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第四章―それぞれの覚悟
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しおりを挟む館へ賊の頭と思しき男を連れ込んだという報を受け、本格的に掃討のみとなった八咫烏の面々は、残りは不要とばかりに最後の一人に至るまで狩り尽くした。
すでにどちらが本来の布地の色なのか分からぬほど濡れそぼった隼人が、自分の周りに寄ってきた狼達の身体をくまなく調べ、怪我がないか確認し始める。順番を待つ狼達はふるふると身体を震わせた。その度に赤い飛沫が周囲に飛ぶ。
様子見に出てきた左近も加勢し、今回の戦いに参加させた梟や狼、最後の一羽一頭まできちんと確かめたが、いずれも大きな怪我はなく、数日で治るような軽傷ばかりである。隼人もほっと胸を撫でおろした。
「後始末、大変だな」
「彼らに手伝わせる?」
「……以之梅に?」
隼人の頭にいの一番に浮かんだのは、ついこの間手伝いをしたいとごね、伊織から許可をもぎ取って在庫の確認のお手伝いをやった五人の顔。
思わず狼達の頭を撫でる手を止め、自分の方を振り向く隼人に、左近は呆れたように笑う。
「いやいや、まさか。部の年の子達にだよ。そのまま八咫に上がるか、それとも在野に下るか。彼らにも選択の機会を与えた方がいいから。あと一年もないでしょ?」
「……お前。優しいのか冷たいのか、ほんと分かんねぇとこあるよな」
「何言ってるのさ」
狼達の確認を終え、立ち上がる左近は塹壕に落ちた賊の骸を無表情で見つめる。決して目を逸らさず、さりとて、その骸に対して何か特別な感情を持っているわけでもない。顔から笑みは消え去り、生まれ持った顔立ちの造形も相まって、その顔はまるで能面のようである。
「僕は、自分が決めたことを後悔するような奴が嫌いなだけ。それに、そもそも僕に少しでも隼人が言うような優しさがあれば、迷わず在野に下らせてるよ」
「……まぁ、そうだな」
たとえ覚悟をしていても、やってくる死と隣り合わせの未来。それはなにも自分自身のだけではない。絶えず起きる戦に謀略。それに伴い、消える命に消す命。里で暮らせば、その殺伐とした生から少しは縁遠くなる。
第一、優しい人であればあるだけ、この乱世を生き抜けない。一番先に命を落とすのは、そういう善人と呼ばれる者達である。
自分には程遠い人種だと自覚のある左近、そして隼人は、そう称されるに足る今は亡き友を思って虚空を見つめた。
思いに耽っていると、八咫烏の本拠地である館に行っていた伊織が石段を登って戻ってきた。
「お帰り」
「ただいま。……どんな様子だ?」
「見ての通りだよ」
「いや、お前達ではなくて」
伊織が心配しているのは、目の前で元気そうにしている友ではない。一人、雛の立場で関わった瀧右衛門や傷を負った同胞だ。それを左近も分かっているだろうに、まったく見当違いのことを言ってはぐらかす。
聞く相手を間違えたと、伊織はそれ以上追及はしなかった。
「あ、そうそう。伊織組頭」
三人揃って門をくぐると、怪我人の手当てを続けている与一の姿を見て、左近が口を開いた。
「……なんだ?」
「何でそんな不審そうな目をするのさ」
「お前が組頭をつけるとろくなこと言いださないから」
「酷い」
「じゃあ、聞いてやる。今度はなんだよ」
「与一が何人か欲しいんだって。残ってる?」
与一が欲するところ。それは自らが作った薬の被験体に他ならない。
打ち身などに効くという薬などであれば協力する者も八咫の中にいようが、それが人体に害を与える方の薬であれば協力など皆無に等しい。他への被害を鑑みて、伊織が自分自身を人身御供で差し出すくらいだ。
ゆえに、与一は許可がおりる被験体を慢性的に欲していた。それも、失っても惜しくない相手を。その点、今回の賊はそれにもってこいであったといえよう。少なくとも、与一の考えの範疇では。
こんな要望を出されたのも一度ではないため、伊織はまたかと頭を抱えた。
しかし、今回は相手が相手。里を、学び舎を、雛を狙った輩。そうそう八咫烏の攻め手が慈悲の心を見せるはずがない。
つまるところ。
「あのなぁ、残すわけないだろ?」
「だよね。与一、ないって」
「嘘だー! 酷いー! 伊織の失態だぁーっ!」
与一も聞き耳を立てていたようで、すぐに不平不満を高らかにぶちまけた。
「ちょっと待て! なんで俺なんだよ!」
「お前ら、馬鹿騒ぎすんな!」
伊織達の三つ上の代の男がすぐに声を荒げ、口喧嘩を収束させる。上に言われたのでは、下は口を噤まないわけにはいかない。二人は――少なくとも伊織は素直に従い、押し黙った。
「状況確認に行くぞ」
「あ、そうだ。先輩方、罠はどうでした?」
「あぁ、あぁ! ちゃんと発動したさ! 危うく俺達まで奈落の底に行きかけたがな!」
この手の話題に返答するのは自分の役目だとでも心得ているのか、伝左衛門が声を大にしてそう主張する。
事実、罠の位置を見誤り、巻き添えを食うところだった八咫の者もいる。持前の反射神経で事なきを得たが、頭に上っていた血が一気に下がる思いをしただろう。
「すみません」
「謝りゃいいってもんじゃねぇんだぞ!」
「おい、よせ。今はここを片付けるのが先だ」
「あ、それなんですけど。部の年の子達も使っていいですか?」
「部の奴らを?」
「あと一年もしないうちに、上に上がるかどうかの選択をしなきゃいけないでしょう? ぎりぎりになって悩んで焦って変な選択されるより、跡でも見せておいて損はないと思いますよ」
「……確かに、一理あるな」
「でしょう?」
学び舎に関する判断は全て柳に一任されているが、ことがことだけにやはり翁の許可がいる。すぐに八咫烏内でも俊足の者――厳太夫が呼ばれ、翁から現状の報告と共に雛を使う許可を貰ってくるよう指示が下りる。
翁は里の若衆と共に、賊共の侵入した経路とは違う道を通り、隣山にできた洞窟へ里人を避難させている。その洞窟までは途中の渓谷にかかる橋を通れば半刻ほど。往復で一刻ほどだが、彼ならばもっと早く帰ってくることだろう。
事実、一刻後を待つことなく戻ってきた。
「翁に許可をいただきました」
「あぁ、ご苦労」
「ありがとうございます」
厳太夫は労いの言葉とともに渡された水桶から水を汲み、美味そうに飲み干す。
その姿が、丁度館から戻ってきた彦四郎と吾妻の目に留まった。厳太夫は彦四郎が後輩の中でも気に入っている者の一人である。そんな後輩が、なにやら褒められている様子。ならば、自分も、と。
結論から言えば、厳太夫は彦四郎に散々な目に遭わされた。
あんなに山中を駆けまわって死闘をし、隣山の洞窟まで往復してきたというのに、さらに彦四郎に追いかけまわされ。しかも、まだ戦いの余波が残っているのか、醸し出される雰囲気が同胞に向けられるそれとは思えない。四半刻ほど学び舎の庭に始まり、正門をくぐり、山中まで繰り出す壮大な鬼ごっこを繰り広げることになる。
最後はさすがに力尽きた厳太夫の背中に彦四郎が飛び乗り、頭を撫でまわされるという、なんのために逃げていたのかと、厳太夫が肩をがくりと落とす羽目になった。
そんな二人のやり取りは割と見慣れていたので、他の皆は放っておいた。
厳太夫には悪いが、今は歯止め役の吾妻でさえも好きにさせておきたい気分だったし、翁の許可を待ってそれ以外の事から片付けていたとはいえ、許可が出た以上は早急にとりかかるに限る。
「なら、僕は一旦子供達の様子を見てきますね。ついでに部の子達に上に行くように伝えてきます」
「頼む」
「その前に、顔の血くらい落としていけ」
「……あ、本当だ」
投げてよこされた水に濡れた布を顔に当てると、いつの間にか左近の顔にも血が飛んでいた。狼達が身震いさせた時のものだろう。今回、接近戦はほぼ皆無だったが故に、身なりに無頓着になっていた。
左近は礼を言い、普段と変わらず、何を考えているか分からない笑みを浮かべて館の中に消えていった。
「左近の奴、相変わらず罠のキレが冴え渡ってたな」
「それどころか、長崎の南蛮人からでも仕入れたみたいで、異国仕込みの新しい罠まで作るんですから手に負えませんよ」
「抑えの役目、頼むぞ。伊織、吾妻」
「はは。分かってます。……すみません」
「頑張ります」
代の大将に、代の良心。
周囲の期待を背負った二人は苦く笑いあい、互いに肩を竦めた。
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