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第五章―遊びをせむとや
り
しおりを挟む八咫烏の館に薬を届けた子供達は、長居は無用とばかりに足早に館を出てきた。
「ほーめらーれちゃったぁー!」
「ねー!」
肝心の今回の膏薬が実際に問題なく使えるかどうかだが、それに関しては後で誰かが試してくれるらしい。
手伝い程度にしろ膏薬を作ったことに、子供達は非番で館に残っていた八咫の面々から褒められ、喜びで舞い上がっている。
しかし、子狸がよく現れるところに行くという約束は誰一人忘れていなかった。
子供達によると、その場所は八咫烏の館から少し里寄りに下ったところ、大人であれば大股で渡れるくらいの小川沿いにあるらしい。
「ほら、しっかり前見て歩かないと危ないよ」
「「はぁーい」」
返事はするものの、瀧右衛門の言葉をきちんと聞いているのかどうか、甚だ怪しいものである。
薬を作って届けた帰りに怪我をして帰るなんて、それはもう酷く叱られるだろうに、残念ながら今の子供達に頓着する様子はない。
「……あれ?」
「どした?」
先に行っていた利助が急に立ち止まった。その視線の先には祠があり、四体の笠地蔵が祀られている。
「ここ、なんかよごれてる」
「えぇー? あーほんとだ」
「ちょっとまって。いま、てぬぐいとみずで」
笠地蔵四体のうち、二体の顔に鉄錆色の汚れがついていた。大人の目線からは丁度笠の影になって、今まで分からなかったのだろう。
背中に背負っている風呂敷から手拭いと水が入った竹筒を取り出そうと、利助が胸前の結び目に手を伸ばした。
その手を、追いついた瀧右衛門が掴んで止めた。
「待って。早く行かないと、遅くなってしまうから戻れなくなってしまうよ?」
「えーでもー」
「おじぞうさん、かわいそう」
「その汚れ、今度僕が山中演習に出た時に綺麗にしておくから」
「それなら」
悲し気に地蔵を見やる子供達に、瀧右衛門は優しく諭した。
約束だという瀧右衛門に、子供達も納得したようである。
全員で横一列に並んでしゃがみ込み、手を合わせだした。
「おじぞうさん、もうすこしおまちくださいね」
「せんぱいがきれいにしてくれるそうです」
「ですっ」
宮彦も寺にいたからか、拝む姿勢は誰に教わらずとも分かっているようだった。
ひとしきり拝み終えると、子供達は立ち上がり、もう少し先にある目的地へと歩き出していった。
気づかれない程度の距離まで子供達が離れていった後、隼人と団次が音を立てないよう注意しつつ木陰から姿を現した。
二人は子供達と同じようにしゃがみ込み、地蔵の顔を覗き込む。確かに、地蔵の顔が汚れてしまっていた。
「……血の跡、ですかね」
「えぇ。この下辺りでしょう? 特に酷かったのは」
「はい」
「そちらに目を取られて、ここまで掃除が追いつかなかったんですね」
前回の襲撃時に、主力同士がぶつかり合ったのがこの地蔵より少し下の辺り。この辺りもそれなりに骸が散らばることになった。
おそらく、その時ついた物なのだろう。そして、団次の言う通り、掃除に手抜かりがあったために、今日まで残ってしまっていた。
隼人は自分の風呂敷から布と竹筒を取り出した。そして、竹筒の水を布に含ませる。その布で地蔵の顔を丁寧に磨いた。石の粒子の隙間に入ってしまっているのと、時間が経ってしまったせいで、全てをふき取ることはできないが、すぐにやらないよりかはましだろう。
「……よし」
「遅くなってしまい、申し訳ございませんでした」
団次も八咫烏ではあれど、一応は僧として各地を回る者。懐から数珠を取り出し、手を合わせた。
そんなことをやっていると、先へ進もうとした時には、子供達の姿は既に見えなくなっていた。
しかし、子供達が館を出てから寄り道をするという話を聞きつけた八咫烏が何人か、子供達に隠れて付き添っているのを見たので、二人に慌てる素振りはない。
それに、彼らに場所を教えたのは隼人自身なのだから、目的地が分からないなんてこと、あろうはずもなかった。
一方、子供達は目的地に到着しており、水場近くの草むらの陰に潜んでいた。
「くふふっ。かくれおにみたい」
「そうだね。でも、これで頭を下げてじっとしていれば、れっきとした忍術の一つ、鶉隠れの術でもあるんだよ」
「うじゅらがくれ」
「そう」
宮彦が繰り返す言葉に、瀧右衛門はにこりと微笑んだ。
すると、宮彦は首をこてんと傾げた。
「うじゅら、なに?」
「鶉っていうのは、鳥の種類の一つだよ」
「ふーん」
「三郎はへぇーって顔をしない」
「で、でも、おれ、おぼえてました!」
三郎が慌てて弁解する。しかし、その声があまりにも大きく、せっかく隠れているというのに台無しである。
当然、皆からの非難の視線も次々と寄越されることになる。
「さぶろう、うるさいっ」
「あ、ごめん」
たまらず利助が小声で文句を言うと、三郎も小声で返し、さらに身を縮こませた。
そうしてしばらく待っていると、小川を挟み、少し離れた向こう側の草むらから、小さな影がいくつか現れた。
「あっ」
「たぬきじゃない」
「でも、かわいー」
「ねっ」
辺りを警戒しつつ、水辺に寄って川に口をつけているのはリスの親子だ。この春生まれたばかりなのか、連れている子供はまだ小さい。川のせせらぎ音に紛れ、ちちちっと可愛らしい鳴き声も聞こえてくる。
「せんぱーい」
「ん?」
「どうして、りすのこどもってごはんたりてないんですか?」
「え? むしろどうしてそんな質問に?」
「だって、あんなにちいさい」
「あ、なるほど。……うーん。元々そういう生き物だからね。でも、今は小さくても、君達みたいにあの子達も少しずつ大きくなっていくんじゃないかな」
「え!? じゃあ、こーんなおおきなりすも?」
「いやぁ、それは流石にいないと思うけど」
「なーんだぁー」
三郎は先程利助に文句を言われたばかりだからか、口元を軽く押さえて話している。結局、声の大きさは少し抑えられているに過ぎないようだが、本人としてはそれでもだいぶ抑えているつもりなのだろう。
利助達も、子リスの動きに夢中であまり気にならないようであった。
「一つ言っておくと」
皆でリスの親子達の可愛らしさに目を喜ばせていると、背後から小声でそっと話しかけられた。
いつの間にかすぐ後ろまで来てしゃがみ込んでいる隼人が、振り返った子供達、特に三郎の顔を見て苦々しく笑っている。
「鶉隠れはそんなに話しながらするもんじゃないぞ」
「せんせい!」
「ほら、お前達。そろそろ戻らないと、昼餉を食べにこないって菊が心配するだろうが」
「えぇっ!?」
「はやくもどらなきゃ!」
子供達が思わず立ち上がってしまい、その拍子にリスの親子もどこかへ逃げ去っていく。
先程まであんなに夢中になっていたリスの親子だが、今の子供達の頭の中はご飯のことでいっぱいであった。
今日は動き回って、頭も使って、とてもお腹が空いている。それに、菊を心配させてもいけない。
子供達は大急ぎで服についた土を落とし始める。宮彦の分の汚れは、先に終えた藤兵衛が一緒に掃ってやった。
「みやひこ、だいじょうぶ? あるける?」
「……んー」
「せんせい。みやひこが」
「あー、やっぱりこの年にはきついか。とはいっても……だよなぁ」
隼人が宮彦を背負っていこうと背を向けても、宮彦は後ずさるだけで自分から行こうとはしない。団次にも同じく、だ。
見かねた瀧右衛門が、自分がと名乗りを上げる。背を向けた瀧右衛門に、宮彦も今度は大人しく背に張り付いた。
「大丈夫か?」
「はい。歩いてきただけですし。彦四郎先輩との山中訓練に比べれば」
瀧右衛門はあははと笑う。その笑みが乾いたものに見えて、隼人は頬をかいた。
「あー……なんか、悪い。伊織にも言っとくわ」
「いえ! あれはあれで実になっているので」
それで鍛錬自体がなくなっては困ると、瀧右衛門も慌てて首を振る。
確かにやっている間は大変だし、きついのは当たり前。けれど、終わってみれば、次同じようなことが他であったとして、アレができたんだからコレもと思えるようになるのだ。現に、瀧右衛門にもいくつか覚えがあった。
隼人にもその考えは筒抜けのようで、目を細める。
「そうか。ならいい。……よしっ、お前達。帰るぞ」
「「おー!」」
狸は見られなかったものの、リスの親子というこれまた可愛らしいものが見れた子供達。大層満足そうに拳を振り、どこぞで覚えた歌を歌いながら、上機嫌で学び舎への帰路へとつくのであった。
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