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第六章―狼藉の代償
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蝶達が山へと向かう四半刻程、時は遡り。
本丸の裏手にある山へと続く隠し通路の出口から、十数人の男達がまるで逃げ出す鼠のように密やかに姿を現した。
そこで待機していた左近と与一は、木の上から遠眼鏡を通してそれを視認する。
そして、二人はどちらからともなくほくそ笑んだ。待ちに待った自分達の番。風もちょうど良い方向へと流れている。
しばらくすると、男達の走る音に加え、一人分の悲鳴が聞こえてきた。
「はーい。一名様、黄泉路へごあんなぁい」
遠眼鏡を目に当てたまま、与一が軽快にそう言ってはしゃぐ。
一月も準備に時間をかけたのだ。もちろん、これで終わりなどではない。
忍びにとって、夜は味方であり、今日のような朔は友でもある。闇に慣れた目は、どこまでも相手の姿を追いかけていく。
その悲鳴が聞こえて間もなく、慌てた男達の声が先程まで静寂に包まれていた山中に響いた。
「わ、罠か!」
「殿! こちらへ!」
「この山中には大量に罠を仕掛けておりますので、それだけにはかからないようにせねばっ」
すると、今まで木の幹に寄りかかり、罠を発動させるための手裏剣を弄んでいた左近の手が止まった。
「罠?」
吊り上がる片眉は、本人が気分を害したことを如実に表している。
「あぁ、あの罠とも言えない子供の玩具」
「うわぁ。辛辣ぅー」
「あれならちゃんと使えるように改良してあげたんだから、感謝して欲しいくらいだよ」
罠とはただ数作って設置しておけばいいのではない。できるだけ多くの人間の行動予測から、どこに仕掛ければ一番効率良くかかるのか計算した上で、その場にあった罠を仕掛けるからこそ、恐るるに足る罠へとなるのだ。
左近にしてみれば、彼らの言う罠とはまるで駄目。子供が悪戯で仕掛けたと言われた方がまだましと言ってのけた。
とはいえ、同じ場所にないと、万一見回りに来られた時に怪しまれてしまうかもしれない。それはいただけない。だからこその、使われていた材料だけ、掘られた穴だけの再利用である。
だいぶ手を加えられた子供の悪戯程度のものは、二目と見られぬ仕掛け罠となり、仕掛けたはずの本人達を襲っている。これほど滑稽なことはないと、与一は口元を押さえて笑う。こんな時でなければ、腹を抱えて大笑いしていただろう。
男達も罠を仕掛けた位置の全てを把握している訳ではないらしく、先程よりも前に進む速さは各段に落ちている。それでも、足を運ぶ先にはまた新たな仕掛けが施されていたようだ。
「あぁ、だめだめ。そっちはぁー」
与一が完全に棒読みでそう口走る。
暗闇で、しかも山中であること、土を上手く盛られていたこと。その三つの要因が上手く絡み合い、全く気づけなかったのか、先頭を走っていた男がソレを発動させた。
吹子の原理を利用し、空中へ噴射された粉末が風で巻き上がり、男の目元を襲う。
「うっ」
「正孝っ」
「孝標殿っ!」
目をやられた男は蹲り、男達はその男の周りを取り囲んだ。
粉末状にされたそれの正体は蕃椒。いわゆる唐辛子である。
「あーぁ。だから言ったのにぃ」
「しばらくは激痛ものだね。ま、問題ないか。この山中で無様に死ぬんだもの」
「自分達が作った罠が元地の、本物の罠ってやつの餌食になって、ねぇー?」
闇に紛れる二羽の烏の笑みは、化生物をも彷彿とさせた。
しかし、ここまでは言うなれば、伊織達が城内での役目を終え、この山中で集合するまでの単なるお遊び。監視役のいない束の間の自由時間とばかりに本人達は楽しんでいる。
そして、男達が向かうべき本命は、まだまだこの先だ。
与一と左近がいる木の下を通り過ぎていった男達。その背を追いかけつつ、寸の間、左近は木の枝から枝へと跳ぶ足を止め、来た道を振り返った。
「それにしても、遅いと思わない? 伊織達」
「そうだねー。もうそろそろ来てもいい頃だと……あっ、来た来た」
与一も同じく立ち止まって振り返る。
その先に見たのは、こちらへと駆けてくる正蔵と蝶の真剣な眼差し。
そして。
「……ねぇ、なんか蝶、誰か背負ってない?」
「嘘」
「あれ……与一っ」
「うん!」
左近と与一の二人は木から受け身を取りつつ飛び下りた。
「平治っ!」
「与一! 治療! 早くっ!」
「待ってて!」
隠しておいた薬箱を取りに、与一は草むらへと駆けていき、その間に蝶がゆっくりと背中から平治を下ろしにかかる。
その後ろから隼人、遅れて伊織達も到着した。
「隼人は連中を追え。場所は都度、鷹達で」
「おぅ」
隼人は左近から鉤縄を借り、木を駆けのぼってそのまま枝と枝の間を跳躍していく。鷹達も二羽とも上空高く飛び、その背を追った。
与一が戻ってくる前にできることをと、吾妻が着物を苦無で切り裂き、傷口を露にする。傷は乱れを知らぬ太刀筋で、右腹部から鳩尾にかけて斬り上げられている。
その傷口を見た瞬間、あの場にいた蝶と兵庫以外が伊織の顔を窺った。
共に鍛錬を続けてきた友で、身近でいつも見ていたからこそ分かる。これは伊織の太刀筋だ、と。
「……話は後だ」
「それは、そうですね」
「お待たせっ! ほら、皆は行った行った!」
「蝶と正蔵は護衛でここに残れ。後は隼人を追いかけるぞ」
蝶と正蔵が頷いたのを見て、この場に残る三人以外踵を返す。
心配気に、不安そうに、平治の手を握る蝶達。
別れを二度も迎えさせてなるものかと、与一は人を小馬鹿にしたような普段の笑みをかき消し、袖を捲りあげた。
本丸の裏手にある山へと続く隠し通路の出口から、十数人の男達がまるで逃げ出す鼠のように密やかに姿を現した。
そこで待機していた左近と与一は、木の上から遠眼鏡を通してそれを視認する。
そして、二人はどちらからともなくほくそ笑んだ。待ちに待った自分達の番。風もちょうど良い方向へと流れている。
しばらくすると、男達の走る音に加え、一人分の悲鳴が聞こえてきた。
「はーい。一名様、黄泉路へごあんなぁい」
遠眼鏡を目に当てたまま、与一が軽快にそう言ってはしゃぐ。
一月も準備に時間をかけたのだ。もちろん、これで終わりなどではない。
忍びにとって、夜は味方であり、今日のような朔は友でもある。闇に慣れた目は、どこまでも相手の姿を追いかけていく。
その悲鳴が聞こえて間もなく、慌てた男達の声が先程まで静寂に包まれていた山中に響いた。
「わ、罠か!」
「殿! こちらへ!」
「この山中には大量に罠を仕掛けておりますので、それだけにはかからないようにせねばっ」
すると、今まで木の幹に寄りかかり、罠を発動させるための手裏剣を弄んでいた左近の手が止まった。
「罠?」
吊り上がる片眉は、本人が気分を害したことを如実に表している。
「あぁ、あの罠とも言えない子供の玩具」
「うわぁ。辛辣ぅー」
「あれならちゃんと使えるように改良してあげたんだから、感謝して欲しいくらいだよ」
罠とはただ数作って設置しておけばいいのではない。できるだけ多くの人間の行動予測から、どこに仕掛ければ一番効率良くかかるのか計算した上で、その場にあった罠を仕掛けるからこそ、恐るるに足る罠へとなるのだ。
左近にしてみれば、彼らの言う罠とはまるで駄目。子供が悪戯で仕掛けたと言われた方がまだましと言ってのけた。
とはいえ、同じ場所にないと、万一見回りに来られた時に怪しまれてしまうかもしれない。それはいただけない。だからこその、使われていた材料だけ、掘られた穴だけの再利用である。
だいぶ手を加えられた子供の悪戯程度のものは、二目と見られぬ仕掛け罠となり、仕掛けたはずの本人達を襲っている。これほど滑稽なことはないと、与一は口元を押さえて笑う。こんな時でなければ、腹を抱えて大笑いしていただろう。
男達も罠を仕掛けた位置の全てを把握している訳ではないらしく、先程よりも前に進む速さは各段に落ちている。それでも、足を運ぶ先にはまた新たな仕掛けが施されていたようだ。
「あぁ、だめだめ。そっちはぁー」
与一が完全に棒読みでそう口走る。
暗闇で、しかも山中であること、土を上手く盛られていたこと。その三つの要因が上手く絡み合い、全く気づけなかったのか、先頭を走っていた男がソレを発動させた。
吹子の原理を利用し、空中へ噴射された粉末が風で巻き上がり、男の目元を襲う。
「うっ」
「正孝っ」
「孝標殿っ!」
目をやられた男は蹲り、男達はその男の周りを取り囲んだ。
粉末状にされたそれの正体は蕃椒。いわゆる唐辛子である。
「あーぁ。だから言ったのにぃ」
「しばらくは激痛ものだね。ま、問題ないか。この山中で無様に死ぬんだもの」
「自分達が作った罠が元地の、本物の罠ってやつの餌食になって、ねぇー?」
闇に紛れる二羽の烏の笑みは、化生物をも彷彿とさせた。
しかし、ここまでは言うなれば、伊織達が城内での役目を終え、この山中で集合するまでの単なるお遊び。監視役のいない束の間の自由時間とばかりに本人達は楽しんでいる。
そして、男達が向かうべき本命は、まだまだこの先だ。
与一と左近がいる木の下を通り過ぎていった男達。その背を追いかけつつ、寸の間、左近は木の枝から枝へと跳ぶ足を止め、来た道を振り返った。
「それにしても、遅いと思わない? 伊織達」
「そうだねー。もうそろそろ来てもいい頃だと……あっ、来た来た」
与一も同じく立ち止まって振り返る。
その先に見たのは、こちらへと駆けてくる正蔵と蝶の真剣な眼差し。
そして。
「……ねぇ、なんか蝶、誰か背負ってない?」
「嘘」
「あれ……与一っ」
「うん!」
左近と与一の二人は木から受け身を取りつつ飛び下りた。
「平治っ!」
「与一! 治療! 早くっ!」
「待ってて!」
隠しておいた薬箱を取りに、与一は草むらへと駆けていき、その間に蝶がゆっくりと背中から平治を下ろしにかかる。
その後ろから隼人、遅れて伊織達も到着した。
「隼人は連中を追え。場所は都度、鷹達で」
「おぅ」
隼人は左近から鉤縄を借り、木を駆けのぼってそのまま枝と枝の間を跳躍していく。鷹達も二羽とも上空高く飛び、その背を追った。
与一が戻ってくる前にできることをと、吾妻が着物を苦無で切り裂き、傷口を露にする。傷は乱れを知らぬ太刀筋で、右腹部から鳩尾にかけて斬り上げられている。
その傷口を見た瞬間、あの場にいた蝶と兵庫以外が伊織の顔を窺った。
共に鍛錬を続けてきた友で、身近でいつも見ていたからこそ分かる。これは伊織の太刀筋だ、と。
「……話は後だ」
「それは、そうですね」
「お待たせっ! ほら、皆は行った行った!」
「蝶と正蔵は護衛でここに残れ。後は隼人を追いかけるぞ」
蝶と正蔵が頷いたのを見て、この場に残る三人以外踵を返す。
心配気に、不安そうに、平治の手を握る蝶達。
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