戦国乱世は暁知らず~忍びの者は暗躍す~

綾織 茅

文字の大きさ
21 / 117
第三章―護り人は今

しおりを挟む


 合議が終わり、伊織達の代は全員学びの長屋へと戻った。
 ひな用と師用。部屋は違えど、やはり館の方よりもこちらで過ごした時間の方が長い。故に、館の各々の部屋ではなく、こちらの長屋の部屋へ自然と足が向いていた。

 そして、さらにその部屋の中でも、誰が言い出すわけでもなく伊織の部屋へ皆が入っていく。たとえこの部屋の主である伊織自身が後ろから数えた方が早いくらいに後方から来ていたとしてもだ。これに関しては、本人はもう怒る気も失せていた。

 皆、思い思いの所に腰を下ろし、まるで自分の部屋であるかのようにくつろぎ始める。

 そんな中、伊織は左近の前で胡坐あぐらをかいた。

「左近。お前ときたら、なんでそう伝左衛門先輩に突っかかるんだ」
「違うよ。僕は売られた喧嘩けんかをちゃんと買ってあげてるだけ。なんて先輩想いな後輩」
「いやいやいや。売られてないし、買うな。それに、誰が先輩想いだ。こんな後輩、俺は御免だぞ」
「そりゃ、伊織は僕の先輩じゃないから。大丈夫だよ。みんな良い子良い子」
「……はぁー。こういうところなんだろうがなぁ」

 伊織は深い溜息ためいきをついているというのに、怒られているはずの左近は普段の笑みを崩さない。

 少しでいい。ほんの少しでいいから、反省の意を示してくれたら自分の苦労も伝わっているのだと感じ入ることができるのに、その兆しは一向に訪れる様子がない。

 慣れとは本当に恐ろしいもので、この話は時間の無駄だと伊織が判断するのに、時間はそんなに必要とはしなかった。

 珍しく夜の哨戒しょうかい任務に誰もあたっておらず、その上、この場に全員そろっている。

 押し付けられた、もとい、順番を回された様々な確認作業の役割分担でもするかと、伊織は皆へ顔を向け、ぐるりと見渡した。
 そして、おきなや先輩達にも報告をするために、そばの文机の上から反故ほごになった紙と筆をとり、「私が」と記録係を申し出た吾妻に手渡した。

「とりあえず、地形の確認は左近と隼人。健康確認は与一と慎太郎。在庫確認は源太を中心に置くとして。問題は残りをどこに配置するか」

 伝左衛門も言っていたが、わなの数や現状確認は必須。そうなると、製作者である左近はもちろん、左近の目付け役である隼人も地形確認班に回るのは当然のこと。そして、普段は薬作りばかりに目がいくが、医術の心得も問題なく身についている与一と、同じく目付け役である慎太郎は健康確認班。それから、火器を得物としている源太は火薬をよく扱う。ならば、その火薬の在庫確認のついでに他の在庫も見てもらおうという算段だ。
 残っているのは、松の正蔵と蝶、竹の吾妻と彦四郎、梅の兵庫と伊織自身である。

 すると、先手必勝とばかりに、蝶が自ら手を上げた。

「はーい。俺、在庫確認がいいでーす」
「そうか。なら、蝶は健康確認な」
「なんでや!」

 蝶はその上げた手を拳に変え、そのまま床にダンッと振り下ろした。さらに、よよよと泣き崩れるようにそのまま上半身を伏せてしまった。
 地形確認も健康確認も、こういう時に限って趣味に走る面子めんつ、そして仕事の重労働具合と、絶対に嫌だったからわざわざ立候補したというのに。これはあんまりだと嘆く声が止まらない。

 しかし、伊織も伊達だてに何年も彼らの相手をしていない。左近や与一相手だといつも後手に回らされるが、他にはそう引けをとらず、ましてや無情にも逆手をとる始末。

 蝶の渾身こんしんの叫びは聞き届けられることはなく、吾妻によって淡々と慎太郎の横へ名を書き連ねられた。

 そんな子供のように駄々をこねる蝶とは違い、吾妻は隼人や慎太郎と同じように目付け役としての自分の役割を十二分に理解していた。

 筆を走らせていた手を止め、吾妻は伊織の方に目を向ける。

「私と彦は、というより、彦は外のほうがいいでしょう。なので、二人とも地形の確認で」
「そうだな。彦……は、異論がありそうもないしな」
「おう!」

 逆さまになった彦四郎が、伊織の問いかけに、にかりと笑う。

 吾妻が座っている所の少し後方で逆立ち腕立て伏せをしている彼は、正直話を聞いていたかすら怪しい。
 ただ、彦四郎は伊織と吾妻の立てる計画に全幅の信頼を置いている。「館で開かれていた合議のような場でもない限り、真面目に聞いている時間が勿体もったいない」というのが彼の常の言い分だ。つまり、こうやって好き勝手やっているのも、彼なりの信頼のあかしであった。

 残るは、正蔵と兵庫と伊織の三人。

 吾妻が書いてくれた紙を見ながら、伊織が顎に手をあてる。

「……正蔵。在庫確認でいいか?」
「うん。僕はどこでも良かったから、大丈夫だよ」
「なぁ、なら一緒に健康確認は? なぁ、なぁ」

 正蔵の横に座る蝶が気力を取り戻し、正蔵と肩を組んで揺すり出す。正蔵も仕方ないなとばかりに苦く笑った。

 この分だと、蝶の勧誘に負けた正蔵が、その性格から遠慮がちに健康確認にして欲しいと言い出すのも時間の問題である。いくら皆そろって仲が良いとはいえ、組もそろって同じなのはもはや二人だけ。そう考えると、自然と蝶に対して甘くなる自覚が正蔵にはあった。そして、それを伊織達も理解していた。

 しかし、理解するのと許容するのはまた別の話である。

「じゃあ、正蔵も在庫確認決定で」
「なんでやって!」

 容赦ようしゃのない伊織の言葉に、蝶は再び床に突っ伏した。さらに気のせいか、今度は本当に鼻をずずっとすする音が聞こえる気がする。それでも、伊織は話を続けた。

「兵庫も地形の確認で」

 無言でうなずく兵庫。

 彼に関しては不安要素をそれぞれ抱え、その対応で手一杯になりかねない二組の補助かつ重要な戦力になるだろう。正蔵と兵庫はどちらがどちらでも良かったが、もし、どちらかの補助に回ることになった場合、心優しい正蔵ならば先程の蝶のように簡単に押されてしまう。だからこその、この二人の配置だった。

 本当はもっと人数がいれば良かったのだが、そうは言ってられない。
 こうして皆で集まっている時に、ふとした瞬間、今はもういない同胞の姿が脳裏をよぎる。

 伊織は寸の間目を伏せ、頭を小さく振った。

「お前は?」

 今まで名が挙がっておらず、残っているのは伊織だけ。

 そんな伊織に、隼人が問いかけながら、入り口の閉まっている戸をとんとんと指さした。そちらに意識を集中すると、小さな足音が複数個聞こえてくる。努めて呼吸音を消すようにしているが、まだまだ甘い。

「……俺は全体を多少手伝ったりしながら進行具合を確認して、足りないところに手の空いている後輩達を配置する役目だ」
「なるほどな」
「なぁ。俺の最近の扱い、酷なってない?」

 会話に入る蝶も、もちろんそれ以外の皆も、その足音の主達が部屋の外に迫っていることには気づいていた。

「で? いつやる?」
「そうだな。早いほうがいいだろう。近いうち任務の予定がある者は?」

 あくまで会話を続けながら、伊織が隼人と左近に指で戸の左右に回れと指示を出す。二人はそれに従って左近が左、隼人が右に回った。

「俺、あるぞ」
「いつだ?」
「五日後だな。十日くらい空けることになると思う」
「なら、三日後にしよう」

 源太の言葉に、伊織が答える。

 伊織がすっと手を上げるのと、隼人が戸に手をかけるのは同時。そして、振り下ろされた伊織の手の合図によって、戸は開け放たれた。

「……」

 そこにいたのは、目を驚きでかっ開いた以之梅の五人組であった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...