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第四章―それぞれの覚悟
に
しおりを挟む時はいくらか戻り、吾妻と彦四郎が賊の頭を捕える半刻ほど前。
鎖鎌の刃が引かれ、赤い血飛沫が首から噴き出す。地面に転がり落ちたそれは鞠のように鈍く飛び跳ねた。それが転がりゆく先を見ることなく、鎖鎌の持ち手は次々と狩ってまわる。
「た、助けっ」
地面に尻餅をつき、ずりずりと身体を後方へにじり寄らせる男の瞳に映っているのは、烏の面をつけた男が仲間の命を狩った鎖鎌の柄と鎖の部分を持ち、自分を見下ろしている姿。
その代の良心と呼ばれる彼――吾妻も、自分達に明確な害意を見せてきた賊相手に対する温情は当然ながら持ち合わせていない。
「助けて? ご冗談を」
必死の形相で命乞いをした男の首も、鎖鎌の刃が流れる方へ共についていく。男が最期に見たのは、故郷の村に残してきた家族の温かな笑みではなく、面の隙間から覗く、吾妻の冷えた両瞳であった。
吾妻の所業を見て逃げ出した賊の残りも、少し離れたところで、彦四郎によって悉く仕留められていた。血がついて苦無の持ち手が滑るのか、俯せで地に伏した賊の服で拭いている。
普段は好青年だと里では評判の彼らだが、今、その姿は見る影もない。そこにあるのは、戦が故の冷徹さを身に帯びる二人組。
「烽火の火が各所から上がったので、数の差が十倍はあるかと思いましたが。定石から外れてきたようですね。まぁ、途中で左近の罠にかかって大半が辿りつけず仕舞いなのでしょうが」
「なぁ、吾妻。俺、正面に回って……って、見ろ。鳥だ」
「隼人の梟ですね。伝令でしょう」
上空を旋回していた梟が二人を――正確には彦四郎を目がけ、急降下で下りてくる。だいぶ前に隼人の餌やりを手伝った時、ちょっと揶揄ってやったことを覚えているのだろう。この梟はいつもそうだ。
三歩で忘れる鳥頭とは言うが、決して全ての鳥が当てはまるわけではない。むしろ烏を筆頭に決して忘れないという鳥種もいる。三歩で忘れるというのは、この場合はむしろ人側に当てはめられるべき言葉であった。
なんでいつも俺ばかりと、文句を垂れる彦四郎の横で、吾妻が近くの低木の幹に留まった梟に手を伸ばす。案の定、その脚には文が入った小筒が括りつけてあった。
文は伊織からで、蝶をこちらに寄越したので、到着次第、彦四郎と共に賊の陣中へ潜入し、頭を捕えて欲しいとのことだった。
返事を書こうにも今は矢立を持っていない。代わりに指を傍に出来ていた赤い水溜まりに浸し、一言、承知、とだけ文の裏に書いた。そして、また梟の脚に括りつけて空に放った。
「なんて?」
「蝶が代わりに来るそうなので、到着次第我々は賊の陣へ。頭を捕えて欲しいとのことです」
「よっし!」
彦四郎は右の拳を開いた左の掌に打ち付けた。
基本的に伊織は大まかな配置しか指示をしない。配置についた後は各々の裁量で行動する。必要に迫られた時だけ、今回のように指示を飛ばしてくる。だからこそ、ここから先は吾妻と彦四郎の判断と力量にかかっていた。
そんな二人のうち、吾妻は変装の名手。であれば、やることは決まっている。彦四郎は倒れている賊の着ている服と鎧を剥ぎにかかった。
「なぁ、そういえば、陣ってどこにあるんだ?」
「それはちゃんと案内役を見繕いますよ。正面へ行けば、どこかしらにまだ息のある者が倒れているでしょうから」
「なるほどな!」
おそらく今頃、他の代にもこの作戦が伝えられ、誤射を防ぐよう慎重な攻撃態勢が敷かれることだろう。
交代で着ている服を着替え、蝶が来るのを今か今かと待ち構える。
今回、二人に待ちわびられている蝶はというと、学び舎の外、東側の護りについている。賊の侵入経路としては、罠の数が正面を除いて西側よりも多い方。自分達も罠にかからないように事を進めているのだろう。
そんな蝶だが、同じ組の正蔵同様暗器遣いで、その中でも峨嵋刺を得物としている。峨嵋刺とは鉄でできた棒状のもので、その棒の中央に手の中指にはめる指貫の輪が取り付けられており、指貫の輪さえ見なければ遠目には箸のようにも見えるという代物だ。
「お待ちどぉ……」
「蝶! 待ちくたびれたぞ!」
茂みをかき分けてやって来た蝶に、彦四郎が背後に回って背中に飛び乗る。踏ん張っていない身体は容易くよろけ、蝶は数歩たたらを踏んだ。
「ちょ、いきなり何するん!?」
蝶が声を荒げると、彦四郎はいそいそと背中から下り、すぐにでも行こうとする。伊織からいつまでにという指示はもちろんなかったけれど、こんな愚かな茶番事、早々に幕を引かせるに限る。それを吾妻が着物の衿を掴んで引き留めた。
「蝶、そちらにまだ息がある者はいませんでしたか?」
「あー。もしかしたらおるかもしれへんけど、足とか目とか潰してしもてて」
「十分です。彦、東へ回りますよ。そこで見繕って陣へ案内させます」
「おぅ!」
「では、蝶。ここを頼みます。少し行けば、先輩達の代が何人かいますから」
「了解。任せてや」
彦四郎と吾妻が蝶が通ってきた茂みを抜けて去って行く。その草を踏みしめる音が聞こえなくなって、改めて蝶は周囲を見渡した。
賊共の首が、まるで落ち椿のように地面に転がっている。
「……汚い椿やなぁ」
首の一つを見下ろす蝶の瞳は、先程まで吾妻達と話していた時のそれと同じものとは到底思えない酷薄さが滲み出ていた。
この里の外、任務中に散らす命ならばいざ知らず。一度ならず、二度、三度。この里を、学び舎を侵した罪を、決して赦すつもりはない。何よりも、雛達“も”ではなく、雛達“を”狙った先の襲撃、そして今回。
「死んで終わりと思うなよ」
唾棄すべき賊共の行く末に、もちろん一片の同情の余地もなく。首の検めは必要ないと判断され、踏みつけられた首と胴体は邪魔にならないよう、まとめて他所に蹴り飛ばされた。
八咫烏の里に訪れた深く暗い夜は、まだ明けない。遠くから響いてくる断末魔の声だけが、夜の闇に呑まれていった。
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