじゃないのはご存知でしょう?」
「だからといって、ひな達、それも一番下の代を連れて行くなど、危険にもほどがあるぞ!」

 伝左衛門の心配も最もなことである。なにせ、左近が仕掛ける物は一部を除き、本来ならば対侵入者用。そのえげつなさは折り紙付き。しかも、左近が思いつくままに仕掛けるものだから、敵も味方もあったものではない。興味をかれ、手を、足を、それらを伸ばした先に、ということが十二分にありえるのだ。

 どこに何が仕掛けられているか、必死になって頭にたたき込む。これこそ、自由に外出を許されるようになった代の、学び外での最初の任務と言っても過言ではなく。

 それでも、すでにその気になっている子供達の好奇心も抑えられそうにない。

「えー!」
「みたいみたーい!」
「せんせー、みたーい!」

 不満と好奇、期待と羨望が入り混じった瞳と声を、子供達が次々と投げかけてくる。
 そこまで言われては、作った側である左近もこのまま見せに行くことにやぶさかではない。

「ほら、この子達もこう言ってることですし」
「……仕方ない。ならば、俺も行く!」

 伝左衛門の決断に、左近は思わずえーっと不満そうな声を漏らした。

 「仕掛けわなを減らせ」とは言わないが、「もう少し考えてやれ」と口煩くちうるさく言ってくる伝左衛門は左近にとって敬うべき先達ではある。が、同時に少し煙たくもある。
 なんとか置いていくすべはないかと考えを巡らせた。

 そして、はたと気づいた。伝左衛門がやって来た時、それは建物の中からであった。

 で、あれば。

「というか、先輩は講義の途中だったんでしょう? 抜けてきて大丈夫なんですか?」
「今は試験中だ。だから問題ない」
「答えを見せ合うかもしれませんよ?」
「そんなこと、あいつらはせん。それに、万一少しでも妙な点があれば、もう一度やれば分かることだからな」
「……可哀相かわいそうに」
「ふん!」

 伝左衛門が自らの担当のひな達に見せるその謎の信頼は、本当に信頼なのか。できれば、そんなことはしないとだけ言い切って欲しいところである。

 しかし、こうなると打つ手が減ってしまう。最大にして最良の手だと思われたが、はてさて。

 どうしようかと、左近がさらに考えを巡らせる。すると、一人だけ隼人の背から抜け出していた宗右衛門が、左近の着物の袖を軽く引っ張った。上目遣いで見てくる宗右衛門は、まだ行かないのかと言外に訴えてくる。

「……よし、じゃあ行こうか」
「「はーい!」」

 子供達はまだかまだかと首を長くして待っていたし、伝左衛門の決意も固そうだ。
 左近は伝左衛門をこの場に置いていくことを諦め、歩を進めた。その後ろを子供達を連れた隼人と伝左衛門が続く。

 ぞろぞろと連なっていくその様子は、本当にかもの親子の行列のようであった。

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